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第一章 放浪
閑話 寒夜
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「うぅ、寒い」
日が暮れ夜行性の動物や魔物が活発になる頃、メアリーは苦戦していた。
山岳地帯を越えた先にあるハルタへ向かう2人は、現在山岳地帯に突入したばかりである。
その山腹で今夜を明かす事になったのだが、山岳地帯での夜を初めて迎えるメアリーに試練が訪れていた。
「うぅ、こんな寒いなんて聞いてないわよ」
生まれてから今までトルト村での生活をしてきたメアリーである。
標高という概念による気温の低下や冷たい山風を知見したことのなかったメアリーは今この場において体感することとなっていた。シオンの方はどうなっているのかと言えば、彼は当然と言うかのように自前の防寒具で身を包んでいた。
そんなシオンを見て羨ましいという風に見るメアリーは、どうして私に寒いことを教えてくれなかったのかと自己の知識の無さではなくシオンの方へと責任転換をしているのだった。
「ねぇシオンもっと寒くなるのかしら」
メアリーの微妙に青くなってきている唇から紡がれる言葉はすっかり震えており、シオンを心配させるには十分だった。
「ああ、残念ですがそろそろ休憩したほうがよさそうですね。麓との寒暖差でメアの体力もすっかり消耗してしまっていますし」
そう言ってシオンはこれまで前進し続けていた足を止めて周りを散策し始める。
少し経ってシオンに手招きされると、そこには木に囲まれた平坦な場所があった。
メアリーは背負った鞄を下ろしてその場に座り込む。
「ここなら木が風を防いでくれるはずです。地面も平坦ですし僕が火を起こしておきます。メアは休んでおいて下さい」
完全に気を遣われているメアリーだが、いつものように反論する余裕もなくコクンと小さく頷いて火を起こすために鞄から火起こしの道具を取り出そうとしているシオンの方をじっと眺める。
シオンは手に取った火起こし用の金属にナイフを打ち付けるが、中々火が付かない。
そんなシオンの様子を見て「私にやらせて」と言ってメアリーが代わりを立候補する。
すると、先程までシオンが苦戦していたのが嘘のように火が付く。
ぼわっと広がる熱に身を寄せ芯まで冷めきった体を温める。
「はぁ~。生きてるって実感できるわ」
メアリーは求めていた『暖』を手に入れすっかりとろけきってしまう。
「メア、山岳地帯を抜けるまで水浴びは出来ませんが我慢してくださいね」
シオンにそう注意されるが勿論こんな寒い中水浴びなんてしようと思わない。
水浴びで体を清潔にしたいという気持ちはあるが背に腹は変えられない、これくらいは我慢しようと決める。
そんなメアリーは体が温まってきた事で今まで誤魔化してきた疲れがどっと押し寄せてくる。そのまま抗えない睡魔に襲われ、抵抗する事なく意識を手放し眠りについた。
夜が明け、手が届きそうな距離まで迫った雲の隙間からまだ低い場所にある太陽の光が斜めに差し込んでくると私は長かった睡眠から意識を取り返す。そして、私は今柔らかい物の上に横たわっているということに気づく。
昨夜は荒れていた天候も僅かに太陽の光が差し込めるほどに良くなっており、風の少ない場所に移動していた事もあってメアリーの目覚めはスッキリしていた。
ふと今自分が横たわっているものは何なのだろうと思って自分と地面との間に挟まっている柔らかな物体に目を向ける。それは、昨夜メアリーが羨ましく思っていたシオンの防寒具であった。
(あら、シオンったら意外と気の遣える子なのね)
そうやって、自分がシオンを責めていた事を忘れたかのようなメアリー。
そんな事を考えていると、シオンが近くにいないことに気がつく。
「あれ、シオンはどこに行ったのかしら」
そう言って立ち上がろうとするメアリーだが、メアリーが立ち上がる前に探そうとしていた本人であるシオンの方から声をかけられる。
「あ、メア!やっと起きたんですね」
そう言ってシオンが奥の木の影から姿を現す。
その手には対して大きい訳ではない魚があった。
「これ、そこに流れる川から獲れたんですよ」
そう言ってまだ獲ったばかりの獲物を私の方に向ける。
シオンはそのままナイフで簡単に捌くと、手際よく魚を串状の棒に差し込んで火にかける。
「あなた、料理だけは出来るわよね」
そう何も考えずポッと出た言葉に思わずシオンは反論する。
「だけってなんですか!」
そんな言葉を交わしている間にも、炙られることでカリカリと音を鳴らしながら魚が焼けていく。
シャープで身の詰まった腹から流れる脂が刺さった下向きになった頭の方を伝って串の方へと流れていく様子を眺めるメアリーにシオンは言葉を続ける。
「メア」
もう慣れてしまった馴れ馴れしく呼ぶ私の名を呼ぶ彼へと先程まで魚の方を見ていた目線を移す。
「これを食べたらもう出発しませんか?夜になるとまた寒くなると思うので早いうちに進んだほうがいいと思います」
そう言われると、それもそうだなと思ってあっさりと承認する。
じゃあ早速出る準備をしなきゃといった様子でシオンは荷物を整理するのを眺めながら、そういえば私すぐ寝たからなにも準備する必要ないわ。と準備を手伝う様子のないメアリーは、先程の会話でも上がっていた魚の方へと再び視線を移す。
変わらずカリカリと心地の良い音を立てて表面が焼けていく魚を見てメアリーはうっすらと微笑み、再びシオンの方を振り返る。
「シオン、そろそろ焼けそうよ。私先に食べていいかしら」
そう言うとシオンもこちらを振り返って大丈夫ですよ、とだけ言って準備を再開する。
それを聞いてメアリーは串の方へと手を伸ばすが、串に触れるとすぐにその手を引っ込める。
「ああ、言い忘れてましたけど熱々の魚の脂が串にべったり付いているので気を付けてください」
「もう遅いわよ!」
そんなやり取りの後シオンもこちらにやって来くる。
シオンが布を串との間に挟むことで熱さから手を守ると、「先にどうぞ」と言って私の方に向ける。
串を受け取ると、ずっと我慢していた反動と言わんばかりに小さな口を大きく開けて頬張る。噛むことで口の中に広がる甘い脂を舌の上で味わうが、その時間も長くは続かない。半分食べ切ったメアリーは残りの半分を残念そうにシオンに渡すと、残りを食べるシオンを見て涎を垂れるメアリーは
(こんななら後に食べるべきだったわ)
と考える。後から聞いた話によると「目の前で美味しそうに食べる姿を見ているのを待つのは新手の拷問だった」らしいのだが、この時のメアリーが知る事は無くシオンの方を羨ましく見ているのだった。
シオンの食べる姿を見て空腹感が蘇ってきたメアリーは置いておいて、満腹になったシオンは片付けを終えると、早速出発の準備を始める。その姿を見てメアリーも鞄の方へと向かう。
昨夜からすっかりシオンのペースに乗ってしまっているメアリーは、シオンに目に物を見せてやるくらいの勢いで鞄を持ち上げると昨夜に逸れてしまった元行く道へと2人並んで歩みを進めていく。
日が暮れ夜行性の動物や魔物が活発になる頃、メアリーは苦戦していた。
山岳地帯を越えた先にあるハルタへ向かう2人は、現在山岳地帯に突入したばかりである。
その山腹で今夜を明かす事になったのだが、山岳地帯での夜を初めて迎えるメアリーに試練が訪れていた。
「うぅ、こんな寒いなんて聞いてないわよ」
生まれてから今までトルト村での生活をしてきたメアリーである。
標高という概念による気温の低下や冷たい山風を知見したことのなかったメアリーは今この場において体感することとなっていた。シオンの方はどうなっているのかと言えば、彼は当然と言うかのように自前の防寒具で身を包んでいた。
そんなシオンを見て羨ましいという風に見るメアリーは、どうして私に寒いことを教えてくれなかったのかと自己の知識の無さではなくシオンの方へと責任転換をしているのだった。
「ねぇシオンもっと寒くなるのかしら」
メアリーの微妙に青くなってきている唇から紡がれる言葉はすっかり震えており、シオンを心配させるには十分だった。
「ああ、残念ですがそろそろ休憩したほうがよさそうですね。麓との寒暖差でメアの体力もすっかり消耗してしまっていますし」
そう言ってシオンはこれまで前進し続けていた足を止めて周りを散策し始める。
少し経ってシオンに手招きされると、そこには木に囲まれた平坦な場所があった。
メアリーは背負った鞄を下ろしてその場に座り込む。
「ここなら木が風を防いでくれるはずです。地面も平坦ですし僕が火を起こしておきます。メアは休んでおいて下さい」
完全に気を遣われているメアリーだが、いつものように反論する余裕もなくコクンと小さく頷いて火を起こすために鞄から火起こしの道具を取り出そうとしているシオンの方をじっと眺める。
シオンは手に取った火起こし用の金属にナイフを打ち付けるが、中々火が付かない。
そんなシオンの様子を見て「私にやらせて」と言ってメアリーが代わりを立候補する。
すると、先程までシオンが苦戦していたのが嘘のように火が付く。
ぼわっと広がる熱に身を寄せ芯まで冷めきった体を温める。
「はぁ~。生きてるって実感できるわ」
メアリーは求めていた『暖』を手に入れすっかりとろけきってしまう。
「メア、山岳地帯を抜けるまで水浴びは出来ませんが我慢してくださいね」
シオンにそう注意されるが勿論こんな寒い中水浴びなんてしようと思わない。
水浴びで体を清潔にしたいという気持ちはあるが背に腹は変えられない、これくらいは我慢しようと決める。
そんなメアリーは体が温まってきた事で今まで誤魔化してきた疲れがどっと押し寄せてくる。そのまま抗えない睡魔に襲われ、抵抗する事なく意識を手放し眠りについた。
夜が明け、手が届きそうな距離まで迫った雲の隙間からまだ低い場所にある太陽の光が斜めに差し込んでくると私は長かった睡眠から意識を取り返す。そして、私は今柔らかい物の上に横たわっているということに気づく。
昨夜は荒れていた天候も僅かに太陽の光が差し込めるほどに良くなっており、風の少ない場所に移動していた事もあってメアリーの目覚めはスッキリしていた。
ふと今自分が横たわっているものは何なのだろうと思って自分と地面との間に挟まっている柔らかな物体に目を向ける。それは、昨夜メアリーが羨ましく思っていたシオンの防寒具であった。
(あら、シオンったら意外と気の遣える子なのね)
そうやって、自分がシオンを責めていた事を忘れたかのようなメアリー。
そんな事を考えていると、シオンが近くにいないことに気がつく。
「あれ、シオンはどこに行ったのかしら」
そう言って立ち上がろうとするメアリーだが、メアリーが立ち上がる前に探そうとしていた本人であるシオンの方から声をかけられる。
「あ、メア!やっと起きたんですね」
そう言ってシオンが奥の木の影から姿を現す。
その手には対して大きい訳ではない魚があった。
「これ、そこに流れる川から獲れたんですよ」
そう言ってまだ獲ったばかりの獲物を私の方に向ける。
シオンはそのままナイフで簡単に捌くと、手際よく魚を串状の棒に差し込んで火にかける。
「あなた、料理だけは出来るわよね」
そう何も考えずポッと出た言葉に思わずシオンは反論する。
「だけってなんですか!」
そんな言葉を交わしている間にも、炙られることでカリカリと音を鳴らしながら魚が焼けていく。
シャープで身の詰まった腹から流れる脂が刺さった下向きになった頭の方を伝って串の方へと流れていく様子を眺めるメアリーにシオンは言葉を続ける。
「メア」
もう慣れてしまった馴れ馴れしく呼ぶ私の名を呼ぶ彼へと先程まで魚の方を見ていた目線を移す。
「これを食べたらもう出発しませんか?夜になるとまた寒くなると思うので早いうちに進んだほうがいいと思います」
そう言われると、それもそうだなと思ってあっさりと承認する。
じゃあ早速出る準備をしなきゃといった様子でシオンは荷物を整理するのを眺めながら、そういえば私すぐ寝たからなにも準備する必要ないわ。と準備を手伝う様子のないメアリーは、先程の会話でも上がっていた魚の方へと再び視線を移す。
変わらずカリカリと心地の良い音を立てて表面が焼けていく魚を見てメアリーはうっすらと微笑み、再びシオンの方を振り返る。
「シオン、そろそろ焼けそうよ。私先に食べていいかしら」
そう言うとシオンもこちらを振り返って大丈夫ですよ、とだけ言って準備を再開する。
それを聞いてメアリーは串の方へと手を伸ばすが、串に触れるとすぐにその手を引っ込める。
「ああ、言い忘れてましたけど熱々の魚の脂が串にべったり付いているので気を付けてください」
「もう遅いわよ!」
そんなやり取りの後シオンもこちらにやって来くる。
シオンが布を串との間に挟むことで熱さから手を守ると、「先にどうぞ」と言って私の方に向ける。
串を受け取ると、ずっと我慢していた反動と言わんばかりに小さな口を大きく開けて頬張る。噛むことで口の中に広がる甘い脂を舌の上で味わうが、その時間も長くは続かない。半分食べ切ったメアリーは残りの半分を残念そうにシオンに渡すと、残りを食べるシオンを見て涎を垂れるメアリーは
(こんななら後に食べるべきだったわ)
と考える。後から聞いた話によると「目の前で美味しそうに食べる姿を見ているのを待つのは新手の拷問だった」らしいのだが、この時のメアリーが知る事は無くシオンの方を羨ましく見ているのだった。
シオンの食べる姿を見て空腹感が蘇ってきたメアリーは置いておいて、満腹になったシオンは片付けを終えると、早速出発の準備を始める。その姿を見てメアリーも鞄の方へと向かう。
昨夜からすっかりシオンのペースに乗ってしまっているメアリーは、シオンに目に物を見せてやるくらいの勢いで鞄を持ち上げると昨夜に逸れてしまった元行く道へと2人並んで歩みを進めていく。
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