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第二章 守衛の捧女《ガーディアン・オファー》

26遺跡の守り手

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登場人物紹介を前話に挿入しました。

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「甘い!!集中しすぎると周りが見えなくなる癖どうにかせんか!!」

剣を握った男性が、目の前に倒れこむ少女に叱責する。
そんな男性の頭には白銀の獣耳がついていた。

「お父さん!!もう嫌だ!!何でこんなことしなくてはいけないの!!」

少女は目じりに涙を浮かべて父親に抗議する。
そんな少女の耳にも白銀の獣耳が頭の上についていた。

彼らは獣人。人よりも高い身体能力と、種族に応じた特徴がある。
彼らは銀狼の獣人。犬系統の獣人の中でもっとも強いと言われる種族だ。
それはひとえに身体能力だけの話ではない。

「私には魔法があるよ!!だから良いでしょう!?」

「馬鹿モン!!ワシら皆魔法は使えるわ!!魔法だけでは足りないのだ!!」

父は少女の頭に拳骨を落とす。
少女は頭を抱えて蹲る。

彼女達の種族である銀狼が強いと言われる所以は魔法を使えることにある。
基本的に獣人は魔法を使えない。魔力自体は持っているものの、それは身体強化にしか使うことは出来ないのだ。

だが、例外があるそれが彼女達だ。
彼女達の種族、銀狼を含めた四種族が魔法を使うことが出来るのだ。
だからあらゆる種族の中でも強いといわれているのだ。

だが、その数はすくない。
その特異性ゆえに昔から妬みにあっており、殺されその数を激減させたのだ。
また、彼らは特異性を持つためある物・・・の守護も代々受け継いでいる。
そのある物を狙い奪いにくる者がいることもその数を激減させたことにつながっている。

今では数が減ったことで危機感を覚えた国のトップが保護に回っており、襲われることも少なくなっている。
他の獣人も数を減らした四種族を守るため手を尽くしている状態だ。

「何で私がこんなことをしなければならないの!!」

「自分の身を守るためだ!!いつ襲われても大丈夫なように鍛えなければならないのだ!!」

父親は駄々をこねる自分の娘を叱責する。
同時に心苦しくもあった。止むを得ないとはいえ少女につらい責務を負わせているのだから。

少女は目じりに涙をためながらも立ち上がる。
男性は心の中に葛藤を抱えながらも少女に向け剣を振り上げるのだった。



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「ドルマさん。リーリエの様子はどうですか?」

その夜、男性――ドルマ――は妻のケティと酒を飲んでいた。

「恐ろしいな。剣の腕も魔法の腕も一流だ。流石あれ・・に選ばれただけの事はある」

「それが彼女を苦しめているのですけどね………」

ケティは心苦しそうに呟く。
少女――リーリエが担う運命はつらいものである。
ただ適合者・・・だったというだけで運命を担うことになったリーリエをケティは嘆いているのだ。

「適合者でなければ、彼女にも選べる道があったのに………」

「しょうがない、それにリーリエが運命から解放されればリーリエにも選ぶ道がある……」

ドルマの言葉が尻すぼみになる。
彼も理解しているのだ、リーリエが運命から逃れられないっこと。そして開放されることが無いことを・

「私たちに出来ることは、戦う術を教えることだけだ。彼女を彼女自身を守るためにはそれしかない」

「そうですね……ッツ!!」

ケティとドルマが気配を感じ立ち上がる。
感じた気配は敵意。つまり彼らを狙った何者かが近づいてきているということだ。

「ケティ、リーリエを起こして来い」

「ハイ」

ケティはリーリエを起こしに寝室へ行く。
その間にドルマは聴覚を強化し、敵対者の情報を探る。

(足音が多い!?数は二百以上。何者だ!?)

「父さんどうしたの?」

焦りが表情に表れていたのか、起きてきたリーリエが心配そうな表情でドルマの顔を覗き込んでいた。
ドルマはリーリエにこわばった笑みを浮かべ首を横に振る。

「いや、なんでもない。それよりリーリエ、お前は外出の準備をしろ。逃げる準備だ!」

ドルマの真剣な表情に、リーリエは何か聞きたそうな顔をしていたが頷くだけにとどめ、荷物をまとめるため部屋へと駆け出す。
ドルマは防具と武器を取り出し身につける。

「ドルマさん。相手はそんなに……」

「相手は二百以上、獣人と人間の混合部隊だ。となると狙いは一つだ」

「まさかリーリエを!?」

ケティは顔を真っ青にして呟く。
ドルマはそんなケティに向かって深く頷く。

「ああ、リーリエをり……!?」

突如家が揺れる。
近くにあった家具が吹き飛び、其処から火が燃え上がっていた。

「魔法か!!ケティ!リーリエを連れて逃げろ!!あれは私が食い止める!!」

「父さん!!私も戦う!!」

悲壮な覚悟で敵に挑まんとするドルマに準備を整えたリーリエは呼びかける。
だが、ドルマは首を横に振り諭すように話す。

「リーリエ、奴らの狙いはお前だ。だからお前はなんとしても逃げなければならない。それに奴ら程度ならば父さん一人で何とかなる。母さんと一緒に待っててくれ」

「う、うん」

ケティはリーリエの手を引き裏口へと駆け出す。
直後再び家が揺れる。見れば天井が吹き飛んでいた。

開いた壁の穴からドルマは迫り来る集団を見据える。

「私が生きてる限り!この先へは何人たりとも通さんぞ!!」

ドルマは武器を構え、集団へと突っ込んでいった。



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「はあ、はあ、はあ」

ケティは悲壮な顔を浮かべながら山道を走っていた。
ケティには分かっていた。ドルマが勝てるはずも無いことを。
だが、振り返ることはしない。彼の作ってくれた時間を一秒たりとも無駄には出来なかった。

「はあ、はあ、はあ」

もう数時間は走っただろうか。ケティの体は疲れを訴えていた。
いくら獣人とはいえ、ケティは戦闘訓練も何も受けてはいない。
数時間も全力で走り続ければ疲れないはずも無かった。

「お母さんもう休もう?」

リーリエは心配そうな表情でケティを見る。
リーリエは汗はかいているものの、疲れはなさそうに見える。
ケティは其処に希望を見出した。

「リーリエ先に行きなさい。お母さんは休んでからあなたの元へ向かうから」

「嫌だよ!!お母さんも一緒に行くんだよ!!」

リーリエは首を横に振る。
ケティはそんな愛娘を撫でると安心させるように笑いかける。

「あなたはもう十六歳でしょ?いつまでも駄々こねるんじゃありません。それとも一人じゃ何も出来ないの?違うでしょ。あなたなら出来る。さあ行って、私も後から行くわ」

ケティはリーリエの背中を押す。
リーリエは何度も振り返りながら走り出す。

「ゴメンね、約束は果たせそうに無いわ」

後から必ず行くといった。だが、それは果たせそうに無かった。
ケティの耳にはいくつもの足音が聞こえていた。追っ手だ。

このままではリーリエに追いつかれる。それをさせるわけには行かなかった。

『炎魔法 灼熱の神狼インコンデンセンスフェンリル

リーリエは呪文を唱え、敵が現れた瞬間魔法を解き放つ。
現れたのは真っ赤に燃える狼。
その狼は現れた敵を片っ端から攻撃していく。

「逃げなさい………リーリエ」

ケティーは魔法を避けて迫ってくる敵に対処するため詠唱を始めるのだった。



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「お父さん、お母さん………」

リーリエは涙を流しながら山道を駆け下りていた。
リーリエには分かっていた。ドルマやケティが助かる可能性が低いことも。
彼らは必死にその悲痛な決意を隠し笑顔を浮かべていたが、リーリエは彼らの子供だ。隠していても分かってしまう。

だが、自分には何にも出来ない。ただ守られることしか出来ないのだ。
そのことが悔しくて、そして悲しかった。

「ッツ!!」

リーリエの耳が足音を捉える。自分を捕まえんと迫る追跡者だ。
リーリエは身体強化を全力で施し、山を駆け下りる。
だが、その距離は遠ざかるどころか縮まる一方だ。

(逃げ切れない)

リーリエはそう判断し、剣を構える。
敵対者はすぐ現れた。

「投降してもらおう。リーリエ・マテライト」

事務的口調で男が告げる。
だが、リーリエにその選択肢は無い。
両親が繋いだ命を粗末には出来ない。

「やああああああああああ!!」

リーリエは目の前の敵へと切りかかる。

甲高い刃物の音が周囲に響き渡った。

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