後宮浄魔伝~視える皇帝と浄魔の妃~

二位関りをん

文字の大きさ
13 / 79

第13話 夜伽という名の作戦会議①

しおりを挟む
 しばしの沐浴を終えた桃玉は、女官達に身体を布で拭かれ夜用の薄い着物へと着替えた。
 髪は解かれ、着物と同じ色をした細長い布でぎゅっと結び1つに束ねる。皇帝のいる閨にはかんざしなどの装飾品は持ち込めないからだ。

「桃玉様。照天宮にお戻りになられますか?」
「はい。戻りましょう……」

 湯上がりの桃玉の身体をひんやりとした夜風が覆う。

(もうそんな時間かぁ……)

 照天宮に戻った桃玉は椅子に座り、女官が用意してくれたお白湯を飲む。その時、1人の後ろ手を組んだ高齢の女官が下女達を引き連れて桃玉の前に現れた。

「桃玉様。少々お時間よろしゅうございますかな?」

 高齢の女官は背が小さく、顔や身体のあちこちにシワやシミが目立つ。だが、目は柔和な様子を醸し出している。

「あ、あの方は老《ラオ》様……!」

 桃玉が小声で女官に老様とは? と聞いた。

「房中術及び閨でのしきたりに通じた専用の女官でございます。先々代の皇帝陛下からお仕えしている最古参の女官でもあります……!」

 房中術は男女の行為のあれこれの技法であり、養生術の1つである。後宮入りした妃はもれなく閨でのしきたりと房中術をこの老様と呼ばれる高齢の女官から徹底的に学ぶのだが、今の桃玉にはそこまで必要ではない。
 桃玉に課せられた使命はあくまで龍環との男子を産む事ではなく、後宮内にはびこる悪しきあやかしを一掃する事だ。

「そ、そうなんだ……!」
(でも、今回の夜伽はそういうのが目的じゃないんだけど……! どうしたらいいかなあ……)

 桃玉が悩んでいると、老は桃玉様は閨でのしきたりはご存じですかな? と声をかける。

「いえ、まだ……でもかんざしなどの装飾品は持ち込めないんですよね?」
「ええ、そうでございます。皇帝陛下の玉体に傷がつくような事があってはなりませんからねえ。それともう1つは皇帝陛下を拒まない事でございます。すべては皇帝陛下がなさりたいままに……」
「わ、わかりました。でしたらもう大丈夫かと」
(ぶっちゃけ今は房中術とか必要ないし……!)
「ほほ、そうですか。お詳しいようでしたら大丈夫でしょう。また何かありましたら、このわたくしをお便りくださいませ……ほほほ……」

 彼女は配下の下女達を引き連れて照天宮からゆっくりと去っていった。

(ごめんね、老様……)
「桃玉様、本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫! 大丈夫だから!」

◇ ◇ ◇

「桃玉様。お迎えに参りました」

 桃玉の元に宦官3名ほどが現れた。右側に位置する宦官の手には、折りたたまれたふかふかの絹布団が握られている。

「では、失礼いたします」

 すると女官達と宦官が桃玉に近寄ると、ばっと桃玉が着ていた服を脱がせる。

「へっ!?」

 裸になった桃玉は驚きの声を挙げる。その間に女官と宦官が手際よく布団で桃玉の身体を覆った。布団でぐるぐる巻きにされた桃玉は、そのまま宦官に担がれて照天宮を後にした。

(なんじゃこりゃ――!)

◇ ◇ ◇

「桃玉。おまたせ」

 布団でぐるぐる巻きにされて閨の上に置かれた状態の桃玉の元に、寝間着姿の龍環がふらりと現れた。

「皇帝陛下……」
「では、人払いを頼む。ちょっと待ってね、すぐ布団剥がすから」

 龍環からの命令で、周囲にいた宦官達は一斉に部屋から去っていく。

「服は側に置かれているからそれを着たらいいよ」
「……すみませんが、ここから先はあっち向いてもらってもいいですか?」

 急いで布団を剥いで服を着た桃玉は龍環にもうこちらを向いても大丈夫だという事を告げると、龍環はすぐに桃玉の元へと向き直った。

「では、作戦会議をはじめよう。まず、俺は聞き込みにより鶴峰宮の中に大きめのあやかしがいるんじゃないかと疑っている」
「鶴峰宮ですか」

 鶴峰宮は照天宮の東側にある建物で、今は美人才人の妃達と彼女達に仕える女官達が暮らしている。

「鶴峰宮で住まう金《ヂン》美人の区画がどうやら怪しいと見た。金美人自体は今の所体調に問題は無いようだが、金美人付きの女官5人が1週間くらい前から体調を崩していると聞いている」
(5人も……!)
「彼女達の詳しい症状は聞けていないが、悪しきあやかしの仕業により複数の人々が体調不良にいたるのはよくある事なんだ」
「なるほど……龍環様が実際に見られたのですか?」
「まだ確認は出来ていない。そこで、だ。明日、君に金美人とその女官達と接触し、聞き取り調査をしてもらいたいんだ」
「!」

 真剣なまなざしを浮かべる龍環。桃玉はごくりと唾を飲み込む。

「わかりました。聞き取り調査ですね」
「ああ。具体的な症状に最近何か感じた事、変わった事が無いかを確認してほしい」
「……復唱します。具体的な症状に最近何か感じた事、変わった事が無いかの確認ですね」
「そうだ。調査が終わったら俺に手紙で報告してほしい。出来るな?」
「はい、お任せください」

 キリッとした表情を浮かべて頷く桃玉を、龍環は真剣な目つきで見ていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。 彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。 毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。 はたして、己は何者なのか――。 これは記憶の断片と毒をめぐる物語。 ※年齢制限は保険です ※数日くらいで完結予定

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~

希羽
ファンタジー
貧しい地方役人の娘、李雪蘭(リ・セツラン)には秘密があった。それは、現代日本の化粧品メーカーに勤めていた研究員としての前世の記憶。 ​彼女は、皇帝の寵愛を勝ち取るためではなく、その類稀なる知識を武器に、後宮という巨大な市場(マーケット)で商売を興すという野望を抱いて後宮入りする。 ​劣悪な化粧品に悩む妃たちの姿を目の当たりにした雪蘭は、前世の化学知識を駆使して、肌に優しく画期的な化粧品『玉肌香(ぎょくきこう)』を開発。その品質は瞬く間に後宮の美の基準を塗り替え、彼女は忘れられた妃や豪商の娘といった、頼れる仲間たちを得ていく。 ​しかし、その成功は旧来の利権を握る者たちとの激しい対立を生む。知略と心理戦、そして科学の力で次々と危機を乗り越える雪蘭の存在は、やがて若き皇帝・叡明(エイメイ)の目に留まる。齢二十五にして帝国を統べる聡明な彼は、雪蘭の中に単なる妃ではない特別な何かを見出し、その類稀なる才覚を認めていく。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない

ちゃっぷ
キャラ文芸
とある役人の娘は、大変見目麗しかった。 けれど美しい娘は自分の見た目が嫌で、見た目を褒めそやす人たちは嫌いだった。 そんな彼女が好きになったのは、彼女の容姿について何も言わない人。 密かに想いを寄せ続けていたけれど、想い人に好きと伝えることができず、その内にその人は宦官となって後宮に行ってしまった。 想いを告げられなかった美しい娘は、せめてその人のそばにいたいと、皇帝の妃となって後宮に入ることを決意する。 「そなたは後宮一の美姫だな」 後宮に入ると、皇帝にそう言われた。 皇帝という人物も、結局は見た目か……どんなに見た目を褒められようとも、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない。

処理中です...