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第五章
第六十七話 対オルデュール
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エクレールの放った風の矢がオルデュールの背に向かい、突き進んでいく。
オルデュールは気づいたようすもなく、廊下を歩き続けている。
風の矢が進み、オルデュールまでの距離を半分としたとき、小さな爆発が起きた。
エクレールは声こそ出さなかったものの、その光景に驚き、瞬時に走り出す。
風の矢には爆発する術式は組んでいなかった。つまり、あの爆発はオルデュール側の要因で起きたものである。だとすれば遠距離攻撃に対する結界などが張られている可能性が高い。そう考えたエクレールは接近戦に切り替えようとしたのだ。
走りながらも観察は怠らない。そして気づく。オルデュールの周囲には小さな点が明滅を繰り返していることに。
小さな点の数は多くはない。ただ、遠くからでは見えないほど小さく、その光も廊下の照明に負けてしまうほど弱いものだった。
エクレールは小さな点、極小の魔法を掻い潜れる道順を探し、断念する。極小の魔法は暗くなり、周囲に溶け込んだときに位置を変えているようだったのだ。歩いて移動するならともかく、中途半端な速度では避けきれないと判断したのである。
風の矢はこの極小の魔法にぶつかった。あるいは近くを通り過ぎようとしたら爆発したのだろう。威力こそ小さいようだったが、人の体では複数の爆発が起きるかもしれず、エクレールはその場に立ち止まる。
エクレールが見るのは風の矢の行方だ。当然オルデュールには気づかれており、すでに風の矢の進行方向にはいない。ただし、風の矢はエクレール謹製の魔法である。避けられることも織り込み済みだった。
風の矢に使用した術式は複雑なものではない。型はアローと単純なものだ。ただし、効果は誘導とというあまり使われないものだった。
術式の誘導とは、魔法を放ったあとに術者が望む場所にその魔法を導く効果を持っている。導く条件としては目視できる場所のみであり、魔法の着弾地点を注視し続けなければいけない。
誘導があまり使われないのは、その制御の難しさのせいだ。基本的に他の魔法は使えなくなる。視線の固定というのもバレやすく、戦闘では使われなくなった魔法だった。
風の矢の軌道が変わる。
オルデュールは突如変わった風の矢に対応できていない。そして風の矢はオルデュールを貫く。
腹を貫通したオルデュールは微動だにしていない。ただし、その輪郭はぼやけるように揺らめきはじめ、そのまま溶けるようにして消えてしまった。
「……消えた?」
風の矢が貫くところをたしかに見ていた。それなのにまるで幻かのように消えてしまった。
目を凝らしても見えるのは廊下だけ。極小の魔法はまだ残っているが、オルデュールが消えた原因と関係があるかは不明である。
エクレールは残っている極小の魔法を調べるために近づく。
罠の可能性も考慮し、警戒もしている。だからこそ気づけた。
廊下の何もない空間が微かに揺らめいていたのだ。そして、その空間からは炎の球が飛び出してくる。
エクレールはとっさに転がって避けると、すぐさま揺らいだ空間に雷の矢を放つ。
威力はほぼなく、牽制のつもりで撃った雷の矢だった。術式すら組んでいない。いわば失敗魔法である。しかし、その雷の矢は揺らいだ空間にあたると、何故かはわからないが周囲に散り、見えなかったものを暴いてくれた。
オルデュールがその姿を現す。
「私の魔法を破るとは何事か! ……怪しい。じつに怪しい。賊め! 私が……わたしが? 私の役割、巡回……巡回!」
原因こそ不明だが、オルデュールの魔法を破れたらしい。雷に極端に弱いのかもしれないが、次もできるかはわからない。エクレールは試しに問いかけてみることにした。
「今の魔法、姿を隠してたよな? あんな魔法は初めて見たぞ? どうやったのか教えてくれないか?」
「魔法? 今の魔法……私の独自魔法……そう! 陽炎を研究し、炎と光の属性で視覚情報を錯乱させ……錯乱? 私は錯乱などしていない!」
エクレールには理解こそできなかったが、オルデュールが質問に対して答えてくれたのはわかった。かなり怪しいところもあるが、あの調子ならゼルランディスの居場所も聞き出せるだろう。
「あんたに聞きたいことがあるんだが……ゼルランディスの居場所を知ってるか?」
「……ゼルランディス……あやつは……あの方は……準備を宝物庫。今日は警戒。見張りは私。お前は……だれ? ……ひと……つま……ぞく? ……!? 賊め! 成敗してくれる!」
オルデュールが突然駆け出してきた。意外と速いその動きと向かってきたことにエクレールは驚く。完全に後衛型、魔法の打ち合いが主体だと思っていたのだ。
虚をつかれ、一気に迫ってくる。しかし、エクレールは余裕をもって距離をとり、剣を抜いて迎撃の体勢を整えていく。
たしかにオルデュールの動きは速い。ただし、それは接近戦をするように見えなかったからそう感じただけだ。決して見えないわけでもなく、エクレールからすれば充分対処できる速度だった。
オルデュールの拳が迫る。
エクレールはその拳を切り落とそうとし、失敗した。
拳が爆発し、剣の軌道を変えたのだ。エクレールは剣こそ手放さなかったものの、腕が上がり、胴体が隙だらけなってしまう。
その隙だらけの胴体、脇腹にオルデュールの蹴りが襲い掛かる。
エクレールは後ろへと倒れることで躱そうとした。だが、今度は蹴りが爆発を起こす。蹴りこそ躱したが、吹き飛ばされることになってしまった。
空中で体勢のを整えながら、エクレールは考える。
先ほどの独自魔法、今の連続での魔法の発動、どれをとっても狂ってるとは思えない高度な技術だ。理解こそできなかったが、難しいことも言っていた。もしかしたら、オルデュールは魔法の研究者だったのかもしれない。
戦闘をはじめたのはきっとここ数年だろう。動きそのものは悪くないが、あくまで魔法が主体のようで洗練されてはいない。爆発こそ厄介ではあるが、来るとわかっていれば対処法はある。
エクレールは床へと足をつけ、後ろに滑りながら微かに帯電していく。それは全力ではないながらも独自魔法の発動だった。
「……知りたかったことは聞いた。悪いが終わりにさせてもらうぞ」
予想とは異なり、騒ぎを起こしてしまった。しかし、事が大きくなる気配はまだ見られない。だからこそ、エクレールは独自魔法で素早く倒そうと考えた。
駆ける。
その速さはオルデュールとは比べ物にならない。瞬く間に距離を詰めていく。
極小の魔法がエクレールに反応して爆発する。しかし、爆発が起きたときにはエクレールの姿はそこにはなく、すでに通り過ぎたあとだった。
爆発より速く動く。それがエクレールの考えた対処法である。言ってしまえば、いつもの戦い方と何ら変わりはない。しかし、この戦い方こそ、エクレールが突き詰めたものであり、完成させた戦闘法であった。
エクレールが剣を振るう。銀色の線が三本、ほぼ同時に奔る。
オルデュールのとっさの行動は見事だった。
見えてはいなかったはずである。しかしながら、オルデュールは剣が届くと同時に魔法を使ったのだ。先読みしたのだろう。そうでなければ、まず不可能な反応速度だ。しかもその魔法は自らの全身を爆発させるものであり、攻撃と防御を同時にできるものでもあった。
何も反応できなければ両腕を落とし、胴体は大きく切り裂いていたはずだ。実際のところは左腕こそ大きく斬れたものの、あとは爆発のせいで軽傷である。先読みもそうだが、あの一瞬で魔法を間に合わせた技術の高さは改めて認めざるを得ない。
オルデュールの全身が再度輝いていく。先ほどより光が強い。大規模な爆発を起こす気なのだろう。
しかし、エクレールは独自魔法を発動中である。そのエクレールからしたら、オルデュールの全てが遅い。二回目の魔法を撃たせるわけがなかった。
バチバチといった音を立て、目に優しくない光を纏ったエクレールは剣を振るう。
オルデュールの体には瞬く間に切り傷が増えていき、同時に赤く光を放っていた魔法は輝きを失っていく。
死なない程度に四肢を斬られ、強烈な電撃を浴び続けたオルデュールは意識を失っていた。
エクレールは膝をつき俯いているオルデュールを横目に剣を納める。
止めを刺す気はなかった。噂によれば非道なことにも手を染めているようだったが、洗脳されてのことである。すべての罪はゼルランディスにあり、この地で殺すのは一人だけと決めていたためだ。
オルデュールに背を向け、歩き出す。
目指すはゼルランディスのいる宝物庫。ただ、この城には宝物庫が二つある。一つは厳重に警備されていたが、知る人の多い普通の宝物庫。もう一つは地下に隠された一部の人間しか知らない宝物庫だ。
エクレールは歩きながら、地下へとつながる隠し通路を思い出していく。地下へ行くのは、普通の宝物庫は空に近いと聞いているからだ。何かを探しているなら地下のほうだと当たりをつけたのである。
ようやく地下への道順を思い出したところで、エクレールは足を止めることになった。床が、城全体が揺れはじめたのだ。
近くで戦闘音は聞こえない。一階か地下で何かが起きている可能性が高いだろう。心当たりは一つしかない。クロだ。クロがついに行動を起こし、戦闘をしているとしか考えられなかった。
エクレールは思い出した隠し通路の道順を無視して駆けだす。
急ぐ必要があった。クロの強さからして、生半可な敵なら城が揺れるような戦闘にはならないはずだ。なのに今揺れている。つまり強者と戦っているということだ。
情報では、強者と言われているのは二人。オルデュールと黒ずくめだ。オルデュールはエクレールが倒した。だとしたら、クロが戦っているのは黒ずくめの可能性が高い。そして、その黒ずくめは偵察部隊の人間であり、アリシアたちの仲間のフルールも偵察部隊だったはずだ。
同じ部隊というのはゼルランディスもわかっているだろう。そして偵察部隊が元暗殺部隊だということを聞き出していても不思議ではない。エクレールが覚えている限りでは、集団で暗殺をおこなう部隊だったと記憶している。その記憶が正しい場合、ゼルランディスも戦闘のさいには黒ずくめとフルールを共闘させるはずだ。
嫌な予感がしていた。
万が一、フルールに何かあった場合、アリシアやツカサに合わせる顔がない。エクレールは若干の焦りとともに速度を上げ、脇目も振らずに地下へと向かうのであった。
オルデュールは気づいたようすもなく、廊下を歩き続けている。
風の矢が進み、オルデュールまでの距離を半分としたとき、小さな爆発が起きた。
エクレールは声こそ出さなかったものの、その光景に驚き、瞬時に走り出す。
風の矢には爆発する術式は組んでいなかった。つまり、あの爆発はオルデュール側の要因で起きたものである。だとすれば遠距離攻撃に対する結界などが張られている可能性が高い。そう考えたエクレールは接近戦に切り替えようとしたのだ。
走りながらも観察は怠らない。そして気づく。オルデュールの周囲には小さな点が明滅を繰り返していることに。
小さな点の数は多くはない。ただ、遠くからでは見えないほど小さく、その光も廊下の照明に負けてしまうほど弱いものだった。
エクレールは小さな点、極小の魔法を掻い潜れる道順を探し、断念する。極小の魔法は暗くなり、周囲に溶け込んだときに位置を変えているようだったのだ。歩いて移動するならともかく、中途半端な速度では避けきれないと判断したのである。
風の矢はこの極小の魔法にぶつかった。あるいは近くを通り過ぎようとしたら爆発したのだろう。威力こそ小さいようだったが、人の体では複数の爆発が起きるかもしれず、エクレールはその場に立ち止まる。
エクレールが見るのは風の矢の行方だ。当然オルデュールには気づかれており、すでに風の矢の進行方向にはいない。ただし、風の矢はエクレール謹製の魔法である。避けられることも織り込み済みだった。
風の矢に使用した術式は複雑なものではない。型はアローと単純なものだ。ただし、効果は誘導とというあまり使われないものだった。
術式の誘導とは、魔法を放ったあとに術者が望む場所にその魔法を導く効果を持っている。導く条件としては目視できる場所のみであり、魔法の着弾地点を注視し続けなければいけない。
誘導があまり使われないのは、その制御の難しさのせいだ。基本的に他の魔法は使えなくなる。視線の固定というのもバレやすく、戦闘では使われなくなった魔法だった。
風の矢の軌道が変わる。
オルデュールは突如変わった風の矢に対応できていない。そして風の矢はオルデュールを貫く。
腹を貫通したオルデュールは微動だにしていない。ただし、その輪郭はぼやけるように揺らめきはじめ、そのまま溶けるようにして消えてしまった。
「……消えた?」
風の矢が貫くところをたしかに見ていた。それなのにまるで幻かのように消えてしまった。
目を凝らしても見えるのは廊下だけ。極小の魔法はまだ残っているが、オルデュールが消えた原因と関係があるかは不明である。
エクレールは残っている極小の魔法を調べるために近づく。
罠の可能性も考慮し、警戒もしている。だからこそ気づけた。
廊下の何もない空間が微かに揺らめいていたのだ。そして、その空間からは炎の球が飛び出してくる。
エクレールはとっさに転がって避けると、すぐさま揺らいだ空間に雷の矢を放つ。
威力はほぼなく、牽制のつもりで撃った雷の矢だった。術式すら組んでいない。いわば失敗魔法である。しかし、その雷の矢は揺らいだ空間にあたると、何故かはわからないが周囲に散り、見えなかったものを暴いてくれた。
オルデュールがその姿を現す。
「私の魔法を破るとは何事か! ……怪しい。じつに怪しい。賊め! 私が……わたしが? 私の役割、巡回……巡回!」
原因こそ不明だが、オルデュールの魔法を破れたらしい。雷に極端に弱いのかもしれないが、次もできるかはわからない。エクレールは試しに問いかけてみることにした。
「今の魔法、姿を隠してたよな? あんな魔法は初めて見たぞ? どうやったのか教えてくれないか?」
「魔法? 今の魔法……私の独自魔法……そう! 陽炎を研究し、炎と光の属性で視覚情報を錯乱させ……錯乱? 私は錯乱などしていない!」
エクレールには理解こそできなかったが、オルデュールが質問に対して答えてくれたのはわかった。かなり怪しいところもあるが、あの調子ならゼルランディスの居場所も聞き出せるだろう。
「あんたに聞きたいことがあるんだが……ゼルランディスの居場所を知ってるか?」
「……ゼルランディス……あやつは……あの方は……準備を宝物庫。今日は警戒。見張りは私。お前は……だれ? ……ひと……つま……ぞく? ……!? 賊め! 成敗してくれる!」
オルデュールが突然駆け出してきた。意外と速いその動きと向かってきたことにエクレールは驚く。完全に後衛型、魔法の打ち合いが主体だと思っていたのだ。
虚をつかれ、一気に迫ってくる。しかし、エクレールは余裕をもって距離をとり、剣を抜いて迎撃の体勢を整えていく。
たしかにオルデュールの動きは速い。ただし、それは接近戦をするように見えなかったからそう感じただけだ。決して見えないわけでもなく、エクレールからすれば充分対処できる速度だった。
オルデュールの拳が迫る。
エクレールはその拳を切り落とそうとし、失敗した。
拳が爆発し、剣の軌道を変えたのだ。エクレールは剣こそ手放さなかったものの、腕が上がり、胴体が隙だらけなってしまう。
その隙だらけの胴体、脇腹にオルデュールの蹴りが襲い掛かる。
エクレールは後ろへと倒れることで躱そうとした。だが、今度は蹴りが爆発を起こす。蹴りこそ躱したが、吹き飛ばされることになってしまった。
空中で体勢のを整えながら、エクレールは考える。
先ほどの独自魔法、今の連続での魔法の発動、どれをとっても狂ってるとは思えない高度な技術だ。理解こそできなかったが、難しいことも言っていた。もしかしたら、オルデュールは魔法の研究者だったのかもしれない。
戦闘をはじめたのはきっとここ数年だろう。動きそのものは悪くないが、あくまで魔法が主体のようで洗練されてはいない。爆発こそ厄介ではあるが、来るとわかっていれば対処法はある。
エクレールは床へと足をつけ、後ろに滑りながら微かに帯電していく。それは全力ではないながらも独自魔法の発動だった。
「……知りたかったことは聞いた。悪いが終わりにさせてもらうぞ」
予想とは異なり、騒ぎを起こしてしまった。しかし、事が大きくなる気配はまだ見られない。だからこそ、エクレールは独自魔法で素早く倒そうと考えた。
駆ける。
その速さはオルデュールとは比べ物にならない。瞬く間に距離を詰めていく。
極小の魔法がエクレールに反応して爆発する。しかし、爆発が起きたときにはエクレールの姿はそこにはなく、すでに通り過ぎたあとだった。
爆発より速く動く。それがエクレールの考えた対処法である。言ってしまえば、いつもの戦い方と何ら変わりはない。しかし、この戦い方こそ、エクレールが突き詰めたものであり、完成させた戦闘法であった。
エクレールが剣を振るう。銀色の線が三本、ほぼ同時に奔る。
オルデュールのとっさの行動は見事だった。
見えてはいなかったはずである。しかしながら、オルデュールは剣が届くと同時に魔法を使ったのだ。先読みしたのだろう。そうでなければ、まず不可能な反応速度だ。しかもその魔法は自らの全身を爆発させるものであり、攻撃と防御を同時にできるものでもあった。
何も反応できなければ両腕を落とし、胴体は大きく切り裂いていたはずだ。実際のところは左腕こそ大きく斬れたものの、あとは爆発のせいで軽傷である。先読みもそうだが、あの一瞬で魔法を間に合わせた技術の高さは改めて認めざるを得ない。
オルデュールの全身が再度輝いていく。先ほどより光が強い。大規模な爆発を起こす気なのだろう。
しかし、エクレールは独自魔法を発動中である。そのエクレールからしたら、オルデュールの全てが遅い。二回目の魔法を撃たせるわけがなかった。
バチバチといった音を立て、目に優しくない光を纏ったエクレールは剣を振るう。
オルデュールの体には瞬く間に切り傷が増えていき、同時に赤く光を放っていた魔法は輝きを失っていく。
死なない程度に四肢を斬られ、強烈な電撃を浴び続けたオルデュールは意識を失っていた。
エクレールは膝をつき俯いているオルデュールを横目に剣を納める。
止めを刺す気はなかった。噂によれば非道なことにも手を染めているようだったが、洗脳されてのことである。すべての罪はゼルランディスにあり、この地で殺すのは一人だけと決めていたためだ。
オルデュールに背を向け、歩き出す。
目指すはゼルランディスのいる宝物庫。ただ、この城には宝物庫が二つある。一つは厳重に警備されていたが、知る人の多い普通の宝物庫。もう一つは地下に隠された一部の人間しか知らない宝物庫だ。
エクレールは歩きながら、地下へとつながる隠し通路を思い出していく。地下へ行くのは、普通の宝物庫は空に近いと聞いているからだ。何かを探しているなら地下のほうだと当たりをつけたのである。
ようやく地下への道順を思い出したところで、エクレールは足を止めることになった。床が、城全体が揺れはじめたのだ。
近くで戦闘音は聞こえない。一階か地下で何かが起きている可能性が高いだろう。心当たりは一つしかない。クロだ。クロがついに行動を起こし、戦闘をしているとしか考えられなかった。
エクレールは思い出した隠し通路の道順を無視して駆けだす。
急ぐ必要があった。クロの強さからして、生半可な敵なら城が揺れるような戦闘にはならないはずだ。なのに今揺れている。つまり強者と戦っているということだ。
情報では、強者と言われているのは二人。オルデュールと黒ずくめだ。オルデュールはエクレールが倒した。だとしたら、クロが戦っているのは黒ずくめの可能性が高い。そして、その黒ずくめは偵察部隊の人間であり、アリシアたちの仲間のフルールも偵察部隊だったはずだ。
同じ部隊というのはゼルランディスもわかっているだろう。そして偵察部隊が元暗殺部隊だということを聞き出していても不思議ではない。エクレールが覚えている限りでは、集団で暗殺をおこなう部隊だったと記憶している。その記憶が正しい場合、ゼルランディスも戦闘のさいには黒ずくめとフルールを共闘させるはずだ。
嫌な予感がしていた。
万が一、フルールに何かあった場合、アリシアやツカサに合わせる顔がない。エクレールは若干の焦りとともに速度を上げ、脇目も振らずに地下へと向かうのであった。
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