こちら、輪廻転生案内課!

天原カナ

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縁の形

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 役所に戻った茜と神代を待っていたのは、天真だった。終業時間はとうに過ぎていて、課のメンバーは全員帰宅していた。
 デスクの上には麗の綺麗な字で「お疲れさま」と書かれたチョコビスケットが置いてあった。
 フロアの電気はほとんど消されていて、輪廻転生案内課だけが電気がついている。そのカウンターにもたれかかるようにして天真は立っていた。
「お疲れさまです」
「お迎え課の天真だったな。先ほどは応援助かった。感謝する」
「いえ、それが仕事ですから」
 そう言う天真は、茜の知るオフの日の天真ではなく、知らない大人のようだった。普段、仕事をしているときはこうなのかもしれない。新たな一面を見つけたようで、茜はじっと天真を見上げた。
「どうした?」
「天真が大人の人みたいだなって」
「なんだそれ」
 砕けた物言いに、いつもの天真だと思った。
「ところで天真はなんでうちの課で待ってたの?」
「ああ、報告しておいた方がいいと思って」
「報告?」
 天真の言葉に、返事をしたのは神代だった。それに、天真が姿勢を正す。
「はい。和久井貴之は無事転生の扉をくぐりました。そのときに、神代さんたちに伝言を頼まれまして」
「伝言?」
「見つけてくれてありがとう、と」
「え?」
 息子が転生するとなって泣きわめいた母親と、やけに冷静だった息子の姿が思い出される。あの和久井少年の態度は、転生を受け入れたものの姿だと思っていた。
 そんな疑問が表情に出ていたのか、天真が補足するように教えてくれた。
「和久井貴之は母親の過干渉を苦に自殺してここにきたそうだ。それでここで暮らしてたんだが、数年前偶然母親に見つかったらしくてな。それから軟禁のような状態だったらしい」
「そんな……」
 和久井少年が母親に最後にかけた「さよなら」という言葉は、再会を約束する言葉ではなく、別離を喜ぶ言葉だったのだ。
 絶句する茜に変わって、神代が返事をする。
「本人が言ったのか?」
 ここでは生前のことを知る術はないと何度も聞いた。だが、本人の証言があれば別だ。
「はい。扉に入る前に教えてくれました」
「彼の様子は?」
「安心した様子で、笑って扉に入りました」
「そうか。教えてくれて感謝する」
「いえ。俺はまだ仕事があるので、これで」
「ああ、お疲れさま」
「はい、お疲れさまです」
 神代にお辞儀をして、天真がお迎え課に戻っていく。輪廻転生案内課を出る前に、一度ちらりと茜の方を向いて目があったが、なにを言えばいいかわからなかった。
 お迎え課の方を見ると、明かりの下で天真が自分の席に座るのが見えた。パソコンに向かって仕事をしているから、今日の報告書を書いているのかもしれない。
「ハチ」
「……はい」
「今日これから時間あるか?」
「え? まぁ、ありますけど」
 今日は帰ったら夕飯を作って、明日の弁当の準備をするくらいしか予定はない。残業しても構わないし、きっと一人でいろいろ考えてしまいそうだから、ここに長くいるのは悪くない。
「じゃあ、すぐ帰る準備しろ」
「え」
「なんだ、えって」
「残業じゃないんですか?」
「課長も帰ったし、報告書は明日でいいだろ」
 そう言うと神代はつけっぱなしだったパソコンの電源を落として、出していた書類たちを片づける。
「ハチ? ぼうっとしてどうした」
「あ、すみません」
 神代の言葉に、茜も慌てて自分のパソコンの電源を落として、書類を片づけた。鞄を持って立ち上がる神代に続いて、茜もバッグを持って立ち上がった。
「行くぞ」
「どこにですか?」
「こういうときに最適な場所だ」
 にやりと笑って神代が歩きだす。その行き先は茜の住む丑区でもなく、神代が住む区でもない出入り口だった。
 神代は迷いなく進み、外に出る。見たことのない風景に、茜は周りを見渡した。
「ハチ。迷子になるぞ」
「はい」
 役所を出てすぐある社宅は茜が住むものと同じ作りだ。だが、その先に広がる風景はいつもと違う。
 まっすぐ通りを歩き、駅に行くことなく、神代は商店街に入っていった。どうやら目的地は役所からさほど離れていない場所にあるらしい。
 五分ほど歩いて、神代の足が止まる。
「……ここですか?」
「そうだ」
 神代の足が止まったのは、ファンシーな雰囲気のカフェだった。ショーウインドウにはいろんなパフェのサンプルが置かれていて、若い女性が好みそうだ。
 意外な場所に茜があっけにとられていると、神代は慣れた様子で店内に入っていった。もちろん茜もそれに続く。
「いらっしゃいませ」
 入ると落ち着いた四十代くらいの女性が出迎えてくれた。
「あら、神代さん。お久しぶりです。可愛いお連れさんと一緒ですね」
 窓際の席を案内しながら、女性が微笑む。名前まで知られているとは、神代は常連らしい。
「会社の後輩です。たまには褒美をやろうかと」
「それでうちを選んでくれるなんて嬉しいですわ。ごゆっくり」
 女性がお冷やを二つ、テーブルに置いて去っていく。テーブルに置いてあったメニューをとって、神代が茜に差し出した。
「好きなもの食べていいぞ」
「はぁ」
「どうした?」
「こういう店? 喫茶店? って初めてで」
「行ったことないのか?」
「一人で行くことなくて。神代さんはよく来られるみたいですね」
「そうだな」
 神代はメニューを見ることなく、お冷やを飲んでいる。いつも頼むメニューでもあるのかもしれないなと、茜はメニュー表を見た。
 そこにはたくさんのパフェのメニューが載っていた。この中から一つを選ぶのは困難なくらいに。
 上から順に見ていっても、どれも美味しそうではある。初めてだし、ここは無難なものを攻めよう。
「決めました」
「そうか。すみません」
 神代が手を挙げて、店員の女性を呼ぶ。
「決まりましたか?」
「ハチ」
「あ、あの、ストロベリーパフェで」
 それはメニューの一番目にあって、オススメと書いてあったものだ。
「俺はいつもので」
「はい。ストロベリーパフェとスペシャルパフェですね」
 女性はさらりとそう言って、厨房へと行く。それを見送って、茜はメニューを片づける前にちらりとパフェの欄からそのスペシャルパフェとやらを見た。豪華と書かれたそれにはいろんなものが乗っているらしい。
「今日は大変だったな」
「そう、ですね」
「でも消滅を防げただけで充分だ」
「はい」
 そうだ。それだけでも充分なのだ。
 自分たちの仕事は、転生予定者に転生を案内することで、その背景を探ることではない。
 それは頭ではわかっているが、どんな転生予定者にも背景がある。それはにじみ出るようにして届き、目を逸らすことができなかった。
「ハチ」
「はい」
「あまり気負うな。バテるぞ」
「……はい」
「家族が会うとこういうこともあると覚えておけ。幸せな家族ばかりじゃない」
 それはあの家族を探索するアプリ、ファミリーサーチのことを言っているのだとわかった。あのアプリはメリットもあるが、デメリットも存在するのだ。
「お待たせしました!」
 女性が二つのパフェを運んでくる。真っ赤なイチゴが乗ったパフェを茜の前に、たくさんのフルーツやアイスが乗った、茜のより一回り大きなパフェを神代の前に置く。
「ごゆっくり」
 微笑んで、女性が去っていく。
 神代が待ってましたとばかりに、スプーンをチョコレートのかかったバニラアイスに入れた。
「神代さんの大きいですね」
「スペシャルだからな」
「豪華って書いてありましたもんね」
「昔は消化できないことがあると、ここに来てこれを食べに来ていたんだ」
 神代にもそんな時代があったのだ。そのたびにここに来てパフェを食べて、立ち直っていたのだろう。
「甘いものはいい。癒してくれるからな」
「パフェ食べるの初めてです」
「それは人生半分は損してるな」
「そんなに!?」
「そんなに」
 至極まじめに言って、神代が黙々とパフェを食べる。大きいパフェは着々となくなり、茜が半分食べた頃にはほとんどなくなっていた。
「神代さん早いです」
「気にするな。ゆっくり食べろ」
「はい」
 神代に言われたように自分のペースで食べる。甘酸っぱいイチゴとたくさんのクリーム、自家製と思われるイチゴアイスは確かに今日あったことで痛んだものを癒してくれるようだった。
 二人とも食べ終えると、女性にごちそうさまと言って会計をした。連れてきたのは自分だからと、神代が奢ってくれた。
「ありがとうございました。なんか元気でました」
「こういうことは少なくない。きっとまたある」
「そうですね。そのときはまたここに来ます」
「それがいい」
 まだ早い時間だからと、送っていくという神代の申し出を丁重に断って、丑区へと歩き出す。パフェだからと侮っていたが、意外とお腹はいっぱいだ。
 空を見上げると、今日の月は満月だった。
 和久井少年も今頃どこかで転生しているのだろうか。この月を見るまでどのくらいかかるかわからないけど、来世は幸せになってもらいたい。
 あの母親とは縁があるのだから、いつかどこかで会うかもしれない。それは家族という形かもしれないし、他人という形かもしれない。それでも、次はこんな結末を迎えるような関係じゃなければいい。
 丑区まで戻ってきて、社宅の階段を上っていると、上から天真の声が振ってきた。
「よぉ」
「天真、今帰り?」
「そ、社宅に入ってくるのが見えたから待ってた」
「お疲れさま」
「お疲れ。どこか行ってた?」
「パフェ食べに行ってた」
「いいな、それ」
 二人で廊下を歩きながら話す。すぐに自分たちの家の前についた。
「今日はゆっくり休めよ」
「うん」
「大丈夫か?」
「大丈夫」
 自分に言い聞かせるようにそう言えば、本当になる気がする。大丈夫だ。パフェも食べたし、消滅した人はいない。
「そっか。じゃあな」
「うん。またね」
 そう言って、それぞれの家に入っていく。
 茜は家に入ると、そのまままっすぐベッドに飛び込んだ。もう明日は弁当じゃなくて食堂でいい。ゆっくり風呂に入って、寝てしまおう。
 時計の秒針が動く音を聞きながら、茜は天井を見上げていた。
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