3 / 5
言葉のないラブレター
しおりを挟む高校三年の春、桜が咲き乱れる季節に、彼が転校してきた。
彼の名前は直也。初めて教室のドアを開けた瞬間、彼の姿が目に入った。スラリとした背筋、整った顔立ち、どこか孤独を感じさせる雰囲気。その印象が私の心に強く残った。
彼は静かだった。授業中も休み時間も、クラスメイトと交わることなく、一人でノートに何かを書き込んでいた。ある日、そのノートに目を留めた私は、直也が筆談をしていることに気づいた。
彼は耳が聞こえないのだ。
それを知った瞬間、私の中で何かが変わった。言葉の壁があるのに、それでも自分の思いを伝えようとする彼の姿に、心が引き寄せられたのだ。
「こんにちは、直也君。私は美咲。筆談って、どうやるの?」
その問いかけに、直也は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに微笑んでノートを差し出してくれた。「こんにちは、美咲さん。こうやって文字を書くんだ。」
彼の字は美しかった。まるで心の中を直接見ているようで、読むだけで胸が温かくなった。
それからというもの、私たちの間には一冊のノートが存在するようになった。授業中、休み時間、放課後、いつでもそのノートを使って会話を交わした。
「今日はどうだった?」
「数学の授業が難しかった。でも、美咲さんと話せて嬉しかった。」
彼の文字は誠実で、読むたびに彼の思いが真っ直ぐに伝わってくる。私たちの会話は次第に深まり、互いの夢や悩みを共有するようになった。
「美咲さんは将来何になりたい?」
「私は翻訳家になりたいの。世界中の人と繋がりたいから。」
「素敵だね。僕は音楽が好きだから、何か音楽に関わる仕事がしたい。」
直也の夢を聞いて、私は胸が熱くなった。彼の耳が聞こえないことを知っているからこそ、彼の夢がどれだけ大切か分かる。そんな彼を、私は尊敬していた。
季節は巡り、夏がやってきた。私たちは毎日のように直也と過ごし、その度に彼への気持ちが深まっていった。ある日、放課後の図書室で直也がノートを差し出してきた。
「今日は特別な日だから、ここで待ってて。」
彼の言葉に胸が高鳴った。何が特別なのだろう? 期待と不安が入り混じる中、私は待った。
やがて、直也が戻ってきた。手には大きな紙袋を持っている。袋から取り出したのは、美しいレターセットだった。
「これを君に。」
直也の手渡してくれたレターセットには、手紙と封筒が入っていた。手紙を開くと、直也の綺麗な文字が並んでいた。
「君に伝えたいことがある。君と出会ってから、毎日が楽しくなった。君のおかげで、自分に自信が持てるようになった。だから、君に感謝の気持ちを伝えたくて、この手紙を書いた。」
涙がこぼれそうになった。直也の気持ちが痛いほど伝わってくる。
「直也、ありがとう。私も、君と出会えて本当に良かった。」
私たちは手紙を通じて、さらに深く繋がった気がした。互いの心の中を覗き込むような、そんな感覚だった。
夏休みも終わりに近づき、秋の風が吹き始めた頃、直也から突然の知らせがあった。
「美咲、僕、転校することになった。」
青天の霹靂だった。直也がいなくなるなんて、考えもしなかった。私たちは別々の道を歩むことになるのだ。
「どうして、直也?」
「父の仕事の都合で、遠くの町に引っ越すことになったんだ。美咲、君と過ごした時間は一生の宝物だよ。」
涙が止まらなかった。直也の手を握り締め、私は一言も言葉が出てこなかった。
「でも、僕たちの絆はずっと続くよ。手紙を書き続けよう。」
そう言って、直也は私にもう一度レターセットを渡してくれた。
別れの日、駅のホームで私たちは最後の手紙を交換した。直也の手紙には、こう書かれていた。
「美咲、君がいる限り、僕はどこにいても頑張れる。だから、これからも手紙を書いて、君のことを忘れない。」
私は涙を拭き、直也の手を握り返した。
「直也、ありがとう。私も、ずっと手紙を書くよ。君がいる限り、私も頑張れる。」
列車が発車する音が鳴り響き、直也が去って行く。その背中を見送りながら、私は心の中で誓った。彼との絆を大切にし、手紙を通じていつまでも繋がり続けることを。
それから何年も経ち、私は翻訳家として働いている。直也とは手紙を通じて連絡を取り合い、お互いの夢を応援し合った。彼は音楽の道を進み、成功を収めていた。
ある日、仕事が終わって自宅に戻ると、一通の手紙が届いていた。差出人は直也だった。
「美咲、久しぶりだね。今度、久々に会えないかな? 君と話したいことがたくさんあるんだ。」
心が躍った。手紙を書き続けてきた彼と、再び会えるなんて。私はすぐに返事を書いた。
「もちろん、直也。会えるのを楽しみにしているよ。」
約束の日、私たちは再び駅で会った。直也は少し大人びて、けれど変わらない優しい笑顔を浮かべていた。
「美咲、久しぶり。」
「直也、元気そうだね。」
私たちは再会の喜びを分かち合い、話が尽きることはなかった。過去の思い出や、今の生活、お互いの夢について。手紙を通じて繋がっていた私たちは、まるで昨日の続きのように自然に話し始めた。
夕暮れの公園を歩きながら、直也がふと立ち止まった。
「美咲、君に伝えたいことがあるんだ。」
胸が高鳴った。直也の真剣な表情に、私も緊張してしまった。
「美咲、君と過ごした時間は、本当に宝物だった。君のおかげで、自分を信じることができた。だから、これからもずっと一緒にいたいんだ。」
直也の言葉に、涙が溢れた。彼の気持ちが痛いほど伝わってくる。
「私も、直也。ずっと君と一緒にいたい。」
その言葉を聞いて、直也は静かに微笑み、私の手を握り締めた。
それから、私たちは一緒に未来を歩むことを決めた。筆談を通じて築いた絆は、どんな困難も乗り越える力を与えてくれると信じている。
静寂の中で交わした恋文は、私たちの心を永遠に繋ぎ続ける。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる