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第3会 赦しを願った駅
第6話 新田悟②
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「先生はどう思われますか?」
悟はその男子が相手にならないと踏んだのか、矛先を教室の責任者へと向けた。
空気になることに徹していた担任が、肩を落とす。その衝撃で、メガネがずり落ちた。その表情は疲れ切っている。
どうせ、めんどくさいことに巻き込まれたとか思っているんだろう。
メガネを押し上げると、担任は悟に視線を向ける。
「……新田の言うことも一理ある。だけどさ、被害者がこれ以上の騒ぎを嫌がっているんだ。他者を慮ることも、大事だと思わないか?」
ゆっくりと言葉を選ぶような喋り方だった。誰もが、口を開かず彼の言葉を聞いていた。きっとみんな拍手をしたい気分だったと思う。目立つから誰もしなかったが。
ここで悟が「そうですね。僕が間違っていました」と主張を取り下げれば、まだ引き返すことができたはず。でもあいつは引き返すどころか、さらにアクセルを踏み込んだ。
「……先生のおっしゃることも、理解できます。被害者のことを考えるとこのまま有耶無耶にする方がいいかもしれません。……ですが、もしこれが単独の事件じゃなかったら? 次の事件、そのまた次の事件と犯行がエスカレートしないと誰が言い切れるでしょう。そしてそれが発生したとき、責任が誰に追及されるか、先生ならお分かりのはずと思いますが?」
一発で担任の顔色が変わった。それから腕を胸の前で組むと小さく頷く。
「……新田のいう通りだ。もしこれがいじめの発端だったりしたら、一大事だ。善悪の観念を教えるのにもいい機会だと思う」
俺たちは、先に続く言葉に嫌な予感がしていた。どうかはずれますように、と祈るが担任の口からは残酷な現実が飛びだす。
「──犯人が見つかるまで、放課後に臨時ホームルームだ」
それから毎日、放課後に地獄の犯人探しが始まった。もちろん部活は強制休業だ。文句を言おうものなら、担任からの厳しいお叱りを受ける。
何日かそういう日が続き、俺たちのフラストレーションは溜まりに溜まっていた。中には誰かを犯人に仕立て上げて、幕引きを狙おうとする計画を立てる一派まで現れる始末。
俺はそれを涼しい顔で聞き流していた。冤罪をでっち上げても、それで悟が納得するだろうか? 下手をすれば、冤罪をでっち上げた犯人まで探しかねない。
ここは忍耐のとき、と自分に言い聞かせて犯人が捕まるのじっと息を潜めて待つつもりだった。しかし、俺以外のクラスメイト──特にクラスのカースト上位の賑やかな層の生徒が痺れを切らしたのだ。
そしてこんなことを言い出した。
──真犯人って、新田なんじゃね?
これを事実ということにすれば、犯人探しと悟への仕返しが同時に済ませてしまえる。鬱憤の溜まったクラスメイトたちにとって、それはオアシスの水に勝る誘惑だったことだろう。飛びつかないわけがない。
誰ということなく、その計画は実行に移された。
無視に始まり、誹謗中傷や嘲笑なんかがクラスで流行り始める。極めつけは、ハンムラビ法典よろしく、悟の持ち物を隠すことだった。
あいつが真犯人なんだからやられて当然、という空気はなるほど気持ちがいい。最初は様子見をしていた俺も、次第に格上の生徒の指示で何度も悟に対するイタズラを実行した。
時には、あいつをネタにいじり倒して馬鹿笑いし、また別の時にはあいつが大切にしていたシャーペンをめちゃくちゃに壊して返してやった。
ちょっとしたジョークのつもりだった。それなのにあいつは、笑うどころかとても悲しそうな顔をする。
──罪人のくせに生意気だ。
そのリアクションが、さらにクラスメイトたちの被虐心に火をつけた。あいつへのイタズラは日々エスカレートしていく。それにはさすがの俺でも戸惑ったほどだ。
けど、それでも俺は止めなかった。格上の生徒に刃向かえば最後、俺の身が危ない。それにそもそも、そんな義理はない。
俺は現状維持を選んだ。慣れてしまえば、良心も痛まない。蚊を殺して罪悪感を感じないのと一緒だ。
教室内はまるで熱病にでも冒されたみたいに、変な熱気に包まれていた。
悟へのイタズラやいじりは、クラスにおける人間関係の潤滑油として機能している。ひとりの犠牲でクラスみんなが平和に暮らせるなら、それでいいじゃないか。そんな風潮すら出来上がっていた。
だから気づかなかったのだ。悟がどれほど追い詰められていたかを。それをクラス全員が知ったときには、もう手遅れだった。
悟はその男子が相手にならないと踏んだのか、矛先を教室の責任者へと向けた。
空気になることに徹していた担任が、肩を落とす。その衝撃で、メガネがずり落ちた。その表情は疲れ切っている。
どうせ、めんどくさいことに巻き込まれたとか思っているんだろう。
メガネを押し上げると、担任は悟に視線を向ける。
「……新田の言うことも一理ある。だけどさ、被害者がこれ以上の騒ぎを嫌がっているんだ。他者を慮ることも、大事だと思わないか?」
ゆっくりと言葉を選ぶような喋り方だった。誰もが、口を開かず彼の言葉を聞いていた。きっとみんな拍手をしたい気分だったと思う。目立つから誰もしなかったが。
ここで悟が「そうですね。僕が間違っていました」と主張を取り下げれば、まだ引き返すことができたはず。でもあいつは引き返すどころか、さらにアクセルを踏み込んだ。
「……先生のおっしゃることも、理解できます。被害者のことを考えるとこのまま有耶無耶にする方がいいかもしれません。……ですが、もしこれが単独の事件じゃなかったら? 次の事件、そのまた次の事件と犯行がエスカレートしないと誰が言い切れるでしょう。そしてそれが発生したとき、責任が誰に追及されるか、先生ならお分かりのはずと思いますが?」
一発で担任の顔色が変わった。それから腕を胸の前で組むと小さく頷く。
「……新田のいう通りだ。もしこれがいじめの発端だったりしたら、一大事だ。善悪の観念を教えるのにもいい機会だと思う」
俺たちは、先に続く言葉に嫌な予感がしていた。どうかはずれますように、と祈るが担任の口からは残酷な現実が飛びだす。
「──犯人が見つかるまで、放課後に臨時ホームルームだ」
それから毎日、放課後に地獄の犯人探しが始まった。もちろん部活は強制休業だ。文句を言おうものなら、担任からの厳しいお叱りを受ける。
何日かそういう日が続き、俺たちのフラストレーションは溜まりに溜まっていた。中には誰かを犯人に仕立て上げて、幕引きを狙おうとする計画を立てる一派まで現れる始末。
俺はそれを涼しい顔で聞き流していた。冤罪をでっち上げても、それで悟が納得するだろうか? 下手をすれば、冤罪をでっち上げた犯人まで探しかねない。
ここは忍耐のとき、と自分に言い聞かせて犯人が捕まるのじっと息を潜めて待つつもりだった。しかし、俺以外のクラスメイト──特にクラスのカースト上位の賑やかな層の生徒が痺れを切らしたのだ。
そしてこんなことを言い出した。
──真犯人って、新田なんじゃね?
これを事実ということにすれば、犯人探しと悟への仕返しが同時に済ませてしまえる。鬱憤の溜まったクラスメイトたちにとって、それはオアシスの水に勝る誘惑だったことだろう。飛びつかないわけがない。
誰ということなく、その計画は実行に移された。
無視に始まり、誹謗中傷や嘲笑なんかがクラスで流行り始める。極めつけは、ハンムラビ法典よろしく、悟の持ち物を隠すことだった。
あいつが真犯人なんだからやられて当然、という空気はなるほど気持ちがいい。最初は様子見をしていた俺も、次第に格上の生徒の指示で何度も悟に対するイタズラを実行した。
時には、あいつをネタにいじり倒して馬鹿笑いし、また別の時にはあいつが大切にしていたシャーペンをめちゃくちゃに壊して返してやった。
ちょっとしたジョークのつもりだった。それなのにあいつは、笑うどころかとても悲しそうな顔をする。
──罪人のくせに生意気だ。
そのリアクションが、さらにクラスメイトたちの被虐心に火をつけた。あいつへのイタズラは日々エスカレートしていく。それにはさすがの俺でも戸惑ったほどだ。
けど、それでも俺は止めなかった。格上の生徒に刃向かえば最後、俺の身が危ない。それにそもそも、そんな義理はない。
俺は現状維持を選んだ。慣れてしまえば、良心も痛まない。蚊を殺して罪悪感を感じないのと一緒だ。
教室内はまるで熱病にでも冒されたみたいに、変な熱気に包まれていた。
悟へのイタズラやいじりは、クラスにおける人間関係の潤滑油として機能している。ひとりの犠牲でクラスみんなが平和に暮らせるなら、それでいいじゃないか。そんな風潮すら出来上がっていた。
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