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第四章
第四十六話 ブルームト王城その参
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バルドレッド将軍は二階からの着地の衝撃で腰をやってしまったらしい。
……そういえば、もともとぎっくり腰だった。回復薬はもう一本あるけど、ぎっくり腰にも効くのだろうか……
「将軍、回復薬は腰にかけますか? それとも飲みますか?」
「飲む。すまんが飲ませてくれ」
バルドレッド将軍はピクリとも動かない。いや、動けないのだろう。痛みのせいか、眉間にしわを寄せて険しい表情だ。
口元に回復薬の瓶を近づけ、ゆっくりと傾ける。
瓶の中身がなくなったのを確認し、慎重に鎧を外していく。バルドレッド将軍は少し躊躇したように見えるが、こんな重い鎧を着ていては動けないはずだ。
一回自分で鎧を着ておいてよかったな。そうじゃなければ、外し方なんてわからなかった。
着地してから時間もたっている。そろそろ誰か来てもおかしくない。
鎧はその場に置き、バルドレッド将軍に肩を貸して茂みへと歩く。
このあとはどうしよう? ぎっくり腰は治っても無理したら再発しそうだし、走るのは難しいはずだ。
悩んでいると不意に遠くから声が聞こえてきた。耳を傾けるとだんだんと大きくなっているのがわかる。こちらに近づいてきているようだ。
歩くのを止め、茂みの中に身を隠す。幸いなことに茂みは手入れされておらず、伸び放題で緑も深くなっている。これならそう簡単にはバレないだろう。
「隊長、鎧です! 鎧を発見しました!」
「見ればわかる! んん? これは、バルドレッド将軍の鎧? なるほど……よし! 連中はこの辺りにはいない。門の守りを強化するように伝えろ!」
「いないのでありますか? この辺りの捜索は……」
「この鎧は特注品だ。それをこんな分かりやすく置いてあるのは怪しい。大きな音を立てたのも、この辺りを捜索させようという狙いに違いない。つまり、これは罠だ!」
「さすが隊長! ご明察! 時期師団長候補は伊達じゃない! 最近はきな臭いですけど、ここで手柄を立てておけば安泰ですね! 僕たちは隊長についていきますよ!」
「がっはっはっは! 私に任せておけ!」
来たのは師団長より下の部隊のようだ。人数も少なく、会話をしてる二人と周囲を警戒してる三人の合計五人。
倒そうと思えば出来なくはない。ただし、声を上げさせずにというのは難しい。きっと仲間を呼ばれてしまう。とはいえ、無理に倒す必要はなさそうだった。
息を殺し、じっと身を潜める。その間にバルドレッド将軍も落ち着いたようで、眉間のしわも無くなっていた。
やがて兵士たちは鎧を回収し、去っていく。それを見送ると、ほっと一息ついた。
「バルドレッド将軍、さっきの兵士たちは行ったみたいです。……それと、鎧は回収されてしまいました。すみません」
「わしのせいじゃ、鎧は気にしなくていい。むしろ役に立ったみたいじゃしな。見えはせんかったが、聞こえてはいた。さっきのとおりなら壁には行きやすくなったじゃろう」
目指すのは西の門だ。バルドレッド将軍の話によると、今の位置から城を背に直進し、城壁を超えたあともまっすぐ進めば辿り着くらしい。
守りの堅い正門は除外するとして、拠点に近い北の門を目指さないのは、警戒されてる可能性が高いという理由からである。なお、異変が起きた場合、馬車も西の門に向かう手筈になっているとのことだった。
茂みの中を進んで城壁を目指す。
バルドレッド将軍は回復薬が効き、動けるようにはなったが歩みは遅い。棒を杖のように使って歩く姿は、先ほどフルールさんを豪快に投げ飛ばした人と同一人物には見えなかった。
少しだけ先行し、周囲を警戒する。先に進むと茂みが途切れ、目の前には道が現れた。遠くには道を歩いて来る兵士も確認できる。
……さすがに全員が正門に集まってるわけじゃないか。兵士の数は二人。倒せなくはないと思うけど、今はバルドレッド将軍が動けないしな。念のため、ここは隠れてやり過ごすべきだろう。
バルドレッド将軍にも考えを伝えた。茂みが揺れて気づかれる可能性があるため、二人で動かずに待機する。
兵士が通り過ぎ、充分に距離が離れたところで道を横断していく。道の先にはまた茂みがあり、再び隠れながら進めそうだった。
そうしてゆっくりとだが進んでいき、兵士を見るたびに同じようにしてやり過ごす。
何度も戦闘を回避したため時間がかかったが、そのおかげで見つからずに城壁へと辿り着くことに成功した。
「ふぅ、やっと着いたのう。ここまで来れば壁は超えたようなもんじゃ」
「とりあえず、周囲には兵士もいなさそうです。それで、どうやって城壁を突破するんですか?」
「うむ。方法は飛び越える、じゃ。わしの魔法で高く上がり、そこから跳んで向こう側に行く。単純じゃが、確実な方法じゃろう」
高く上がる? バルドレッド将軍はたしか土属性って聞いた気がするけど、そんな魔法あるんだろうか?
「不思議そうな顔をしとるのう。ふむ、もう少しだけ説明しようかの。土属性と型についてじゃ」
バルドレッド将軍は魔法の土属性とアロー型について教えてくれた。
土属性は光属性や炎属性などとは違い、質量がある。そのため触れることもできるし、乗ることも可能だという。剣や盾などで防がれやすい土属性だが、こういった足場などにも使えると聞くと意外と便利な気もした。
そしてアロー型の魔法についての説明も受ける。今まであまり意識していなかったが、矢は魔力を集めた場所を起点にして作られていくらしい。そして、その矢は起点を中心に左右、または上下に伸びるようにして出来ていくとのことだった。
バルドレッド将軍は伸びる方向を片方だけに制御し、さらに魔法を完成させずに伸ばし続けることができると聞く。
おそらくやろうとしていることは、土属性のアロー型の魔法を地面近く、方向を下で魔法を構築し続けるということ。その場合、矢は地面にぶつかるが魔法は構築中なので起点はどんどん上へと移動していく。そして、そのときに起点に乗るような形をとれば、矢を伸ばした分だけ上に行けるということだろう。つまり簡単に言えば、天高く伸びる棒を作るということだ。
「土属性以外ではこの方法はつかえんじゃろうな。それに強度が足りなければ魔法そのものが失敗となってしまうからの」
「でも、壁を超えるほどの魔法の矢ってできるんですか? そこまで長いと矢でもない気がしますけど」
「可能じゃよ。まぁ、集中せねばならんし、戦闘中にはできんじゃろうがな。今のこの状況なら問題あるまい」
ふと思ったんだけど、着地はどうするつもりだろう? 城壁の高さは二十メートルは軽く超えてそうだし、壁で減速しながらでも着地は怪しい気がする。
「将軍、ちなみに着地の方法はどうするつもりですか?」
「着地も魔法を使う。壁近くは住民もいないし、壁を超えてしまえば多少うるさくしても問題あるまい。方法としては爆発の魔法で減速して着地する予定じゃ。……ふむ、爆発なら土のわしより、炎のツカサくんのほうが威力は高いじゃろう。着地の減速は増させてもいいかの?」
「……わかりました。やってみます」
正直自信はないが、似たようなことはしたことがある。何とかなるだろう。
バルドレッド将軍は装備している棒を両手で握ると目を閉じた。
棒はその先端が褐色の光を放ちはじめる。
「よし、つかまるのじゃ!」
バルドレッド将軍の握る棒につかまる。そして、着地のための魔力を集めようとしたところで、体が一気に上昇していく。
風圧で顔が歪む。そのあまりの速度にとっさに目を瞑ってしまう。
速いし、腕もきつい!
腕の力で体を必死に支えながら、なんとか目を開ける。視界にはすでに木々はなく、目の前には壁しか見えていない。そのまま景色は勢いよく流れていく。
体感ではこの逆バンジーのような状態を長く感じていた。実際には数秒なのだろうが、その割には手汗が酷い。棒を握る手もずるずると下がってしまっている。
唐突に視界が開けた。見えていた城壁が消え、空が見える。
「ゆくぞ!!」
バルドレッド将軍の声が聞こえ、体が引っ張られる。魔法を足場に横へ跳んだようだ。
空中に投げ出された体は無事に城壁を超える。
一瞬の浮遊感。そして、落下がはじまった。
!? 急げ!! ありったけの魔力じゃないとまずい!
予想より高く、あまりにも一瞬だったため、魔力を集めきれていなかった。
あとのことは考えず、全力で魔力をかき集めていく。
視界にはまた城壁が流れるように映っている。
落ちる体。速度はぐんぐんと上がっていく。
気づけば地面は目の前に迫っていた。
「……ッ!! イクスパンドマジック! ファイアボール・トリプルバースト!!」
魔法は発動と同時に着弾し、辺りには轟音が響き渡る。
バルドレッド将軍とともに地面を転がっていく。
右腕が真っ赤に腫れてる。熱いような気もするが、あまり感じない。ほとんど感覚はなく、指すら動かない状態だ。
……この見た目で痛みがないのはまずい気がする。他がかすり傷程度で動けるのはいいけど、早く治療しないと。バルドレッド将軍のほうは大丈夫だろうか?
煙が舞う中、バルドレッド将軍を見る。意識はあるようだが、動きが鈍い。
俺自身、魔法でのダメージは大きかったが、落下の衝撃はほとんどなかった。バルドレッド将軍のほうは俺が壁となっていたから魔法でのダメージもないはずだ。だとしたら……
近づいて確認してみると、やはりぎっくり腰が再発しているようだった。
回復薬はもうない。すべて使ってしまった。二人とも痛みを我慢するしかなく、肩を貸しながら、西門へと向かい歩きはじめる。
辺りはすでに騒がしい。住民が遠くからようすを窺っている。爆発が大きすぎたせいだろう。正門のほうも遠いとはいえ、さすがに音が届いたかもしれない。
「城の兵士が少ないのが幸いじゃった。城壁の外には兵士はおらんようじゃし、ここに来るまでに時間はかかるじゃろう」
「今のうちに隠れますか? 俺も将軍も今のままだと門まで辿り着けるか怪しいですし……」
「いや、その必要はなさそうじゃぞ? ほれ、あっちじゃ」
バルドレッド将軍が指し示す方向を見る。すると、見覚えのある馬車がこちらに向かってきていた。
……あれは拠点から乗ってきた馬車だよな。護衛の人たちもいるみたいだし、なんとかなったみたいだ。
馬車は俺たちの前で停車し、中から護衛の人たちが出てくる。
「ご無事……とはいかないようですが、ひとまず安心しました。馬車にお乗りください。回復薬はいくつか積んであります」
「うむ。助かる。治療は先にツカサくんを頼む。しかし、随分と早かったのう」
「将軍の腰のことは知ってましたから。西門よりの城壁の近くで待機しておりました。先ほどの爆発には驚きましたが、合流できてよかったです」
バルドレッド将軍が話しているのをよそに、俺は先に馬車へと促された。中ではもう一人の護衛の人が慌てたようすで治療をしてくれている。
「ぐっ! うぅ……」
回復薬をかけられ、思わず声が出てしまう。
「よかった。痛みが戻ってきたんですね。もう一本かけて、さらに飲んでもおきましょう。あの腕で平気な顔をしてるのを見たときは手遅れかと思いましたけど、間に合ったようでよかったです」
とっさに全力をだしたせいか、自分の魔法で腕一本なくすところだったらしい。
……アリシアに自分の魔法でダメージを受けない方法を教えてもらったのに全然できてないな。無意識でもできるように練習しないと。
治療が一通り終わると、護衛の人と交代でバルドレッド将軍が乗り込み、馬車はゆっくりと進みだす。
「すまなかったのう。わしは着地で怪我せんかったが、そのぶんツカサくんに怪我をさせてしまった。具合はどうじゃ?」
「はい、大丈夫です。回復薬、三本も使っちゃいましたけど」
「かまわんよ。そういえば、ツカサくんはペンダントのようなものを奪われておったが、あれは特別なものじゃったりするのかの?」
「あれは、この世界に来たときに女神さまからもらったものです。特別といえばそうですけど、壊れているので特に使い道はないはずです」
実際にはカルミナがいるはずだが、今となっては本当にペンダントにいたのかも怪しく思える。それに、ペンダントを直すあてもない。とりあえずは無くても問題ないだろう。
会話はなく、馬車の中は暗い雰囲気が漂いはじめる。
城に行った目的、フルールさんの救出はできなかった。それどころか当のフルールさんは赤の教団に協力している始末だ。
バルドレッド将軍の目的は、ポーラ姫のようすを確かめに行くことだったのだろう。ポーラ姫の過去を知っていれば、赤の教団に味方するとは思えない。安否を心配したのだと思う。
結局、何も出来なかった。バルドレッド将軍の顔も暗い。ただ、ときおり目が合う。何かを言い淀んでいるようにも見える。
しばらくしてバルドレッド将軍が口を開きかけたとき、馬車の隅の道具袋が震えはじめた。
馬車に振動音が響く。それなりの騒音である。話も出来そうにないので、道具袋から音の原因を取り出してみることにした。
「これは……水晶ですか?」
「それは送言の魔晶石と呼ばれるものじゃ。対になっとる魔道具で言葉を一方的に送ることができる。ただ、使い捨てでの。火急の用件でなければ使わないはずなんじゃが……」
そういって、バルドレッド将軍は俺から送言の魔晶石を受け取ると、その機能を発動させる。
『あー、将軍、わるい。緊急事態だ。拠点内で反乱が起きた。確認できてる限りでは、規模はそんなに大きくない。あたしだけでも鎮圧できると思うが、ようすが変なんだ。出来るだけ早く戻ってくれ』
エクレールさんの声だ。反乱が起きたらしい……って反乱!?
「バルドレッド将軍!!」
「うむ。急ぎ戻る必要ができた。しかし、この折で反乱か。狙ってたとしか思えんな」
反乱を起こすような連中。そしてタイミング、赤の教団しか考えられない。
バルドレッド将軍の言うとおり狙っていたはずだ。だとしたら俺たちの動きがバレていたのだろう。それに反乱が赤の教団なら、ここにいなかったオルデュールや黒ずくめなどがいる可能性もある。捕らえて情報を引き出せば、フルールさんやポーラ姫が赤の教団についた理由もわかるかもしれない。
馬車の速度が上がる。ここから約半日、日付が変わった深夜には拠点に着けるはずだ。
傷は動かせるぐらいには治ったが、疲労はとれていない。そのため、拠点に着いてすぐ動けるように仮眠をとるように言われる。
アリシアはエクレールさんがいるし、大丈夫だと思う。けど、赤の教団の狙いがわからないな。バルドレッド将軍がいなくても、エクレールさんがいるのは知ってるはず。エクレールさん一人なら何とかなると思ったんだろうか?
数か月の間、エクレールさんはブルームトにいる。その強さを知らないわけではないだろう。俺にはエクレールさんがオルデュールたちと戦って負けるという想像ができない。赤の教団もそれは分かっているはずだ。だとしたら反乱の目的は拠点の占拠ではなく、真の目的は違うところにあるような気がする。ただ、それが何なのかはわからない。
救出作戦では失敗。そして反乱。赤の教団の目的がわからない不気味さ。
いろいろなことが起きたせいか、妙な胸騒ぎを感じてしまう。揺れる場所の中、俺は不安な心を押し殺し、少しでも体力を回復させるために目を閉じる事しかできなかった。
……そういえば、もともとぎっくり腰だった。回復薬はもう一本あるけど、ぎっくり腰にも効くのだろうか……
「将軍、回復薬は腰にかけますか? それとも飲みますか?」
「飲む。すまんが飲ませてくれ」
バルドレッド将軍はピクリとも動かない。いや、動けないのだろう。痛みのせいか、眉間にしわを寄せて険しい表情だ。
口元に回復薬の瓶を近づけ、ゆっくりと傾ける。
瓶の中身がなくなったのを確認し、慎重に鎧を外していく。バルドレッド将軍は少し躊躇したように見えるが、こんな重い鎧を着ていては動けないはずだ。
一回自分で鎧を着ておいてよかったな。そうじゃなければ、外し方なんてわからなかった。
着地してから時間もたっている。そろそろ誰か来てもおかしくない。
鎧はその場に置き、バルドレッド将軍に肩を貸して茂みへと歩く。
このあとはどうしよう? ぎっくり腰は治っても無理したら再発しそうだし、走るのは難しいはずだ。
悩んでいると不意に遠くから声が聞こえてきた。耳を傾けるとだんだんと大きくなっているのがわかる。こちらに近づいてきているようだ。
歩くのを止め、茂みの中に身を隠す。幸いなことに茂みは手入れされておらず、伸び放題で緑も深くなっている。これならそう簡単にはバレないだろう。
「隊長、鎧です! 鎧を発見しました!」
「見ればわかる! んん? これは、バルドレッド将軍の鎧? なるほど……よし! 連中はこの辺りにはいない。門の守りを強化するように伝えろ!」
「いないのでありますか? この辺りの捜索は……」
「この鎧は特注品だ。それをこんな分かりやすく置いてあるのは怪しい。大きな音を立てたのも、この辺りを捜索させようという狙いに違いない。つまり、これは罠だ!」
「さすが隊長! ご明察! 時期師団長候補は伊達じゃない! 最近はきな臭いですけど、ここで手柄を立てておけば安泰ですね! 僕たちは隊長についていきますよ!」
「がっはっはっは! 私に任せておけ!」
来たのは師団長より下の部隊のようだ。人数も少なく、会話をしてる二人と周囲を警戒してる三人の合計五人。
倒そうと思えば出来なくはない。ただし、声を上げさせずにというのは難しい。きっと仲間を呼ばれてしまう。とはいえ、無理に倒す必要はなさそうだった。
息を殺し、じっと身を潜める。その間にバルドレッド将軍も落ち着いたようで、眉間のしわも無くなっていた。
やがて兵士たちは鎧を回収し、去っていく。それを見送ると、ほっと一息ついた。
「バルドレッド将軍、さっきの兵士たちは行ったみたいです。……それと、鎧は回収されてしまいました。すみません」
「わしのせいじゃ、鎧は気にしなくていい。むしろ役に立ったみたいじゃしな。見えはせんかったが、聞こえてはいた。さっきのとおりなら壁には行きやすくなったじゃろう」
目指すのは西の門だ。バルドレッド将軍の話によると、今の位置から城を背に直進し、城壁を超えたあともまっすぐ進めば辿り着くらしい。
守りの堅い正門は除外するとして、拠点に近い北の門を目指さないのは、警戒されてる可能性が高いという理由からである。なお、異変が起きた場合、馬車も西の門に向かう手筈になっているとのことだった。
茂みの中を進んで城壁を目指す。
バルドレッド将軍は回復薬が効き、動けるようにはなったが歩みは遅い。棒を杖のように使って歩く姿は、先ほどフルールさんを豪快に投げ飛ばした人と同一人物には見えなかった。
少しだけ先行し、周囲を警戒する。先に進むと茂みが途切れ、目の前には道が現れた。遠くには道を歩いて来る兵士も確認できる。
……さすがに全員が正門に集まってるわけじゃないか。兵士の数は二人。倒せなくはないと思うけど、今はバルドレッド将軍が動けないしな。念のため、ここは隠れてやり過ごすべきだろう。
バルドレッド将軍にも考えを伝えた。茂みが揺れて気づかれる可能性があるため、二人で動かずに待機する。
兵士が通り過ぎ、充分に距離が離れたところで道を横断していく。道の先にはまた茂みがあり、再び隠れながら進めそうだった。
そうしてゆっくりとだが進んでいき、兵士を見るたびに同じようにしてやり過ごす。
何度も戦闘を回避したため時間がかかったが、そのおかげで見つからずに城壁へと辿り着くことに成功した。
「ふぅ、やっと着いたのう。ここまで来れば壁は超えたようなもんじゃ」
「とりあえず、周囲には兵士もいなさそうです。それで、どうやって城壁を突破するんですか?」
「うむ。方法は飛び越える、じゃ。わしの魔法で高く上がり、そこから跳んで向こう側に行く。単純じゃが、確実な方法じゃろう」
高く上がる? バルドレッド将軍はたしか土属性って聞いた気がするけど、そんな魔法あるんだろうか?
「不思議そうな顔をしとるのう。ふむ、もう少しだけ説明しようかの。土属性と型についてじゃ」
バルドレッド将軍は魔法の土属性とアロー型について教えてくれた。
土属性は光属性や炎属性などとは違い、質量がある。そのため触れることもできるし、乗ることも可能だという。剣や盾などで防がれやすい土属性だが、こういった足場などにも使えると聞くと意外と便利な気もした。
そしてアロー型の魔法についての説明も受ける。今まであまり意識していなかったが、矢は魔力を集めた場所を起点にして作られていくらしい。そして、その矢は起点を中心に左右、または上下に伸びるようにして出来ていくとのことだった。
バルドレッド将軍は伸びる方向を片方だけに制御し、さらに魔法を完成させずに伸ばし続けることができると聞く。
おそらくやろうとしていることは、土属性のアロー型の魔法を地面近く、方向を下で魔法を構築し続けるということ。その場合、矢は地面にぶつかるが魔法は構築中なので起点はどんどん上へと移動していく。そして、そのときに起点に乗るような形をとれば、矢を伸ばした分だけ上に行けるということだろう。つまり簡単に言えば、天高く伸びる棒を作るということだ。
「土属性以外ではこの方法はつかえんじゃろうな。それに強度が足りなければ魔法そのものが失敗となってしまうからの」
「でも、壁を超えるほどの魔法の矢ってできるんですか? そこまで長いと矢でもない気がしますけど」
「可能じゃよ。まぁ、集中せねばならんし、戦闘中にはできんじゃろうがな。今のこの状況なら問題あるまい」
ふと思ったんだけど、着地はどうするつもりだろう? 城壁の高さは二十メートルは軽く超えてそうだし、壁で減速しながらでも着地は怪しい気がする。
「将軍、ちなみに着地の方法はどうするつもりですか?」
「着地も魔法を使う。壁近くは住民もいないし、壁を超えてしまえば多少うるさくしても問題あるまい。方法としては爆発の魔法で減速して着地する予定じゃ。……ふむ、爆発なら土のわしより、炎のツカサくんのほうが威力は高いじゃろう。着地の減速は増させてもいいかの?」
「……わかりました。やってみます」
正直自信はないが、似たようなことはしたことがある。何とかなるだろう。
バルドレッド将軍は装備している棒を両手で握ると目を閉じた。
棒はその先端が褐色の光を放ちはじめる。
「よし、つかまるのじゃ!」
バルドレッド将軍の握る棒につかまる。そして、着地のための魔力を集めようとしたところで、体が一気に上昇していく。
風圧で顔が歪む。そのあまりの速度にとっさに目を瞑ってしまう。
速いし、腕もきつい!
腕の力で体を必死に支えながら、なんとか目を開ける。視界にはすでに木々はなく、目の前には壁しか見えていない。そのまま景色は勢いよく流れていく。
体感ではこの逆バンジーのような状態を長く感じていた。実際には数秒なのだろうが、その割には手汗が酷い。棒を握る手もずるずると下がってしまっている。
唐突に視界が開けた。見えていた城壁が消え、空が見える。
「ゆくぞ!!」
バルドレッド将軍の声が聞こえ、体が引っ張られる。魔法を足場に横へ跳んだようだ。
空中に投げ出された体は無事に城壁を超える。
一瞬の浮遊感。そして、落下がはじまった。
!? 急げ!! ありったけの魔力じゃないとまずい!
予想より高く、あまりにも一瞬だったため、魔力を集めきれていなかった。
あとのことは考えず、全力で魔力をかき集めていく。
視界にはまた城壁が流れるように映っている。
落ちる体。速度はぐんぐんと上がっていく。
気づけば地面は目の前に迫っていた。
「……ッ!! イクスパンドマジック! ファイアボール・トリプルバースト!!」
魔法は発動と同時に着弾し、辺りには轟音が響き渡る。
バルドレッド将軍とともに地面を転がっていく。
右腕が真っ赤に腫れてる。熱いような気もするが、あまり感じない。ほとんど感覚はなく、指すら動かない状態だ。
……この見た目で痛みがないのはまずい気がする。他がかすり傷程度で動けるのはいいけど、早く治療しないと。バルドレッド将軍のほうは大丈夫だろうか?
煙が舞う中、バルドレッド将軍を見る。意識はあるようだが、動きが鈍い。
俺自身、魔法でのダメージは大きかったが、落下の衝撃はほとんどなかった。バルドレッド将軍のほうは俺が壁となっていたから魔法でのダメージもないはずだ。だとしたら……
近づいて確認してみると、やはりぎっくり腰が再発しているようだった。
回復薬はもうない。すべて使ってしまった。二人とも痛みを我慢するしかなく、肩を貸しながら、西門へと向かい歩きはじめる。
辺りはすでに騒がしい。住民が遠くからようすを窺っている。爆発が大きすぎたせいだろう。正門のほうも遠いとはいえ、さすがに音が届いたかもしれない。
「城の兵士が少ないのが幸いじゃった。城壁の外には兵士はおらんようじゃし、ここに来るまでに時間はかかるじゃろう」
「今のうちに隠れますか? 俺も将軍も今のままだと門まで辿り着けるか怪しいですし……」
「いや、その必要はなさそうじゃぞ? ほれ、あっちじゃ」
バルドレッド将軍が指し示す方向を見る。すると、見覚えのある馬車がこちらに向かってきていた。
……あれは拠点から乗ってきた馬車だよな。護衛の人たちもいるみたいだし、なんとかなったみたいだ。
馬車は俺たちの前で停車し、中から護衛の人たちが出てくる。
「ご無事……とはいかないようですが、ひとまず安心しました。馬車にお乗りください。回復薬はいくつか積んであります」
「うむ。助かる。治療は先にツカサくんを頼む。しかし、随分と早かったのう」
「将軍の腰のことは知ってましたから。西門よりの城壁の近くで待機しておりました。先ほどの爆発には驚きましたが、合流できてよかったです」
バルドレッド将軍が話しているのをよそに、俺は先に馬車へと促された。中ではもう一人の護衛の人が慌てたようすで治療をしてくれている。
「ぐっ! うぅ……」
回復薬をかけられ、思わず声が出てしまう。
「よかった。痛みが戻ってきたんですね。もう一本かけて、さらに飲んでもおきましょう。あの腕で平気な顔をしてるのを見たときは手遅れかと思いましたけど、間に合ったようでよかったです」
とっさに全力をだしたせいか、自分の魔法で腕一本なくすところだったらしい。
……アリシアに自分の魔法でダメージを受けない方法を教えてもらったのに全然できてないな。無意識でもできるように練習しないと。
治療が一通り終わると、護衛の人と交代でバルドレッド将軍が乗り込み、馬車はゆっくりと進みだす。
「すまなかったのう。わしは着地で怪我せんかったが、そのぶんツカサくんに怪我をさせてしまった。具合はどうじゃ?」
「はい、大丈夫です。回復薬、三本も使っちゃいましたけど」
「かまわんよ。そういえば、ツカサくんはペンダントのようなものを奪われておったが、あれは特別なものじゃったりするのかの?」
「あれは、この世界に来たときに女神さまからもらったものです。特別といえばそうですけど、壊れているので特に使い道はないはずです」
実際にはカルミナがいるはずだが、今となっては本当にペンダントにいたのかも怪しく思える。それに、ペンダントを直すあてもない。とりあえずは無くても問題ないだろう。
会話はなく、馬車の中は暗い雰囲気が漂いはじめる。
城に行った目的、フルールさんの救出はできなかった。それどころか当のフルールさんは赤の教団に協力している始末だ。
バルドレッド将軍の目的は、ポーラ姫のようすを確かめに行くことだったのだろう。ポーラ姫の過去を知っていれば、赤の教団に味方するとは思えない。安否を心配したのだと思う。
結局、何も出来なかった。バルドレッド将軍の顔も暗い。ただ、ときおり目が合う。何かを言い淀んでいるようにも見える。
しばらくしてバルドレッド将軍が口を開きかけたとき、馬車の隅の道具袋が震えはじめた。
馬車に振動音が響く。それなりの騒音である。話も出来そうにないので、道具袋から音の原因を取り出してみることにした。
「これは……水晶ですか?」
「それは送言の魔晶石と呼ばれるものじゃ。対になっとる魔道具で言葉を一方的に送ることができる。ただ、使い捨てでの。火急の用件でなければ使わないはずなんじゃが……」
そういって、バルドレッド将軍は俺から送言の魔晶石を受け取ると、その機能を発動させる。
『あー、将軍、わるい。緊急事態だ。拠点内で反乱が起きた。確認できてる限りでは、規模はそんなに大きくない。あたしだけでも鎮圧できると思うが、ようすが変なんだ。出来るだけ早く戻ってくれ』
エクレールさんの声だ。反乱が起きたらしい……って反乱!?
「バルドレッド将軍!!」
「うむ。急ぎ戻る必要ができた。しかし、この折で反乱か。狙ってたとしか思えんな」
反乱を起こすような連中。そしてタイミング、赤の教団しか考えられない。
バルドレッド将軍の言うとおり狙っていたはずだ。だとしたら俺たちの動きがバレていたのだろう。それに反乱が赤の教団なら、ここにいなかったオルデュールや黒ずくめなどがいる可能性もある。捕らえて情報を引き出せば、フルールさんやポーラ姫が赤の教団についた理由もわかるかもしれない。
馬車の速度が上がる。ここから約半日、日付が変わった深夜には拠点に着けるはずだ。
傷は動かせるぐらいには治ったが、疲労はとれていない。そのため、拠点に着いてすぐ動けるように仮眠をとるように言われる。
アリシアはエクレールさんがいるし、大丈夫だと思う。けど、赤の教団の狙いがわからないな。バルドレッド将軍がいなくても、エクレールさんがいるのは知ってるはず。エクレールさん一人なら何とかなると思ったんだろうか?
数か月の間、エクレールさんはブルームトにいる。その強さを知らないわけではないだろう。俺にはエクレールさんがオルデュールたちと戦って負けるという想像ができない。赤の教団もそれは分かっているはずだ。だとしたら反乱の目的は拠点の占拠ではなく、真の目的は違うところにあるような気がする。ただ、それが何なのかはわからない。
救出作戦では失敗。そして反乱。赤の教団の目的がわからない不気味さ。
いろいろなことが起きたせいか、妙な胸騒ぎを感じてしまう。揺れる場所の中、俺は不安な心を押し殺し、少しでも体力を回復させるために目を閉じる事しかできなかった。
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