海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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潮風の誓い ― ルシエンテスの祝福 ―

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 そして、ついに――。

 エリザベスが祭壇の前に立った。
 エドワードが、彼女を迎えるように一歩踏み出す。

 二人の距離が、風に溶けていく。
 海が寄せる波が、ふたりの靴先を濡らした。
 まるで「この地を忘れぬように」と告げるように。

 白銀の礼装が陽光を受けて眩しく輝き、胸元には王家より贈られた蒼玉の紋章。
 幾多の嵐を越えた男の背筋は、剣のように真っ直ぐだった。
 けれどその瞳には、ただひとりの女性への優しさがあった。

 二人の視線が交わる。
 視線が交わった瞬間、世界が静まり返った。
 波の音さえ、ふたりの息に合わせて緩やかに寄せては返した。

 カルロス王――かつての王太子が、司式者として祭壇に立つ。
 彼の衣には王国の象徴である四属性の紋章が輝き、王冠を戴くその姿は、若き国の象徴そのものだった。

「ルシエンテス王国の名において、ここに二人の誓いを記す」

 その声は、潮風に乗って清らかに響く。

「海は君たちを試し、風は君たちを導き、炎は君たちの勇気を証とする。
 ――この地に立つこと、それがすなわち、愛の証だ」

 波の音が、まるで拍手のように寄せてきた。
 参列者たちは皆、息を詰めて見守っている。

 エドワードが一歩前に出る。
 その手が、そっとエリザベスの手を取った。
 彼女の指先はわずかに震えていたが、それは恐れではなく、溢れる幸福のせいだった。

 白いヴェールが、風に舞い上がる。
 真珠のティアラが朝日を受け、きらめきが波の上に散った。

 エドワードはゆっくりとヴェールを持ち上げ、彼女の瞳を見つめた。
 その瞳の奥に映るのは、長い歳月の果てに辿り着いた“帰る場所”。

「……もう、波に攫われるな。どんな荒海でも、俺が隣で舵を取る」

 低く、穏やかな声だった。
 彼女は微笑み、頬を濡らす涙を拭いもせずに言葉を返す。

「ええ。わたくしも、貴方とならどんな嵐も恐れません。海が許す限り、この手を離さないと誓います」

 その誓いに、風が応えた。
 潮風がふたりを包み込み、波間の光が揺らめく。
 まるでルシエンテスの海そのものが、ふたりの誓いを祝福しているようだった。

 沈黙のあと、カルロスが深く頷く。

「――ここに、エドワード・ヴァルメア公爵と、エリザベス・ヴァルメア夫人の婚姻を認める。海よ、風よ、炎よ、大地よ。彼らに永遠の祝福を!」

 その声と同時に、祝福の鐘が鳴り響いた。
 白い花びらが浜辺に舞い、海鳥たちが一斉に羽ばたく。
 潮騒と鐘の音が重なり、世界がひとつの音楽に包まれた。

 アニーとハリーが歓声を上げて跳ねる。
 マーシャは胸に手を当て、涙をこぼした。
 セシリアが感極まったように両手を合わせ、クラウディオがその手を握る。
 マリウス公爵は静かに目を閉じ、娘のレティシアはその隣で、憧れと尊敬の入り混じった眼差しを送っていた。
 ノエル・シルフリードは微笑みながら、隣の婚約者の手を強く握り、アナスタシア王妃は胸に手を添えてそっと祈りを捧げた。
 その全てが、ひとつの祝福として海に溶けていく。

 エドワードが、そっと彼女を抱き寄せた。
 唇が触れる直前、風が優しく吹き抜ける。
 ヴェールがふわりと広がり、二人の輪郭を包み込んだ。

 ――世界が、祝福で満たされる。

 花びらが空に舞い上がり、陽光がそれを透かして虹のような光を描く。
 ルシエンテスの空は、この日一度も曇ることはなかった。


 式のあと、王族も貴族も民も、共に島の広場で宴を囲んだ。
 潮風に揺れる灯火が浜辺を照らし、波間には無数の小舟が灯を浮かべていた。
 それぞれが願いを託す「海灯(かいとう)」――愛と感謝を海へと返す、この国の伝統だった。

 カルロスとアナスタシアは、並んで波打ち際を歩き、笑みを交わしていた。
 ヴィクトールは彼らを遠巻きに見守り、剣ではなく花束を携えていた。
 かつて氷のようだった王妃の横顔に、穏やかな微笑が浮かぶ。

「……海が、笑っているわね」

 アナスタシアの言葉に、カルロスは小さく笑みを浮かべ、静かに頷いた。

「君の言う通りだ。あの二人が歩き出した今、この国はもう二度と沈まない」

 少し離れた場所で、クラウディオとセシリアが手を取り合って踊り、マリウス公爵は静かに杯を掲げた。
 レティシアは海辺で、エリザベスから贈られた髪飾りを指先で撫でる。
 かつて彼女を見下ろしていた自分が、いまは憧れを抱く――そんな心の変化を、潮風が優しく包んでいった。

 ノエルは医療団の仲間たちと共に、海灯を海へと流していた。
 その灯火が遠くへと漂うたびに、誰かの命が救われた日々を思い出す。
 ――あの人のように、癒やしの力を世界に広げたい。
 そんな誓いを、彼は静かに胸に刻んでいた。

 その日、ルシエンテス王国の空は、一度も曇ることがなかった。
 太陽は高く、海は穏やかに笑い、風はやさしく吹いた。
 人魚姫と呼ばれた少女は、ついに陸に立ち、王国と共に歩み始める。

 彼女の傍らには、彼女を選んだ“騎士”がいる。


 海は寄せて囁く――

 「祝福を、永遠に」と。





【完結】
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