青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第四章

第四十二話 逃走の果てに

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 どれぐらい走ったのだろうか。シュセットが落ち着いたのは森の奥深くに入ってからだった。もう追手の光も見えなくなっている。


 ここはどこだろう? ブルームトの西だとは思うけど、周りは木ばかりで正確な位置はわからない。
 フルールさんは無事だろうか……戻ろうにも場所がわからないし、どうすれば……


 アリシアはまだ眠っている。魔力切れなら当分起きないだろう。
 問題はシュセットだ。ずっと走りっぱなしだったせいで息は荒い。しかも珍しく伏せて休んでいる。この体勢は眠るときでも滅多に見ることがないものだった。


 俺はまだ動ける。けど、今はここで見張りをして、アリシアとシュセットの回復を優先させたほうがいいはずだ。


 木を背もたれにして地面に座る。意識を周りに向け、警戒をしようとした。しかし、集中できない。


 …………ダメだ。フルールさんのことを考えてしまう。


 本当は今すぐに駆けだして、喚き散らしたい気分だった。それを止められているのはアリシアのおかげだ。
 アリシアがいなければもっと取り乱してたかもしれない。何かにあたって大暴れしててもおかしくなかったと思う。


 ……集中、しないと。


 一度目を瞑り、今度こそ辺りを警戒していく。
 疲労もあるが、今は眠くなることはないだろう。










 少し、辺りが騒がしい。小動物が走る足音。それが複数聞こえていた。

 立ち上がり、周囲を観察する。気づくのが遅れたが暗闇は薄くなっていた。夜が明けはじめているようだ。日の光はまだ見えないが、これなら付近も充分見通せるだろう。

 さらに周りを見ていると、突如、遠くで光が奔った。続けて、耳をつんざくような音が辺りに響き渡る。それは朝とはいえ、目覚ましには大きすぎる音だった。


 今の落雷? 天気は……晴れてる。ってことは誰かの魔法? ……確かめてみるか?


 アリシアはまだ起きていない。ただ、シュセットのほうは今の目覚ましで起きたようだ。


「シュセット、疲れてるとこ悪いけど、移動したい。もうちょっとだけ頑張ってくれ」


 俺の言葉は伝わったようで、シュセットは立ち上がるとアリシアのそばに寄っていく。シュセットがこちらを見る目は、まるで早く乗せろと言わんばかりである。


 シュセットって実は人間の言葉がわかるんじゃ……いや、ありがたいからいいんだけど。


 そんなことを思いながら、アリシアをシュセットの背に乗せる。続けて飛び乗り、落雷があったほうへと向かって行く。

 意外と疲労は感じていない。眠ってはいないが、座って休憩できたのがよかったのだろう。これなら万が一戦闘になったとしても問題ない。

 進んでいくと、魔物を見かけることとなる。しかし、魔物は俺たちに気づいても無視して通り過ぎていく。


 まるであの落雷から逃げてるみたいだ。
 強力な魔法……あの規模だと魔族だろうか? だとすると戦ってる人がいるはず。少し急ごう。


 シュセットを走らせる。
 しばらくすると、何かが衝突しているような大きな音が聞こえはじめた。落雷の場所まではまだ遠いはずだ。こっちへ移動しながら戦っているのかもしれない。

 大きな音のほうへと近づくと、その正体が判明する。

 聞こえていたのは木が倒れる音だったらしい。そして、木を倒したのは巨大なゴリラのような魔物だった。


 ……魔族じゃない。周りに人もいないみたいだ。こいつにやられたのか?


 魔物はこちらを見ている。残念ながら、すでに気づかれているようだ。
 アリシアに被害が出ないように、シュセットから降りて魔物を観察しながら前に出る。

 高さは俺の倍以上。腕も太い。木を倒したのが腕による攻撃なら、一発でも当たれば命が危ういだろう。
 落雷がこいつの起こしたものか、それともこいつ戦ってた人の魔法かはわからない。ただ、目の前の魔物に目立った怪我がないことから、どちらにしても雷属性は効かないと考えたほうがよさそうだった。

 剣に魔力を込め、走り出す。

 魔物は倒れた木を蹴り飛ばし、突進してくる。

 飛んできた木を屈んでくぐり抜け、突進は魔剣を発動させて迎撃していく。

 質量差で吹き飛ばされるが、たいしてダメージはない。魔物のほうも同じだったらしく、すぐに距離を詰めてきた。

 太い腕が振り回される。
 速くはあるが、対処できる速度だった。次々に襲い掛かる腕を躱し、受け流していく。

 しびれを切らしたのか攻撃方法が変わる。一瞬の間のあと、上から両手を組んだ拳が降ってきた。
 横へ跳び、転がって回避。すぐに態勢を整えると、にらみ合いとなる。


 ……こいつ、そんなに強くない? 大きさも速さも前に戦った成体ライヴェーグのほうが上だ。再生だってしないだろうし、攻め続ければ倒せる気がする。
 速さは対処できるから、攻撃手段を潰してから仕留めたほうがいい。となると狙いはやっぱり腕だな。


 剣を構え、魔物の攻撃を待つ。

 腕での攻撃を受け流したときに気づいたことがあった。体毛がある部分は刃が通りにくかったのだ。
 剣が有効なのは地肌が露出してる場所、顔と胸部、そして指ぐらいだろう。この三か所ならダメージを与えられるはずだ。

 魔物は大きく腕を振りかぶるとストレートで殴りかかってくる。

 正面から迎え撃つ。

 狙いは魔物の拳。指の根元へと突きを繰り出す。

 俺の突きは関節の間、骨のない場所へとうまく突き刺さった。

 魔物は叫び声をあげ、拳から血をまき散らしながら仰け反っている。

 攻撃は狙いどおりにいった。しかし、失敗したとも思う。予想よりも剣が突き刺さらなかったのだ。その結果、腕にかなりの衝撃を受け、右肩に痛みが生じていた。外れたような感覚からして、脱臼している可能性もあるだろう。


 ……少し痛いな。自分ではめられるって聞いたことはあるけど、やり方がわからないし、そんな時間もなさそうだ。


 魔物が暴れ出し、激しく腕を振り回しはじめていた。

 怒りなのか、悲鳴なのかはわからないが、先ほどよりも大きな声を上げている。それはあまりにもうるさく、腕が動いていたら耳をふさいでいたかもしれないほどだった。

 魔物の動きは激しくなったが、単調にもなっている。おかげで回避には余裕があった。
 痛みも続いているが、我慢できる程度だ。幸いというか、独自魔法の副作用のせいで痛みには慣れていた。

 回避をしながら、左腕一本で剣を振るっていく。
 少しずつ、削るようにして攻撃を繰り返す。

 ようやく魔物の腕一本を完全に使えなくしたとき、俺のいる場所が薄暗くなった。

 周囲は明るいままだ。慌てて上を見る。そこには魔物がいた。今まで戦っていたやつと同種の魔物だ。

 急いで離脱する。その直後に魔物が落ちてきた。間一髪である。
 潰されはしなかったが、地面が激しく揺れたせいで体勢を崩してしまう。そのせいで距離をとれず、二体の魔物が目の前にいる状況に陥ってしまった。


 この距離で二対一は厳しい。一度離れないと……


 体勢を崩した俺よりも、魔物のほうが早く動きはじめる。
 二匹とも腕を振り上げると、勢いよく殴りかかってきた。


 躱せない!


 体勢が整わず、とっさに左腕一本で剣を構えて防御しようとする。

 瞬間、閃光が奔った。

 目の前が白で塗りつぶされ、同時に響いた轟音で耳も聞こえなくなる。

 目も耳も使えない中、誰かの手が肩に触れたのを感じた。
 誰かは俺の肩を二回たたくと、かなりの力で突き飛ばしてくる。

 突然の出来事に何が起きているのかわからなかった。大きく飛ばされ、混乱したまま地面を転がっていく。
 ようやく止まったところで目も耳もいまだ治らず、何もわからない。真っ白な視界の中で、俺はただ茫然と尻もちをつくことしかできなかった。
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