後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第36話 真相

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 楓才人から落ちたのは金色に輝くかんざしだった。金細工は細やかで丸く加工された珊瑚石が彩を添えていて美しい。
 だが、かんざしの先端には白い粉が付着しているのが視界に飛び込んでくる。と、同時に危険を察知した直感が全身へ稲妻の如く走り出した。

 ――これは毒だ……!

「楓才人様!」
「触らないで! ……皇后様のようになりたいの?」

 彼女の鋭い瞳が美雪の身体を切り裂くようにして向けられる。

「楓才人様! 閨にかんざしを持ち込んではいけないと規則、ご存じなかったのですか!?」

 彼女に付き従っていた宦官達は皆動揺しつつ怒りの眼差しを向けている。
 そう、妃達は閨に入る際には寝間着以外何も持ち込まないのが鉄則だ。身内を高位へ引き上げる為の過度なおねだりや皇帝の暗殺を防止の為の規則であり、破った者はいかなる位であっても重い罰は免れない。
 勿論閨に向かう前に妃付きの宮女や宦官が厳しく身体検査を行うので、まず彼らの目をすり抜けるのは不可能に近いのだが。

 ……当然彼らと結託すれば不可能ではない。

「楓才人! どういう事か説明なさいませ!」

 楓才人が規則を破って物を持ち込もうとした。それも凶器となりえるかんざし。事は大きい。

「……はあ、完璧だったのに最後の最後でこうなるなんて」

 肩を落とす楓と目が合った。彼女はすぐに気がついたのか、硬さがある作り笑いを浮かべる。

「美雪、かんざしに付いた粉が何かわかる?」
「……夢生薬でございますか」
「御名答よ。さすがは薬師ね」
「なぜ、あなたが夢生薬を。そして皇后様に毒を盛ったのは……」

 そう、私よ。と楓才人はにっかりと笑って答えた。
 
「な、なぜ……皇后様を……」
「本当は皇后様を狙ったわけではないのだけどね? たまたまああなったの。あぁそうだ。あなた、解毒薬を作りに華南まで行ったそうね」
「はい。ご存じでしたか」
「なら、私について何か手がかりは得たはずよ」

 と言われても見当がつかない。だが冷静さを失ってはいけないと戒めるように焦りの波に耐える。
 華南でのやりとりをひとつずつ思い返していると、ある人物の存在がよぎった。

「明京のおじいさんか……そのご親友の方と何か関わりがあるのですか?」
「あなた勘が良いわね。私が関係あるのは後者の方よ」
(なるほど、確かに凝雨さんが持っていた箱のように、代々秘密裏に保管され続けていてもおかしくはないですか……)
「考え込んでいるようね。あまり考え込み過ぎると隙が出来るわよ?」

 いつの間にかかんざしは拾われ、先端が楓才人の手によって喉元に突きつけられていた。

「っ……!」

 このまま刺されば死ぬ。瞬時に理解したのに身体は全く動いてくれない。

「楓才人様」

 やっとの思いで声を絞り出す事が出来たが、息は整わない。むしろ過呼吸になってしまいそうなくらいの勢いだ。
 死が目前まで迫るとこうなってしまう……。美雪は反射的に目を閉じる。

「楓才人様! ご乱心召されるな!」
「楓才人様御乱心! 誰か早く!」

 周囲にいた宦官達や宮女達が大きな声を張り上げ、異常を知らせる。当の本人はと言うと夢生薬が付着したかんざしの先端を喉元に向けるのをやめない。美雪を試しているのか、はたまたバカにしているのかと言った具合の視線を投げかけながら、口角を吊り上げ微笑を見せている。

「その目、もっと見せなさい」
「……っ! っ……」

 目を逸らせば確実に殺される。怖さと死が紙一重に迫っているのを感じながら、橙色の瞳を向け続けた。
 遠くからは朝日のものと思わしき声も聞こえて来る。何秒程経過しただろうか、ふいに楓才人は目線を落としてかんざしの先端を喉元から離していった。

「……いい目線だったわ。よろしい」
「っはあっ! はあっはあっ……楓才人様……」
「美雪っ‼ 大丈夫か!」

 駆け寄って来た朝日に後ろから抱き留められると、硬直していた足が一気に崩れていった。そして騒ぎに気が付いた兵士達は宦官と共に楓才人を捕縛しにかかる。
 彼女は抵抗を見せずにそのまま確保された。
 朝日の腕に身体を預けるような格好になりながらも、視線は楓才人から離さない。彼女が一体どうしてこんな凶行に出たのか、夢生薬はどこから調達したのかを心の底から知りたいからだ。

「楓才人様。一体どうしてかんざしを持ち出したのでございますか……?」
(閨に持って入ろうとするのだから、狙いはおそらく、陛下……あの時も皇后様ではなく、となりにいた陛下を狙っていたのだとすれば)
「ふう。あなたは考えるのが好きなようね。でもさっさと真相を知りたいでしょう? 拷問を受けて吐くよりかはここで全部教えてあげる」

 明京の祖父によって開発された夢生毒は例の親友一族がもらい受け、以降一族以外持ち出し禁止の霊薬・毒薬として大事に保管され続けていた。

「その一族こそが私の祖先だった……」
「楓、才人様……」
「だけどそれは偶然に過ぎない。あなたが聞きたいのは動機でしょう?」
「はい。あなたの狙いは陛下でございますよね?」

 当たりよ。と軽く返すと彼女は目を閉じる。
 再び開かれた瞳には悲しみと殺意が入り混じった眼光を宿していた。

景季けいき国との戦争はご存じかしら?」

 後ろから朝日が知っている。と低い声音が発せられる。

「あれはひどい戦争だったと聞いている。もしかして君は」
「私は景季国出身でね。その戦争で姉を殺された」
「あ、姉、を……お姉さんを、ですか……?」
「美雪。すっかり驚いているのね。私と同じよ。……踊り子として有名人になっていた姉はいつも優しくて頼りがいのある人だった。そう、美雪と同じような感じでね」

 でも戦争に巻き込まれた結果、姉は死んでしまった……と重苦しい声が宵闇に響く。

「戦争を仕掛けたのは誰? 他でもない暁月国の皇帝よ。そう、あの男が戦争を仕掛けなければ姉さんは死んでいなかった! 今でも仲良く暮らせられたって言うのに!」

 眉と目を吊り上げてこれでもかと憎しみを表す楓才人の顔からは、視線を外す事はかなわない。彼女の慟哭が後宮全てに広がっていく気さえした。

「だから私は皇帝を殺したいと願ったの! そして姉の後を継ぐように踊り子となって、秋大宴祭での機会を伺った。そしたら思ったよりも順調に機会は訪れてくれた」
「……」
「眠ったままとなる夢生薬なら、そもそも毒を盛られたなんて気がつかれないはず。私は家族にバレないように夢生薬を持ち出して、秋大宴祭のあの場に臨んだの……。これが真相よ」

 全部話したけど? と言わんばかりの瞳が美雪達はじめ周囲へ向けられる。そのまなざしを受け取るとごくりと唾を飲み込んだ。

「どうやって混入させたのですか?」
「あぁ、種明かしも知りたいのね。簡単よ。指輪の中に仕込んだの。あの時両手にたくさんしていたの覚えていない?」

 言われてみればそうだった気がする。その指輪が特殊な形状をしていて、中に夢生薬を仕込んだのだろう。
 そしてそれらは狙っていた皇帝ではなく、姜皇后のお茶。すなわち不幸にも青才人が注いだお茶の中に着地したと言う訳だった。

(青才人はただ運悪く巻き込まれただけ。そしてやはり真の狙いは陛下だった。そう言う訳だったのですが……)
「結局皇帝は殺せなかった……私は重罪になるでしょうね」

 楓才人の顔は真っ暗闇の夜空に向けられている。導かれるようにして上を向くと、星がちらほらと瞬いていた。

「楓才人様。それでよろしいのですか?」
「死罪になるならその方がマシよ。姉さんにもう一度会えるなら、それに越した事はないのだから」

 捕縛された楓才人は兵士らによってどこかへと連れ去られていく。その姿は脳に深く傷のように刻まれていった。
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