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断罪と島流し
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「エリザベス! 君は何てことをしたんだ!」
「ちがっ、わたくしではありません!」
「聖女に毒を盛るなど万死に値するぞ!」
この国の王太子であるウィリアムは婚約者であるエリザベスではなく、口端から血を流し意識を失った黒髪の異世界から召喚した聖女様を腕に抱いて大声を上げた。
もちろん、犯人はエリザベスではない。
彼女は公爵令嬢にして王太子妃。我が国の要人である聖女様に毒を盛るなど万死に値する重罪と理解しているからだ。
「そんなに王太子妃の座が欲しいか! だが、このような愚行をする者にこの国を任せることはできない。君とは婚約破棄だ!」
「そんな」
王太子妃の座が欲しくないと言えば嘘になる。けれど、その座を望んだのではなく、これまでの妃教育が無駄になるのが悔しいというのが本音だ。
ウィリアムとは恋仲にはなれなかったけれど、この国を守る仲間、家族としてやってきたつもりだった。過去に何度か恋仲になった聖女様を側室に迎えることを勧めたくらいだ。つまり、二人を繋ぐ情は愛ではなく志であると、誰よりもウィリアムが知っているはずなのに……。
周囲が噂する、二人が恋仲になった聖女様にエリザベスが嫉妬し、毒殺を図るなどあり得ないことだとウィリアムは分かっているのでは?
こうして話を全く聞こうとしない王太子は即座に婚約破棄を言い渡した。
最終的にわたくしは聖女殺害未遂の罪で島流しの刑に処された。
◆
───ザザァと波の音と共に、海で遊ぶ子供達の声が海辺に響く。
「見てみろよ! すげー! これってきんかじゃね?」
「まさか。ただの破片でしょ」
先日の悪天候が影響し、海は荒れていた。
その為、砂浜には様々な物が打ち上げられており、子供達はその中にお宝はないかと探索に来ていたようだ。
「他にもさがそうぜ、ぶっ!? ……ってぇな! きゅうにとまんなよ!」
「人魚がいる」
「はあー?」
ひとり子供が倒れている女性を指差すと、周囲の子供がその先を見つめる。
するとそこには、打ち上げられた女性が横たわっていた。
「どっちかっつーと天使じゃね……?」
「きれい……」
照りつける太陽の下に、肌に張り付いた淡紅髪が輝きを忘れずに光を放っていた。
あまりにも美しいその容姿に、足があるにも関わらず、子供達は彼女を人魚と勘違いしたようだ。
「って、そんなこと言ってる場合じゃないよ! だれか大人をよんでこなきゃ!」
「あ! あそこ!」
「領主さまぁー!! こっち!」
「領主さまじゃないでしょ! ラウルさーん、マーシャさーん! 女の人がたおれてるー!」
大きく手を振って大人を呼び止める子供達を見た夫婦は、子供達が指さす倒れている人に驚き、慌てて駆け寄った。
海辺に打ち上げられたであろう少女の息を男性が確認する。
「……息はあるようだ」
その言葉に、妻だけでなく子供たちも安堵する。
「よかったわ。一度屋敷へ連れて行きましょう」
「旦那様が不在なのにか? そんなことをすれば」
「お戻りまで1ヶ月はあるわ。それまでに意識が戻らなかったら、え、あ、あなた! このお方もしかして」
何かに気付いたのか、女性が顔に張り付いた銀の髪をかき分ける。目を閉じる少女の顔を覗き込むと、見知った人物と重なった。
「エリザベス王太子妃様!?」
「何故エリクセン公爵令嬢がこんなところに……。いや、今はそんなこと言っている場合ではないぞ。マーシャ! 急いで屋敷へお連れしよう!」
「ええ!」
見知らぬ人ならば躊躇したが、相手はまさかの隣国の王太子妃。これは一大事だ。
少女の身体に触れるのは忍びないが、何せここは貧乏領と言われる海に囲まれた離島。治安を守る衛兵など存在しない。
ラウルは無意識の王太子妃に触れることへの無礼を詫びると、濡れた体を抱き上げた。
荷物は妻とついて行くと聞かない子供達へ預け、急足で屋敷へ向かったのであった。
その日は生憎の大雨だった。
打ち付ける雨音が響く中、屋敷内には二人の男女の笑い声が書き消すように響き渡り、仲睦まじい様子に使用人達の目尻が下がる。笑い声の主はエリザベスと弟のヘンリー。姉のエリザベスは王妃教育のため長い間王宮住まいであったが、月に一度帰省を許され、その貴重な一日がまさに今日だ。
エリザベスと十も離れた弟は公爵家が待ちに待った嫡男であり、皆が可愛がっている。それはエリザベスも同様で、帰省すれば空いている時間の全てをヘンリーとの交流に費やしていた。
「あねうえ見てください! 火と水、ふたつのまほうが出せるようになったんです!」
小さな掌の上、宙に浮く赤と青光球がゆらゆらと揺れている。赤は火属性、青は水属性を表す。
エリザベスはその二つの光球に目を輝かせ、両手を合わせると嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、凄いわヘンリー! その歳で既に二属性を同時に出力できるなんて、ヘンリーは天才だわっ」
「えへへ、うれしいです。でも、まだまだです」
「どうして? 六歳にして魔法を具現化出来ることは誇らしいことよ。王国騎士団の皆さんでさえ簡単なことではないと仰っていたわ。もっと自信を持って」
「でもあねうえは四つ出せるじゃないですか。ぼくもあえうえのようにつかえるようになりたい」
そう、これがエリザベスが王太子妃に選ばれた理由だった。本来、人類が個々に所持している魔法属性は一つ。多くて二種と言われており、三種もあれば身分問わず王国騎士団で確かな地位を与えられるとされている。
現に王国騎士副団長は平民出であるが扱える属性が水、風、土と三種を巧みに扱う非常に優秀な騎士である。
以上が世論であるが、エリザベスが扱える属性が光を除いた全属性だ。これは自国のみならず他国を探しても前例がない。エリザベスが男性ならば“勇者”または騎士団長の座は確実だったであろう。
だが幸か不幸かエリザベスは女性。その身を恐れ、または取り入れようと他国の手が伸びるのも明らか。
愛娘の身を案じた父である公爵は陛下に進言し、最も安全である王太子妃の席をエリザベスへ与えるとし、公爵家、エリザベスが国を裏切らないことを誓った。
以上は現国王陛下と公爵家の一部しか知らぬ、国家機密である。
ちなみに婚約者である第一王子は、この事実を知らない。
「ふふ、高みを目指すことは素晴らしいことだわ」
正直四属性なんて女の私には余りすぎる力だが、こうして弟に目標にしてもらえるのならば悪くない。
父親似の柔らかな髪を優しく撫でると、弟はとても嬉しそうに目を細めた。その愛くるしさに愛しさが込み上げる。
なんて、穏やかな時間は大雨に流されてしまった。
「お、お嬢様! お坊ちゃま!」
この声は公爵家メイド長だ。彼女の取り乱した聞いたのは後にも先にもこの時だけだろう。いつも美しい所作で足音を立てない彼女が、バタバタと足音を響かせている。まるで訪れを告げるためにわざと大きな足音を立てて走っているとしか思えない。
エリザベスとヘンリーは互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
「歓談中失礼します!」
「メイド長、どうしたの?」
顔色が悪い。息を切らせて肩で呼吸をしている姿に、尋常ではないことを察して、エリザベスはスッと冷静になった。
「し、至急身支度を整えて奥様と王城へ。旦那様がっ、意識不明の重体に……!」
「お父様が!?」
「そう。わかったわ。お母様は?」
取り乱してはならない。
王太子妃であり、いずれ国母になるのだ。例え愛する父になにかあろうと、冷静でなければならない。
「お告げした時は動揺されましたが、意識はしっかりされております。現在は王城へ向かう為身支度を整えております」
「わかりました。ヘンリー、わたくしたちも同行します。支度しましょう」
「は、はい! あねうえ」
こうして大雨で馬の足元が落ち着かない中、エリザベスを含めたエリクセン公爵家は王城へと向かった。
馬車の中、母に寄り添い、不安げな表情を浮かべる弟に微笑みかけるエルザベスは王妃然としており、親ながら実に立派に育ったと感心するほどであった。
到着したエリクセン公爵家は療養する部屋へ案内され、意識不明で横たわる公爵家当主と対面した。
事前に報せで聞いていたとはいえ、愛する家族が伏せている姿を見るのは胸が締め付けられた。
「毒!? 国王陛下と主人が盛られたというのですか!? …っ」
「ははうえ!」
「医師様、解毒のほうは」
「残念ながら、お二方を蝕む毒は“魔毒”と思われます。私では力不足です」
“魔毒”とは、生命体から摂取する毒と違い、魔力を用いて生成される特殊な毒である。
解毒するには、光魔法での治癒が必要だ。この国で光属性を所持するのはリンドブルグ家のみ。つまり、この国の太陽、王族たった一族だ。
だが代々その力は弱まり、現国王、エリザベスの婚約者である王太子は光魔法を持ち合わせていない。
だからこそ、聖女という存在が尊とまれるのだ。
「聖女様のお力をお借りすることは出来ないのですか?」
「それが、聖女様も毒に蝕われているのです」
「なんてこと…!」
「ですが意識がございます。意思疎通もできます。流石は光属性の卓越者です」
ならば安心だ。聖女様には申し訳ないが、回復され次第、国王陛下と父の治癒をお任せしよう。
「そういえば、ウィリアム殿下はどちらに?」
「殿下ですか? 殿下でしたら…その」
「聖女様のお傍にいるのね」
「っ申し訳ございません」
「医師様が謝る必要などないわ。王太子として当然のことです。今、この場で聖女様を失えばなどと、口にするのも恐ろしいことです」
この頃には、既に殿下のお心は聖女様の隣にあった。
その事実を良しとしたのは他ならぬわたくし自身。
この場に、あのお方がいらっしゃれば。なんて不敬な思考だわ。
そして事態は冒頭へ遡る。
聖女に毒を盛った犯人だと容疑をかけられ、島流しに処された。
国王陛下と実の父に毒を盛った犯人としてではなく、婚約者の奪った聖女への犯行として。
「エリザベス王太子妃殿下に、聖女殿毒殺未遂の嫌疑がかかりました」
王宮広間で告げられた罪状に、臣下たちがざわめいた。
無実を訴えても、王太子ウィリアムは聖女を抱き締めたまま耳を貸さない。
国王は毒に伏し、権力を握る王妃の声が全てを決する。
裁きは一瞬で下った。
「婚約破棄を以て、エリザベス・エリクセンを島流しとする」
氷のように冷たい王妃の声。母に縋る弟ヘンリーの泣き声。
すべてが遠く霞んでいく中、エリザベスはただ己の無力を痛感した。
かつて四属性を授かりながら、国のためにと耐え続けた努力も、わずか数日のうちに瓦解したのだ。
「ちがっ、わたくしではありません!」
「聖女に毒を盛るなど万死に値するぞ!」
この国の王太子であるウィリアムは婚約者であるエリザベスではなく、口端から血を流し意識を失った黒髪の異世界から召喚した聖女様を腕に抱いて大声を上げた。
もちろん、犯人はエリザベスではない。
彼女は公爵令嬢にして王太子妃。我が国の要人である聖女様に毒を盛るなど万死に値する重罪と理解しているからだ。
「そんなに王太子妃の座が欲しいか! だが、このような愚行をする者にこの国を任せることはできない。君とは婚約破棄だ!」
「そんな」
王太子妃の座が欲しくないと言えば嘘になる。けれど、その座を望んだのではなく、これまでの妃教育が無駄になるのが悔しいというのが本音だ。
ウィリアムとは恋仲にはなれなかったけれど、この国を守る仲間、家族としてやってきたつもりだった。過去に何度か恋仲になった聖女様を側室に迎えることを勧めたくらいだ。つまり、二人を繋ぐ情は愛ではなく志であると、誰よりもウィリアムが知っているはずなのに……。
周囲が噂する、二人が恋仲になった聖女様にエリザベスが嫉妬し、毒殺を図るなどあり得ないことだとウィリアムは分かっているのでは?
こうして話を全く聞こうとしない王太子は即座に婚約破棄を言い渡した。
最終的にわたくしは聖女殺害未遂の罪で島流しの刑に処された。
◆
───ザザァと波の音と共に、海で遊ぶ子供達の声が海辺に響く。
「見てみろよ! すげー! これってきんかじゃね?」
「まさか。ただの破片でしょ」
先日の悪天候が影響し、海は荒れていた。
その為、砂浜には様々な物が打ち上げられており、子供達はその中にお宝はないかと探索に来ていたようだ。
「他にもさがそうぜ、ぶっ!? ……ってぇな! きゅうにとまんなよ!」
「人魚がいる」
「はあー?」
ひとり子供が倒れている女性を指差すと、周囲の子供がその先を見つめる。
するとそこには、打ち上げられた女性が横たわっていた。
「どっちかっつーと天使じゃね……?」
「きれい……」
照りつける太陽の下に、肌に張り付いた淡紅髪が輝きを忘れずに光を放っていた。
あまりにも美しいその容姿に、足があるにも関わらず、子供達は彼女を人魚と勘違いしたようだ。
「って、そんなこと言ってる場合じゃないよ! だれか大人をよんでこなきゃ!」
「あ! あそこ!」
「領主さまぁー!! こっち!」
「領主さまじゃないでしょ! ラウルさーん、マーシャさーん! 女の人がたおれてるー!」
大きく手を振って大人を呼び止める子供達を見た夫婦は、子供達が指さす倒れている人に驚き、慌てて駆け寄った。
海辺に打ち上げられたであろう少女の息を男性が確認する。
「……息はあるようだ」
その言葉に、妻だけでなく子供たちも安堵する。
「よかったわ。一度屋敷へ連れて行きましょう」
「旦那様が不在なのにか? そんなことをすれば」
「お戻りまで1ヶ月はあるわ。それまでに意識が戻らなかったら、え、あ、あなた! このお方もしかして」
何かに気付いたのか、女性が顔に張り付いた銀の髪をかき分ける。目を閉じる少女の顔を覗き込むと、見知った人物と重なった。
「エリザベス王太子妃様!?」
「何故エリクセン公爵令嬢がこんなところに……。いや、今はそんなこと言っている場合ではないぞ。マーシャ! 急いで屋敷へお連れしよう!」
「ええ!」
見知らぬ人ならば躊躇したが、相手はまさかの隣国の王太子妃。これは一大事だ。
少女の身体に触れるのは忍びないが、何せここは貧乏領と言われる海に囲まれた離島。治安を守る衛兵など存在しない。
ラウルは無意識の王太子妃に触れることへの無礼を詫びると、濡れた体を抱き上げた。
荷物は妻とついて行くと聞かない子供達へ預け、急足で屋敷へ向かったのであった。
その日は生憎の大雨だった。
打ち付ける雨音が響く中、屋敷内には二人の男女の笑い声が書き消すように響き渡り、仲睦まじい様子に使用人達の目尻が下がる。笑い声の主はエリザベスと弟のヘンリー。姉のエリザベスは王妃教育のため長い間王宮住まいであったが、月に一度帰省を許され、その貴重な一日がまさに今日だ。
エリザベスと十も離れた弟は公爵家が待ちに待った嫡男であり、皆が可愛がっている。それはエリザベスも同様で、帰省すれば空いている時間の全てをヘンリーとの交流に費やしていた。
「あねうえ見てください! 火と水、ふたつのまほうが出せるようになったんです!」
小さな掌の上、宙に浮く赤と青光球がゆらゆらと揺れている。赤は火属性、青は水属性を表す。
エリザベスはその二つの光球に目を輝かせ、両手を合わせると嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、凄いわヘンリー! その歳で既に二属性を同時に出力できるなんて、ヘンリーは天才だわっ」
「えへへ、うれしいです。でも、まだまだです」
「どうして? 六歳にして魔法を具現化出来ることは誇らしいことよ。王国騎士団の皆さんでさえ簡単なことではないと仰っていたわ。もっと自信を持って」
「でもあねうえは四つ出せるじゃないですか。ぼくもあえうえのようにつかえるようになりたい」
そう、これがエリザベスが王太子妃に選ばれた理由だった。本来、人類が個々に所持している魔法属性は一つ。多くて二種と言われており、三種もあれば身分問わず王国騎士団で確かな地位を与えられるとされている。
現に王国騎士副団長は平民出であるが扱える属性が水、風、土と三種を巧みに扱う非常に優秀な騎士である。
以上が世論であるが、エリザベスが扱える属性が光を除いた全属性だ。これは自国のみならず他国を探しても前例がない。エリザベスが男性ならば“勇者”または騎士団長の座は確実だったであろう。
だが幸か不幸かエリザベスは女性。その身を恐れ、または取り入れようと他国の手が伸びるのも明らか。
愛娘の身を案じた父である公爵は陛下に進言し、最も安全である王太子妃の席をエリザベスへ与えるとし、公爵家、エリザベスが国を裏切らないことを誓った。
以上は現国王陛下と公爵家の一部しか知らぬ、国家機密である。
ちなみに婚約者である第一王子は、この事実を知らない。
「ふふ、高みを目指すことは素晴らしいことだわ」
正直四属性なんて女の私には余りすぎる力だが、こうして弟に目標にしてもらえるのならば悪くない。
父親似の柔らかな髪を優しく撫でると、弟はとても嬉しそうに目を細めた。その愛くるしさに愛しさが込み上げる。
なんて、穏やかな時間は大雨に流されてしまった。
「お、お嬢様! お坊ちゃま!」
この声は公爵家メイド長だ。彼女の取り乱した聞いたのは後にも先にもこの時だけだろう。いつも美しい所作で足音を立てない彼女が、バタバタと足音を響かせている。まるで訪れを告げるためにわざと大きな足音を立てて走っているとしか思えない。
エリザベスとヘンリーは互いに顔を見合わせ、首を傾げた。
「歓談中失礼します!」
「メイド長、どうしたの?」
顔色が悪い。息を切らせて肩で呼吸をしている姿に、尋常ではないことを察して、エリザベスはスッと冷静になった。
「し、至急身支度を整えて奥様と王城へ。旦那様がっ、意識不明の重体に……!」
「お父様が!?」
「そう。わかったわ。お母様は?」
取り乱してはならない。
王太子妃であり、いずれ国母になるのだ。例え愛する父になにかあろうと、冷静でなければならない。
「お告げした時は動揺されましたが、意識はしっかりされております。現在は王城へ向かう為身支度を整えております」
「わかりました。ヘンリー、わたくしたちも同行します。支度しましょう」
「は、はい! あねうえ」
こうして大雨で馬の足元が落ち着かない中、エリザベスを含めたエリクセン公爵家は王城へと向かった。
馬車の中、母に寄り添い、不安げな表情を浮かべる弟に微笑みかけるエルザベスは王妃然としており、親ながら実に立派に育ったと感心するほどであった。
到着したエリクセン公爵家は療養する部屋へ案内され、意識不明で横たわる公爵家当主と対面した。
事前に報せで聞いていたとはいえ、愛する家族が伏せている姿を見るのは胸が締め付けられた。
「毒!? 国王陛下と主人が盛られたというのですか!? …っ」
「ははうえ!」
「医師様、解毒のほうは」
「残念ながら、お二方を蝕む毒は“魔毒”と思われます。私では力不足です」
“魔毒”とは、生命体から摂取する毒と違い、魔力を用いて生成される特殊な毒である。
解毒するには、光魔法での治癒が必要だ。この国で光属性を所持するのはリンドブルグ家のみ。つまり、この国の太陽、王族たった一族だ。
だが代々その力は弱まり、現国王、エリザベスの婚約者である王太子は光魔法を持ち合わせていない。
だからこそ、聖女という存在が尊とまれるのだ。
「聖女様のお力をお借りすることは出来ないのですか?」
「それが、聖女様も毒に蝕われているのです」
「なんてこと…!」
「ですが意識がございます。意思疎通もできます。流石は光属性の卓越者です」
ならば安心だ。聖女様には申し訳ないが、回復され次第、国王陛下と父の治癒をお任せしよう。
「そういえば、ウィリアム殿下はどちらに?」
「殿下ですか? 殿下でしたら…その」
「聖女様のお傍にいるのね」
「っ申し訳ございません」
「医師様が謝る必要などないわ。王太子として当然のことです。今、この場で聖女様を失えばなどと、口にするのも恐ろしいことです」
この頃には、既に殿下のお心は聖女様の隣にあった。
その事実を良しとしたのは他ならぬわたくし自身。
この場に、あのお方がいらっしゃれば。なんて不敬な思考だわ。
そして事態は冒頭へ遡る。
聖女に毒を盛った犯人だと容疑をかけられ、島流しに処された。
国王陛下と実の父に毒を盛った犯人としてではなく、婚約者の奪った聖女への犯行として。
「エリザベス王太子妃殿下に、聖女殿毒殺未遂の嫌疑がかかりました」
王宮広間で告げられた罪状に、臣下たちがざわめいた。
無実を訴えても、王太子ウィリアムは聖女を抱き締めたまま耳を貸さない。
国王は毒に伏し、権力を握る王妃の声が全てを決する。
裁きは一瞬で下った。
「婚約破棄を以て、エリザベス・エリクセンを島流しとする」
氷のように冷たい王妃の声。母に縋る弟ヘンリーの泣き声。
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