身代わりの消失

AzureHaru

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大事だけど、恋じゃない

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 ──その人の隣に立てるなら、それだけでいいと思っていた。

 秋斗は、湊の部屋に落ちる午後の薄明かりをぼんやり眺めながら、胸の奥の痛みにそっと指を押し当てた。痛みはそこにあるはずがないのに、確かにそこが軋んでいる気がした。

「秋斗、今日もありがとう。やっぱりお前といると落ち着くわ」

 湊はそう言って笑う。柔らかくて、いつもと同じ、何も気づいていない笑顔で。

(……俺じゃないだろ)

 秋斗は、その笑顔が自分に向けられていないことを知っていた。湊の視線は、時折無意識に誰かを探すように揺れる。その誰か──湊がずっと片想いしている先輩の影が、湊の一挙手一投足に纏わりついていた。

 秋斗が湊のそばにいるのは、その先輩が留学して遠くに行ってしまったからだ。

 代わり。
 身代わり。
 空席を埋める都合のよい存在。

 それでも……湊の隣にいられるなら、それでいいと自分に言い聞かせて‥‥。

 けれど。

「……ねぇ、湊。俺のこと‥‥‥‥好き?」

 気づけば問いが漏れていた。自分でも驚くほどか細い声だった。

 湊は瞬きし、少し困ったように眉を寄せた。

「秋斗は大事だよ‥‥すごく。けど、その……“好き”っていうのと、違うかな」

 想像していた答えだった。
 けれど想像よりも、ずっと痛かった。

 なにより、湊の気遣ったような微笑が致命的だった。

 ‥‥‥ああ、限界だ。

「そっか‥‥。……ごめん、俺、帰るわ」

「え? なんで謝るんだよ。今日、ご飯も──」

 湊の言葉を最後まで聞かず、秋斗は立ち上がった。靴を履く手が震える。

 背後で湊が呼ぶ。

「秋斗! どうしたんだよ、本当に」

 振り向けば泣いてしまいそうだった。だから振り向かない。

「……ごめん。俺、たぶん……ここにいたら、壊れるから」

 ドアを閉めた瞬間、喉の奥で、堰が切れたように嗚咽が漏れた。

 湊の部屋を後にし、秋斗は夜の街へと消えていく。
 恋に敗れた姿を誰にも見られないように。
 身代わりでい続けることで守ってきたものを、もう守れなくなった自分を、知られないように。

 自分の存在を消すように、静かに。

 ──それでも、湊の幸せを願えるほど強くはなれなかった。

 秋斗は胸を抱きしめ、ただひとり、暗い道を歩き続けた。
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