京都伏見・たそがれ鉄道で会いましょう

秋月とわ

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第2会 ぬくもりのありかを探す駅

第10話 寂しい夜

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『氷見さん、会うそうです』

 電話口から聞こえた深森さんの声に、私は思わず枕を抱きしめた。

 何の気なしにベッドに寝転んで、聡介さんの使っていた枕に顔をうずめる。もう匂いなんてとっくに消えているはずなのに、そこに彼がいた記憶だけが、いつまでも抜けなかった。

 そんな夜に、着信があった。

 ──聡介さんに、もう一度会える。

 喜びが身体の奥底から湧き上がると同時に、彼が両親と会う機会を奪ってしまったことに、後ろめたさを感じた。

「……本当に、私が会っていいんでしょうか?」

 数秒の沈黙。変なことを口走ってしまったかもと後悔したが、彼は穏やかな声で答えた。

『ええ、大丈夫ですよ。氷見さんも「会いたい」とおっしゃっていたそうですから。……どうかされましたか?』
「いえ、なんでもないです。ただ彼が両親に会う機会を奪ったと思うと心苦しくて」

『吉口さんは、何も負い目を感じなくてもいいんですよ。会うかどうかを最終的に決めたのは、氷見さんです。──彼は、ご両親よりあなたに会いたいと思った。それだけのことです。どうぞ、胸を張ってください』
「……ありがとうございます」

 声が震えた。深森さんの言葉は、まるで春の木漏れ日のように私の心にじんわりとなじんでいく。

『それで、日取りを調整したいのですが、都合の良い日を教えてください』
「いつでも大丈夫です」

 深森さんが告げた日付は、5日後だった。

『この日が都合悪いなら、別の日を後日、ご連絡します。ただし、その場合はさらに先になるかもしれません』
「その日で大丈夫です。……あの、何か持っていく物はありますか? 身分証明証とか」
『特にありません。身一つで来ていただいてもかまいませんが、強いて言うなら飲み物でしょうか』

 思っていた以上に現実的な話だ、と妙に実感がわいてくる。

 死者と会うのに飲み物を持参するなんて、奇妙だけれど、だからこそ確かにこれは「現実」なのだと思えた。

『──面会中は空間の関係で、自販機が使えないんです。こちらでお茶やコーヒー、お水程度ならご用意できるんですが、それ以外の飲み物をご希望なら持参してください』

 空間の関係、というのがいまいちよくわからない。けれど、飲み物は持参した方が良さそうだ。冷蔵庫には聡介さんが好きだった銘柄の缶ビールが常備してあるから、あれを持って行こう。

 いつもは賞味期限が近くなると私が自分で飲んでいたが、ようやくあのビールたちも日の目を見る。おかげで、この4年でずいぶん飲めるようになった。

 あの頃は、彼がビールを飲むのを隣で眺めていたけれど、今なら同じものを一緒に飲める。そう思うと、胸がじんわりと熱くなった。

 ──本当に、こんな日が来るなんて思ってもみなかった。

 実感はあるようで、まだふわふわしている。

「わかりました。……それから、これって夢じゃないですよね?」
『ええ、現実です。良くも悪くも。──では、5日後。終電後の稲荷口駅でお待ちしております」

 電話が切れてからも、現実感があまりなかった。精神的な疲労が見せた幻だと言われれば、そっちの方を信じてしまいそうだ。

 でも、これは現実。

 5日後、私は、あのぶっきらぼうで、笑顔が素敵な婚約者と言葉を交わせる──。

 そう思うだけで、約束の日まで生きるのが楽しみになった。
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