『悪役皇后のはずだった私は、原作の外で囲われる』

AzureHaru

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『原作を思い出した皇后は、愛を信じない』

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結婚して三年。
穏やかで、静かで、確かに幸せな日々だった。

皇帝である夫は多忙ながらも、必ず夜には戻ってきて、受け――皇后であるリオネルの一日の話を聞いた。政務の合間に贈られる小さな花束、体調を気遣うささやかな言葉。それらはすべて、愛情だと疑いもしなかった。

――あの日までは。

図書塔で古文書を整理していたとき、ふと目にした一節。
「皇帝は癒しを与える少女と出会い、冷酷な皇后を退けた」

胸が、嫌な音を立てて軋んだ。

断片的に思い出される“物語”。
自分はこの世界の住人ではなく、かつて読んだ小説の中にいるのだと、理解してしまった瞬間だった。

そして、理解してしまったが最後だった。

この物語での自分――皇后は悪役。
皇帝が出会う“ヒロイン”に嫉妬し、彼女を殺そうとして失敗し、離縁され、王族の罪人が幽閉される塔へ送られ、誰にも看取られず死ぬ。

「……なるほど」

声は、不思議なほど落ち着いていた。

愛を失う未来よりも、信じて裏切られる未来のほうが、よほど残酷だと知っていたから。

それからリオネルは、変わった。

皇帝の言葉に期待しなくなり、贈り物にも一喜一憂しなくなった。
代わりに始めたのは、密やかな準備だった。

――追放された後、生き延びるための準備。

塔の構造、看守の交代時間、罪人に流れる最低限の物資。
表向きは慈善事業として孤児院や辺境領へ資金を流しながら、裏では“皇后の名を知らぬ協力者”を増やしていく。

離婚を阻止する気はなかった。
ヒロインを排除する気もない。

物語は、流れるものだ。
ならば自分は、結末の“その先”を生きればいい。

一方で、皇帝――アレクシスは異変に気づいていた。

笑わなくなった。
触れても、どこか遠い。

「……私が、何かしたか?」

問いかけても、リオネルは首を振るだけだ。

それが、何よりも恐ろしかった。

ヒロインとされる少女が宮廷に現れても、アレクシスの心は動かなかった。
癒し? 慰め?
そんなものは、すでに手にしている――はずだった。

それなのに。

皇后の視線は、いつも“未来”を見ている。
自分のいない未来を。

(……逃げるつもりか)

その可能性に気づいた瞬間、皇帝の中で何かが静かに切り替わった。

愛している。
だからこそ、失うわけにはいかない。

リオネルの権限は、少しずつ皇帝直轄に移された。
彼の周囲にいた人間は、自然な形で配置換えされる。
塔の管理権は、皇帝直属の騎士団へ。

「これは、何のためですか?」

ある夜、リオネルは静かに尋ねた。

アレクシスは微笑む。

「お前を守るためだ」

その言葉に、リオネルは確信した。

――ああ、この人は愛している。
けれど、それは原作とは違う形で、自分を逃がさない愛だ。

信じられないのではない。
信じてしまえば、もう逃げられないと知ってしまっただけだ。

物語は、原作から外れ始めている。

ヒロインは皇后にならない。
皇后は塔に行かない。

代わりに、皇帝は愛する者を囲い、
皇后は逃げ道を探し続ける。

そして二人は、まだ気づいていない。

この世界で最も残酷なのは、
裏切りでも断罪でもなく、「互いに愛していること」だということに。

――結末は、まだ誰にも書かれていない。
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