夜の公園で出会った彼女は、死のうとしていた。

秋月とわ

文字の大きさ
24 / 50
6.三人目

2

しおりを挟む
  翌日、いつも通り待ち合わせ時刻の五分前に公園に着いた。
 すでに待っていた野宮とほぼ恒例となった「五分前に来た」の言い合いをしてから本題に入った。
「今から仕返しに行くのは、前に野宮が言っていた元親友だろ?」
「はい。名前は倉井莉奈くらいりな。現在は繁華街のはずれにあるコンビニで働いているみたいです」
「まずはそのコンビニに行こうか」
 僕と野宮は電車で繁華街のある町まで移動した。
 駅前から町の中心に向かってのびる大通り沿いに、看板のネオンがひしめきあってキラキラと夜空に瞬いている。その道を町はずれに向かって歩く。
 進みだして十分ほど経っただろうか。歩道から溢れんばかりだった人だかりは減り、沿道の景色もネオン看板の大群からマンションや雑居ビルへとその姿を変えていった。行き交う車は辺りには目もくれずスピードを上げて通過していく。
 そんな寂しい街角に行灯のようにあたりを煌々と照らす建物がひっそりと建っていた。
「あそこです」野宮がその明かりを指して呟いた。
「あそこが倉井が働いているコンビニです」
 自信たっぷりの野宮を横目に、一つ疑問が浮かんだ。
「どうやって倉井がここに勤めてるってわかったんだ?」
「そんなの簡単ですよ」
 そういうと野宮はスマホを取り出して少しいじると僕に向けた。画面にはSNSのプロフィールページが表示されている。
「これは倉井莉奈のSNSページです。ここに彼女の近況や勤務地などが書き込まれていました」
 よく見ると『くらいりな』というハンドルネームの下にある自己紹介欄にコンビニの名前が記載されていた。どこの町でも見かける有名チェーン店だ。店舗名まではわからないが過去の書き込みを探せば何か手がかりがあったのだろう。
「三時間前に『いまからバイト。だるい』と書き込まれています。ここのコンビニは求人誌によると三交代制です。今から三時間前つまり午後三時からのシフトは午後十時までなのでその間は勤務しているはずです。店内では他の客の目がありますから帰宅時を狙いましょう」
 野宮が何をするかは知らないが今から倉井の退勤時間まで時間をつぶさないといけないみたいだ。
 周囲を見回すと、ちょうどいい具合にファミレスの看板が見えた。
「野宮、倉井が出て来るまであそこで時間を潰そうよ」
 僕が指差した方向を野宮は一瞥すると「はぁぁ」と深く息をついた。
「天原さん、あんな遠いところから倉井が出て来る様子が見えると思ってんですか? 昼間ならまだしも夜の暗さでは無理でしょ」
 それに! と彼女は続けた。
「私、今日は三百円しか持ってないんで」
 そっぽを向く野宮に僕はずっこけた。
 この前と同じじゃないか。なぜ出かける前に財布の中身を確認しないのか。
「じゃあ、どこで待つんだよ」
「もっと倉井を観察するのにぴったりの場所があるでしょ。しかもタダで」
 野宮が視線を移した先を見て目を見張った。
「コンビニ⁈ 待て、あそこには倉井がいるんだぞ? 気づかれたらどうする。てか絶対気づかれるだろ!」
「だからなんだっていうんですか。倉井は私が仕返しをしようとしていることを知らないんですよ? 気づかれたところで『あ、元同級生だ』ぐらいにしか思いませんって」
 野宮はきっぱりとした足どりでコンビニの方へ歩いて行った。
 コンビニが入居している建物は五階建ての年季の入ったマンションだった。その割に正面口の看板はまだ新しく、ちぐはぐな印象だ。もともとは別のテナントだったのだろう。
 店に入ると独特のメロディが流れた。そして同時にレジに立つ女の店員が「らっしゃせー」とだるそうに挨拶をする。
「野宮、あの店員か?」
 野宮をレジの死角へ連れていき、小声で尋ねた。
「はい。髪型が変わっていますがあの店員が倉井です」
 商品を選ぶふりをして、もう一度、物陰からレジを窺う。
 コンビニの制服を来た女性店員は髪はショートカットで金色をしている。パッと見ただけでは野宮と同い年とは思えないほど大人びていた。
 一瞬こっちを見た倉井と目があった。すぐに視線を逸らしたが、何か感づかれただろうか。
 あまり怪しまれないようにおとなしくしておこう。
 それからしばらくは雑誌コーナーで漫画雑誌を立ち読みしていた。 
 めぼしい漫画を読み終わった時、ふと夕飯がまだだったことを思い出した。
 ちょうどコンビニにいるんだし何か買うか。
「野宮、お腹減ったし夕飯ここで買おうと思うんだけど」
「どうぞ。私はお腹空いてないので気にしないでください」
 そう言って野宮は女性誌の立ち読みを続けた。
 お弁当コーナーには時間的なこともあってか品数があまりなかった。チキン弁当に竜田弁当、丼もので豚丼と天津飯……。どれも夕食にするには胃がもたれそうだ。
 別の商品棚にはおにぎりが並んでいた。こちらもあまり種類がなかった。梅、ツナマヨ、明太子、炒飯風……。
 僕はそこから定番の梅、明太子をカゴに入れると、少し悩んでからはツナマヨを取った。さすがに炒飯風には手が伸びなかった。そもそもなぜ炒飯をにぎる必要があるのか。普通に炒飯を食べればいいじゃないか。
 飲料コーナーに移動してペットボトルのお茶を一本取った。
 それから他に必要なものはないか店内をぐるっと回ってからレジへ向かった。
 するとレジで野宮が会計をしていた。彼女の手元を見るとオレンジジュースを購入しているようだ。
 そしてレジ係の倉井と何か話している。
 後ろめたさを感じながら聞き耳をたてた。幸い僕たち以外に客がいないからよく聞こえる。
「……もしかして優月?」
「うん」
「久しぶりだね。全然変わってないからすぐ分かった」
「莉奈はすごく変わったね。髪の色とか……」
 二人の間に沈黙が流れた。
「あたし……」
 いいかけてから倉井は時計を一瞥した。
「あと二時間したらバイト終わるんだけど、時間ある?」
「え、二時間……」
 予想外の展開に驚いた。それは野宮も同じだったようで少々うろたえていた。
 まさか仕返しに来たと気づかれてしまったのだろうか。
「この先にファミレスがあるからそこで待ってて」
「わかった」
 オレンジジュースを渡すと倉井は別の仕事に取りかかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

処理中です...