上 下
58 / 116
第四章

第五十七話 対ザバントスその参

しおりを挟む
 破壊の魔法を放つとほぼ同時に地面が白く輝く。それは魔法陣から溢れたものであり、起動したことを示す光でもあった。

 封印の魔法陣が起動したせいで、カルミナの力が弱くなったのだろう。ザバントスの体を拘束していた鎖が砕けていく。

 拘束の解けたザバントスはすぐさま破壊の魔法を避けようとした。だが、完全には躱せていない。目の前に来ていた魔法に対して体を捻ることしができず、太腿へと当たっていた。

 最初に破壊の魔法が蹴り飛ばされたときとは違い、太腿は防御力のなさそうな服にしか守られていない。そのため術式の衝撃も充分に伝わり、俺の魔法はザバントスの太腿を粉砕したようだった。

 倒れるザバントスを横目に俺は急いで魔力を集めていく。同時に魔法陣起動の原因を探るために視線を巡らせる。すると、すぐに視界の隅で何かが光っているのを発見した。

 光を放っているのは出来損ないの杖のようなものだった。そして、それを持っているのは奥に向かった魔族である。


 ……あの魔族か!!


 魔法陣の起動はザバントスにしか出来ないと思い込んでいた。魔族が奥で動いているのは知っていたが、まさか魔法陣を起動できるとは思っていなかったのだ。

 封印の魔法陣の光が強くなる。


 まずい! このままだとアリシアが!


 加減も忘れて一気に全魔力を集中させる。

 奥の魔族はこちらへ、ザバントスのほうへと走って来ていた。杖はもう光っていない。それにまだ遠いため、放っておいても何もできないだろう。一方、ザバントスのほうは起点までの距離は近かった。ただあの足では満足に動けないうえに普通の魔法じゃ破壊の力は止められない。

 魔力が集まるとすぐに三度目の破壊の魔法を放つ。同時に魔力は空になり、酷い倦怠感に襲われてしまう。


 ……まだ意識を失うわけにはいかない。せめて魔法陣が止まるのを見届けないと。


 破壊の魔法は勢いよく飛んでいく。その軌道は狙ったとおりであり、魔族もザバントスも間に合わないため進路に邪魔はない。

 そして、順調に進んだ破壊の魔法は起点へと当たり、小さな破裂音を残して魔法陣の一部を粉砕した。

 白く輝いていた魔法陣は徐々に光を失っていく。

 意識が朦朧とする中、安堵し目的を達成したことを喜ぶ。気が抜け、倒れ込みそうになりながらも違和感を覚えて周囲を見まわした。


 ……揺れてる? 今の魔法せい? いや、そこまで威力はないはずだ。


 破壊の属性は特殊な力こそあるが、威力は高くない。同じ型、術式で炎と破壊の魔法を使った場合、接触箇所によっては炎の属性のほうが効果が高いことすらある。

 炎の球が人の肩に当たり衝撃を加えれば、大体の場合で骨は折れ、体を燃え上がらせるか火傷させるだろう。
 破壊の球が同様に当たれば、肩がもろくなり折れるだろうがそれだけである。結果や使用する魔力量から考えても炎の属性のほうが効率がいい。

 だからこそ、揺れの原因は魔法ではないと考えた。魔法陣に洞窟を自壊させる機能がついていたとも思ったが、ザバントスたちのようすからそれも違うと判断する。

 揺れはどんどん大きくなっていく。動くことは出来るうちに、部屋から出るべきかもしれない。そう悩みはじめたとき、カルミナから声がかかる。


『ツカサ、魔法陣は機能を停止しました! 運がいいことに洞窟全体が揺れ、崩れる可能性が高いです。これでこの魔法陣はもう使えないでしょう』


 運がいいのか? いや、それよりどうやって脱出しよう。正直、目を瞑ればそのまま意識を失いそうだ。上まで持つとは思えない。


「ザバントス様! 緊急用の魔道具から信号が送られてきてます! 各所で落盤が起きてる模様です! 通信部隊は緊急避難の指示を出しています」

「……わかった。きみは先に逃げなさい。私はこの青年に用がある」

「でも、ザバントス様はお怪我を……」

「まだ魔力はある。土属性の使い手として、生き埋めにはならんよ。さあ、早く行きなさい」


 魔族は躊躇したあと、俺の横を通り過ぎていった。一瞬目が合い、鋭く睨まれていたのがわかる。


『ザバントスのようすから戦う力はないと思われます。このまま放置し、脱出を優先してください』

「青年、きみは女神の言葉を聞いているのだろう? 私には聞こえないが、女神の言葉を信じてはいけない」

『ツカサ、耳を貸す必要はありません。時間を稼ぎ、心中するつもりでしょう。直ちに脱出を。自らの体を安全な場所に運んでください』


 カルミナとザバントスが話しかけてきてる。でも、頭がぼーっとして内容が入ってこない。カルミナなら脱出する方法があるかな……聞かないと……


『……意識が混濁して――ですね。――――脱出させましょう。――”許可”をください』


 魔力を限界まで使い、意識を失う寸前だった。周囲の声は途切れ途切れで上手く聞こえない。そんな中で力強く、カルミナの言葉が聞こえる。


『脱出する――ツカサに――か――”許可”を!』


 ……脱出する許可? 許可なんてとらずに脱出してくれればいいのに……

 ぼんやりとした頭でそう思いながらも、最後の力で口を開く。


「……許可、する」



◆◆◆◆◆◆◆



 ザバントスは目の前に青年に言葉が届いてないのを感じていた。青年の頭は揺れ、目には力がなくぼんやりとしている。見るからに立っているのがやっとの状態だった。

 声をかけ続ける。しかし反応はない。それでも諦めずに話しかけていると、青年の口が微かに動く。だが、その声はあまりにも小さく、ザバントスの耳には届かなかった。

 何かを呟いた青年は最後の力を使い果たしたかのように倒れていく。

 そのようすを眺めながら、ザバントスは考える。青年の処遇をだ。
 勇者でなければ迷うことなく助けただろう。勇者であっても話し合いに応じてたなら迷わなかったかもしれない。しかし、青年は話ではなく戦闘を選び、魔法陣を停止させた。

 魔法陣は女神もしくは女神の力にしか効果はなく、たとえ女神の力を受けた勇者でも死ぬようなことはない。青年が知らないのは当然だ。だからこそ破壊する理由を聞き、そこから女神の嘘を暴こうとしたのである。

 結果として上手くいかずに戦いとなり、負けてしまった。青年のそばに女神がいたことが敗因であり、処遇を決めかねている理由も女神がいるせいである。

 ザバントスから見れば、青年はただ騙されているだけなのだ。たしかに話し合いに応じなかったが、女神がそばにいたのならこちらの話を否定していたことは容易に想像できる。

 一方でこのまま見捨てるという選択肢も頭の片隅に浮かんでいた。
 この洞窟の魔法陣は壊れるだろう。対女神用の魔法陣は場所を選ぶ。資材も少なく新しく作るとしてもかなりの時間がかかってしまう。青年を見捨てれば女神は世界に介入しずらくなり、時間が稼げると考えてしまったのだ。

 洞窟の揺れはひどくなる一方だった。
 頭上からはパラパラと土が落ち、視界は土埃で埋まっていく。

 ザバントスは答えを出せないまま青年を見つめる。魔法を発動させるだけの魔力を集めても動くことができない。

 悩んでいる間に時間が過ぎていく。すると青年の指が振るえるように動きだしたことに気づき、ザバントスは驚愕することとなった。

 青年が倒れたのは魔力の枯渇であり、半日は目覚めないと思っていたからである。

 注視すると、うつぶせに倒れた青年と地面の間が光っていることに気づく。女神の仕業と判断し、時間がないことを悟る。そして迷いを捨て決断した。


「……何を企んでいるかは判らぬが、思い通りにはさせぬ。青年を助け、女神を抑える」


 ザバントスには見捨てるという選択肢が取れなかった。
 さきほどの理由もあるが、戦いを通じて青年が悪い人間ではないと感じていたためである。言葉こそほぼ交わせなかったが、奥に下がらせた魔族を狙うこともなく、拘束されたさいに狙われたのも足だったためだ。そのことからより一層、青年に対して被害者という意識が働いていた。

 青年はフラフラと下手な操り人形のごとく立ち上がった。
 目は虚ろで力がない。生気がなく、回復したようには見えなかった。

 ザバントスが話しかけようとしたとき、先に青年が口を開く。


『たしか……ザバントスでしたね? あなたは魔王の居場所を知っていますか? 教えてくれるのなら、助けてあげましょう』


 青年の口からは声が二重に聞こえてきていた。一つ先ほど聞いた青年のものだ。もう一つは女性の声である。
 女性の声が誰かとは聞く必要がない。状況から考えて女神しかありえないかった。


「女神カルミナ! 貴様! 青年の体を乗っ取ったのか! この外道が!」

『失礼な。私は助けるために一時的に体を動かしてるにすぎません。そんなことより、返答は? 死にたくないのなら居場所を答えたほうが良いと思いますよ?』

「誰が答えるものか! 貴様はここで、私が封じてみせる!」

『なるほど、知ってはいるようですね。ならば生かすだけはしてあげましょう。聞く方法はいくらでもあります。それにそのほうがツカサの印象もいいでしょうしね。ふふ、あとでゆっくりと答えを教えてもらいますね?』


 ザバントスは貯めていた魔力を解き放つ。
 すぐに全身に土を纏い、立ち上がる。それはザバントスがもっとも信頼し、得意とする魔法だった。この魔法は攻防に優れているが、それだけではなく体の動きを補助する役割もある。そのため痛みこそ消えないものの、今の怪我でも体を動かすことができる唯一の魔法であった。

 ザバントスの目的は一つ、女神の無力化だ。

 これまで見てきた結果から、女神がペンダントを通して力を使っているのは分かっている。そのためペンダントの破壊、もしくは命を使ってでも魔法陣を再起動させ、封印する覚悟だった。

 しかし一手早く、女神が動く。

 青年の体から不思議な、次々に色を変化させる光が広がる。
 光は一瞬で広がり、部屋を埋め尽くしていく。

 ザバントスは避けることは出来ないと判断し、光に当たる面積を減らそうと半身になる。だが、それも無駄に終わった。光が攻撃ではなかったためだ。

 光に当たったあと、動きを補助するはずの纏った土が動かなくなる。防御不可、回避不能の光はザバントスから土の制御を奪っていた。

 ザバントスは自らの魔法だというのに解除できず、口すら動かせずにただ立ち尽くすことしかできない。

 崩れ埋まっていく洞窟、その中で嗤っている青年、女神の姿。一切の行動を封じられたザバントスは、薄れゆく意識の中で只々それらを見続けることしかできなかった。
しおりを挟む

処理中です...