後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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プロローグ

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 湿気のこもった空気と涼やかな風が頭に降りかかり、頬をはじめ、胸などには何かで濡れたような感覚がする。

「ん……」
 
 ゆっくりと瞼を開くと、視界には桃色の蓮が咲き乱れる池のほとりが広がっていた。空は少し曇天で、近くを見渡す限りおびただしい蓮の花で埋め尽くされている。
 少し視線をずらすと、白い寝間着を着ているのに気がついた。

「ここは……?」

 自分はなぜこのような人前に出てもいいものではない衣服を着てここにいるのか、見当もつかない。思考が鈍っているような、そんな気もしてしまう。

「確か、えぇと」

 暁月シャオユエ国の後宮内にある庭園・漓江園と思い出す。ただしそれまでが、あまりにもゆっくりに感じられた。
 しかしどうして自分はこの庭園にいるのか。それが全く分からない。

「……う~ん……」

 座り込んだ彼女は、解けてあちこちぼさぼさした黒髪を気にする素振りも見せない。ぱっちりとした可愛らしい橙色の猫目をしているが、表情自体は無表情に近く、きょとんとしている。
 年頃は10代後半から20代前半だろうか。体格は全体的に華奢で少女らしさが残っているように見受けられる。
 そんな彼女は頭を巡らせるが、何かがすとんと抜け落ちていて、探しても見つからない感覚に至った。

「私……誰?」

 幾ら頭を使っても、己の名前、職業、そして何故後宮と言う場所にいるのかが思い出せない。
 国の名前や、後宮がどのような場所なのか……所謂一般常識はちゃんと知識として存在しているのに、自分に関してだけが何なのかよくわからないのだ。

「どうしよう、とりあえずは……」

 彼女はよろめきながら立ち上がる。このような、人気がない上に湿気が籠って暑い屋外にずっといれば死ぬ。そう本能が訴えたからだ。
 とはいえ鬱蒼と生い茂る木々と蓮の花と池しか見えない。どの方向から歩き出せば良いのか悩んでいると、ガサガサと後ろから物音が聞こえてきた。

「?!」

 全身に緊張感が走り、産毛が逆立つような気配を察知した。音がした方を見ながら蓮の花の中にしゃがみ込み、身を隠す。
 心臓の鼓動が爆発しそうな位大きくなっていく。両手で押さえつけようとしても、更に音が増すばかりだ。

美雪メイシュエ! どこへ行った!」

 茂みから飛び出るようにして現れたのは、1人の青年だった。
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