青年は勇者となり、世界を救う

銀鮭

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第五章

第六十六話 王城潜入

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 エクレールは城壁の上の通路へと着地し、見張りの兵士たちを気絶させていく。

 弱い。それがエクレールの感想だった。
 まともな装備をしているのが一人。それ以外は一般人のような恰好であり、実力も素人と変わらない。城の見張りにしては弱すぎる兵士たちであった。


「ふぅ……これで終わりか。さて、と……クロのほうは、まぁ大丈夫だろうな」


 クロの向かったほうを見るが、ここからでは確認できない。ただ、あの実力からして問題はないだろう。そう思ったところで、あることに気づく。


「……このあとはどうするんだ?」


 クロの行動に振り回されていたせいもあるが、侵入したあとのことは何も話し合っていない。目的すら不明のため、向こうが行動を起こす前に合流する必要がある。

 エクレールはクロが乗り込んだであろう場所へと急ぐ。

 城を囲む四方の壁。そのうちの一辺にいた見張りはエクレールとクロで倒したことになる。ただ交代が来たり、他の見張りが巡回するようならすぐに見つかってしまうだろう。できれば騒ぎが起こる前に城へ侵入しておきたいところだ。

 しばらく走ると倒れた兵士たちが見えてくる。しかし、そこにクロの姿はなかった。


「そういうことか……はぁ、やってくれる。さて、どうするべきか……」


 巻かれた。クロが見当たらなかったことでエクレールはそう確信する。有無を言わさずにエクレールを投げ飛ばしたのもこのためだったのだろう。簡単に同行を許すとは思ったが、してやられたというわけだ。

 クロを探すことを考え、却下する。

 見つかるとは思えなかった。それにもう見張りまで倒しているのだ。探している余裕はない。クロは目を離したくない要注意人物であったが、時間がない以上は諦めるしかないだろう。

 鉤縄を使い、城壁を下りていく。

 地面に着いたあとは素早く茂みに身を隠し、辺りを窺う。

 誰もいない。それどころか明かり一つ見えなかった。
 本来なら城の警備として、城壁の門から城の入り口までの道には見張りがいるはずである。

 今いる場所から城の入り口への道は距離があるとはいえ、見張りがいて明かりを持っていれば見えるはずだ。それがないということは、城壁のように明かりを持たずに見張りをしているか、人がいない可能性がある。どちらにしても普通ではない。楽に侵入できそうではあるが、あまりにも杜撰な警備は逆に不気味だった。

 エクレールは闇に紛れながら駆けていく。

 相変わらず人の気配は感じていない。辺りは静寂に包まれている。苦手ながらも静かに移動しているというのに、自分の出す音が一番大きいくらいだ。

 結局、誰にも遭遇することなく城に辿り着く。ただし、正面ではなく、西側である。
 エクレールはバルドレッドから聞いた隠し通路を思い出す。


「たしか、ここの二階だよな。書庫の天井に隠し扉があるって話だが……」


 二階を見る。さすがに普通に跳んだだけでは届きそうにない。鉤縄は城壁を下りるときに使ったままだ。手持ちで役に立ちそうなものを考える。

 持ち物は剣が一本、投げナイフが二本、回復薬が一つ、そして教皇のドボルゲイツに無理やり持たされたお守りと緊急連絡用の魔道具が一つだ。

 エクレールは侵入方法に微かに悩んだものの、ナイフを二本取り出すと風の魔法を纏わせて投げ放つ。

 高速で突き進んだナイフは城の壁へと突き刺さる。縦に間隔を開け、深く突き刺さったナイフは即席の足場として充分に機能するだろう。

 エクレールは地面、壁、ナイフを蹴り、二階へと上がっていく。

 窓の枠に手をかけ、ぶら下がる。そして、静かに中を覗き込んだ。

 やはり誰もいない。小さいとはいえ、ナイフの音もあったというのに誰かが近づいてくる気配もなかった。

 窓を割っても気づかれないかもしれない。そう思い、強度を確かめるように軽く叩いてみる。すると叩いた反動だけで窓はあっけなく開いてしまった。

 呆気にとられたエクレールは小さくため息をつくと、部屋の中、書庫へと侵入する。


「……いくらなんでも不用心すぎるだろうよ。警戒してるこっちが馬鹿らしくなっちまう」


 書庫の中は埃まみれだった。そんな中、辺りを注意深く見ればいくつか足跡が見える。足跡をたどっていくと、その最終地点だけは埃が大きく吹き飛んでいた。


「ここだけ埃のあとが違う。続きもないな。だったら、ここが着地した場所か?」


 エクレールが天井を見ると、一部分だけ微かにずれた箇所があった。罠か、それとも仕掛けが壊れ戻らなかったのかは不明だ。進む前に確かめる必要があるだろう。

 見つけた隠し扉に本棚を足場にして近づいていく。中は暗いが、音もなく、何者かが潜んでいる気配も感じられない。今の段階では罠の可能性は低そうだとエクレールは判断する。

 意を決して隠し通路を進む。この場所は位置的には三階になる。隠し通路自体は、分厚い壁をくり抜いて作られているらしい。バルドレッド曰く、侵入に気づかれていないなら聞き耳を立てて情報収集もできるだろうとのことだ。

 エクレールが隠し通路について思い出していたとき、声のようなものが聞こえてきた。

 ひどく小さい声だ。しかし、だんだんと大きくなっていくことから、近づいて来ているのがわかる。エクレールはその場で止まると壁に耳をつけ、聞くことに意識を集中させていく。


「――ここは! 教団! 私は! ……だれだ? わたしは……ワタシは……そう! 妻だ! 探さなくては、私の妻を……」


 声は次第に小さくなっていく。遠ざかったのだろう。
 話し声というよりは独り言のようだった。その内容も意味が分からない。ただ、事前に聞いていた情報と照らし合わせると一人だけ思いあたる人物がいた。


「たしか、オルデュールだったか? 聞いてた話より意味不明なことを言ってたな。将軍はあいつと会話したって言ってたけど……あれでほんとに話ができたのか?」


 バルドレッドはオルデュールについて、心が壊れかかっていると言っていた。そのせいか情報を隠すといったことはせず、質問には簡単に答えてくれたと聞いている。そのことを思い出したエクレールは、オルデュールからゼルランディスの居場所を聞き出せないかと考えこむ。

 ゼルランディスの居場所は城にいるということしか分かっていない。城のどこにいるのかは不明だった。現在、城の三階まで来ているのは、ただ単に偉いやつは上にいるだろう、というエクレールの考えによるものである。

 隠し通路の出口に辿り着き、エクレールは考えを決める。それはオルデュールを追い、居場所を吐かせるという決断であった。

 出口から部屋を覗く。

 人はいない。見た限り罠らしきものもないようだ。
 隠し通路には途中から人が出入りした形跡が見られた。だというのに何も対処していないのは気にかかる。ただここに来るまでのことを考えると、人手が足りていないという考えも思い浮かぶ。勢力を拡大しているはずだが、まともに動かせる人間は多くはないのかもしれない。

 部屋に入ると今度は廊下のようすを探る。扉は開かずに耳を押し当て、廊下に意識を集中させていく。

 無音だった。しかし、念のためしばらくそのまま耳を澄ます。

 見張りはいない。そう判断したとき、小さく、ほんの微かに音が聞こえてきた。

 再び意識を集中すると、その音は声だとわかる。しかも少しずつ大きくなっており、近づいて来ているのがわかった。

 エクレールは耳を扉から離すと、ため息をつくのをぐっとこらえる。すでに声は耳を澄まさなくても聞こえており、その声はつい先ほど聞いたばかりのものだったのだ。

 声の主はオルデュールだった。どうやら廊下を一周してきたようだ。

 先ほどのようすからオルデュールは一人だろう。他に物音がしなかったことから、この階の見張りはオルデュールただ一人の可能性が高い。だとすれば、情報を得る絶好の機会である。

 バルドレッドや魔道具屋の店主はオルデュールに警戒心を持っていたが、先ほどのようすだとまともに戦えるとは思えなかった。警戒こそ怠らないが、騒ぎになる前に倒せるとエクレールは見当をつける。

 背後から奇襲を仕掛けるため、はやる気持ちを抑えつつ、エクレールはオルデュールが通り過ぎるのを待つ。

 しばらくすると、オルデュールは支離滅裂な言葉とともに扉の前を通過していく。

 エクレールは深くゆっくりと三回呼吸をし、オルデュールとの距離を調整する。そして、音を立てないよう慎重に扉を開いていく。

 廊下には照明があり、遠くても人の姿がはっきり見えた。
 視界に映っているのは意味不明な言葉を発する男、オルデュールが一人だけ。

 扉から出たエクレールはその右手に魔力を集めていく。
 使うのは風の魔法だ。手持ちの魔法の中で最も音が出ず、気づかれにくい風の矢を一本だけ。ただし、その一本しかない矢には、弾けそうなほどの魔力が凝縮されている。威力においては申し分なく、魔法に耐性のある魔物ですら貫けるだろう。

 オルデュールはいまだ理解不能な言葉を並べながら歩いている。エクレールはそのオルデュールの背中に狙いを定め、気づかれないよう魔法名すら発することなく渦巻く風の矢を放つのであった。
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