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第四章
第四十三話 稲妻
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突然の光と轟音。そして誰かに突き飛ばされた俺は、いまだに目も耳も治っておらず、尻もちをついたままだった。
……何が起きて……いや、それよりも早く立たないと!
剣を杖代わりにして立ち上がる。
耳はまだ使えそうにないが、目は少しずつ回復してきていた。
ぼんやりと影が見える。二つの大き影は魔物だ。その魔物の間を素早く動いている影が、俺を突き飛ばした誰かなのだろう。
攻撃を受けているようには見えない。はっきりとは見えていないが、すべて躱しているように見える。
あれなら少しの間任せても大丈夫そうだ。今の俺じゃ邪魔にしかならないし、距離をとって回復を優先しよう。
注意は逸らさずにゆっくりと慎重に後退し、回復に努める。その間も影たちは動いているが、こちらを気にしたようすはない。その動きから激しい攻防がおこなわれているのだと思う。俺は完全に蚊帳の外のようだ。
しばらく待機していると、ようやく視覚が治ってきた。見えるようになったところで、突き飛ばしてきた誰かを確認する。
長く黄色に近い髪を持った人だ。たぶん女性だろう。剣を持って素早く動き、魔物の攻撃を躱してはカウンターで斬っているのが見て取れる。
……凄い。あの魔物、体毛がある部分は刃が通りにくいはずなのに、軽々と斬ってる。速さも俺より上みたいだ。
魔物の片方は焦げたように黒くなっていた。生きてはいるようだが、その動きはかなり遅くなっている。先ほどの光、たぶん落雷だろう。それが当たったに違いない。
最初に戦っていた方もすでに満身創痍だ。手の傷は俺がつけたものだが、ほかにも斬撃のあとが増えている。その斬撃を与えたであろう女性の攻撃は今も続いており、魔物は何もできずに翻弄されるばかりだ。まるで相手になっていない。
女性が魔物の足の間を駆ける。同時に斬撃が奔り、魔物は体勢を崩していく。ゆっくりと膝を折り、まるで正座をするかのように座り込んだ。
魔物は足の健でも切れたのか、立ち上がるようすもなく、その場で腕を振り回している。しかし、女性には当たらない。女性は軽く跳んで躱し、魔物の腕に着地すると走り出す。
女性は腕を走りながらも加速しているようだった。その速さのあまり視認することができず、今までブレながらも見えていた姿が消えてしまう。
突如、魔物の首が落ちた。
見失った一瞬で首を落としたのだろう。首を失った胴体からは噴水のように血が噴き出している。
一方、黒こげの魔物は先ほどから攻撃をしていない。それどころか距離をとり、逃げているようにも見えた。
……もしかして、後から来たやつはあの女性から逃げてたのか?
女性は黒こげの魔物に向かっている。
黒こげの魔物は逃げるのを諦めたのか、立ち止まり、その剛腕を振るう。しかし、鈍い動きの攻撃は簡単に躱される。結局、もう一匹と同じように首を落とされ、大きな音を立てながら地面へと倒れていくのであった。
参戦することもできないで終わってしまった……かなり強い人だ。こんなところにいるけど、前線の将軍なのだろうか?
女性は血振りをして剣を納め、俺のほうへと向かってくる。
顔が見えた。整った綺麗な顔立ちをしている。髪色は黄色だと思ったが、少し緑っぽくもある不思議な色合いだ。
……どこかで見たことがあるような。それにあの服、アリシアと似て……あ!!
「エクレールさん!?」
「よう! ツカサだよな? さっきは悪かった。まさか人がいるとは思わなくてな」
「さっきのって……あの落雷はやっぱりエクレールさんの魔法だったんですか?」
「ああ、まあ、当たってなかったみたいだし、大丈夫だろ? それよりなんでこんなところにいるんだ?」
シュセットのところへ向かいながら、エクレールさんにこれまでのことを話す。
「なるほどね。ロイドのことは聞いたばっかだったけど、そのあとも結構な目に合ってたんだな」
「……あの、アリシアのことをお願いできませんか?」
「ん? どういうことだ? アリシアもツカサもあたしがいる拠点に連れてくつもりだぞ。ああ、このシュセットもな」
「俺は一度戻ります。さっき話したフルールさんを助けに行かないと」
オルデュールには意外なほど機動力があった。それに兵士の数も多く、後続には黒ずくめもいる。あの状況で逃げられた可能性は低い。
ただ、殺されてはいないと思う。なぜかはわからないがオルデュールがフルールさんに執心していたためだ。
……でも、身の危険があるのはたしかだ。なんとか助け出さないと。
「はぁ、一人で、しかもそんなボロボロの状態で行っても上手くはいかないだろ? いいから来な。助けるにも準備ってもんが必要なんだから」
「でも!」
「無理だって、ほら」
「がぁぐっ!」
反論をしようとしたら、エクレールさんは一瞬で視界から消える。
後ろから声が聞こえたと思ったら肩を押し込まれ、あまりの激痛に変な声を出してしまった。
痛い! …………肩がはまった? いや、それはありがたいんだけど、なんでいきなり……
「自分の状態が分かっただろ? 消耗もしてるし、おとなしくついてきな。それでも行くってんなら、次は気絶させるぞ?」
あぁ、そうか、俺の状態を思い知らせるためだったのか……改めて見るとたしかにボロボロだな……
結局、エクレールさんと拠点に行くとこになった。気持ち的にはまだ救出に向かいたいところだが、あれ以上は本当に気絶させられてたと思う。
エクレールさんがいる拠点、名前は特についてなくて簡易拠点と呼んでいるらしい。その拠点までは北の門の場合、まっすぐ進んで馬で半日と聞いた。
今いる場所は西の門と北の門の間、どちらかというと北の門よりらしい。ここからだと馬を使えば今日の夜には着けるとのことだ。
北の門の近くか……だいぶ走ってたんだな。シュセットのスピードが凄かったってのもあるけど。
エクレールさんが口笛で馬を呼ぶと、二頭並んで簡易拠点へと駆けていく。
シュセットも疲れているようだが、エクレールさんの馬が普通だということもあり、離される心配はなさそうだった。
道中では魔物に襲われることもなく、無事に森を抜ける。いったん休憩をはさみ、またしばらく進むとようやく拠点が見えてきた。
走りはじめたときは日が昇るところだったが、今は日も落ちている。途中で休憩して、エクレールさんの携帯食料も分けてもらったが、体がもうきつい。
……これじゃ戻っても何もできなかっただろうな。
「あれが拠点だ。このまま中央まで行くぞ」
エクレールさんの声に従い、拠点の中央までシュセットに乗ったまま進む。やはりシュセットは珍しいようで、かなりの視線を集めていた。
周りと見るとテントだけでなく、木で造られた建物もある。簡易拠点と聞いていたが、しっかりと造られた建物もあるようだ。
やがて、目の前に小さいながらも立派な建物が見えてくる。どうやら、あの建物が目的地のようだ。
「シュセットはあたしの馬と一緒に世話するように頼んどいたからな。ほら、さっさと下りて中に入るぞ」
そういうとエクレールさんはアリシアを担いで目の前の建物に入っていく。慌ててシュセットにお礼を言うと、兵士の人に預けてあとを追う。
建物の中は質素な造りだった。
あるのは大きめのベットに机、椅子が複数あるだけだ。椅子には年配の男性が座っている。
「おお、エクレール戻ったか! 首尾はどうじゃ? ゴルソテは……ん? 客人か?」
「ああ、客だ。ベット借りるぞ。それとゴルソテの討伐は完了だ」
エクレールさんはアリシアをベットに寝かせた。そのまま椅子に座ると、俺を手招きして呼んでいる。
あのベットってこの男の人のなんじゃ……男の人も何も言わないみたいだし、いいのかな。
椅子に座ると、エクレールさんが男の人にゴルソテ? とやらの討伐の詳細を話しはじめた。
どうやらあの巨大なゴリラの魔物がゴルソテというようだ。
ことの発端は昨日の朝。拠点から近い森でゴルソテの群れを発見し、討伐に向かった部隊が全滅したことにあると聞く。
全滅の報告が中央に届いたときにはゴルソテは拠点の横の森を抜け、ブルームト王国のほうへと進行していたらしい。
ゴルソテは移動方法として高く跳ぶ。この高さはブルームト王国を囲んでいる城壁とほぼ同じぐらいだという。
万が一にも侵入されるわけにはいかないため、討伐隊としてエクレールさんが出撃。
討伐隊はエクレールさんを含めて十五人。負傷者を出しながらも、確認された二十四匹すべてを討伐完了。というのが横から聞いてわかった話だった。
ちなみにほかの討伐隊の人はそのままゴルソテの解体をして、素材を回収しているとのことだ。
いつの間に連絡と取ってたんだろうか? 全然気づかなかった。
「で、だ。紹介が遅れたが、こいつがツカサで、ベットに寝かせたのがアリシアだ。前に少し話したからわかるよな?」
「ふむ。お嬢さんがアリシアくんということは……なるほど。ツカサくん、わしはバルドレッド・シースナイン。ここの将軍をやっておるものじゃ。よろしく頼むぞ。気軽に名前のほうでよんでくれ」
「はい! わかりました! よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げる。
バルドレッド・シースナイン将軍。ロイドさんから聞いて知っている。王国最強と言われてる将軍だ。
さんざん話を聞いていたせいか、まるで芸能人にあったような気分になる。緊張で何を話していいかわからない。
「ん? ツカサ、緊張しなくていいぞ。この将軍は肝心なときにやらかすダメな将軍だからな」
「ダメな将軍とはなんじゃ! この間はちょっと腰の調子が悪くなっただけじゃろう!」
「はぁ、あたしと将軍対魔族、初めて二対一で有利な状況で戦えるってときに、ぎっくり腰で動けなくなる将軍だろ? ダメな将軍としか言いようがないぞ」
「ぐぬぅ……」
ぎっくり腰? もしかして、北の砦が落とされたのもそのせいだったりして……
なんにせよ、緊張はとれたみたいで少し楽になった。見る目は変わりそうだけど。
二人はよくわからない言い合いをはじめてるが、遮って話しかける。
「エクレールさんには伝えましたが、バルドレッド将軍にも聞いてほしい話があります」
これまで起きたことを説明し、フルールさんの救出に力を貸してもらえるようにお願いする。
「姫様が……赤の教団がそこまで入り込んどったとは……予想よりも悪い状況じゃな」
「そういうわけみたいだから、あたしは少し離れるぞ? アリシアの面倒はまかせる」
エクレールさんが一緒に来てくれるのだろうか? それなら心強い。
即断即決のエクレールさんと違い、バルドレッド将軍は腕を組んで考え込んでいる。その顔は険しく、少なくとも肯定的な雰囲気を感じることはできない。
「……ダメじゃ」
「ダメってことはないだろ? 魔族には傷を負わせてる。赤の教団の対処するなら今しかないだろ」
「今回のゴルソテのようなこともある。すまんが、わしでは長時間馬に乗ったあとの戦闘は厳しい。だからエクレールにはここにいてもらう必要ある」
……仕方ない。もともとエクレールさんはここを守るために来たんだ。簡単には動けないのだろう。やっぱり、一人で行くしかない。できれば物資を少しだけ分けてもらいたいけど。
「あたしはツカサを一人で行かせる気はないぞ」
「わかっとるわい! そう睨むな。そのフルールという娘、囚われてるなら城じゃろう。エクレールが行っても入るすべはあるまい。おぬしが潜入とか失敗する絵しか見えん」
「ぐっ……じゃあ、どうすんだ? 赤の教団に占拠されてる城だぞ。半端なやつじゃまずいだろ」
「わしが行く」
……わし? バルドレッド将軍が? ここの一番偉い人のはずじゃ……現場を離れていいのかな。
エクレールさんも驚き、固まっていた。
沈黙を作り出したバルドレッド将軍は得意げな顔で親指を突き出し、自らの顔を指し示している。
「どうした? 二人とも面白い顔をしよって」
「さすがに将軍が離れるのはまずいだろ?」
「少しの間なら問題ない。それに、わしなら堂々と城に入れるうえに赤の教団といえども表立って邪魔はできんじゃろう」
「んー、たしかにな。将軍なら城で自由に動けるか……どうする、ツカサ? 悪くはないと思うぞ?」
救出のことを考えたら、城で騒ぎを起こさないほうがいいはずだ。だとしたら、城で自由に動けるバルドレッド将軍の存在はありがたい。
深く頭を下げ、バルドレッド将軍に頼み込む。
「バルドレッド将軍、よろしくお願いします」
「うむ! では、夜明けとともに出発するぞ。各々準備に取り掛かれ」
これで助けに行ける。
そう思った瞬間、体がふらつく。段取りができ、少し安心してしまったのかもしれない。疲れが一気に出てきたようだ。
頭を振り、頬を叩いて気合を入れる。
動くことを拒否する体に鞭を入れると、俺は手早く出発の準備にとりかかるのであった。
……何が起きて……いや、それよりも早く立たないと!
剣を杖代わりにして立ち上がる。
耳はまだ使えそうにないが、目は少しずつ回復してきていた。
ぼんやりと影が見える。二つの大き影は魔物だ。その魔物の間を素早く動いている影が、俺を突き飛ばした誰かなのだろう。
攻撃を受けているようには見えない。はっきりとは見えていないが、すべて躱しているように見える。
あれなら少しの間任せても大丈夫そうだ。今の俺じゃ邪魔にしかならないし、距離をとって回復を優先しよう。
注意は逸らさずにゆっくりと慎重に後退し、回復に努める。その間も影たちは動いているが、こちらを気にしたようすはない。その動きから激しい攻防がおこなわれているのだと思う。俺は完全に蚊帳の外のようだ。
しばらく待機していると、ようやく視覚が治ってきた。見えるようになったところで、突き飛ばしてきた誰かを確認する。
長く黄色に近い髪を持った人だ。たぶん女性だろう。剣を持って素早く動き、魔物の攻撃を躱してはカウンターで斬っているのが見て取れる。
……凄い。あの魔物、体毛がある部分は刃が通りにくいはずなのに、軽々と斬ってる。速さも俺より上みたいだ。
魔物の片方は焦げたように黒くなっていた。生きてはいるようだが、その動きはかなり遅くなっている。先ほどの光、たぶん落雷だろう。それが当たったに違いない。
最初に戦っていた方もすでに満身創痍だ。手の傷は俺がつけたものだが、ほかにも斬撃のあとが増えている。その斬撃を与えたであろう女性の攻撃は今も続いており、魔物は何もできずに翻弄されるばかりだ。まるで相手になっていない。
女性が魔物の足の間を駆ける。同時に斬撃が奔り、魔物は体勢を崩していく。ゆっくりと膝を折り、まるで正座をするかのように座り込んだ。
魔物は足の健でも切れたのか、立ち上がるようすもなく、その場で腕を振り回している。しかし、女性には当たらない。女性は軽く跳んで躱し、魔物の腕に着地すると走り出す。
女性は腕を走りながらも加速しているようだった。その速さのあまり視認することができず、今までブレながらも見えていた姿が消えてしまう。
突如、魔物の首が落ちた。
見失った一瞬で首を落としたのだろう。首を失った胴体からは噴水のように血が噴き出している。
一方、黒こげの魔物は先ほどから攻撃をしていない。それどころか距離をとり、逃げているようにも見えた。
……もしかして、後から来たやつはあの女性から逃げてたのか?
女性は黒こげの魔物に向かっている。
黒こげの魔物は逃げるのを諦めたのか、立ち止まり、その剛腕を振るう。しかし、鈍い動きの攻撃は簡単に躱される。結局、もう一匹と同じように首を落とされ、大きな音を立てながら地面へと倒れていくのであった。
参戦することもできないで終わってしまった……かなり強い人だ。こんなところにいるけど、前線の将軍なのだろうか?
女性は血振りをして剣を納め、俺のほうへと向かってくる。
顔が見えた。整った綺麗な顔立ちをしている。髪色は黄色だと思ったが、少し緑っぽくもある不思議な色合いだ。
……どこかで見たことがあるような。それにあの服、アリシアと似て……あ!!
「エクレールさん!?」
「よう! ツカサだよな? さっきは悪かった。まさか人がいるとは思わなくてな」
「さっきのって……あの落雷はやっぱりエクレールさんの魔法だったんですか?」
「ああ、まあ、当たってなかったみたいだし、大丈夫だろ? それよりなんでこんなところにいるんだ?」
シュセットのところへ向かいながら、エクレールさんにこれまでのことを話す。
「なるほどね。ロイドのことは聞いたばっかだったけど、そのあとも結構な目に合ってたんだな」
「……あの、アリシアのことをお願いできませんか?」
「ん? どういうことだ? アリシアもツカサもあたしがいる拠点に連れてくつもりだぞ。ああ、このシュセットもな」
「俺は一度戻ります。さっき話したフルールさんを助けに行かないと」
オルデュールには意外なほど機動力があった。それに兵士の数も多く、後続には黒ずくめもいる。あの状況で逃げられた可能性は低い。
ただ、殺されてはいないと思う。なぜかはわからないがオルデュールがフルールさんに執心していたためだ。
……でも、身の危険があるのはたしかだ。なんとか助け出さないと。
「はぁ、一人で、しかもそんなボロボロの状態で行っても上手くはいかないだろ? いいから来な。助けるにも準備ってもんが必要なんだから」
「でも!」
「無理だって、ほら」
「がぁぐっ!」
反論をしようとしたら、エクレールさんは一瞬で視界から消える。
後ろから声が聞こえたと思ったら肩を押し込まれ、あまりの激痛に変な声を出してしまった。
痛い! …………肩がはまった? いや、それはありがたいんだけど、なんでいきなり……
「自分の状態が分かっただろ? 消耗もしてるし、おとなしくついてきな。それでも行くってんなら、次は気絶させるぞ?」
あぁ、そうか、俺の状態を思い知らせるためだったのか……改めて見るとたしかにボロボロだな……
結局、エクレールさんと拠点に行くとこになった。気持ち的にはまだ救出に向かいたいところだが、あれ以上は本当に気絶させられてたと思う。
エクレールさんがいる拠点、名前は特についてなくて簡易拠点と呼んでいるらしい。その拠点までは北の門の場合、まっすぐ進んで馬で半日と聞いた。
今いる場所は西の門と北の門の間、どちらかというと北の門よりらしい。ここからだと馬を使えば今日の夜には着けるとのことだ。
北の門の近くか……だいぶ走ってたんだな。シュセットのスピードが凄かったってのもあるけど。
エクレールさんが口笛で馬を呼ぶと、二頭並んで簡易拠点へと駆けていく。
シュセットも疲れているようだが、エクレールさんの馬が普通だということもあり、離される心配はなさそうだった。
道中では魔物に襲われることもなく、無事に森を抜ける。いったん休憩をはさみ、またしばらく進むとようやく拠点が見えてきた。
走りはじめたときは日が昇るところだったが、今は日も落ちている。途中で休憩して、エクレールさんの携帯食料も分けてもらったが、体がもうきつい。
……これじゃ戻っても何もできなかっただろうな。
「あれが拠点だ。このまま中央まで行くぞ」
エクレールさんの声に従い、拠点の中央までシュセットに乗ったまま進む。やはりシュセットは珍しいようで、かなりの視線を集めていた。
周りと見るとテントだけでなく、木で造られた建物もある。簡易拠点と聞いていたが、しっかりと造られた建物もあるようだ。
やがて、目の前に小さいながらも立派な建物が見えてくる。どうやら、あの建物が目的地のようだ。
「シュセットはあたしの馬と一緒に世話するように頼んどいたからな。ほら、さっさと下りて中に入るぞ」
そういうとエクレールさんはアリシアを担いで目の前の建物に入っていく。慌ててシュセットにお礼を言うと、兵士の人に預けてあとを追う。
建物の中は質素な造りだった。
あるのは大きめのベットに机、椅子が複数あるだけだ。椅子には年配の男性が座っている。
「おお、エクレール戻ったか! 首尾はどうじゃ? ゴルソテは……ん? 客人か?」
「ああ、客だ。ベット借りるぞ。それとゴルソテの討伐は完了だ」
エクレールさんはアリシアをベットに寝かせた。そのまま椅子に座ると、俺を手招きして呼んでいる。
あのベットってこの男の人のなんじゃ……男の人も何も言わないみたいだし、いいのかな。
椅子に座ると、エクレールさんが男の人にゴルソテ? とやらの討伐の詳細を話しはじめた。
どうやらあの巨大なゴリラの魔物がゴルソテというようだ。
ことの発端は昨日の朝。拠点から近い森でゴルソテの群れを発見し、討伐に向かった部隊が全滅したことにあると聞く。
全滅の報告が中央に届いたときにはゴルソテは拠点の横の森を抜け、ブルームト王国のほうへと進行していたらしい。
ゴルソテは移動方法として高く跳ぶ。この高さはブルームト王国を囲んでいる城壁とほぼ同じぐらいだという。
万が一にも侵入されるわけにはいかないため、討伐隊としてエクレールさんが出撃。
討伐隊はエクレールさんを含めて十五人。負傷者を出しながらも、確認された二十四匹すべてを討伐完了。というのが横から聞いてわかった話だった。
ちなみにほかの討伐隊の人はそのままゴルソテの解体をして、素材を回収しているとのことだ。
いつの間に連絡と取ってたんだろうか? 全然気づかなかった。
「で、だ。紹介が遅れたが、こいつがツカサで、ベットに寝かせたのがアリシアだ。前に少し話したからわかるよな?」
「ふむ。お嬢さんがアリシアくんということは……なるほど。ツカサくん、わしはバルドレッド・シースナイン。ここの将軍をやっておるものじゃ。よろしく頼むぞ。気軽に名前のほうでよんでくれ」
「はい! わかりました! よろしくお願いします!」
慌てて頭を下げる。
バルドレッド・シースナイン将軍。ロイドさんから聞いて知っている。王国最強と言われてる将軍だ。
さんざん話を聞いていたせいか、まるで芸能人にあったような気分になる。緊張で何を話していいかわからない。
「ん? ツカサ、緊張しなくていいぞ。この将軍は肝心なときにやらかすダメな将軍だからな」
「ダメな将軍とはなんじゃ! この間はちょっと腰の調子が悪くなっただけじゃろう!」
「はぁ、あたしと将軍対魔族、初めて二対一で有利な状況で戦えるってときに、ぎっくり腰で動けなくなる将軍だろ? ダメな将軍としか言いようがないぞ」
「ぐぬぅ……」
ぎっくり腰? もしかして、北の砦が落とされたのもそのせいだったりして……
なんにせよ、緊張はとれたみたいで少し楽になった。見る目は変わりそうだけど。
二人はよくわからない言い合いをはじめてるが、遮って話しかける。
「エクレールさんには伝えましたが、バルドレッド将軍にも聞いてほしい話があります」
これまで起きたことを説明し、フルールさんの救出に力を貸してもらえるようにお願いする。
「姫様が……赤の教団がそこまで入り込んどったとは……予想よりも悪い状況じゃな」
「そういうわけみたいだから、あたしは少し離れるぞ? アリシアの面倒はまかせる」
エクレールさんが一緒に来てくれるのだろうか? それなら心強い。
即断即決のエクレールさんと違い、バルドレッド将軍は腕を組んで考え込んでいる。その顔は険しく、少なくとも肯定的な雰囲気を感じることはできない。
「……ダメじゃ」
「ダメってことはないだろ? 魔族には傷を負わせてる。赤の教団の対処するなら今しかないだろ」
「今回のゴルソテのようなこともある。すまんが、わしでは長時間馬に乗ったあとの戦闘は厳しい。だからエクレールにはここにいてもらう必要ある」
……仕方ない。もともとエクレールさんはここを守るために来たんだ。簡単には動けないのだろう。やっぱり、一人で行くしかない。できれば物資を少しだけ分けてもらいたいけど。
「あたしはツカサを一人で行かせる気はないぞ」
「わかっとるわい! そう睨むな。そのフルールという娘、囚われてるなら城じゃろう。エクレールが行っても入るすべはあるまい。おぬしが潜入とか失敗する絵しか見えん」
「ぐっ……じゃあ、どうすんだ? 赤の教団に占拠されてる城だぞ。半端なやつじゃまずいだろ」
「わしが行く」
……わし? バルドレッド将軍が? ここの一番偉い人のはずじゃ……現場を離れていいのかな。
エクレールさんも驚き、固まっていた。
沈黙を作り出したバルドレッド将軍は得意げな顔で親指を突き出し、自らの顔を指し示している。
「どうした? 二人とも面白い顔をしよって」
「さすがに将軍が離れるのはまずいだろ?」
「少しの間なら問題ない。それに、わしなら堂々と城に入れるうえに赤の教団といえども表立って邪魔はできんじゃろう」
「んー、たしかにな。将軍なら城で自由に動けるか……どうする、ツカサ? 悪くはないと思うぞ?」
救出のことを考えたら、城で騒ぎを起こさないほうがいいはずだ。だとしたら、城で自由に動けるバルドレッド将軍の存在はありがたい。
深く頭を下げ、バルドレッド将軍に頼み込む。
「バルドレッド将軍、よろしくお願いします」
「うむ! では、夜明けとともに出発するぞ。各々準備に取り掛かれ」
これで助けに行ける。
そう思った瞬間、体がふらつく。段取りができ、少し安心してしまったのかもしれない。疲れが一気に出てきたようだ。
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