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第1会 祖母の優しさに触れる駅
第2話 不思議な駅と少年②
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「こちらにどうぞ」
机を囲むように置かれたパイプ椅子の1つに奴は俺を座らせた。教室とも部室とも違うその部屋の雰囲気に気後れする。部屋のサイズ感もあって、なんだか取り調べされる容疑者の気分だ。
「何飲まれます? 水とお茶とコーヒーがありますけど」
慣れない空気に萎縮する俺のことなど、これっぽっちも気にする様子もなく奴はそんな気の抜けることを訊いてきた。反射的に「お茶」と言いかけて、慌てて「コーヒーで」と言い直した。
コーヒーは苦手ではない。でも毎日飲むほどでもない。同じ黒い飲み物なら、俺はすかさずコーラを選ぶ。だけど今日は、コーヒーに付帯する大人なイメージの助けを借りようと思う。
注文を聞いた奴が、コンロ付き流し台の隅に置かれたコーヒーメーカーから紙コップにコーヒーを2杯注ぐ。その一つを「どうぞ」と渡された。漆黒とでも表現できるほど黒々とした液体がそこに満たされていた。
「砂糖とフレッシュは?」と訊かれて俺は「ブラックで大丈夫です」と告げた。そんなもの入れたらせっかくの大人なイメージが崩れてしまうじゃないか。
着ている服は高校の制服だけれど、今日の俺は大人なのだ。まったくもって強がりなどではない。いや、マジで。
「駅のことは、どこで知ったんですか?」
「え?」
俺の前に奴が掛けた。これじゃあ、いよいよ取り調べみたいじゃないか。奴の視線のまっすぐさが痛い。ごめんなさい。俺がやりました。……じゃなくて。最近、こうして誰かと向かいあって話していないということを思い出して、ふいに胸が苦しくなる。
「学校で噂を聞いて、そこからネットで調べました」
祇園の花街のような特定の紹介者を必要とする話ではないということは、ネットで調査済みだ。実際、この駅員も誰からの口利きかは尋ねてこない。ただ胸ポケットから取り出した手帳に、これまた胸ポケットに挿していたボールペンで何かメモしている。その動きに何気なく視線を向けた時、奴の胸元のネームプレートが見えた。
『西本州旅客鉄道 駅務係 深森』
どうやら奴は深森というらしい。コーヒーを啜る。ぶわっと口の中に苦さ広がるのを感じながら、余裕のある表情をする。……うん、美味……いコーヒーじゃないか。嫌いじゃないぞ。
初めて駅の噂を聞いたのは1年ほど前。“京都には死んだ人と会える駅があるらしい”どこの街にもあるただの都市伝説だと思って、その時は気にもとめなかった。
でもその後、状況が変わってからはクラスメイトから他クラスの話したことない生徒まで、詳しい話を訊きまくった。学校だけでは埒があかないとわかれば、ネットも駆使した。あらゆるオカルト系、都市伝説系の掲示板やSNSに顔を出し、有力な情報が入れば現地まで確認しに行くことも1回や2回だけじゃない。
もれなくどれもガセだったが、金銭的な損失がなかったことだけが幸いだと思う。もちろん、現地まで行く交通費や諸経費は掛かったが、詐欺に引っかかることを思えば安いもんだ。
「まさか本当にあるとは思ってませんでした。ただの都市伝説だと」
呟くようにいうと、深森さんが紙コップのコーヒーを一口飲飲んで顔を顰め、冷蔵庫から取り出したガムシロップとフレッシュを入れた。その一連の行動がどこか子供っぽく見えて、なんだか親近感を覚え安心する。
「ブラック苦手なんですか。意外っすね。大人はみんな飲めるもんだと思ってました」
状況からして少し嫌味な感じになってしまったことに後から気づいて焦った。けれども深森さんは、特に不快感をあらわにすることもなく、相好を崩す。
「いやぁ、少しカッコつけようかなと思ったんですが、無理でした。やっぱり一番美味しく感じる飲み方が一番ですね。お客様は見たところ学生さんなのにブラックだなんて大人ですねぇ」
「実は俺もカッコつけてました。普段コーヒー飲まないし、めっちゃ苦いっす」
深森さんは冷蔵庫からガムシロップとフレッシュをひとつずつ出すと「どうぞ、使ってください」と俺に差し出した。遠慮なく入れる。漆黒の闇に光が差し込む。
「そういえばお客様のお名前聞いていませんでした。お名前を頂戴してもよろしいですか」
「あ、はい。佐野悠真と言います。16歳、高校2年っす」
「それでは佐野さん。──ルールはどの程度ご存じですか?」
「だいたいのことは……ネットで見ました」
聞き込みをする刑事のように奴──いや深森さんは手帳に何かを書き加える。人柄は悪くないが、本当にこのただの鉄道員が死者と生者を繋げることができるのだろうか疑わしい。
しかし今更感も否めない。もうここまで来てしまったのだし。たとえ、暇を持て余した駅員の遊びだったとしても後悔はない。
「あの、本当にできるんですか。その……死んだ人と会えるっての。駅員さん、普通の人間ですよね」
「会わせることができます。力は確かですから、心配しなくていいですよ」
普通の人間かどうかに対する答えがないのが、少し不安なのだが。
まあ、でもほら、恐山のイタコとか沖縄のシャーマンみたいな霊能力者系なら、納得できる。きっと深森さんもそんな霊能者の血筋とかなのだろう。
「もしイタコやシャーマンを思い浮かべてらっしゃるのなら、違いますよ。死者を憑依させたり、死者からメッセージを受け取ってあなたにお伝えするという方式ではありません。文字通りあなたが会いたい死者の方が実体を持った状態であなたと対面する。私はそのお手伝いをさせていただく、それが改札係の仕事です。つまり、ただの仲介者です」
机を囲むように置かれたパイプ椅子の1つに奴は俺を座らせた。教室とも部室とも違うその部屋の雰囲気に気後れする。部屋のサイズ感もあって、なんだか取り調べされる容疑者の気分だ。
「何飲まれます? 水とお茶とコーヒーがありますけど」
慣れない空気に萎縮する俺のことなど、これっぽっちも気にする様子もなく奴はそんな気の抜けることを訊いてきた。反射的に「お茶」と言いかけて、慌てて「コーヒーで」と言い直した。
コーヒーは苦手ではない。でも毎日飲むほどでもない。同じ黒い飲み物なら、俺はすかさずコーラを選ぶ。だけど今日は、コーヒーに付帯する大人なイメージの助けを借りようと思う。
注文を聞いた奴が、コンロ付き流し台の隅に置かれたコーヒーメーカーから紙コップにコーヒーを2杯注ぐ。その一つを「どうぞ」と渡された。漆黒とでも表現できるほど黒々とした液体がそこに満たされていた。
「砂糖とフレッシュは?」と訊かれて俺は「ブラックで大丈夫です」と告げた。そんなもの入れたらせっかくの大人なイメージが崩れてしまうじゃないか。
着ている服は高校の制服だけれど、今日の俺は大人なのだ。まったくもって強がりなどではない。いや、マジで。
「駅のことは、どこで知ったんですか?」
「え?」
俺の前に奴が掛けた。これじゃあ、いよいよ取り調べみたいじゃないか。奴の視線のまっすぐさが痛い。ごめんなさい。俺がやりました。……じゃなくて。最近、こうして誰かと向かいあって話していないということを思い出して、ふいに胸が苦しくなる。
「学校で噂を聞いて、そこからネットで調べました」
祇園の花街のような特定の紹介者を必要とする話ではないということは、ネットで調査済みだ。実際、この駅員も誰からの口利きかは尋ねてこない。ただ胸ポケットから取り出した手帳に、これまた胸ポケットに挿していたボールペンで何かメモしている。その動きに何気なく視線を向けた時、奴の胸元のネームプレートが見えた。
『西本州旅客鉄道 駅務係 深森』
どうやら奴は深森というらしい。コーヒーを啜る。ぶわっと口の中に苦さ広がるのを感じながら、余裕のある表情をする。……うん、美味……いコーヒーじゃないか。嫌いじゃないぞ。
初めて駅の噂を聞いたのは1年ほど前。“京都には死んだ人と会える駅があるらしい”どこの街にもあるただの都市伝説だと思って、その時は気にもとめなかった。
でもその後、状況が変わってからはクラスメイトから他クラスの話したことない生徒まで、詳しい話を訊きまくった。学校だけでは埒があかないとわかれば、ネットも駆使した。あらゆるオカルト系、都市伝説系の掲示板やSNSに顔を出し、有力な情報が入れば現地まで確認しに行くことも1回や2回だけじゃない。
もれなくどれもガセだったが、金銭的な損失がなかったことだけが幸いだと思う。もちろん、現地まで行く交通費や諸経費は掛かったが、詐欺に引っかかることを思えば安いもんだ。
「まさか本当にあるとは思ってませんでした。ただの都市伝説だと」
呟くようにいうと、深森さんが紙コップのコーヒーを一口飲飲んで顔を顰め、冷蔵庫から取り出したガムシロップとフレッシュを入れた。その一連の行動がどこか子供っぽく見えて、なんだか親近感を覚え安心する。
「ブラック苦手なんですか。意外っすね。大人はみんな飲めるもんだと思ってました」
状況からして少し嫌味な感じになってしまったことに後から気づいて焦った。けれども深森さんは、特に不快感をあらわにすることもなく、相好を崩す。
「いやぁ、少しカッコつけようかなと思ったんですが、無理でした。やっぱり一番美味しく感じる飲み方が一番ですね。お客様は見たところ学生さんなのにブラックだなんて大人ですねぇ」
「実は俺もカッコつけてました。普段コーヒー飲まないし、めっちゃ苦いっす」
深森さんは冷蔵庫からガムシロップとフレッシュをひとつずつ出すと「どうぞ、使ってください」と俺に差し出した。遠慮なく入れる。漆黒の闇に光が差し込む。
「そういえばお客様のお名前聞いていませんでした。お名前を頂戴してもよろしいですか」
「あ、はい。佐野悠真と言います。16歳、高校2年っす」
「それでは佐野さん。──ルールはどの程度ご存じですか?」
「だいたいのことは……ネットで見ました」
聞き込みをする刑事のように奴──いや深森さんは手帳に何かを書き加える。人柄は悪くないが、本当にこのただの鉄道員が死者と生者を繋げることができるのだろうか疑わしい。
しかし今更感も否めない。もうここまで来てしまったのだし。たとえ、暇を持て余した駅員の遊びだったとしても後悔はない。
「あの、本当にできるんですか。その……死んだ人と会えるっての。駅員さん、普通の人間ですよね」
「会わせることができます。力は確かですから、心配しなくていいですよ」
普通の人間かどうかに対する答えがないのが、少し不安なのだが。
まあ、でもほら、恐山のイタコとか沖縄のシャーマンみたいな霊能力者系なら、納得できる。きっと深森さんもそんな霊能者の血筋とかなのだろう。
「もしイタコやシャーマンを思い浮かべてらっしゃるのなら、違いますよ。死者を憑依させたり、死者からメッセージを受け取ってあなたにお伝えするという方式ではありません。文字通りあなたが会いたい死者の方が実体を持った状態であなたと対面する。私はそのお手伝いをさせていただく、それが改札係の仕事です。つまり、ただの仲介者です」
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