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第四章
第四十四話 ブルームト王城
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辺りが明るくなり、日も高くなってきたころ。俺は馬車に揺られていた。
出発したのは夜明け前。というよりは、日付が変わるぐらいの真夜中だった気がする。そんな早い時間ではあったが、ブルームト王国に着くのは昼過ぎだという話だ。
乗っている馬車は大きく、装飾も施されていて豪華である。
将軍が使うというだけのことはあり、椅子も備え付けられていて乗り心地もいい。おかげで馬車の中で仮眠することができた。
馬車を引いてるのは二頭の馬だ。
シュセットに比べると小さく見える。しかし、その体躯とは裏腹にかなりのスタミナがあるようで、ここまで一度も休んでいない。
馬車にはもう一人、バルドレッド将軍が対面に座っている。腕を組み、目を瞑っているようすから寝ているのだと思う。
完全武装の将軍と兵士の格好をした俺。ちなみにこの格好は馬車の周りの兵士たちと同じだ。俺は護衛という役割で城に入ることになっていた。
顔も兜で見えないし、これならオルデュールや黒ずくめに会ってもバレないはず。ただ、重くて動きにくい……剣も普通のやつだし、そこらへんも気をつけないと。
城に入る建前はゴルソテについての報告だ。
前線を突破されたのはたしかなので、将軍が謝罪に行くという設定になっている。
将軍の話では、ブルームト王国は王が高齢のうえに持病があり、表に出てくることはないという。そのため王の業務、代行をしているのはポーラという名のお姫様らしい。以前フルールさんから聞いた情報でもあったが、名前を聞いたのは初めてだ。先の魔王の時代から唯一生き残った姫で、他の王子や姫は魔物との戦いで亡くなってしまったと聞いている。
そして、そのポーラ姫には赤の教団に属しているという情報もあった。もっとも情報の大元は黒ずくめなので信用はできない。ただ、赤の教団が権力を持っているのは本当だ。
将軍曰く、ポーラ姫は聡明で慈悲深いとのことで、赤の教団に与してることが信じられないと言っていた。そのこともあり、まずはポーラ姫に会って情報が正しいかを確認する事になっている。
……もしもポーラ姫が赤の教団だった場合、戦闘が起きるかもしれない。でも、バルドレッド将軍はその可能性をあまり考えてないようだった。それだけポーラ姫を信頼してるってことだろうか?
不安はあるが体調はいい。怪我も体力も回復してる。武器はともかく、防具に関しては今まで以上のため戦闘に支障はないだろう。ただ、オルデュールや黒ずくめに勝てるかはわからない。
少ししか見てないが、予想よりも強かった。確実に勝つなら、独自魔法を使わないと厳しいと思う。
カルミナを信用できなくなった今、できれば使いたくなかったけど、そうもいってられないか……
考え事をしている間に馬車の速度が落ちはじめていた。ほどなくして止まり、窓から外を見る。
目に映ったのは巨大な門だ。いつの間にか、ブルームト王国に到着していたらしい。
「もう少し、というところじゃな」
声が聞こえ、振り向く。
バルドレッド将軍が起きたようだ。
馬車は再び、進み出す。街の中ではゆっくりとした歩みだが、人の足よりは速い。すぐに城に着くだろう。
「今のうちに軽く確認しとこうかの。おぬしの目的はフルールという娘を助けること。わしも協力するが、場合によっては別行動になる。そのときは地下を目指すのじゃ」
「はい、城の地下に牢屋があるんでしたよね。無事に発見できた場合は、バルドレッド将軍が合流できなくても脱出っていうことでしたけど……」
「うむ、それでいい。あと万が一戦闘になったら、わしからは距離をとってくれ。巻き沿いにしかねん」
「わかりました。……あの、オルデュールはかなりの魔法の使い手でした。黒ずくめも偵察部隊の隊長です。差し出がましいようですが、もし戦うことになったら気を付けてください」
「気遣いありがたく思うぞ。それにしても、偵察部隊の隊長か……」
バルドレッド将軍は腕を組み、難しい顔をしている。
偵察部隊について何か思うことがあるのだろうか。
「何か気になることがあるんですか?」
「うむ。あの、あんさ……いや、偵察部隊の人間が赤の教団に寝返ったのが不思議でな。自らを犠牲にしてでも任務を遂行するやつらじゃ。買収も人質も意味はないはずなんじゃが、いったいどうやったのか……」
裏切った理由……たしかに気になるけど、理由がどうであれ許すことはできないだろう。黒ずくめが裏切らなければ、フルールさんが捕まることはなかったのだから。
城へとたどり着く。
正確にはまだ城壁の外、城の正門だ。ブルームトの城は、国を囲む外壁と城を囲む城壁の二重で守られている。この城壁は先代の魔王の時代でも破られなかったとのことだ。
城の正門前で馬車を止める。ここからは徒歩だ。護衛として入れるのは俺だけ、あとの人は待機となる。ただ、護衛でも武器は持ち込めないようで、馬車に預けることになってしまった。
もちろんポーラ姫など、城の権力者に会うときは武器を預けることになると思っていた。しかし護衛という立場なら、城の内部、通路や部屋の前までは例外的に持ち込めるはずだったのだ。予定は崩れたが、この場で騒ぎを起こしたくはない。大人しく従うこととする。
「準備はいいな? まずは謁見からじゃ」
バルドレッド将軍の言葉にうなずき、先に馬車から降りる。
ここからは護衛として振舞わなければならない。それっぽく背筋を伸ばして立ち、バルドレッド将軍を待つ。
城からは案内役の兵士が一人、正門前で待っていた。
先触れの兵士を出していたおかげだろう。正門を通過し、城の中へは問題なく入ることができた。
案内役の兵士、バルドレッド将軍に続いて廊下を歩く。
内部は城というだけのことはあり豪華な造りをしていた。
廊下は大理石のような石で出来ており、その上に両端が金で縁取られた赤い絨毯が引かれている。
柱には幾何学的な模様が刻まれ、模様の溝にも同じく金の装飾されていた。ほかにも価値はわからないが、絵画や壺なども飾られている。
……凄いな。ただの白い壁ですら高そうに見えてきた。兜がなかったら視線の動きだけでも怪しまれてたかも。
頭を動かさずに観察できたのは、自分のことながら上出来だと思う。芸術には詳しくないが、絨毯や柱、調度品も状況が違えばじっくりと見てみたいと思わせるものだった。
謁見の間は三階にあるらしく、階段を上っていく。
一階から二階までは、ほぼ一本道。二階から三階は少し入り組んでいた。一階までの道順は何とか覚えられたと思う。
問題は地下の場所だ。大体の場所は聞いているが、歩いた範囲では確認できなかった。少し不安が残る。
彫刻が施された立派な扉の前に辿り着く。両開きであり、手を広げたとしても両端には届かないぐらい大きな扉だ。
案内役の兵士の人はここまでのようで、バルドレッド将軍に一声かけるとそのまま去ってしまう。
おかしい。たいした知識はないけど、ここが謁見の間なら門の前に兵士ぐらい立ってるはずだ。案内役の人以外、城の人間に会ってない。静かすぎる。
バルドレッド将軍は違和感を感じていないのだろうか?
後ろからでは表情はわからない。ただ、緊急時には合図を送ってくれる手筈になっている。何のアクションもないということは、まだ動くときではないのだろう。
バルドレッド将軍が声を上げ、入室の許可を求めると扉が開いていく。見張りが居れば、俺はここで止められる可能性もあっただろう。だが誰もいないため、バルドレッド将軍に続いて堂々と部屋の中へ入っていく。
扉の左右には1人ずつ使用人らしき女の人がいた。この人たちが扉を開けてくれたようだ。
部屋の中央には女性が一人。あの人がポーラ姫だろう。真っ赤なドレスを着て、巨大な黄金の椅子に座っている。
派手な格好に派手なイスだ。ポーラ姫自身は腰まで届きそうな黒く長い髪をしている。そして、その黒い髪は後ろだけでなく、前も長かった。そのせいで顔はほぼ隠れてしまっている。唯一見える口元も、髪の間からかろうじて確認できる程度だ。
……正直、お化けがいるのかと思ってしまった。ちょっと怖い。
視界の端でバルドレッド将軍が跪くのが目に入る。
慌てて同じ体勢をとると視線を下げて耳を澄ます。
「バ、バルドレッド、よく来てくれました。ず、随分と久しぶりに会った気がします」
「ご無沙汰しております。魔族との戦いが長引き、ご挨拶もできずに申し訳ございません」
「ふ、普通に話していいですよ? わ、わたしも昔のようにバル爺と呼びますから」
「そうですか? では、遠慮なく。姫、壮健そうで何よりですじゃ。まずはゴルソテについての報告からさせてもらいますかの」
バルドレッド将軍とポーラ姫は近い関係のようだ。しかし、ポーラ姫の声は震え、緊張しているようにも感じた。
……いや、声は震えてるけど、小さい笑い声も聞こえてくる。表情はわからないけど、少なくともバルドレッド将軍に対して緊張してるわけじゃないみたいだ。
だったら、あの緊張は誰に対してだろうか。ほかにこの部屋にいるのは、扉のそばにいる使用人だけだ。もしかして使用人は監視の意味がある? そうだとしたらポーラ姫は赤の教団というわけではなく、何らかの理由で脅され、協力を強要されているのかもしれない。
「報告は以上ですかの。ところで姫、内密にお話したいことがあるのじゃが……」
「わ、わかりました。み、みな、下がりなさい」
後ろで扉が開く音が聞こえ、使用人の足音が廊下へと消えたのがわかる。
使用人は命じられてすぐに動いていた。監視役なら抵抗する場面だったはず。予想とは違い、ただの使用人だったのだろうか?
「そ、そちらの兵士も」
「この者はそのままで。関係者、というよりはこやつが当事者ですからの」
「そ、そうですか。で、では、そちらの方も楽にしていいですよ」
許しが出たのようなので顔を上げる。
やはり、髪の毛で顔を見ることはできない。
バルドレッド将軍は俺を当事者と言った。どうやら、今回の件をポーラ姫に話していいと判断したようだ。
兜をとり、自己紹介をする。そして、ブルームト王国で起きた出来事を話していく。
赤の教団の話題を出したときも不自然なようすは見られない。
ポーラ姫は相槌を打ちながら、最後まで真剣に話を聞いてくれた。
「姫、そろそろ緊張も解けましたかな?」
「は、はい。さ、最初よりはだいぶ落ち着いてきました」
「ふむ。まだ駄目そうですな。初対面の人間に緊張する癖はなかなか治らんですのう」
……ポーラ姫が緊張してた相手は俺だった? 使用人が監視とか、いろいろ考えてたけど、取り越し苦労だったみたいだ。
バルドレッド将軍は最初から分かっていたのだろう。そういう性格なら事前に教えておいてほしかったものである。
「バ、バル爺とツカサさんはちょうど良いときに来てくれました。じ、実は先日、治安を乱した女性を捕まえた、という報告があったのです」
「それは赤の教団からですかの?」
「つ、捕まえたのはそうらしいです。ほ、報告してくれたのは専属の侍女で、詳しいことは知りませんでした」
捕まった女性、フルールさんのことで間違いないだろう。生きてさえいれば助けられる。ポーラ姫もこちら側みたいだし、協力してくれるかもしれない。
「あ、赤の教団についてはいい噂を聞いていません。な、なのでバル爺が来ると知って、女性を預けようと思ってました」
「ぬ? それはつまり、捉えられた女性の居場所をご存じで? それならすぐにでも迎えに行きますが……」
「い、いえ、その必要はありません。女性はここに呼んでいます。ツ、ツカサさんのお仲間なら、そのまま連れて行ってもらっても構いません」
協力的どころではない。すでに解決してくれていた。
懸念していた戦闘どころか、揉め事一つ起こっていない。話が早くて助かるが、順調すぎて怖いぐらいだ。
その後はバルドレッド将軍とポーラ姫の会話が続き、時間が過ぎていく。
はやる気持ちを抑えつつ、フルールさんの到着を待っていると扉の向こうから声がかかる。
侍女の人が客人を連れてきたということだった。ポーラ姫を見ると頷いている。どうやら、客人とはフルールのことのようだ。
扉が開く。
侍女の人の後ろには黒髪を後ろで束ねた女性がいた。恰好はボロボロだが、見覚えのある装備だ。
「フルールさん!」
思わず立ち上がり、近づいていく。
よかった……無事だった。目立った傷は見当たらないし、表情は笑みを浮かべてる。ひどい目にも合わされていないみたいだ。
フルールさんも俺に気づいたようで、向かってきてくれた。
「……ツカサ君。無事だったのね。よかった」
予想外のことが起きる。フルールさんが勢いよく俺の胸に飛び込んできたのだ。
まさかの反応に頭が混乱し、完全に硬直してしまう。
だからだろうか気づけなかった。違和感に気づいたのは腹が熱くなり、痛みを感じてからだ。
フルールさんが離れ、腹を見る。鎧の隙間、俺の腹部には一本のナイフが突き刺さっていた。
出発したのは夜明け前。というよりは、日付が変わるぐらいの真夜中だった気がする。そんな早い時間ではあったが、ブルームト王国に着くのは昼過ぎだという話だ。
乗っている馬車は大きく、装飾も施されていて豪華である。
将軍が使うというだけのことはあり、椅子も備え付けられていて乗り心地もいい。おかげで馬車の中で仮眠することができた。
馬車を引いてるのは二頭の馬だ。
シュセットに比べると小さく見える。しかし、その体躯とは裏腹にかなりのスタミナがあるようで、ここまで一度も休んでいない。
馬車にはもう一人、バルドレッド将軍が対面に座っている。腕を組み、目を瞑っているようすから寝ているのだと思う。
完全武装の将軍と兵士の格好をした俺。ちなみにこの格好は馬車の周りの兵士たちと同じだ。俺は護衛という役割で城に入ることになっていた。
顔も兜で見えないし、これならオルデュールや黒ずくめに会ってもバレないはず。ただ、重くて動きにくい……剣も普通のやつだし、そこらへんも気をつけないと。
城に入る建前はゴルソテについての報告だ。
前線を突破されたのはたしかなので、将軍が謝罪に行くという設定になっている。
将軍の話では、ブルームト王国は王が高齢のうえに持病があり、表に出てくることはないという。そのため王の業務、代行をしているのはポーラという名のお姫様らしい。以前フルールさんから聞いた情報でもあったが、名前を聞いたのは初めてだ。先の魔王の時代から唯一生き残った姫で、他の王子や姫は魔物との戦いで亡くなってしまったと聞いている。
そして、そのポーラ姫には赤の教団に属しているという情報もあった。もっとも情報の大元は黒ずくめなので信用はできない。ただ、赤の教団が権力を持っているのは本当だ。
将軍曰く、ポーラ姫は聡明で慈悲深いとのことで、赤の教団に与してることが信じられないと言っていた。そのこともあり、まずはポーラ姫に会って情報が正しいかを確認する事になっている。
……もしもポーラ姫が赤の教団だった場合、戦闘が起きるかもしれない。でも、バルドレッド将軍はその可能性をあまり考えてないようだった。それだけポーラ姫を信頼してるってことだろうか?
不安はあるが体調はいい。怪我も体力も回復してる。武器はともかく、防具に関しては今まで以上のため戦闘に支障はないだろう。ただ、オルデュールや黒ずくめに勝てるかはわからない。
少ししか見てないが、予想よりも強かった。確実に勝つなら、独自魔法を使わないと厳しいと思う。
カルミナを信用できなくなった今、できれば使いたくなかったけど、そうもいってられないか……
考え事をしている間に馬車の速度が落ちはじめていた。ほどなくして止まり、窓から外を見る。
目に映ったのは巨大な門だ。いつの間にか、ブルームト王国に到着していたらしい。
「もう少し、というところじゃな」
声が聞こえ、振り向く。
バルドレッド将軍が起きたようだ。
馬車は再び、進み出す。街の中ではゆっくりとした歩みだが、人の足よりは速い。すぐに城に着くだろう。
「今のうちに軽く確認しとこうかの。おぬしの目的はフルールという娘を助けること。わしも協力するが、場合によっては別行動になる。そのときは地下を目指すのじゃ」
「はい、城の地下に牢屋があるんでしたよね。無事に発見できた場合は、バルドレッド将軍が合流できなくても脱出っていうことでしたけど……」
「うむ、それでいい。あと万が一戦闘になったら、わしからは距離をとってくれ。巻き沿いにしかねん」
「わかりました。……あの、オルデュールはかなりの魔法の使い手でした。黒ずくめも偵察部隊の隊長です。差し出がましいようですが、もし戦うことになったら気を付けてください」
「気遣いありがたく思うぞ。それにしても、偵察部隊の隊長か……」
バルドレッド将軍は腕を組み、難しい顔をしている。
偵察部隊について何か思うことがあるのだろうか。
「何か気になることがあるんですか?」
「うむ。あの、あんさ……いや、偵察部隊の人間が赤の教団に寝返ったのが不思議でな。自らを犠牲にしてでも任務を遂行するやつらじゃ。買収も人質も意味はないはずなんじゃが、いったいどうやったのか……」
裏切った理由……たしかに気になるけど、理由がどうであれ許すことはできないだろう。黒ずくめが裏切らなければ、フルールさんが捕まることはなかったのだから。
城へとたどり着く。
正確にはまだ城壁の外、城の正門だ。ブルームトの城は、国を囲む外壁と城を囲む城壁の二重で守られている。この城壁は先代の魔王の時代でも破られなかったとのことだ。
城の正門前で馬車を止める。ここからは徒歩だ。護衛として入れるのは俺だけ、あとの人は待機となる。ただ、護衛でも武器は持ち込めないようで、馬車に預けることになってしまった。
もちろんポーラ姫など、城の権力者に会うときは武器を預けることになると思っていた。しかし護衛という立場なら、城の内部、通路や部屋の前までは例外的に持ち込めるはずだったのだ。予定は崩れたが、この場で騒ぎを起こしたくはない。大人しく従うこととする。
「準備はいいな? まずは謁見からじゃ」
バルドレッド将軍の言葉にうなずき、先に馬車から降りる。
ここからは護衛として振舞わなければならない。それっぽく背筋を伸ばして立ち、バルドレッド将軍を待つ。
城からは案内役の兵士が一人、正門前で待っていた。
先触れの兵士を出していたおかげだろう。正門を通過し、城の中へは問題なく入ることができた。
案内役の兵士、バルドレッド将軍に続いて廊下を歩く。
内部は城というだけのことはあり豪華な造りをしていた。
廊下は大理石のような石で出来ており、その上に両端が金で縁取られた赤い絨毯が引かれている。
柱には幾何学的な模様が刻まれ、模様の溝にも同じく金の装飾されていた。ほかにも価値はわからないが、絵画や壺なども飾られている。
……凄いな。ただの白い壁ですら高そうに見えてきた。兜がなかったら視線の動きだけでも怪しまれてたかも。
頭を動かさずに観察できたのは、自分のことながら上出来だと思う。芸術には詳しくないが、絨毯や柱、調度品も状況が違えばじっくりと見てみたいと思わせるものだった。
謁見の間は三階にあるらしく、階段を上っていく。
一階から二階までは、ほぼ一本道。二階から三階は少し入り組んでいた。一階までの道順は何とか覚えられたと思う。
問題は地下の場所だ。大体の場所は聞いているが、歩いた範囲では確認できなかった。少し不安が残る。
彫刻が施された立派な扉の前に辿り着く。両開きであり、手を広げたとしても両端には届かないぐらい大きな扉だ。
案内役の兵士の人はここまでのようで、バルドレッド将軍に一声かけるとそのまま去ってしまう。
おかしい。たいした知識はないけど、ここが謁見の間なら門の前に兵士ぐらい立ってるはずだ。案内役の人以外、城の人間に会ってない。静かすぎる。
バルドレッド将軍は違和感を感じていないのだろうか?
後ろからでは表情はわからない。ただ、緊急時には合図を送ってくれる手筈になっている。何のアクションもないということは、まだ動くときではないのだろう。
バルドレッド将軍が声を上げ、入室の許可を求めると扉が開いていく。見張りが居れば、俺はここで止められる可能性もあっただろう。だが誰もいないため、バルドレッド将軍に続いて堂々と部屋の中へ入っていく。
扉の左右には1人ずつ使用人らしき女の人がいた。この人たちが扉を開けてくれたようだ。
部屋の中央には女性が一人。あの人がポーラ姫だろう。真っ赤なドレスを着て、巨大な黄金の椅子に座っている。
派手な格好に派手なイスだ。ポーラ姫自身は腰まで届きそうな黒く長い髪をしている。そして、その黒い髪は後ろだけでなく、前も長かった。そのせいで顔はほぼ隠れてしまっている。唯一見える口元も、髪の間からかろうじて確認できる程度だ。
……正直、お化けがいるのかと思ってしまった。ちょっと怖い。
視界の端でバルドレッド将軍が跪くのが目に入る。
慌てて同じ体勢をとると視線を下げて耳を澄ます。
「バ、バルドレッド、よく来てくれました。ず、随分と久しぶりに会った気がします」
「ご無沙汰しております。魔族との戦いが長引き、ご挨拶もできずに申し訳ございません」
「ふ、普通に話していいですよ? わ、わたしも昔のようにバル爺と呼びますから」
「そうですか? では、遠慮なく。姫、壮健そうで何よりですじゃ。まずはゴルソテについての報告からさせてもらいますかの」
バルドレッド将軍とポーラ姫は近い関係のようだ。しかし、ポーラ姫の声は震え、緊張しているようにも感じた。
……いや、声は震えてるけど、小さい笑い声も聞こえてくる。表情はわからないけど、少なくともバルドレッド将軍に対して緊張してるわけじゃないみたいだ。
だったら、あの緊張は誰に対してだろうか。ほかにこの部屋にいるのは、扉のそばにいる使用人だけだ。もしかして使用人は監視の意味がある? そうだとしたらポーラ姫は赤の教団というわけではなく、何らかの理由で脅され、協力を強要されているのかもしれない。
「報告は以上ですかの。ところで姫、内密にお話したいことがあるのじゃが……」
「わ、わかりました。み、みな、下がりなさい」
後ろで扉が開く音が聞こえ、使用人の足音が廊下へと消えたのがわかる。
使用人は命じられてすぐに動いていた。監視役なら抵抗する場面だったはず。予想とは違い、ただの使用人だったのだろうか?
「そ、そちらの兵士も」
「この者はそのままで。関係者、というよりはこやつが当事者ですからの」
「そ、そうですか。で、では、そちらの方も楽にしていいですよ」
許しが出たのようなので顔を上げる。
やはり、髪の毛で顔を見ることはできない。
バルドレッド将軍は俺を当事者と言った。どうやら、今回の件をポーラ姫に話していいと判断したようだ。
兜をとり、自己紹介をする。そして、ブルームト王国で起きた出来事を話していく。
赤の教団の話題を出したときも不自然なようすは見られない。
ポーラ姫は相槌を打ちながら、最後まで真剣に話を聞いてくれた。
「姫、そろそろ緊張も解けましたかな?」
「は、はい。さ、最初よりはだいぶ落ち着いてきました」
「ふむ。まだ駄目そうですな。初対面の人間に緊張する癖はなかなか治らんですのう」
……ポーラ姫が緊張してた相手は俺だった? 使用人が監視とか、いろいろ考えてたけど、取り越し苦労だったみたいだ。
バルドレッド将軍は最初から分かっていたのだろう。そういう性格なら事前に教えておいてほしかったものである。
「バ、バル爺とツカサさんはちょうど良いときに来てくれました。じ、実は先日、治安を乱した女性を捕まえた、という報告があったのです」
「それは赤の教団からですかの?」
「つ、捕まえたのはそうらしいです。ほ、報告してくれたのは専属の侍女で、詳しいことは知りませんでした」
捕まった女性、フルールさんのことで間違いないだろう。生きてさえいれば助けられる。ポーラ姫もこちら側みたいだし、協力してくれるかもしれない。
「あ、赤の教団についてはいい噂を聞いていません。な、なのでバル爺が来ると知って、女性を預けようと思ってました」
「ぬ? それはつまり、捉えられた女性の居場所をご存じで? それならすぐにでも迎えに行きますが……」
「い、いえ、その必要はありません。女性はここに呼んでいます。ツ、ツカサさんのお仲間なら、そのまま連れて行ってもらっても構いません」
協力的どころではない。すでに解決してくれていた。
懸念していた戦闘どころか、揉め事一つ起こっていない。話が早くて助かるが、順調すぎて怖いぐらいだ。
その後はバルドレッド将軍とポーラ姫の会話が続き、時間が過ぎていく。
はやる気持ちを抑えつつ、フルールさんの到着を待っていると扉の向こうから声がかかる。
侍女の人が客人を連れてきたということだった。ポーラ姫を見ると頷いている。どうやら、客人とはフルールのことのようだ。
扉が開く。
侍女の人の後ろには黒髪を後ろで束ねた女性がいた。恰好はボロボロだが、見覚えのある装備だ。
「フルールさん!」
思わず立ち上がり、近づいていく。
よかった……無事だった。目立った傷は見当たらないし、表情は笑みを浮かべてる。ひどい目にも合わされていないみたいだ。
フルールさんも俺に気づいたようで、向かってきてくれた。
「……ツカサ君。無事だったのね。よかった」
予想外のことが起きる。フルールさんが勢いよく俺の胸に飛び込んできたのだ。
まさかの反応に頭が混乱し、完全に硬直してしまう。
だからだろうか気づけなかった。違和感に気づいたのは腹が熱くなり、痛みを感じてからだ。
フルールさんが離れ、腹を見る。鎧の隙間、俺の腹部には一本のナイフが突き刺さっていた。
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