薄明を待つ天女達~南川下町診療所浮世草子

風鈴

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番外編

妓楼『藤ノ井』の年末年始(1)

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 妓楼『藤ノ井』の師走は、他の月に比べてお客様のパーティへコンパニオンとして仕事が多く入る。『藤ノ井』で何人かで集まって宴会をされる小規模なものから複数人の遊女を指名されての大規模なパーティーまで様々な仕事に応える。
 パーティーに派遣する遊女をやりくりするのは、遣り手として村雨が一手に担っている。下位の遊女にも上位の遊女のお供などを割り当てたりして不公平にならないように考えて配置する。
 勿論ラウンジもお座敷も開店しているのでそこに集う若いお客様や御贔屓様も大切にしなければならない。だから、師走は妓楼『藤ノ井』にとって一番の稼ぎ時で遊女も走り回っていた。
 勿論、松の位の瑞葵や竹の位の茨棘の御職となれば師走は『藤ノ井』でお客様を相手するよりも外に赴くことが多くなる。クリスマス前後はひとつやふたつ、ひどい時には四つも一日に掛け持ちしてパーティー会場を巡り、分単位で移動する。御職の空いた穴を埋めるために下位の遊女が残り最後まで宴会やパーティーに残ってしっかりとコンパニオンの仕事を受け持つ。彼らにも上手くいけば新しいお客様の獲得ができる格好の機会なので営業も忘れずにするのであった。
 まだ、部屋持ちでも無い紅玉は御贔屓様の宴会やパーティーにお呼ばれするだけでなく、瑞葵や茨棘の宴会やパーティーについて一緒に周り顔だけでなく紅玉の良さを売る。今年が初めての紅玉にとっては『藤ノ井』の外での仕事は緊張する。御贔屓様達ならちゃんと『藤ノ井』のしきたりを踏まえて接してこられるがなれてないお客様もおられて困る事がある。
「はじめまして、出来ればお付き合いしたいです」
 とか
「今日よければここのホテルの部屋で付き合って欲しい」
 とか
「君を身請けするにはいくら積めば良い」
 など不躾で明らか失礼な妄言を吐く輩もいるが、遊女として上手く煙をまきウィットで返すようにならないと場を崩しかねない。紅玉も瑞葵から教わったひと言を言う。
『旦那様、お声かけありがとうございます。私どものような遊女に声をかけて頂き本当に嬉しく存じます。しかしながら私『藤ノ井』のカゴの鳥で御座います。今お客様のお言葉を飲めば足抜けとなりお客様に大変ご迷惑をお掛けしますが、よろしいのでしょうか?そのような荒っぽいのがお好きでなければ、一度『藤ノ井』にお越しいただきまして楼主とお話しして頂けますとお話しもスムーズに済みます。これをお持ちになってお越しくださいませ』
 と言って笑顔で名刺を差し出せば良いと後は支配人になり村雨なりが納めてくれると言って大声で笑って教えてくれた。
 大体、宴会やパーティーの出合いなんて相手にも遊女にも成功の可能性は低く、酒を呑んでの酔っぱらいの戯言で真剣なら『藤ノ井』に上がってきて順序通りの手順を踏まないと足抜けとなってしまうことは事実である。今や都市伝説の如く語られている、足抜けのペナルティの凄惨さの噂を知っている人は絶対踏み込まないし周りも踏み込ませない。本当に有るのか無いのか遊女もほとんど知らないが抑止力だとみんながわかっている為に踏み出せない一線である。
 クリスマスが過ぎてお客様の仕事納めで宴会やパーティーシーズンは終わる。『藤ノ井』も休業となる。各自の部屋を下女や年取った下男に手伝ってもらって大掃除して、要らなくなった着物や服を食堂に持ち込んで交換したりする。そしていつもお世話になっている従業員にささやかな贈り物をして忘年会を開催する。これには楼主も支配人も村雨さえも参加せずに遊女と従業員の交流会であった。
「やっぱり平太が1番人気だ」
 ぽつりと浮かない顔で茜凛が紅玉に愚痴をこぼす。紅玉は茜凛の胸の内を想像して微笑んでいる。
「平太さん、今良いですか」
 急に紅玉が前を通る平太を呼ぶ。平太は紅玉の横に茜凛がいるのを見て少し照れながらやってきた。
「はい、何のご用ですか?」
「五月からここに来てすぐに馴染めたのは平太さんの影ながら支えてもらったからです。だからプレゼントです」
 紅玉は立ち上がりプレゼントを渡して付け加える。
「茨棘にいさんが呼んでいるので、茜凛の相手お願いします」
「えっえー、紅玉さん」
 平太は急いで茨棘に側に行った紅玉の背中に声をかけたが、彼は無視してスタスタと茨棘の元に言ってしまった。
「平太?私の横は嫌?」
 茜凛の寂しそうな言葉を聞いて腰掛けた。
「そんな事はないよ。茜、そんな声を出したら周りが変に勘ぐるよ」
「うん、少しだけ」
 平太と茜凛は小指を絡ませて何も話さずに紅玉がゆっくりと大回りして戻ってくるまで座っていた。
 晦日には遊女全てが安堂総合病院で念入りに健康診断を受ける。その後は楼主の主催の年始の挨拶まで毎日お風呂には温泉のお湯が運ばれてゆっくり癒してのんびり過ごす。
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