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最終章:春の嵐と、見守る面影
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神殿の騒乱から数年。皇城には以前のような重苦しい空気はなく、柔らかな春の光が差し込んでいた。
アステリアは、かつての偽装駆け落ちを共にした、誠実で勇敢な騎士とついに結ばれた。
彼女は今、皇太女として父を支え、次期皇帝としての才覚をいかんなく発揮している。
「お父様、まだぐずぐず言っているのですか? 私が彼を選んだのは、私の自由ですわ。もし反対するなら、今度こそ本当に国を飛び出して、隣国の傭兵団にでも入りましょうか?」
執務室でアステリアが茶目っ気たっぷりに脅すと、ヴィルヘルムは顔を引きつらせて降参の手を上げた。
「……よせ、アステリア。お前のその『有言実行』な性格は、もう十分知っている。……認めよう、認めればいいのだろう」
ヴィルヘルムはため息をついたが、その視線の先では、アステリアを優しく見守る騎士——今や立派な義理の息子——の姿があった。
しかし、皇帝が真に頭を抱えているのは、もう一人の娘のことだった。
「リゼ様、今日こそお返事をいただけますか。この宝石よりも、私の隣に咲くあなたの方がずっと美しい」
中庭で跪いているのは、帝国と肩を並べる大国の王太子だ。かつてはアステリアの婚約者候補だったが、城で「身代わり」を務めていたリゼの、皇后譲りの美しさと、逆境に負けない聡明さに一目惚れし、今や熱烈な求婚者となっていた。
「……あの、殿下。私はまだ、恋なんてよく分からないのですけれど」
困り顔のリゼが、少し頬を赤らめて答える。その背後から、二つの鋭い視線が王太子を突き刺していた。
「リゼに近寄るな、不届き者が! 恋も分からぬ娘に求婚するなど、百年早い!」
「そうですわ、王太子殿下。妹は、私と違ってまだ『お父様っ子』なんですのよ。お引き取りを」
ヴィルヘルムとアステリアが、示し合わせたようなコンビネーションでリゼを王太子から引き離す。姉妹の仲を引き裂こうとしていた過去は消え、今や二人は「リゼ過保護連合」を組んでいた。
「……もう、お父様もお姉様も、大げさなんだから」
リゼは呆れたように肩をすくめ、小さく笑った。
その笑顔は、かつての憎悪に満ちた瞳からは想像もできないほど、清らかで幸せに満ちている。
そんなリゼのすぐ隣で。
ふわりと、春風に舞う花びらと共に、二つの人影が重なった。
一人は、銀色の髪をなびかせ、慈愛に満ちた瞳で夫と娘を見つめる皇后エレナ。
もう一人は、素朴なドレスを纏い、誇らしげに胸を張ってリゼの成長を喜ぶ育ての母、マーサ。
霊感などないはずのヴィルヘルムだったが、その瞬間、確かに懐かしい温もりを感じて視線を上げた。
「……エレナ。マーサ」
リゼを挟んで微笑み合う、二人の「母」の姿。
彼女たちが、自分を許し、そして娘たちを祝福してくれていることが痛いほど伝わってきた。
「……ああ、そうだ。私は……今、最高に幸せなのだな」
ヴィルヘルムの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「お父様? 急にどうしたの?」
不思議そうに覗き込むリゼの頭を、ヴィルヘルムは大きな手で、今度は迷うことなく優しく撫でた。
「いや……少し、目に砂が入っただけだ。……リゼ、今日のおやつは、三人で食べよう」
「ええ、もちろん!」
リゼの明るい声が、春の空に響き渡る。
奪い合われた運命から始まった物語は、今、かけがえのない家族の日常へと溶け込んでいった。
【完結】
アステリアは、かつての偽装駆け落ちを共にした、誠実で勇敢な騎士とついに結ばれた。
彼女は今、皇太女として父を支え、次期皇帝としての才覚をいかんなく発揮している。
「お父様、まだぐずぐず言っているのですか? 私が彼を選んだのは、私の自由ですわ。もし反対するなら、今度こそ本当に国を飛び出して、隣国の傭兵団にでも入りましょうか?」
執務室でアステリアが茶目っ気たっぷりに脅すと、ヴィルヘルムは顔を引きつらせて降参の手を上げた。
「……よせ、アステリア。お前のその『有言実行』な性格は、もう十分知っている。……認めよう、認めればいいのだろう」
ヴィルヘルムはため息をついたが、その視線の先では、アステリアを優しく見守る騎士——今や立派な義理の息子——の姿があった。
しかし、皇帝が真に頭を抱えているのは、もう一人の娘のことだった。
「リゼ様、今日こそお返事をいただけますか。この宝石よりも、私の隣に咲くあなたの方がずっと美しい」
中庭で跪いているのは、帝国と肩を並べる大国の王太子だ。かつてはアステリアの婚約者候補だったが、城で「身代わり」を務めていたリゼの、皇后譲りの美しさと、逆境に負けない聡明さに一目惚れし、今や熱烈な求婚者となっていた。
「……あの、殿下。私はまだ、恋なんてよく分からないのですけれど」
困り顔のリゼが、少し頬を赤らめて答える。その背後から、二つの鋭い視線が王太子を突き刺していた。
「リゼに近寄るな、不届き者が! 恋も分からぬ娘に求婚するなど、百年早い!」
「そうですわ、王太子殿下。妹は、私と違ってまだ『お父様っ子』なんですのよ。お引き取りを」
ヴィルヘルムとアステリアが、示し合わせたようなコンビネーションでリゼを王太子から引き離す。姉妹の仲を引き裂こうとしていた過去は消え、今や二人は「リゼ過保護連合」を組んでいた。
「……もう、お父様もお姉様も、大げさなんだから」
リゼは呆れたように肩をすくめ、小さく笑った。
その笑顔は、かつての憎悪に満ちた瞳からは想像もできないほど、清らかで幸せに満ちている。
そんなリゼのすぐ隣で。
ふわりと、春風に舞う花びらと共に、二つの人影が重なった。
一人は、銀色の髪をなびかせ、慈愛に満ちた瞳で夫と娘を見つめる皇后エレナ。
もう一人は、素朴なドレスを纏い、誇らしげに胸を張ってリゼの成長を喜ぶ育ての母、マーサ。
霊感などないはずのヴィルヘルムだったが、その瞬間、確かに懐かしい温もりを感じて視線を上げた。
「……エレナ。マーサ」
リゼを挟んで微笑み合う、二人の「母」の姿。
彼女たちが、自分を許し、そして娘たちを祝福してくれていることが痛いほど伝わってきた。
「……ああ、そうだ。私は……今、最高に幸せなのだな」
ヴィルヘルムの目から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「お父様? 急にどうしたの?」
不思議そうに覗き込むリゼの頭を、ヴィルヘルムは大きな手で、今度は迷うことなく優しく撫でた。
「いや……少し、目に砂が入っただけだ。……リゼ、今日のおやつは、三人で食べよう」
「ええ、もちろん!」
リゼの明るい声が、春の空に響き渡る。
奪い合われた運命から始まった物語は、今、かけがえのない家族の日常へと溶け込んでいった。
【完結】
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