夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

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5.本当の気持ち

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 何かがたてた「バタン」という音に、僕は目を覚ました。
 いつの間にか夜が明けていたようで、窓の外がほんのり明るい。
 体を動かすと布団で寝なかったからかそこらじゅうがギシギシと痛む。まるで油を差さなかったロボットのようなぎこちない動作で起き上がる。頭を空き缶のように振って、まぶたに残る眠気を追い払った。
 その時、ふいに野宮の姿がないことに気がついた。
 彼女が寝ていた場所にはタオルケットが綺麗に畳まれて置かれているだけで、それをしたであろう本人の姿は見当たらない。
 帰ってしまったのかと考えたが、部屋の隅に放置されている通学カバンを見て考えを改めた。
 では、トイレだろうかと確認に向かったがやはりいない。
 そういえば、さっき「バタン」って音がした。あれはたぶんドアが閉まる音だ。でもトイレにはいない。
 玄関のドアまで行くと鍵が開いていた。やっぱり帰ったか? でも荷物を置いて?
 訝しげに思いつつドアを開ける。
 すると、すぐ目の前に華奢な背中が見えた。
「野宮?」
 外廊下の柵に腕をついてもたれていた野宮が振り返った。
「天原さん、おはようございます」
 彼女の色白の肌が顔を出したばかりの朝日に照らされて眩しい。
「こんなところで何してんの?」
「朝がはじまる瞬間を見ていたんです」
 そう言って彼女はまた元の体勢に戻った。
 見上げた空は紫色で、東の方は朝焼けでオレンジに燃えている。
「面白いの、それ?」
「気持ちがいいですよ。寝起きにぴったりです」
 ちょうどその時、誰かが外階段を上がってきた。
「あ、おはよう」
「おはようございます。加賀さん」
 加賀さんはいつもどおり、よれよれのシャツで片手にはカメラを携えていた。
「撮影ですか?」
 そう訊くと彼は頷いた。
「今度コンテストがあってね。マジックアワーにあわせて撮ってきたんだよ」
「マジックアワー?」
 聞き慣れない言葉に首を傾げる野宮に説明した。
「日没前や日の出後の薄明るい時間帯を指す撮影用語だ。まるで魔法のように芸術的な写真が撮れるからそう呼ばれているんだ」
「魔法の時間……。なんだかロマンチックですね」
「実際、ロマンチックな写真が撮れるんだよ」
 両手の人差し指と親指でフレームを作りながら加賀さんが言った。
「そうだ野宮、僕たちも写真を撮りに行こう」
「いいですね、それ!」
 カメラを撮りに戻ろうと踵を返した時、加賀さんが「ちょっと待った!」と僕を引き止めた。
「君たち今、とてもいい表情をしている。一枚撮ってもいいかい?」
 僕と野宮は顔を見合わせたあと頷いた。
「じゃあ、二人目とも並んで柵に腕をついて……。そうそう、いい感じだ。はい、カメラの方を見て──」
 パシャ。
 一瞬、白い閃光が視界を覆った。
 撮影が終わると加賀さんは「現像が終わったらプレゼントするよ」と満足そうに言って自室に入って行った。
 それから僕らはカメラを持って、丘の上の公園に向かった。
 辺りもだいぶ明るくなっている。
 丘の上から見下ろすと町が朝に塗りつぶされていく。その様子をカメラに収めた。 
「私にも貸してください」
 撮影を続けていると野宮が声をかけてきた。
「何を撮るんだよ」
「いいから、いいから」
 カメラを渡すと野宮は少し離れてこちらに向かって構えた。
「笑ってー。ハイ、チーズ」
 カシャリという音とともにフラッシュが光った。
 いきなり言うもんだから、ぎこちない笑顔になってしまった。
「僕を撮らずに景色を撮れよ」
 僕がぼやくと野宮はクスッと笑って「遺影用です」と答えた。
「なんだかネガティブな理由だなぁ」
「でも必要なものですから。ちゃんと用意してないと下手したら証明写真使われますよ」
 ……それは嫌だ。なぜ証明写真に写る自分というものは、ああも醜く見えるのか。目は細くて線みたいだし、顔も大きく見える。
 そんなのが遺影になって後世まで残るなんて、考えるだけでもおぞましい。
「野宮の分も撮ってやるよ」
 今度は僕が野宮を撮影する番だ。
 でも、野宮は「私はいいです」と顔の前で手をワイパーみたいに振った。
「なんで? 自分が言い出したくせに」
「家族がいない私は遺影が飾られることもないですから」
 そうだった。この世界に彼女の拠り所はないのだ。
 空気が重くなったように感じた。しかしそれを振り払うように無駄に元気に言った。
「それなら思いでに一枚どうだ」
 野宮はそれなら……と了解してくれた。
 カメラを向けると、彼女は「来い!」と言わんばかりに堂々と腰に手を当て仁王立ちの体勢をとった。
「なんだそのポーズ。なぜ立ちはだかる」
「気合入れないと魂取られますから」
「何時代の人間だ。それにさっき一回撮られただろ」
「あ、そうだった」
 恥ずかしそうに照れ笑いする野宮にシャッターを切った。

「天原さん、今日ひまですか?」
「なんだよ、急に」
 そろそろ引きあげようかというころに野宮が訊いてきた。
「いつもどおり、何も予定がないよ」
 僕が答えると彼女は顔を綻ばせた。
「それならショッピングに行きましょう!」
「ショッピング? なんで?」
「決まってるじゃないですか。ダブルデート用の服を買うんです」
 人差し指をピンと立てる野宮に僕は首を振った。
「服ならあるし、いいよ」
「よくないです。ダブルデートなんですよ? 相手の彼女も来るのにその地味な格好で行くんですか? オシャレしないと」
「別に石山の彼女にモテる気はないけど」
「そうじゃなくて、なんていうかハレの日なんですから……」
 野宮はもどかしそうにもじもじした後、言った。
「その格好で行ったら、絶対バカにされますよ」
「大丈夫、石山はそんなやつじゃないよ」
「石山さんは大丈夫でも、その彼女が何か言うかもしれませんよ?」
 僕は少し考えた。石山がそんな人選ぶわけないと思うが、どうなるかわからないし……。
 それにオシャレな服の一枚や二枚持っていてもいいかもしれない。
「わかった、行こう。でも僕はオシャレとか疎いからな……」
「そこは私が見繕ってあげるので安心してください!」
 野宮は胸を拳でトンと叩いた。
 一旦、部屋に戻って朝食を摂り、ショッピングモールの開店時間を待った。
 向かったショッピングモールは新幹線も止まる駅前にある。
 以前ここで、仕返しの一人目・金澤朱里亜を万引き犯に仕立て上げたのは記憶に新しい。
 専門店がずらりと並んだ店内は開店したばかりなのに家族連れや中高生でにぎわっていた。
「あっちの服屋さんに入りましょう」
 野宮に連れられて入った店は木を使ったヴィンテージ風の内装で、暗めの照明がシックな雰囲気を演出していた。
 野宮は店のあちこちから商品を持ってきては僕に合わせた。途中、声をかけてきた店員さんにもいろいろ相談した結果、上は白地にグレーのストライプが入ったTシャツにカーキ色の襟つきシャツ、下は黒のパンツに落ち着いた。
「あとは……これでよし」
 仕上げに野宮が僕の首に指輪のようなリングが先についたネックレスをかけた。
「これが……僕?」
 試着室の鏡に映った自分は、大学や街中で見るイケてる若者の風体をしていた。
 この格好ならデートでも恥ずかしくないはずだ。全部購入だ!
 会計をすると、予想を超える金額に度肝を抜いた。オシャレとは金がかかるものらしい……。
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