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1章
第1話 未来、富浦へ行く
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電車の窓を開けると、すぐに潮の匂いを含んだ風がどっと車内に入り込んできた。あごのラインで切りそろえられた髪が、さわさわと耳をくすぐる。髪を乱すその風は少し湿っていて、頬に張りつくような感触があった。
宝石のようにキラキラと輝く海。抜けるような青い空。もくもくと湧き立つ入道雲。私は、ぼんやりと流れる景色を見ながら頬杖をついていた。
2両編成の電車は、お客さんも少なくてちょっと寂しい。こんなにガラガラの電車に乗ったのは12年間の人生の中で今日が初めてかもしれない。
新幹線からローカル線に乗り換えて、1時間半。富浦という海辺の田舎町に行く。おじいちゃんとおばあちゃんの家がそこにあるのだ。
こっちの日差しは東京よりもずっと強い。だけど自然が多いせいか、それとも目の前にひらける海のおかげか、そこまでの暑さは感じない。
空も海も、緑の草木も目に映る景色すべてが濃い色をしている。吹き抜ける風にすら、色がついているんじゃないかと思うほどだ。
人も車もいっぱいで、街のいたる所がアスファルトとコンクリートに覆い尽くされた東京では見れない景色がそこにある。こういう所に来ることを大人たちは“バカンス”と呼ぶのかもしれない。
だけど、そんな鮮やかな景色も、私にとっては現実感のないものだった。あの春の日から約4ヶ月。私はずっと覚めない夢の中にいるような感覚が続いている。
本当の夢なら、どれほど良かったか。
いきなり暗闇の底に浮き落とされた深い悲しみも、やり場のない怒りもすべて夢だったら良かったのに……。
私はポシェットの中からスマホを取り出す。ロック画面にはお父さんからのメッセージ通知が来ていたけれど、無視して慣れた手つきで車窓からの風景の写真を撮った。それをすぐにSNSにアップする。
そのあとでメッセージアプリを開いて、内容に目を通した。
『ひとりで大丈夫か? おじいちゃんが駅まで車で迎えに来てくれるそうだ』
私はため息をつく。ひとりで行くように言ったのは、お父さんじゃん。東京駅で私を新幹線に乗せておしまい。私がひとりが嫌だと言っても仕事があるからって逃げたくせに。何を今さら心配しているふりをするんだ。
歯ぎしりしながら、私はクマのキャラクターが不機嫌そうな顔をしているスタンプを送った。本当は既読無視したかったけれど、そんなことしたらメッセージをいっぱい送ってくる。へたすれば電話までかけてくるかもしれない。めんどくさいったらありゃしない。
そもそも心配なら、わざわざおじいちゃんとおばあちゃんの所に私を預けなければいいのに。
私だってせっかくの夏休み、東京の自分の家で過ごしたかった。それなのに、こんな不便な田舎町で過ごさないといけなんて。
正直言って、そんな夏休みの過ごし方は、超ダサい。渋谷にも新宿にも原宿にも行けないなんて、サイアク。
それもこれも、全部お父さんのせいだ。
『まもなく、富浦。富浦です』
車内アナウンスが聞こえて、電車は速度を落として駅に止まった。私は横に置いていたボストンバッグを肩にかけてドアへと向かう。
電車から降りると、そこはボロっちい小さな駅だった。木造のこじんまりした駅舎を抜ける。東京なら当たり前の自動改札機すらなくて、駅員さんがいちいちお客さんから切符を集めていた。
駅前には小さな駐車場があって、そこに見慣れたお年寄りがひとり立っていた。私のおじいちゃんだ。
「おじいちゃん!」
私は呼びかけながら、足を早めた。いらだっていた心もおじいちゃんの顔を見ると、波が引くように消えて気分が軽くなった。
「よぉ来たなぁ、未来。疲れたとんちゃうか?」
「ううん。大丈夫だよ。ずっと電車に乗ってただけだし」
「そうか、そうか。ほぉかほぉか。にしても東京からひとりやて、最近の子ぉはたいしたもんやなぁ、ほんま」
しみじみと感心するとおじいちゃんに、私は何でもないそぶりをする。ただ電車を乗り継いだだけだし、そんなにすごくない。……まぁ、ひとりで新幹線に乗るのは初めてだったし緊張もしたけれど。
おじいちゃんは、私の荷物を代わりに持つと駐車場に止めてあった軽トラに乗り込んだ。私はおじいちゃんの後を無言で着いていく。
おじいちゃんの格好はポロシャツに紺色の作業ズボン姿で田舎の人って感じ。東京なら浮くかもしれないけれど、ここではその姿が自然と溶け込んでいる。
助手席に乗り込むと、おじいちゃんはエンジンをかけて車を走らせた。
「ばあさんも未来が来るのを楽しみに待っとった。ひさびさに張り切っとったで、今晩はきっとご馳走や」
おじいちゃんはカラカラと笑う。
私は「わぁ、楽しみ!」と喜ぶそぶりを見せながら、内心ではがっくりと肩を落とす。ご馳走は嬉しいけれど、これから1ヶ月もこの町で過ごさないといけないことには変わりない。
ため息をついて外を見る。気分でも変わるかと思ったけれど、見えるものは電車からの車窓と変わらない。海と空と、緑の草木。それに田んぼと畑。コンビニもショッピングモールもゲームセンターもない。海と山に囲まれたこの田舎から1ヶ月も出られないなんてとってもサイアク。それって全然カッコよくない。とってもダサい。
「未来は今、何年生なんや?」
宝石のようにキラキラと輝く海。抜けるような青い空。もくもくと湧き立つ入道雲。私は、ぼんやりと流れる景色を見ながら頬杖をついていた。
2両編成の電車は、お客さんも少なくてちょっと寂しい。こんなにガラガラの電車に乗ったのは12年間の人生の中で今日が初めてかもしれない。
新幹線からローカル線に乗り換えて、1時間半。富浦という海辺の田舎町に行く。おじいちゃんとおばあちゃんの家がそこにあるのだ。
こっちの日差しは東京よりもずっと強い。だけど自然が多いせいか、それとも目の前にひらける海のおかげか、そこまでの暑さは感じない。
空も海も、緑の草木も目に映る景色すべてが濃い色をしている。吹き抜ける風にすら、色がついているんじゃないかと思うほどだ。
人も車もいっぱいで、街のいたる所がアスファルトとコンクリートに覆い尽くされた東京では見れない景色がそこにある。こういう所に来ることを大人たちは“バカンス”と呼ぶのかもしれない。
だけど、そんな鮮やかな景色も、私にとっては現実感のないものだった。あの春の日から約4ヶ月。私はずっと覚めない夢の中にいるような感覚が続いている。
本当の夢なら、どれほど良かったか。
いきなり暗闇の底に浮き落とされた深い悲しみも、やり場のない怒りもすべて夢だったら良かったのに……。
私はポシェットの中からスマホを取り出す。ロック画面にはお父さんからのメッセージ通知が来ていたけれど、無視して慣れた手つきで車窓からの風景の写真を撮った。それをすぐにSNSにアップする。
そのあとでメッセージアプリを開いて、内容に目を通した。
『ひとりで大丈夫か? おじいちゃんが駅まで車で迎えに来てくれるそうだ』
私はため息をつく。ひとりで行くように言ったのは、お父さんじゃん。東京駅で私を新幹線に乗せておしまい。私がひとりが嫌だと言っても仕事があるからって逃げたくせに。何を今さら心配しているふりをするんだ。
歯ぎしりしながら、私はクマのキャラクターが不機嫌そうな顔をしているスタンプを送った。本当は既読無視したかったけれど、そんなことしたらメッセージをいっぱい送ってくる。へたすれば電話までかけてくるかもしれない。めんどくさいったらありゃしない。
そもそも心配なら、わざわざおじいちゃんとおばあちゃんの所に私を預けなければいいのに。
私だってせっかくの夏休み、東京の自分の家で過ごしたかった。それなのに、こんな不便な田舎町で過ごさないといけなんて。
正直言って、そんな夏休みの過ごし方は、超ダサい。渋谷にも新宿にも原宿にも行けないなんて、サイアク。
それもこれも、全部お父さんのせいだ。
『まもなく、富浦。富浦です』
車内アナウンスが聞こえて、電車は速度を落として駅に止まった。私は横に置いていたボストンバッグを肩にかけてドアへと向かう。
電車から降りると、そこはボロっちい小さな駅だった。木造のこじんまりした駅舎を抜ける。東京なら当たり前の自動改札機すらなくて、駅員さんがいちいちお客さんから切符を集めていた。
駅前には小さな駐車場があって、そこに見慣れたお年寄りがひとり立っていた。私のおじいちゃんだ。
「おじいちゃん!」
私は呼びかけながら、足を早めた。いらだっていた心もおじいちゃんの顔を見ると、波が引くように消えて気分が軽くなった。
「よぉ来たなぁ、未来。疲れたとんちゃうか?」
「ううん。大丈夫だよ。ずっと電車に乗ってただけだし」
「そうか、そうか。ほぉかほぉか。にしても東京からひとりやて、最近の子ぉはたいしたもんやなぁ、ほんま」
しみじみと感心するとおじいちゃんに、私は何でもないそぶりをする。ただ電車を乗り継いだだけだし、そんなにすごくない。……まぁ、ひとりで新幹線に乗るのは初めてだったし緊張もしたけれど。
おじいちゃんは、私の荷物を代わりに持つと駐車場に止めてあった軽トラに乗り込んだ。私はおじいちゃんの後を無言で着いていく。
おじいちゃんの格好はポロシャツに紺色の作業ズボン姿で田舎の人って感じ。東京なら浮くかもしれないけれど、ここではその姿が自然と溶け込んでいる。
助手席に乗り込むと、おじいちゃんはエンジンをかけて車を走らせた。
「ばあさんも未来が来るのを楽しみに待っとった。ひさびさに張り切っとったで、今晩はきっとご馳走や」
おじいちゃんはカラカラと笑う。
私は「わぁ、楽しみ!」と喜ぶそぶりを見せながら、内心ではがっくりと肩を落とす。ご馳走は嬉しいけれど、これから1ヶ月もこの町で過ごさないといけないことには変わりない。
ため息をついて外を見る。気分でも変わるかと思ったけれど、見えるものは電車からの車窓と変わらない。海と空と、緑の草木。それに田んぼと畑。コンビニもショッピングモールもゲームセンターもない。海と山に囲まれたこの田舎から1ヶ月も出られないなんてとってもサイアク。それって全然カッコよくない。とってもダサい。
「未来は今、何年生なんや?」
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