海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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軍事演習への招待

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 その朝、ヴァルメア侯爵邸の玄関先に、見慣れぬ封蝋を施された文が届けられた。
 深紅の蝋に刻まれた紋章は、波間に浮かぶ三つの星、ルシエンテス王国王家の証。

「……わたくし宛?」

 文を手に取ったエリザベスは思わず首を傾げた。差出人は騎士団本部、内容は来月催される軍事演習への招待であった。

 演習といえば、武の誇示であり、王国貴族たちにとっては一大社交の場でもある。
 しかし、彼女に直接招待が届くのは異例だった。

「これは……」

 傍らで文を覗き込んだエドワードの眉が、ほんのわずかに寄った。

「俺は医療団として元々参加が決まっている。だが、君への招待状が来るとは……」

 彼の声音は低く、隠せぬ不満を含んでいた。
 軍事演習は基本的に男性中心の催し。女性が招かれる場合は、特別な意味がある。

「エスコート役は……カルロス殿下か」

 続く文面にはそう明記されていた。
 エリザベスは一瞬言葉を失い、エドワードの横顔を盗み見る。彼の碧眼が淡く光り、唇は引き結ばれている。

「お気に召しません?」

 恐る恐る尋ねると、エドワードは溜息をつき、彼女の手を取った。

「……不満ではある。だが君が“人魚姫”として、国に必要とされている証でもある。役立つ場があるのなら、俺が口を挟むべきではないな」

 彼はそう告げながらも、指先には独占欲が滲んでいた。
 その強い熱に、エリザベスは胸の奥をかすかに震わせる。

 しかし封筒にはもう一通、小さな便箋が忍ばされていた。

「……これは?」

 開いた瞬間、エリザベスの瞳が大きく見開かれる。
 差出人は――ルシエンテス王妃殿下、セラフィナ。

 優雅な筆跡で、彼女をお茶会へ招く旨が記されている。しかも軍事演習の日取りに合わせて。

「なるほど……」

 エリザベスはすぐに察した。
 演習の招待は表向きの理由。実のところ、王妃殿下との会見こそが真の目的なのだと。

 エリザベスは、掌に残る王妃の筆跡を見つめ、静かに息を吸い込んだ。

「人魚姫として求められるならば……わたくし、応えたいと思います」

 その声音には、揺るぎない決意が宿っていた。だがすぐに首を横に振り、真っ直ぐにエドワードを見上げる。

「けれど……わたくしはこの国の人魚姫ではございません。土島の人魚姫なのです」

 言葉を置いた瞬間、エドワードの碧眼がやわらかに細められた。
彼の唇が静かに弧を描く。誇らしげで、満足げな笑みだ。

「そう言ってくれるのが、何より嬉しい」

 その視線を受け、エリザベスは頬を染め、けれど胸を張るように言葉を続けた。

「だから、わたくしは未来のヴァルメア侯爵夫人として、土島の人魚姫としてお茶会に行って参りますわ。……もちろん、タダでは動きません」

 小悪魔めいた笑みを浮かべたその顔は、まるで悪巧みを思いついた子どものように輝いていた。

 そんな彼女を見て、エドワードは驚いたように目を瞬かせ、それから愉快そうに笑った。

「どんなイタズラをしてくるんだ?」

「ふふん、決まっておりますわ。もちろん、我が領地の新事業に向けた営業です」

 自信満々に言い切るエリザベスの瞳は、海面のようにきらきらと光を宿している。彼女が心から生き生きとしているのは、誰の目にも明らかだった。

 エドワードはその姿を愛おしそうに見つめ、堪えきれぬように笑みを零した。

「それは当主として、成果を期待せざるを得ないな」

 二人の掌が再び重なった時、エリザベスの胸は未来への高鳴りでいっぱいになっていた。







 軍事演習の招待状が届いた日の夕刻。
 エリザベスは侯爵家の執務室にこもり、机の上に広げた資料と睨み合っていた。

 机上には、乾燥させた薬草の束、抽出液の小瓶、そして土島から持ち込んだ古びた薬草誌。
 香りは濃く、空気が甘苦く満ちている。

「……医療以外の用途、ね」

 侯爵夫人としての将来を見据えた新事業。
 最高品質の薬草を、これまでの薬だけでなく「日常に使えるもの」へと転用しようという試みだった。

 薬草を用いた基礎化粧品。
 そして、薬効を活かしつつ嗜好品として楽しめるスイーツ。

 構想は夢のように広がる。
 けれど実際に形にするとなると、経験も知識も乏しい島育ちの彼女には壁が高かった。

「どうすれば……もっと滑らかに、肌に馴染むのかしら」

 試作品の乳液を指先に伸ばしてみても、重く、油っぽい。
 理想の「日常に取り入れられる軽やかさ」とは遠い。

 思わず溜息がこぼれる。

「……お嬢様」

 声をかけたのは、補佐役に任じた元領主のラウルであった。
 真面目で研究熱心な彼は、彼女の苦心を見守りつつ頭を下げる。

「領の知識だけでは、やはり限界がございます。薬としては完成度が高いのですが……」

 隣では、ラウルの妻マーシャが試作品の菓子を小皿に並べていた。
 薬草を練り込んだクッキーは、ほろ苦く、子どもには到底受け入れられまい。

「もっと……工夫が必要ね」

 エリザベスは小さく呟いた。
 夢を描きながらも、島の知識に閉じ込められていることを痛感する。

 そこで、ふと脳裏に浮かんだ名があった。

(……クラウディオ・フォン・シルフリード様)

 風島の公爵令息。
 土島と不利益な防疫を組まされた若き風の嫡男。
 彼なら、薬草と風土を融合させる新たな視点を持っているかもしれない。

 迷いはなかった。
 エリザベスはすぐに筆を執り、彼へ便りを書いた。

“薬草を用いた新事業に挑んでおります。ですが、知識に行き詰まっております。
もしご興味をお持ちいただけましたら、ぜひお力を貸していただけませんか。”

 封を閉じると、胸がどきりと高鳴った。




 風島の公爵邸。
 エリザベスからの手紙を手にしたクラウディオは、深く息を吸った。

 あの夜、彼は心に誓った。
 「次にあの地を訪れるときは、父に誇れる成果を持ち帰ろう。エリザベス様とヴァルメア家に、恥じぬように」と。

 その機会が、今まさに目の前に差し出されたのだ。

「……ぜひに」

 震える指で返事をしたためる。
 風を操るかのように筆が走り、言葉はすぐに整った。

 返書はこう結んだ。

“お声をかけていただけたことを、何より光栄に存じます。
ぜひ共に、未来を切り拓きましょう。”



 数日後。
 ヴァルメア侯爵邸の門前に、一台の馬車が到着した。

 降り立ったのは、薄青の外套を羽織った若き公爵令息。
 柔らかな風に銀髪が揺れ、彼の緑の瞳は知性の光を湛えていた。

「クラウディオ・フォン・シルフリード様」

 迎え出たエリザベスは、自然と微笑んでいた。
 彼が一歩近づいた瞬間、吹き抜ける風が薬草の香りを運んでくる。

「……お呼びいただき、ありがとうございます」

 彼は深々と頭を下げた。
 その声には、決意と期待、そしてかすかな高揚が混じっている。

 こうして、エリザベスとクラウディオの合同開発が始まった。



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