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第五章
第五十八話 アリシア
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喧騒の中、目が覚める。
体のだるさを感じながら起き上がり、ぼんやりとした頭で周りを確認していく。
見覚えのない部屋だった。
部屋にあるのは大きな机が一つと四脚の椅子、それと今寝ていたベットだけ。
服はいつの間にか寝間着のような簡素な格好になっていた。装備品、特に杖が見当たらないことに不安を覚える。なぜなら部屋の外からは慌ただしい声が聞こえており、そんな中で人が近づいて来ている気配を感じたからだ。
ときおり聞こえる怒号や集団が走っているような音もあり、ここが街の中だとは思えない。周囲には仲間の痕跡もなく、敵地である可能性を考える。
「うーん……とりあえず魔力を集めて、寝たふりで不意打ちしてみましょう。きっと何とかなるはずです!」
ベットへと戻り、目を瞑る。
耳を澄ませて集中していく。
扉が開く音がし、誰かが近づいてくる。足音は一人分だ。
ベットの中で隠すように魔法を構築する。
足音はベットの隣、枕もとで止まった。
誰かの手が頭に触れる。その手は撫でるように動き、意外な心地よさに気を抜きそうになってしまう。
気を引き締め、集中しなおしたとき、懐かしい声が耳に入る。
「ん? アリシア……起きてるだろ?」
ここ数か月を除き、毎日聞いた声だった。
跳ねるようにして起き、姉であり、母でもあるその人の名を呼ぶ。
「エクレール様!」
「やっぱり起きてたな。体調は? っていうか何で寝たふりしてたんだ?」
「えっと、その……街じゃないみたいですし、赤の教団に捕まったのかと思って」
「あぁ、今騒がしいからな。ここはブルームト王国の北にある簡易拠点だ。安心できるかは微妙なところだが、まぁ暫くは安全だと思うぞ」
アリシアは魔力を霧散させ、魔法を解除する。そして、エクレールに促されるまま椅子へと座り、今の状況の説明を受けた。
「ツカサ様もフルールさんも捕まってしまったということですか……救出作戦は? 助けに行きますよね?」
「あー……それなんだが、今すぐってわけには行かなくてな。さっきも言ったが将軍は洗脳された兵士を連れて北の砦を目指してるし、あたしはここを動くわけにはいかないんだ」
洗脳された兵士は、特殊属性である精神の使い手が近くにいなければ普通の状態であるという。ただし、強力にかけられたものについてはその限りではないらしい。
総司令である将軍、バルドレッドは洗脳された兵士を遠ざけるため、北の砦奪還に出陣している。そしてバルドレッド不在の今、エクレールが簡易拠点の責任者となっていた。
北の砦には洗脳されていない兵士も連れて行っているらしく、この地にはあまり兵士がいない。拠点を維持する最低限のみであり、城を攻めるにはあまりにも戦力が足りていなかった。
アリシアは少数での潜入を考える。しかし、エクレールが動けず、自分一人という状況では難しいと判断するしかない。
「しかし、フルール”さん”とは珍しいな。一応アリシアよりは向こうのほうが立場は上だろ? 同じ組織で上の立場の奴には様付けでしか呼んでなかったのに……年は離れているみたいだが、友達ができたようで嬉しいぞ」
「もぉ! 友達がいないみたいな言い方しないでください! それにフルールさんは初めて会ったときに様付けなら返事しないって言われて、それで……」
「なるほど、アリシアへの距離の詰め方としては正解かもな。ふむ……あたしも返事しなければ、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでもらえるかもな」
「呼びません! 今はもう弟子でもあるんですから、エクレール様は様付けです!」
唐突なエクレールの話で顔が熱くなっているのを感じる。エクレールをお姉ちゃんと呼んでいたのは年齢が二桁になったころまでだ。昔を思い出してしまい、恥ずかしくなる。
「よし、辛気臭い顔じゃなくなったな。血色も良くなったみたいだし、これからの話をするか」
「むぅ、わざとだったんですね」
エクレールは笑いながら今後の予定を話し出す。
「まずは魔族を攻める予定だ。今は赤の教団と魔族に挟まれている状況だからな。それを崩す。将軍が呼んだ援軍も北の砦を目指してもらう。あたしは動けないが、北の砦に関しては大丈夫だろう」
「あの、北の砦奪還もそうですけど、今まで倒せなかった魔族に勝つ算段はあるんですか? バルドレッド将軍とエクレール様で今まで勝ててないなら、援軍が来てもそう簡単には倒せないと思うんですけど」
「安心しな。勝てる。というよりも、勝てなかったのは将軍の腰のせいだ。ようやく動いても大丈夫になったらしくてな。それに今なら将軍一人でもいけると思うぞ」
エクレールの話によると、以前の戦いで魔族側の総大将であるザバントスという男に大怪我を負わせたらしい。それも左腕を切断、肋骨粉砕に内臓破裂といったものだと聞く。
致命傷である。しかし、その状態でもザバントスは生きて帰ったという。追撃しなかった理由はバルドレッドが腰の不調で途中から動けない状態であり、魔族側の援軍が来たからだと言っていた。
アリシアは回復魔法を使えるものとして考える。それほどの怪我の場合、霊薬でもない限りはひと月は治療が必要であることを。そして完全に切断された腕は、繋がってもしばらくは思ったとおりに動かないはずだ。そもそも動くには怪我の度合いが酷く、痛みが強すぎる。それでも体を動かすのなら、体の感覚が麻痺するのを承知で強い痛み止めが必要だろう。
「ああ、あと援軍なんだが……将軍が送言の魔晶石を持っててな。それで相手側とはすぐに連絡がついた。おかげで早く着くらしい。起きたばっかりで悪いが、動けるように準備しておいてくれ」
「はい、装備さえあれば私は大丈夫です」
「そうか、じゃあ出迎えはアリシア、頼んだぞ」
「え!? ど、どういうことですか? ダメですよ。セルレンシアからの援軍だとしても私だけじゃなくて、エクレール様も行かないと」
エクレールはアリシアから目を逸らしながら言葉を発する。
「出迎えはここじゃない。だから、あたしは行けないんだよ。それに来るのはアリシアも知ってるやつだから大丈夫だ」
「そういう問題じゃないと思いますけど……いったい誰なんですか?」
「教皇だ」
教皇。エクレールの言葉どおりなら、一人しかいない。アリシアたちが所属する聖カルミナ教会の教皇ドボルゲイツ・レーベリンだけである。
アリシアの記憶が正しければ、教皇であるドボルゲイツはセルレンシアを守る結界を張っているはずだ。強力な魔法の使い手だとしても、動いていい人物ではない。そうでなくても教会で一番偉いのだ。前線にくるというのは信じられる話ではなかった。
「どういうことですか!? セルレンシアは? あの結界は教皇様しか使えないって!」
「あー、落ち着け。あたしも詳しくはわからないが、セルレンシアの住民は枢機卿が何とかするらしい。それで教皇が来る理由だが、特殊属性の説明のためだ。特殊属性のことはその使い手に聞くのが一番だからな」
教皇ドボルゲイツが特殊属性というのはアリシアは知らない情報であった。一部にしか開示していないのだろう。それはいいとしても、何故立場ある人が動くのかがアリシアにはわからなかった。
詳しく話を聞くと、援軍の要請と特殊属性への対処法を知るためにドボルゲイツへ言葉を送ったところ、何故か本人が来るという信号が帰ってきたとのことだ。
もともと援軍は手の空いたパタゴ砦の戦力をこちらに来るように頼んでいたらしい。対処法も伝言が来ると思っていたと聞いた。つまり想定外のことであり、理由については直接聞かなればわからないようである。
ちなみに送言の魔晶石は一対しかなく、現在急いで配送中だという。そのため以降のやり取りは光る時間の長短で簡単な単語を送り合う魔道具を使用していたと聞く。この魔道具はあらかじめ決められた単語しか解読できないため、対処法の説明などの細かいやり取りは不可能であった。
「来るのが教皇じゃなければここに直接来てもらったんだが……たぶん間者がいる。距離は離れてるはずだが、別で強力に洗脳されてる奴がいるはずだ。教皇にも護衛は付いてるだろうが、万が一もある。だから、いきなりここに連れてくるのは避けたいんだ」
「それで私なんですね。わかりました。そういうことなら行きます。でももし、教皇様がここに来るって言った場合はどうしましょうか?」
「その場合は教皇の判断に従っていい。対処できるなら来るだろうし、無理ならそのまま北の砦に行ってもらう。こっちの細かい現状は紙に書いといた。一応、アリシアも読んで把握しといてくれ」
「わかりました」
教皇ドボルゲイツとの待ち合わせ場所はブルームト王国から少し離れた場所であり、簡易拠点からのほうが距離は近い。
日時は明日の昼と聞き、アリシアは急いで準備をはじめる。
体調は良く、体力は有り余っているほどだった。不安な点はツカサとフルールの二人が洗脳されたということだ。しかし、特殊属性について知識が足りず、救出の手立ては思いつかない。
だからこそ、対処法を知っている教皇ドボルゲイツに会うのにも気合が入る。ドボルゲイツに会うことは救出の希望であり、不安な心を抑える力となっていた。
アリシアは思う。エクレールは不安に思う心を見越して出迎えを頼んだではないかということを。
幼いころ、広い孤児院で一人留守番をすることがあった。そのとき、心細く不安な気持ちのアリシアにエクレールは仕事を頼んだのだ。
アリシアが頼んだことを終わらせるころには戻る。エクレールはそう言葉を残して掛けていった。不安な気持ちは消えはしなかったが、仕事を終わらせれば会えるという思いが強く、幾分小さくなっていたと思う。
夢中で与えられた仕事をやっていた。そして、終わったときに本当にエクレールが帰ってきてくれて嬉しかったのを覚えている。ふいにそのときの記憶がよみがえったのだ。
昔のことを思い出したアリシアは、小さく感謝の言葉をつぶやき、手紙を懐にしまう。準備を整えるとシュセットのもとへと向かい、すぐに出立するのであった。
体のだるさを感じながら起き上がり、ぼんやりとした頭で周りを確認していく。
見覚えのない部屋だった。
部屋にあるのは大きな机が一つと四脚の椅子、それと今寝ていたベットだけ。
服はいつの間にか寝間着のような簡素な格好になっていた。装備品、特に杖が見当たらないことに不安を覚える。なぜなら部屋の外からは慌ただしい声が聞こえており、そんな中で人が近づいて来ている気配を感じたからだ。
ときおり聞こえる怒号や集団が走っているような音もあり、ここが街の中だとは思えない。周囲には仲間の痕跡もなく、敵地である可能性を考える。
「うーん……とりあえず魔力を集めて、寝たふりで不意打ちしてみましょう。きっと何とかなるはずです!」
ベットへと戻り、目を瞑る。
耳を澄ませて集中していく。
扉が開く音がし、誰かが近づいてくる。足音は一人分だ。
ベットの中で隠すように魔法を構築する。
足音はベットの隣、枕もとで止まった。
誰かの手が頭に触れる。その手は撫でるように動き、意外な心地よさに気を抜きそうになってしまう。
気を引き締め、集中しなおしたとき、懐かしい声が耳に入る。
「ん? アリシア……起きてるだろ?」
ここ数か月を除き、毎日聞いた声だった。
跳ねるようにして起き、姉であり、母でもあるその人の名を呼ぶ。
「エクレール様!」
「やっぱり起きてたな。体調は? っていうか何で寝たふりしてたんだ?」
「えっと、その……街じゃないみたいですし、赤の教団に捕まったのかと思って」
「あぁ、今騒がしいからな。ここはブルームト王国の北にある簡易拠点だ。安心できるかは微妙なところだが、まぁ暫くは安全だと思うぞ」
アリシアは魔力を霧散させ、魔法を解除する。そして、エクレールに促されるまま椅子へと座り、今の状況の説明を受けた。
「ツカサ様もフルールさんも捕まってしまったということですか……救出作戦は? 助けに行きますよね?」
「あー……それなんだが、今すぐってわけには行かなくてな。さっきも言ったが将軍は洗脳された兵士を連れて北の砦を目指してるし、あたしはここを動くわけにはいかないんだ」
洗脳された兵士は、特殊属性である精神の使い手が近くにいなければ普通の状態であるという。ただし、強力にかけられたものについてはその限りではないらしい。
総司令である将軍、バルドレッドは洗脳された兵士を遠ざけるため、北の砦奪還に出陣している。そしてバルドレッド不在の今、エクレールが簡易拠点の責任者となっていた。
北の砦には洗脳されていない兵士も連れて行っているらしく、この地にはあまり兵士がいない。拠点を維持する最低限のみであり、城を攻めるにはあまりにも戦力が足りていなかった。
アリシアは少数での潜入を考える。しかし、エクレールが動けず、自分一人という状況では難しいと判断するしかない。
「しかし、フルール”さん”とは珍しいな。一応アリシアよりは向こうのほうが立場は上だろ? 同じ組織で上の立場の奴には様付けでしか呼んでなかったのに……年は離れているみたいだが、友達ができたようで嬉しいぞ」
「もぉ! 友達がいないみたいな言い方しないでください! それにフルールさんは初めて会ったときに様付けなら返事しないって言われて、それで……」
「なるほど、アリシアへの距離の詰め方としては正解かもな。ふむ……あたしも返事しなければ、昔みたいにお姉ちゃんって呼んでもらえるかもな」
「呼びません! 今はもう弟子でもあるんですから、エクレール様は様付けです!」
唐突なエクレールの話で顔が熱くなっているのを感じる。エクレールをお姉ちゃんと呼んでいたのは年齢が二桁になったころまでだ。昔を思い出してしまい、恥ずかしくなる。
「よし、辛気臭い顔じゃなくなったな。血色も良くなったみたいだし、これからの話をするか」
「むぅ、わざとだったんですね」
エクレールは笑いながら今後の予定を話し出す。
「まずは魔族を攻める予定だ。今は赤の教団と魔族に挟まれている状況だからな。それを崩す。将軍が呼んだ援軍も北の砦を目指してもらう。あたしは動けないが、北の砦に関しては大丈夫だろう」
「あの、北の砦奪還もそうですけど、今まで倒せなかった魔族に勝つ算段はあるんですか? バルドレッド将軍とエクレール様で今まで勝ててないなら、援軍が来てもそう簡単には倒せないと思うんですけど」
「安心しな。勝てる。というよりも、勝てなかったのは将軍の腰のせいだ。ようやく動いても大丈夫になったらしくてな。それに今なら将軍一人でもいけると思うぞ」
エクレールの話によると、以前の戦いで魔族側の総大将であるザバントスという男に大怪我を負わせたらしい。それも左腕を切断、肋骨粉砕に内臓破裂といったものだと聞く。
致命傷である。しかし、その状態でもザバントスは生きて帰ったという。追撃しなかった理由はバルドレッドが腰の不調で途中から動けない状態であり、魔族側の援軍が来たからだと言っていた。
アリシアは回復魔法を使えるものとして考える。それほどの怪我の場合、霊薬でもない限りはひと月は治療が必要であることを。そして完全に切断された腕は、繋がってもしばらくは思ったとおりに動かないはずだ。そもそも動くには怪我の度合いが酷く、痛みが強すぎる。それでも体を動かすのなら、体の感覚が麻痺するのを承知で強い痛み止めが必要だろう。
「ああ、あと援軍なんだが……将軍が送言の魔晶石を持っててな。それで相手側とはすぐに連絡がついた。おかげで早く着くらしい。起きたばっかりで悪いが、動けるように準備しておいてくれ」
「はい、装備さえあれば私は大丈夫です」
「そうか、じゃあ出迎えはアリシア、頼んだぞ」
「え!? ど、どういうことですか? ダメですよ。セルレンシアからの援軍だとしても私だけじゃなくて、エクレール様も行かないと」
エクレールはアリシアから目を逸らしながら言葉を発する。
「出迎えはここじゃない。だから、あたしは行けないんだよ。それに来るのはアリシアも知ってるやつだから大丈夫だ」
「そういう問題じゃないと思いますけど……いったい誰なんですか?」
「教皇だ」
教皇。エクレールの言葉どおりなら、一人しかいない。アリシアたちが所属する聖カルミナ教会の教皇ドボルゲイツ・レーベリンだけである。
アリシアの記憶が正しければ、教皇であるドボルゲイツはセルレンシアを守る結界を張っているはずだ。強力な魔法の使い手だとしても、動いていい人物ではない。そうでなくても教会で一番偉いのだ。前線にくるというのは信じられる話ではなかった。
「どういうことですか!? セルレンシアは? あの結界は教皇様しか使えないって!」
「あー、落ち着け。あたしも詳しくはわからないが、セルレンシアの住民は枢機卿が何とかするらしい。それで教皇が来る理由だが、特殊属性の説明のためだ。特殊属性のことはその使い手に聞くのが一番だからな」
教皇ドボルゲイツが特殊属性というのはアリシアは知らない情報であった。一部にしか開示していないのだろう。それはいいとしても、何故立場ある人が動くのかがアリシアにはわからなかった。
詳しく話を聞くと、援軍の要請と特殊属性への対処法を知るためにドボルゲイツへ言葉を送ったところ、何故か本人が来るという信号が帰ってきたとのことだ。
もともと援軍は手の空いたパタゴ砦の戦力をこちらに来るように頼んでいたらしい。対処法も伝言が来ると思っていたと聞いた。つまり想定外のことであり、理由については直接聞かなればわからないようである。
ちなみに送言の魔晶石は一対しかなく、現在急いで配送中だという。そのため以降のやり取りは光る時間の長短で簡単な単語を送り合う魔道具を使用していたと聞く。この魔道具はあらかじめ決められた単語しか解読できないため、対処法の説明などの細かいやり取りは不可能であった。
「来るのが教皇じゃなければここに直接来てもらったんだが……たぶん間者がいる。距離は離れてるはずだが、別で強力に洗脳されてる奴がいるはずだ。教皇にも護衛は付いてるだろうが、万が一もある。だから、いきなりここに連れてくるのは避けたいんだ」
「それで私なんですね。わかりました。そういうことなら行きます。でももし、教皇様がここに来るって言った場合はどうしましょうか?」
「その場合は教皇の判断に従っていい。対処できるなら来るだろうし、無理ならそのまま北の砦に行ってもらう。こっちの細かい現状は紙に書いといた。一応、アリシアも読んで把握しといてくれ」
「わかりました」
教皇ドボルゲイツとの待ち合わせ場所はブルームト王国から少し離れた場所であり、簡易拠点からのほうが距離は近い。
日時は明日の昼と聞き、アリシアは急いで準備をはじめる。
体調は良く、体力は有り余っているほどだった。不安な点はツカサとフルールの二人が洗脳されたということだ。しかし、特殊属性について知識が足りず、救出の手立ては思いつかない。
だからこそ、対処法を知っている教皇ドボルゲイツに会うのにも気合が入る。ドボルゲイツに会うことは救出の希望であり、不安な心を抑える力となっていた。
アリシアは思う。エクレールは不安に思う心を見越して出迎えを頼んだではないかということを。
幼いころ、広い孤児院で一人留守番をすることがあった。そのとき、心細く不安な気持ちのアリシアにエクレールは仕事を頼んだのだ。
アリシアが頼んだことを終わらせるころには戻る。エクレールはそう言葉を残して掛けていった。不安な気持ちは消えはしなかったが、仕事を終わらせれば会えるという思いが強く、幾分小さくなっていたと思う。
夢中で与えられた仕事をやっていた。そして、終わったときに本当にエクレールが帰ってきてくれて嬉しかったのを覚えている。ふいにそのときの記憶がよみがえったのだ。
昔のことを思い出したアリシアは、小さく感謝の言葉をつぶやき、手紙を懐にしまう。準備を整えるとシュセットのもとへと向かい、すぐに出立するのであった。
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