海が囁く誓い ー冤罪で島流しになった令嬢は、初恋王子と戀に堕ちるー

まめなちゅせん

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金の潮が照らす日

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 潮の香りが、清らかな鐘の音に溶けていった。
 太陽はすでに水平線を離れ、金の光を海へと撒き散らしている。
 波打ち際に並ぶ白い花々が、柔らかな風に揺れ、そのひとつひとつが祝福の言葉をささやくようだった。

 ここはルシエンテス王国の南端、穏やかな潮風が流れる“土島”。
 浜辺に設けられた特設の祭壇は、白い貝殻と真珠で飾られ、まるで海そのものが祝福の幕を掲げているかのようだった。

 参列者の列が静かに整う。
 貴族も平民も、島民も商人も、皆が息を呑み、視線を一点に注いでいた。

 ――そこに、エドワードが立っている。

 陽光を浴びた白の正礼装。肩には金糸の刺繍が輝き、剣帯に刻まれた紋章が、彼の歩んできた戦いと誓いを物語っていた。
 その背筋は真っ直ぐに伸び、鋭くも穏やかな瞳は、ただひとりの人を見つめている。

 タウンハウスの侍女たちがその身支度を整え終えたころ、彼の前へと一人の男が歩み寄った。
 カルロス王太子――いや、今やルシエンテス王国の新たなる王である。

「……見事だよ、エドワード。君がようやく“自分の居場所”を見つけたようで嬉しい」

 カルロスの声音には、友としての温かさと、王としての誇りが滲んでいた。

「カルロス殿下。いえ、失礼しました――国王陛下。本日は、我が島までご足労いただき、感謝申し上げます」

 エドワードは深く頭を垂れ、言葉に敬意を込めた。
 カルロスは微笑み、軽く肩をすくめる。

「ははっ、わざとらしいね。ヴァルメア侯爵……いや、公爵閣下」

「私は侯爵のままでよかったのですが?」

「それは無理だろう。これだけのことを成し遂げてしまったんだ。周りが黙ってはいないさ。それは――君のご夫人にも同様に言えることだけどね?」

「はは、違いない」

 エドワードが目を細め、周囲を見渡す。
 水、風、火の三大公爵が並び、前王夫妻、元リンドブルグの貴族たち、そして周辺諸国の代表者が揃っていた。
 いずれも、エリザベスに恩を受けた者ばかりである。

 その中から、壮年の貴族がゆっくりと近づいた。
 彼女――エリザベスの父である、エリクセン公爵家の当主だ。

「ヴァルメア公爵」

「義父様、本日はありがとうございます」

「お礼を言うのはこちらの方だ。君には我が家族一同、大変世話になった。なんと恩返しをすれば良いか……」

「それなら、すでに頂いております」

「おや? 何か渡したかね?」

「ええ。――何よりも大事なご子女様を、ですよ。彼女以上の褒美はありません」

「ははは! 君には敵わん。前国は本当に見誤ったものだ。こんな優秀な者を手放すとはな」

「それは妻にも言えることです。彼女ほど神に愛された女性を、私は知りません」

「あらあら、そんなに惚気て。わたくしの娘は幸せ者ね」

 母君が柔らかく微笑む。
 その言葉に、エドワードは恭しく一礼しながら応じた。

「義母様。本日はより一段とお美しい。まるで海の女神が祝福を授けに来られたようだ」

「ふふ、さすがは娘に見初められた殿方ね。言葉の使い方が上手だこと」

 そのとき、場の空気を明るくするように、快活な声が響いた。

「お義兄上! 本日はおめでとうございます!」

 エリザベスの弟、ヘンリーが満面の笑みを浮かべて現れた。

「ヘンリー。今日はまた一段と輝かしいな。若い令嬢たちの視線を総取りではないか?」

「何を仰いますやら。義兄上こそ、何人もの令嬢を悲しませたのでしょう? 元リンドブルグ貴族のご令嬢方が、既婚者と知って落胆している姿を何度も見かけましたよ」

「……知らんな」

「相変わらず、義兄上は姉上しか見えておりませんね」

「当然だ。エリザベス以上の女性を、俺は知らないからな」

 その言葉に、潮風が優しく吹き抜けた。
 遠くで鐘の音が再び鳴り響き、海面にきらめく光が二人の未来を照らしていた。

 やがて、潮風がひときわ強く吹き抜けた。
 その瞬間――浜辺の奥、花のアーチの向こうに、白いヴェールが揺れた。
 陽光を受けた金糸の髪、真珠のティアラ。
 海の波を模したドレスの裾が、砂に光を落としていた。

 ――エリザベスだった。

 彼女の一歩ごとに、花びらが舞う。
 その先導を務めるのは、アニーとハリー。
 小さな手で花を撒きながら、満面の笑みで彼女を導く。
 マーシャはその後方で、優しくヴェールを支えていた。

 参列者の列が小さくざわめく。
 その中に、見慣れた顔ぶれが並んでいる。

 風属性の名門、シルフリード公爵家の主――エルマー公爵。
 隣には息子のクラウディオ。
 彼は深緑の礼服を纏い、その傍らには婚約者のセシリア・ヴァンディール嬢がいた。二人は並んで微笑み、手を取り合っている。

 エルマー公爵は目を細めた。

「初めはあまりの心酔っぷりにどうなることかと思っていたが、まさかこの私よりもお前が結んだ縁が、我がシルフリード家一の繁栄をもたらすとはな。まさしく、“人魚姫の加護”という名の奇跡だな」

「本当に恐ろしいほど、エリザベス様は富を与えてくださいました。私にとってご夫人は、神にも等しい存在なのですよ、父上」

「わたくしもお二人に同意見ですわ。お相手がエリザベス様でなければ、わたくしは今頃もクラウディオ様の後ろを追うだけの娘でしょう」

 息子の真顔に、老公爵は吹き出した。

「ははは。そうか。社交界では今や“セシリア嬢が家を動かしている”と噂だぞ。父として恥じるべきなのか、誇るべきなのか悩んでしまう」

「お父様!」とクラウディオが慌てて声を上げる。
 セシリアは柔らかく笑った。

「ふふ、それもこれもエリザベス様のご加護あってのことですわ。ああ……良い風です。エドワード様の式に、風が祝福を運んでいるようですわね」

 その囁きに、クラウディオは頷き、彼女の手を握り返した。

「ええ。だが、風の流れが穏やかなのは――エリザベス様の“心”がそうだからですよ」

 その声はどこまでも静かで、温かかった。


 少し離れた席では、マリウス公爵とその娘、レティシアが座していた。
 水属性の紋章を刺繍した衣を纏い、涼やかな眼差しで祭壇を見つめている。

「……あの方が、かつての“亡命者”だとは思えませんね」

 レティシアの声は、どこか柔らかく、そして遠い。

 マリウスは静かに頷いた。

「人は、環境ではなく信念によって磨かれる。彼女はそれを体現した。そして――それは我が家にも教えを与えてくれた」

「お父様……?」

「レティシア。私はな、ずっとお前を自慢の娘だと思っていた。誰よりも優れた才を持つと。しかし……違ったのだと知った」

 マリウスの声には、静かな温もりがあった。

「家柄だけでは、上辺しか取り繕えない。魔力だけでは、心までは動かせない。
 私は“厳しさの中に愛がある”と思っていたが……彼女を見て気づいた。愛の中にこそ、真の厳しさがあるのだと」

 レティシアは唇を震わせながら小さく頷いた。

「……彼の方は特別なのですわ。四属性を持ちながら、その力を誇示することなく、他者を奮い立たせる“種”にする。決して驕らない。正直、敵わないと思いました」

 彼女は髪に差した飾りにそっと触れた。

「傲慢だったわたくしを、力でねじ伏せることなく、自力で気づくよう導いてくださった。……あれほどの器量、どうやったら身につくのでしょう」

 マリウスは柔らかく笑んだ。

「今宵の夜会で、その磨いた舞を見られるのを楽しみにしているよ、レティシア」

「はい。ぜひ、“人魚姫様”と並んで舞ってみせますわ」

 父の言葉に、レティシアは微笑んだ。
 その横顔は、かつての誇り高い令嬢ではなく、未来を見据える女性のものだった。


 医療団の席では、副団長ノエル・シルフリードが静かに式を見守っていた。
 整った顔立ちに穏やかな微笑を浮かべ、膝の上には婚約者の手が重なっている。

「エリザベス様……本当に強い方です」

 婚約者が呟く。
 ノエルは頷き、海の方を見つめた。

「彼女の強さは、“誰かを癒やすために立つ”力だ。医療団として――俺たちは、その志を継いでいきたい」

 海風が、彼の前髪を揺らした。


 王族席では、国王カルロスと王妃アナスタシアが並んで座していた。
 かつて氷雪のように冷たく見えたアナスタシアの瞳は、いまや穏やかに光を宿している。
 隣には、忠実な騎士ヴィクトールが控えていた。

「陛下……彼女の笑顔を見ていると、まるで“海が笑っている”ようですね」

 アナスタシアが囁くと、カルロスは小さく微笑んだ。

「彼女には頭が上がらないよ。国土がここまで繁栄したのも、もちろん公爵たちの力も大きいが、その原動力を与えたのは――彼女の存在だ。もし彼女がいまだ王太子妃であったなら、ルシエンテスの未来は違っていたかもしれない」

 ヴィクトールが深く頷く。

「私がこうして陛下のお側に立てているのも、誇りも命も……全てはヴァルメア公爵夫人の激励があってこそ。でなければ、私はとうに折れていたでしょう」

 アナスタシアは優しく笑みを浮かべた。

「それは、わたくしも同じです。――私たちは授かったのです。人魚姫の祝福を」

 カルロスは朗らかに笑った。

「はは、我が国の信仰を知っているかい? 神よりも“人魚”を詠う詩が人気なんだ。もはや民は、祈りの形さえ海へと返している。……この国を変えたのは、間違いなく彼女だよ」

 ヴィクトールが頭を垂れる。
 アナスタシアはその様子を見て、穏やかに頷いた。
 当然だと言うように。
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