青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第四章

第四十五話 ブルームト王城その弐

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 痛みを感じ、呆然としながら自分の腹を確認する。
 見間違いではない。俺の左わき腹にはナイフが突き刺さっている。


 ……あつ、い……


 火傷したかのような熱さを感じた。認識したせいか差し込むような痛みまで襲い掛かってくる。
 血の流れも激しく、脇腹に心臓あるのではないかというぐらいの脈動も感じていた。

 俺は護衛の兵士に擬態し、鎧を着ていた。ナイフは鎧の隙間を縫うように刺さっている。偶然で刺さるとは思えない。だとするなら、攻撃する意思を持っていたことになる。


 ……なん、で? どう、し、て……


 何が起きたのか理解できないまま、フルールさんの顔を見る。
 再開したときの笑顔から変わっていない。口角を上げ、笑みを作っている。ただ、よく見れば目は笑っていなかった。細めてもいなければ、見開いてるわけでもなく、普通の目のままだ。その目は表情と比べれば違和感しかない。一度気づけば、笑顔は作り物に見えてしまい、まるで感情が読めなかった。

 フルールさんの手が俺の首へと触れる。
 とっさに後ろへと跳ぼうとするが、痛みでわずかに硬直してしまう。その隙にフルールさんの指が首にかかり、何かを引きちぎっていく。

 ペンダントだ。

 カルミナのペンダントが引きちぎられ、フルールさんの手の中へと移る。
 ペンダントに注意が逸れた隙に、フルールさんは反対の手にナイフを持っていた。そして大きく後ろに跳びながら、俺の顔をめがけて投げてくる。

 バランスが崩れ、痛みのせいでとっさに動けずにいた。ナイフが見えていながらも、今の俺では躱せそうにない。

 当たるのを覚悟したとき、ナイフは地面へと叩き落とされる。

 一瞬の出来事だった。バルドレッド将軍がその巨体に似合わず瞬時に俺の脇を抜け、手刀でナイフを叩き落してくれたのだ。
 俺たちは武器を持っていない。馬車に預けてしまっている。フルールさんが襲って来る理由はわからないが、ポーラ姫を守りながら無力化できるだろうか。


「姫! お下がりください! ツカサくんもじゃ!」

「そ、その必要はありません。フルールは味方です。バ、バル爺……投降してください」

「なにを…………まさか、本当に? ありえぬ。姫が赤の教団など、ありえるはずがない!」


 ポーラ姫はやっぱり敵だったのか? でも、その情報はバルドレッド将軍にも伝えてあるはず。その割には動揺が酷い。情報を信じてくれなかったのだろうか?


 痛む体に活を入れ、バルドレッド将軍に声をかける。


「将軍! しっかりしてください! ポーラ姫が赤の教団の可能性はあったはずです! 落ち着いてください!」

「ぬぅ……ええい! ひとまず撤退じゃ! 突破する!」


 バルドレッド将軍はフルールさんに体当たりするように突っ込む。
 フルールさんは横にずれて躱そうとしている。しかし、躱す方向が分かっていたかのようにバルドレッド将軍の手が伸び、腕を掴む。そして腕を掴んだまま回転し、フルールさんを壁へと投げ飛ばした。

 凄まじい勢いでフルールさんは飛ばされていく。あまりの勢いに受け身も取れなかったのだろう。壁に激突すると大きな亀裂を作り、そのまま地面に崩れ落ちていった。


「行くぞ!」


 バルドレッド将軍はすでに扉へと走り出していた。フルールさんを見ていた俺は気づくのが遅れ、慌ててあとを追う。
 ナイフは抜いたが、痛みは激しいままだ。出血もあるせいか、少し動くだけで意識が飛びそうになる。

 廊下は先ほどとは違って騒がしい。階段のほうから声が聞こえてきている。


 降りるのは難し……痛ぅ!? まずい、な……バルドレッド将軍が遠い。


「もう少しじゃ! 気張って耐えよ!」


 後ろを振り返ったバルドレッド将軍から声がかかった。
 もう少しらしいが、走る先は階段とは逆方向だ。どこに向かっているかはわからない。

 いくつかの道を曲がり、何の変哲もない部屋に入った。
 部屋の中は机と椅子、あとは本棚が二つ並んでいるだけである。

 バルドレッド将軍はなぜか本棚の整理をはじめた。次々に本を入れ替えている。何をどう入れ替えているのか、何の意味があるのか、フラフラの俺には考えることができなかった。

 整理を終えたバルドレッド将軍は本棚の隣の壁を押す。すると、壁はゆっくりと回転をはじめ、新たに通路が現れた。


「城にはいくつも隠し通路があるのじゃ。中でもここは姫様も知らないはず。まずはこの中で治療じゃ」


 暗い通路を歩くと小さな部屋へとたどり着く。

 狭い部屋だ。大の字で寝たら、手や足が壁にぶつかってしまいそうなほどである。
 その狭い部屋には光を放つ棚が存在していた。正確には光っているのは棚の上に置いてある魔石だ。ただ、小さなこの部屋なら充分な光量だと思う。


「ここは非常用の隠し部屋になる。さっきの本棚の絡繰りを解くと鍵が外れ、その魔石が落ちるという仕掛けじゃ。詳しいことは省くが、魔石が光っている場合、この部屋はしばらく使われておらん。以前のままなら、棚には回復薬があるはずなんじゃが……」


 棚から出てきたのは回復薬が三つ、こぶし大の魔石が一つ、そして棒が二本だ。
 鎧を脱ぎ、回復薬を二つ使って傷をふさぐ。魔石は俺が持ち、棒はそれぞれが装備する。


「ふぅ……血は止まったようじゃな。棚を動かすので場所を開けてくれるかの」


 バルドレッド将軍が棚を動かしてる間に装備を確認する。

 血だらけの鎧は再装備しない。重いうえに慣れていないため動きにくい。ここに置いて行く予定だ。棒はないよりマシといった程度のもので、頑丈そうではあるが剣を受け止めるのは難しいだろう。最後に魔石のほうを見ると、その色は黒かった。闇属性の魔石でおそらく煙幕だと思われる。

 装備を確かめていると、バルドレッド将軍が棚を横へずらし終えていた。棚の奥には穴が開いている。さらに隠し通路があったようだ。


「行くぞ。この棚はゆっくりと元の位置に戻る仕掛けが施されとる。ここを通れば少しは時間が稼げるじゃろ」


 使用した回復薬の空き瓶は棚に戻すよう指示される。血の跡がなくなったことに疑問を抱かせないためらしい。そうすることによって、来た道を引き返したと勝手に解釈してくれる可能性があるとのことだ。

 隠し部屋の明かりを持ち、通路を進む。
 治療のさいに見えたバルドレッド将軍は暗い表情をしていた。原因はポーラ姫のことだろう。情報元が怪しいとはいえ、最初から赤の教団だとは思ってなかったのではないだろうか。


「……バルドレッド将軍。ポーラ姫のことについて、何か隠してますか?」

「…………すまぬ。王家のことじゃ、おいそれと話すわけにはいかなかった。とはいえ、こうなっては仕方ないかの。……実は姫の母君は赤の教団によって殺されておるのじゃ。そして、ポーラ姫もそのことは知っておる」


 バルドレッド将軍の話によると、事のはじまりは十年前。先代の勇者が魔王を討伐し、人類が復興の道を進みはじめたころだったという。

 ポーラ姫は当時十歳。その十歳の誕生日、祝宴での出来事だった。
 その祝宴の場で王妃はある男と出会う。復興において誰よりもよく働き、みんなをまとめ、励まし、信頼された男だったと聞く。その男は貴族ではなかった。ただ、当時は貴族もほぼ存在せず、招く客も少ないことから誰でも参列できる形式でおこなわれていたため、男に限らず多くの国民がいたらしい。

 王妃は復興に精力的だったため、男の存在は耳に入っていた。立場の違いから話す機会がなかっただけであり、ポーラ姫の祝宴の場でその機会が訪れたのだ。二人は話しているうちに気が合い、その後も積極的に会話をする関係となる。
 次第に二人の会う回数は増えていく。笑い合い、一緒にいる時間が長くなる。気づけば王妃は男に惹かれ、はたから見ても恋に落ちてしまっていた。王は今ほどはないが、病に伏せることが多く、それを止めることは出来なかったという。

 そしてあるとき、王妃は姿を消した。男も同様にだ。周囲は二人の関係に気づいており、皆が駆け落ちを想像した。しかし、実際は違ったのである。

 姿を消した二か月後、王妃は発見された。その場所は川だ。川の岩に引っかかり、うつ伏せの状態で浮いていた。
 当時は痴情のもつれ、もしくは事故だと考えられ、原因を知っているであろう男の捜索がはじまる。

 男はブルームト王国の西、森を超えた場所にある村で発見された。その村は放棄されていたものを改築してできた村であり、発見は偶然だったらしい。
 発見した兵士は聞き込みをしようとしたが、村に入るのを止められてしまう。村には奇妙な決まり事があったせいだ。その決まりごととは、赤いものを身に着けること。これをしていない人間は入れないと言われ、兵士は帰還することになる。
 そして、その村の報告を受けたのがバルドレッド将軍だ。将軍はすぐさま、兵を引き連れ村に向かう。そこで見つけたのが村の代表となり、赤い服に身を包んだ男だった。


「もともと赤の教団だったらしい。すぐに戦闘となり、詳しくは聞けんかったがの。戦闘のほうも罠が準備され、乱戦となった。結局、その男……ゼルランディスを斬ったのは村を発見した兵士で、この手で引導を渡せんかったのは心残りじゃの」

「そんなことが……」

「人の口に戸は立てられん。すぐに姫様の耳まで届いてしまった。それも酷い尾ひれつきでの。それからじゃ、姫が周りの目を気にするようになり、お顔を隠しはじめたのは……」


 バルドレッド将軍の話を聞いて納得する。たしかにポーラ姫が赤の教団に味方するとは思えない。だが、現実は違う。何があったら仇の味方になるのだろうか。


 フルールさんにしてもそうだ。理由がわからない。赤の教団に潜入するため? いや、それにしてはようすが変だったし、ペンダントを奪ったのも謎だ。
 ペンダントについては詳しい説明はしていない。修復の理由を聞かれたときに、女神様からの贈り物なので直したい、そう話したぐらいのはずだ。


 考え込んでいるうちに隠し通路の終わりが見える。ただし、部屋に着いたわけではない。行き止まりだった。


「行き止まり? また、隠し通路があるんですか?」

「ふむ。さすがにわかるか。じゃが、隠し通路ではなく、隠し扉じゃ。この先は二階の書庫になる。着地で怪我せぬようにな」


 バルドレッド将軍はその言葉が終えると同時に足を床に打ち付けた。すると、音もせずに床が消え、一瞬の浮遊感のあと、落下していく。


 これじゃ隠し扉というより、ただのトラップだ!


 心の中で文句を言いつつ、体勢を整える。だが、この程度の落とし穴なら問題ない。以前にもっと高いところから落ちているのだ。

 落とし穴の壁を蹴り、壁から壁へと移動して減速していく。穴から出るタイミングで一番近い本棚へと跳び、その上に着地する。


「ほぉ、やるのう。ツカサくんはあれじゃな。動き方が偵察部隊のようじゃの」

「見本が狩人のロイドさんや偵察部隊のフルールさんでしたから」

「狩人のロイド? あやつは……」


 足音に気づき、会話を止めて身をひそめる。


 …………足音が遠くなった? やり過ごせたみたいだ。


 この部屋には入らずに通り過ぎたようである。しかし、危なかった。着地のさい、バルドレッド将軍はなかなかの音を響かせていたのだ。タイミング次第ではバレていただろう。
 ちなみにバルドレッド将軍の着地の仕方は、まっすぐ落ちてそのまま着地だ。非常にシンプルであるが、あの重い鎧を着て同じことやれと言われても出来ないだろうし、したくはない。


「これからどうしますか? ……もしかして、外に出る隠し通路があったりとか?」

「探せばあるかもしれんが、わしは知らんのう。ふむ……二階からなら大丈夫じゃろ。ツカサくん、その窓から飛び降りて城壁を目指すぞ」

「飛び降りるのはいいですけど、門じゃなくて壁を目指すんですか? あの壁、破壊するのは大変そうですよ」

「いや、破壊はせんぞ? 安心せよ、方法は考えておる。まずは移動じゃ」


 バルドレッド将軍は窓を開けると躊躇なく飛び降りていく。先ほどよりも高いのに着地の仕方は変わらない。頑丈な足腰をしているようだ。
 続いて、俺も飛び降りる。ただ、まっすぐ落ちるのではなく、壁を使い装備してる棒と足で減速しながらだ。

 着地に成功する。俺も将軍も結構な音を立ててしまっていた。すぐに移動する必要があるだろう。

 目の前の茂みへと歩こうとして、おかしいことに気づく。先に降りたバルドレッド将軍が動いていないのだ。

 振り返ると、地面に座っているバルドレッド将軍が目に入る。


 ……ねん挫でもしたのだろうか?


 近づいていく。眼も開いてるし、意識はある。ただ、ピクリとも動いていないのが気がかりだ。


「バルドレッド将軍、大丈夫ですか?」

「……すまぬ、ツカサくん。ぎっくり腰じゃ」


 ……えっと? え? どうしよう?


 俺はあまりのことに思考が飛び、何も考えることができなかった。
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