私のパパは魔王様

月夜

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第一章 放浪

10話 忘花

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スキルの本を読み終えた2人は他にも本を探して館内を歩きまわる。
10分ほど経った後、待ち合わせの場所に着くと、本を手に持つのはシオンだけだった。

「あなた、そんなに本を持ってるけど疲れたんじゃなかったの?」

「僕は本を読むのが好きなので大丈夫ですよ。最近読めてなかったのでこの機会に読もうかと」

そう言って手に持った数冊の本を机の上でトントンと音を鳴らして角を合わせると、それをカウンターへ持っていく。そこで少々のお金を払って借り受けの手続きを終わらせると、1週間以内に返しに来るようにと注意をされる。まあ、そのような期限がなくともメアリーが冒険に行きたいと言うのを1週間も抑える自信がないので返しにきているだろう。

そのまま図書館を出ると、2人は街の中央を通る街道の脇にある大きな公園に向かった。
道中、露店を見つけてシオンがメアリーにあれを買おうこれを買おうと懇願する。最初我慢していたメアリーだったが、食欲に負けてみたらし団子を買う。

「シオンはこういう物にも興味があるのね。私てっきりあなたは食べ物は何でもいいとか言う人かと思ってたわ」

「僕だって食べたいものもありますよ!普段こういった物は食べられませんし」

そんなやり取りをしていたが2人に店主が声をかける。

「また来て下さいね」

ニコニコ話しかけてくる店主に対して何か気まずい感じがした2人は「あ、はい」とだけ言って店から離れるとすぐさま街道を歩み進める。それからはシオンの購買欲も収まり、そのまま公園に向かう。

2人が公園に着いて最初に思ったのは大きすぎるという事だ。
ハルタの街のほぼ中央に位置するこの公園は山がひとつ立つのでは?と思わされるほど大きかった。実際に、山ほど大きくはないが公園を囲むように小さな丘が2つあり、その上から体を横向きにして転がり落ちてケラケラと笑っている子供もいる。

丘の麓には中へと続くトンネルのようなものもあり、外から光が差し込むその場所には中には机や椅子などが置いてあった。まるで休憩所のような場所だが、メアリーは「ここじゃないわ」と言って丘の上へと歩く。勾配も緩やかでスタスタと小走りで頂上に行くと、そこに腰を下ろす。

座ったまま地面をぺちぺちと叩いてシオンを手招きすると、鞄から先程買ったばかりでまだ温かみの残るみたらし団子を取り出す。

「シオン!はやくしないと私が全部食べちゃうわよー」

そう言われるとシオンは僅かに口角を上げて、

「僕が食べたかったんですよ。独り占めしないで下さい」

シオンも小走りになってメアリーの隣に座るとみたらし団子を手に取る。
眼下に広がる緑いっぱいの公園。その上を駆け回る少年少女を見ながらシオンはみたらし団子を口の中へと入れる。入った瞬間に醤油と砂糖で作られた甘く濃密なタレが口の中に広がり、それがシオンを満足させる。

「これ、とても美味しいですよ。口の中いっぱいに広がる甘い香りがとても良いです。それに、この丘に吹く風もとても心地が良いです。心が晴れていくような感じがします」

そう言ってまた一口と団子を食べ進めるシオンを見てメアリーも団子を食べ始める。

メアリーは団子を食べ終わると丘の上に広がる草に背中を預けて仰向けになって空をじっと眺める。

「シオン、空ってこんなに綺麗なのよ。私たちがどんなに頑張ってもそれは変えられないの」

そう言われてシオンも仰向けになる。

「メアリー、こうやって何もせずにゆっくりと過ごすのも良いですね。とても充実した気持ちになります」

「それに、心までポカポカとしてきます。太陽は僕の心も温めてくれるのですね」

シオンは軽く目を瞑って深く深呼吸をする。

「そうね。出来るならずっとこうしてダラダラと過ごしていたいわ。でも、私はパパの所まで行かなきゃならないの」

そう言ってメアリーも目を瞑る。

「シオンはどうするのかしら。他の大陸にも行くつもりだけどあなた他の大陸から来たのよね。またそこに帰っても大丈夫なのかしら」

シオンは頬を掻きながら答える。

「ああ、それなら大丈夫です。あまり気にしないでください」

「それなら良いわ。遠慮なく進んでいける」

そう言ってメアリーは傍に咲く小さな花を根元から引き千切る。
そのまま花弁を1枚ずつ散らして、残り1枚になったところで

「疲れた」

と言って最後の1枚を残したまま地面に置いて再び目を瞑る。
そのままメアリーが眠りにつくと、その様子を見ていたシオンは

「花がかわいそうじゃないですか」

と言って、メアリーが散らした後に風によって自分とメアリーの間に落ちた花弁と茎を土に埋める。

「この世に存在する全ての物はいずれ地に帰る、と言うやつですか。あいにく僕はそのように思いませんが」

「生きとし生けるもの全て地に帰ってしまったら誰が覚えていてくれるんでしょうか。メアリー、僕は忘れられたくありませんよ」

眠ったままの彼女にそう言ってシオンも眠りについた。



陽が傾いてきた頃にシオンの意識は覚醒した。
いつも自分が起きる頃には寝ているはずのメアリーが今は隣にいない。
右から左に吹く風に誘われるようにして丘の左側へと視線を向けると、そこには丘の麓で横たわるメアリーがいた。シオンは苦笑いになりながらもメアリーの方へと歩み寄る。

「メアリー、起きてください」

そう言われて、メアリーは直ぐに目を覚ます。いつもはなかなか起きないのだが、今横たわっているのは斜面で寝心地が悪かったのだろう。

「ああ、シオンここはどこなの」

「記憶がないんですか?ここは公園ですよ。メアは寝たまま寝返りを打ってここまで落ちてきたんです」

そう言われて状況を理解してきたのか、周りをキョロキョロと見渡した後に丘の頂上の方へとゆっくりと歩く。

「そうだったわ。少しポカポカしてたせいでボーっとしてたみたい」

真上にあったはずの太陽はもう低いところまで落ちてきている。暖かかった日差しはもうオレンジ色に輝く太陽からはあまり感じられない。中途半端に目が覚めた状態のメアリーにシオンが水を渡してそれを飲ませると、先程まで曖昧だった意識も安定する。

「はあ、私寝ちゃってたのね。さっきはありがとう」

そう言ってメアリーは丘の下まで一直線に駆け降りる。

「シオン!もう日が暮れるわ帰りましょう」

感情の起伏が激しいメアリーにシオンはうっすらと笑みを浮かべると、

「メア、起きていきなり体を動かすと危ないですよ!」

そう注意するが、メアリーは再びシオンの方へと走り始める。
そんな姿にやれやれと微笑ましく思ってと予想通りつま先が引っかかってその場に倒れ込む。

「ほら、言った通りじゃないですか」

「いてててて」

そう言って立ち上がると、服についた土を手で振り払ってシオンの方へと手を差し出す。

「早く行くって言ってるじゃない」

そう言われて今度は呆れたように笑ってメアリーの手を取る。

「そうですね。早く帰って今度は宿で寝ることにします」

「ええ、シオンったらまた寝るの?今寝たばっかじゃない」

「ああ、そう言えばそうでしたね」

そう言ってお互いに笑うと先程とは違ってゆっくりと降りていく。

「こうやってゆっくり歩くと転けませんね」

「うっさいバカ」

そうシオンが皮肉ったらしい事を言うと、メアリーは顔を赤くしてシオンの頭をペシッと音を立てて軽く叩く。
シオンの方からは、さらに低くなってきた太陽の緋い光でメアリーの表情がよく見えない。しかし、今の雰囲気を心地良く感じて叩かれた頭を掌でスリスリしつつ、「えへへ」と声を漏らす。

そのまま丘の斜面を降りると、メアリー丘の方を振り返って先程まで自分達が陣取っていた場所を指差す。

「あそこだけ花が咲いてるのよね。どうしてなのかしら」

そう言われてシオンも疑問を抱くが、それっぽい事を答える。

「あそこの上だけ人があまり来ないのでは?下の方は子供が駆け回ってるせいで花も踏み潰されて上手く咲かないでしょう。頂上の方は僕らのようにゆっくり過ごす人も多いと思いますし」

「そうね。でもそれなら強い花だったら下の方でも咲くことができるわ」

そう言ってメアリーは寝る前に自分がもぎ取った花のことを思い出す。

(そういえばあの花はプチプチといい音を立てて花びらを散らしていったわね)

そんなメアリーを置いてシオンは歩き始める。

「メア、ぼーっとしてたら日が暮れちゃいますよ」

そう言われてメアリーもシオンに一歩遅れて歩くことを再開する。
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