こちら、輪廻転生案内課!

天原カナ

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今日からよろしくお願いします。

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 顔も覚えていないお父さん、お母さん。
 お元気ですか? 私は今日から働きます。
 そんなことを頭の中で言いながら、茜は朝食の卵かけご飯をかきこんだ。食べ終えた茶碗を流し台で洗って、水切りかごに入れる。そうして洗面所に行って歯磨きをして、顔を洗った。
 真新しいタオルで顔を拭きながら部屋に戻ってくると、カーテンの向こうから朝日が部屋に降り注いでいる。
 ここに住み始めてから一週間。
 まだ殺風景な部屋は、見慣れなくてどこかよそよそしい。生活に必要な物は最低限揃えたが、それでも1LDKの部屋はがらんとしている。
(カーテンはあるし、ベッドもテーブルもあるし、他になにが必要かなぁ……)
 ドラッグストアで適当に買った化粧水を塗って、壁にかけてあったスーツを着る。
(服ももっと必要だし、化粧の仕方も覚えなきゃ)
 鏡を見ると、スーツを着た自分がいる。見慣れているような、見慣れていないような不思議な感覚に陥りながら、茜はスーツのボタンをしめた。肩で切りそろえられた髪を櫛でとくと、身支度は終了。
 部屋の隅に置いてあった鞄を持って、中身を確認する。筆記用具に小さめのノート、それにスマートフォン。そこに買ったばかりの水筒を入れると、準備は万全だ。
 黒いコートを着て、黒いパンプスを履いて外に出ると、寒い空気が肌を刺した。
「さむっ!」
 思わず声が出て、周りに誰もいないことを確認した。この社宅の他の住人にはまだ会ったことはないが、同じ場所で働く人の集まりなのだから、きっとそのうち会うだろう。
 玄関に鍵をかけたことを確認して、歩き出す。
 社宅を出て、歩いて30秒。そこが茜の新しい職場。
 ここはあの世。
 死んだ人が住む世界。
 そこで茜は役所で働くことになった。



「八巻茜です。よろしくお願いします」
 そう挨拶すると拍手が起こる。隣では課長である大川がにこにこと笑っていて、茜は少しだけ緊張を解いた。
「ようこそ、輪廻転生案内課へ!」
 そう言ったのは、一番大川の近くにいた十歳くらいの少女だった。
 ここは役所だ。だが、あの世でもある。
 だから、茜より年下でも年長者であることは充分あり得るのだ。
「茜ちゃんのペアは道生くんね」
「ペア?」
「うちの課はペアを組んで仕事をするんだ」
 少女の言葉を、大川が補うように説明する。
「茜くんのペアは神代道生くんだよ」
 大川の手が、一人の青年を示す。20代後半の仏頂面の青年は、名指しされると小さく会釈した。
 ここ輪廻転生案内課の人数は全部で6人。
 課長の大川とその隣にいた少女、それに神代とその前にいる男女。派手な茶色の髪が印象的な女性と地味で細い男性。まるで真逆の二人だが、きっとこの二人もペアなのだろう。
「じゃあ自己紹介ね!」
 少女が手を挙げて笑う。
「陸元六花です。よろしくね、茜ちゃん。はい、次麗ちゃん」
「扇雀麗よ。うららって呼んで頂戴。こっちはけんたろー」
 麗が隣に立つ男性の背を叩く。それに咳込んで、男性が眼鏡をかけ直した。
「麗さん、叩かないでくださいよ。どうも。白石健太郎です」
 そう抗議しても、麗は笑ったままだ。そしてその視線は神代に向けられる。
「なんすか?」
「アンタは自己紹介しないの?」
「さっき六花さんから紹介してもらったでしょう」
「ばっかねーアンタのペアなんだから、ちゃんと自分の口からしなさいよ」
 麗が神代の背を押して、茜の前に連れてくる。
「ほら、自己紹介!」
「……神代道生。わからないことがあれば聞けよ」
 茜より頭二つ背の高い神代が少しだけ屈む。視線が合えば、まっすぐにこちらを見てくる目は鋭いが怖くはない。
「……は、はい!」
「じゃあ、二人は仲良くね。それでは今日の業務を始めようか」
 屈んでいた神代が元に戻るのをきっかけに、大川がそう声をかける。みなが返事をして、それぞれデスクに座り出す。
 来客対応用のカウンターの中に、この輪廻転生案内課はある。真っ正面に大川が座り、その前に対面する形で3つずつデスクが並んでいる。大川から見て左側に六花、麗、白石の順で座り、その反対側に神代が座る。
「俺の隣がお前の席。その隣は雑用したり、まぁ、なんかあったときの作業用机だ」
「はい」
 椅子に座ると、デスクがやけに高くて、慌てて椅子の高さを上げた。パソコンで画面が目の前にあるくらいまでに椅子の高さを調整すると、目の前にいる麗と目があった。
「茜は小さくて可愛いわね。いくつ?」
「えっと、150センチくらいですね」
「違うわよ。歳よ、年齢」
 麗が優しげに笑う。ここでの歳は死んだ歳ということだ。
「見たところ、16、くらいかしら?」
 そう言う麗に、茜がどう答えようか口ごもる。そんな茜の様子に、その場にいた全員が不思議そうに見てくるのがわかった。
「あ、あの。私生前の記憶がなくて……自分が何歳で死んだかもわからないんです」
「あら……」
 茜には生前の記憶がない。どこで生まれて、どう生きて、どうやって死んでしまったのか。全くわからない。それを不安に思うより、なにも知らなさすぎてなにも感じないというのが正しい気がした。
 だから、親の顔も、いるかもしれない兄弟のことも知らない。鏡に映る自分は16、7くらいのお顔をしているが、本当にその年齢で死んだのかも確かめるすべがなかった。
「大丈夫よ。そのうち思い出すわ」
 明るく言ってくれたのは麗だった。
「そうそう、記憶ないってのも珍しくないよ!」
 そう言うのは六花。
「記憶なしは、希望する年齢の姿になる」
 補足するように言ったのは隣に座る神代だった。
「希望する年齢」
「お前もしかしたら婆かもな」
「え!?」
「みちおくんひどーい」
「さいてー」
 女性二人にそう言われても、神代は澄ました顔だ。
「お前、パソコン使えるか?」
「使った記憶はないです」
「完全に記憶ないパターンだな」
「最低限の生活はできるか?」
「あ、はい」
 朝起きてご飯を食べたり、掃除をしたり、歯磨きをしたりということはわかる。でもそれは覚えているというよりは、理解していると言った方が正しいかもしれない。
 マグカップもカーテンもテーブルも名前は知っている。それが生前の記憶なのか、なんなのかわからないふわふわとした中で、ここに来てから過ごしていた。
「じゃあ、大丈夫だな。役所の中を案内するぞ」
「はい」
「課長。こいつを役所案内してきます」
「いってらっしゃい」
 大川に声をかけて神代がカウンターの外に出る。
「い、いってきます!」
 慌ててそれについて行くと、後ろから「いってらっしゃい」という六花と麗の声が背中を押してくれた。
 廊下を歩く神代の横に並ぶと、少しだけ早歩きになる。それに気がついたのか、神代の歩く速度が少しだけゆっくりになった。
「隣は生活案内課。ここで暮らしていく上での相談を請け負っている」
「はぁ」
 天井から吊り下がっている生活案内課という文字を指さしながら、神代が説明する。
「上の札を見ればわかるが、その向こうが経理課、一番向こうはお迎え課。死人の魂を迎えに行く奴らだな。まぁ今は出払ってるみたいだがな」
 人の多い経理課の向こう側に、誰もいない一画がある。前を通ると、乱雑に積まれた書類があちこちのデスクの上に置かれていた。
「職員便所はこっち。そっちは会議室。上に行けばもっと大きい会議室もある。うちの課は使うことはないけどな」
 階段を上っていくと、上から誰かが下りてきた。窓からの光を背後から受けて、顔が上手く見えないが、向こうからは茜たちの顔が見えるのだろう。親しげな声が聞こえてきた。
「おや、神代」
「高橋か」
 どうやら神代の知り合いのようで、階段の踊り場で向かい合う形になった。
「新人の案内かな?」
「ああ、お前もか?」
「そうだ」
「八巻。お迎え課の高橋だ。怖い顔をしてるが悪いやつじゃない」
「はじめまして。八巻茜です」
 そう言ってぺこりとお辞儀をする。顔を上げて高橋の顔を見ると、思わず声が出た。
「あ!」
「どうした? 高橋は怖い顔してるが怖くないぞ」
「何度も言わんでいい」
「いや、そうじゃなくて……」
 茜の視線は高橋ではなく、その隣に注がれる。高橋も新人の案内をしていると言った。神代の背の高さに隠れてよく見えなかったけど、こうしてちゃんと対面するとわかった。
「なんだ、八巻じゃん」
 高橋の横にいた新人が鼻で笑う。
「天真!」
 その様子に思わず茜も声を上げる。
「知り合いか?」
「お前、記憶戻ったのか?」
 高橋も神代も不思議そうにお互いの受け持つ新人を見る。
「知り合いつーか、同期ってやつですね。どうも天真博文です」
「記憶はないです。こいつとはここで出会いました」
 天真も茜も、それぞれ高橋と神代にそう説明する。
「なら、仲良くしないとな」
 そう高橋が笑って、案内の途中だからと階段を下りていった。
「よかったな。友人がいて」
 高橋と天真の背を見送って、神代が歩き出す。それを追いかけるように茜も階段を上る。
「友人じゃありません」
「同時期にここに来て、一緒に役所に入所するのは珍しいぞ」
「採用面接で一緒だっただけです」
「じゃあ、死亡日も同じだな」
「……」
 ここに来たときのことは覚えている。気がついたら真っ白な部屋で座っていた。知らない人がやってきて、自分が死んだことを伝えられて、同時に役所で働くことを提案された。
 そのときの面接で一緒だったのが、天真だった。だから、死亡日が同じというのは本当なのだろう。
 そんなものが同じでも嬉しくはないが、それなりに憎からずという気持ちもある。ただちょっとだけ、素直になれないことが一つだけあった。
「お迎え課だな」
 廊下を歩きながら、ぽつりと神代が言う。
 窓の外からはエンジン音が聞こえてきて、やがて静かになった。
 思わず茜が窓の外を見ると、浮いているバイクがゆっくりと降りてくるところだった。
「……かっこいい」
 思わず口から出た言葉に焦ったが、もう遅い。隣を見ると神代がなんでもない顔をしてこちらを見ていた。
「あの、神代さん……」
「ああ、お前はお迎え課志望だったな」
「なんでそれを!?」
「お前自身が面接でそう言ったんだろう」
「そういうことは知ってるんですか!?」
「もちろん記憶なしのことも知ってた」
 澄ました顔で言って、神代が歩き出す。会議室と書かれたプレートのドアが続き、やけに静かな階だった。
 初めてここに来て、白い部屋から見た窓の外。そこに死装束の亡者を後部座席に乗せて、颯爽と空を駆けるバイクに憧れた。自分もあんな風に空を駆けてみたいと思った。
 それが生前の欲求に基づいたものなのかはわからないが、面接で希望を聞かれたときに真っ先に答えたのだ。
 結果は明白なように、お迎え課には落選して、輪廻転生案内課に配属された。それが嫌なわけではないが、ちょっとだけ諦めきれない憧れがくすぶっている。
「そういえば、高橋はお迎え課だったな」
「そうですか」
「ということはお前の同期はお迎え課か」
「そうですね」
「嫉妬か?」
 くつくつと神代が笑う。この人も笑うことがあるのだと思いながら、笑った理由が腹ただしくて、早歩きをして神代を追い越した。
「おい」
「私の名前はおい、でもお前でもありません」
「ハチ」
「は?」
 まるで飼い犬を呼ぶように、そう言われて思わず振り返る。八巻の「ハチ」。勝ち誇ったような神代の顔がムカつく。仏頂面ばかりかと思ったら、この人は意外と表情豊かだ。
「そっちじゃない」
「え?」
「そっちは非常用通路だ。曲がれハチ」
「……犬じゃないです」
「食堂を案内する」
 神代が茜を追い越して、角を曲がる。ついて行かないという選択肢は存在しない。不意に現れた呼び名に納得しないまま、茜は神代を追いかけた。
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