62 / 79
第62話 桃婆さん
しおりを挟む
「桃婆さん! ただいま!」
「桃婆! 帰ってきたよ!」
「おやおやおや、その娘は誰かの?」
桃婆は不思議そうに桃玉を見た。桃婆から見つめられた桃玉の身体には緊張感が走る。
(なんだろう、このピリッとした感覚……)
「はじめまして。李桃玉と申します」
「桃婆さん! 桃玉さんはどうやら訳ありみたいなんだ。この屋敷に住まわせて欲しいんだが……」
「ふむふむ……むむ!」
桃婆はまるで桃玉を観察するかのようにじっと見つめていた。どうやら美琳の話が聞こえていないくらいの集中を見せている。
「桃婆さん? 桃婆さ――ん?」
「桃婆――?」
「……あっ! すまんの、聞こえなんだ。勿論ワシは歓迎じゃよ」
「そうかい?」
「ああ、ここで好きなだけ暮らすが良い。……それにしてもまたどえらいもんと遭遇してしまったわい」
桃婆の言葉に美琳はどうかしたのかい? と尋ねた。
「いんや……またあとで話そう」
(何だろう?)
何か言葉を出し渋る様子を見せた桃婆だが、美琳達はこれ以上追及する事はしなかった。
(これ以上聞くのはやめておこう)
桃婆により屋敷へと案内された桃玉。桃婆曰くこの屋敷は以前遊郭だったのを改築して住んでいるのだと言う。
「よくこのようなお屋敷を……」
「ほほ、桃玉。ワシの手にかかれば余裕じゃよ」
「どのような経緯があったのですか?」
「それは内緒じゃ。桃玉の想像にお任せしよう」
ほっほっと笑う桃婆。到着した広間にある大きな円卓は赤い漆が塗られており高級感を感じさせる。
(煌びやかな建物……後宮みたい)
「よし、じゃか夕飯にしようかの。今日はたまたま作りすぎてしもうたから桃玉の分もある。たくさん食べておくれ」
「桃婆さん、ありがとうございます」
「いやいや」
(手伝いに行こう)
配膳を手伝うべく桃玉は桃婆さんの後ろからついていく形で厨房へと入る。
「おやまあ、手伝ってくれるのかい?」
「はい、住まわせて頂けるならこれくらいさせてください」
「優しいのう。やはり仙女の血を引くもの……」
(仙女の血?)
「ああ、いや、なんでもない」
桃婆の語る言葉が喉の奥に引っ掛かった桃玉。彼女の脳裏にはかつて自身の傷を癒してくれた母親の姿がちらりと浮かんでいた。
「あの、桃婆さんは私のお母さんについて何かご存知なのですか……?」
桃玉の問いに、桃婆はギュッと唇を引き締める。にこやかな表情からは打って変わって厳しい表情となった。
「ああ、ワシと同類じゃからな……」
◇ ◇ ◇
その頃。宮廷にある皇帝の執務室にて龍環は桃玉が作っていた切り絵をずっと眺めていた。
「桃玉……」
あれから龍環は桃玉を後宮に呼び戻す意志を見せたが皇太后と力分により拒否されていた。
後宮の支配者でもある皇太后が強く拒否すれば、皇帝である龍環でさえもどうにもならないのである。
(桃玉がいなくなってから……胸が苦しい。なんだ、この気持ちは……)
この胸の苦しさを表現するのに適切な言葉を脳内で探す龍環。しかし中々良い言葉が出てこない。
「寂寥感? いや、なんか違うな……病的な感じも何かしないし……」
すると桃玉の笑みとこれまで共にあやかしを浄化させてきた記憶が龍環の脳裏によぎる。その瞬間、今まで感じていた頭痛が一瞬だけ引いた。
(あ、まさか……この気持ちは……恋なのか?)
恋という字が自分が求めているのとピタリと合致したような感覚を覚えた龍環。すると頬から熱が放出され紅潮していく感覚と共にどこか後悔にも似たような、そんな複雑な感情を覚える。
(俺……桃玉の事好きなのか? あいつがいなくなった後に気づくなんて……でもこれは契約によるもの。そんな関係で好きになってもいいのか……? でも)
このまま桃玉を放置し続ければ、後悔しっぱなしになるんじゃないか。という結論に達した龍環。
彼はたまたま近くにいた中年くらいの年季の入った宦官に、宮廷の外で桃玉に似た女がいないかどうか調べ出してほしい。と小声で伝える。
「よろしいので?」
「ああ、よろしく頼む。くれぐれも母上と力分には悟られないようにな」
「おおせのままに……」
退出していく宦官の背中を見送る龍環。たとえ皇太后の命令に背いてでも桃玉を連れ戻さないと、このまま胸が苦しいのが続くだけだと彼は考えていた。
(桃玉……頼む、見つかってくれ)
しばらくして龍環の元に、力分と1人の女性が現れた。力分と同じ白髪に青い瞳をした色白の女性は薄紅色を基調とした美しい衣服に身をまとっている。目元はきりっと吊り上がったような目つきで二重。手足は枯れ枝のように細い。
「陛下。お時間よろしゅうございますか?」
「なんだ?」
「はじめまして、皇帝陛下」
女性がうやうやしく礼をする。彼女の纏うどこか妖しい雰囲気を龍環は不思議に感じていた。
「このお方は青美人にございます。今日、後宮入りした者でございます」
(もしかして、力分のきょうだいか親戚か?)
龍環は抱いた疑問をすぐさま力分に投げかけてみると、力分はさようでございます。と返す。力分の笑みにはほんの少し、危険な雰囲気が漂っていた。
(なんだ? このあぶない感じは……)
「桃婆! 帰ってきたよ!」
「おやおやおや、その娘は誰かの?」
桃婆は不思議そうに桃玉を見た。桃婆から見つめられた桃玉の身体には緊張感が走る。
(なんだろう、このピリッとした感覚……)
「はじめまして。李桃玉と申します」
「桃婆さん! 桃玉さんはどうやら訳ありみたいなんだ。この屋敷に住まわせて欲しいんだが……」
「ふむふむ……むむ!」
桃婆はまるで桃玉を観察するかのようにじっと見つめていた。どうやら美琳の話が聞こえていないくらいの集中を見せている。
「桃婆さん? 桃婆さ――ん?」
「桃婆――?」
「……あっ! すまんの、聞こえなんだ。勿論ワシは歓迎じゃよ」
「そうかい?」
「ああ、ここで好きなだけ暮らすが良い。……それにしてもまたどえらいもんと遭遇してしまったわい」
桃婆の言葉に美琳はどうかしたのかい? と尋ねた。
「いんや……またあとで話そう」
(何だろう?)
何か言葉を出し渋る様子を見せた桃婆だが、美琳達はこれ以上追及する事はしなかった。
(これ以上聞くのはやめておこう)
桃婆により屋敷へと案内された桃玉。桃婆曰くこの屋敷は以前遊郭だったのを改築して住んでいるのだと言う。
「よくこのようなお屋敷を……」
「ほほ、桃玉。ワシの手にかかれば余裕じゃよ」
「どのような経緯があったのですか?」
「それは内緒じゃ。桃玉の想像にお任せしよう」
ほっほっと笑う桃婆。到着した広間にある大きな円卓は赤い漆が塗られており高級感を感じさせる。
(煌びやかな建物……後宮みたい)
「よし、じゃか夕飯にしようかの。今日はたまたま作りすぎてしもうたから桃玉の分もある。たくさん食べておくれ」
「桃婆さん、ありがとうございます」
「いやいや」
(手伝いに行こう)
配膳を手伝うべく桃玉は桃婆さんの後ろからついていく形で厨房へと入る。
「おやまあ、手伝ってくれるのかい?」
「はい、住まわせて頂けるならこれくらいさせてください」
「優しいのう。やはり仙女の血を引くもの……」
(仙女の血?)
「ああ、いや、なんでもない」
桃婆の語る言葉が喉の奥に引っ掛かった桃玉。彼女の脳裏にはかつて自身の傷を癒してくれた母親の姿がちらりと浮かんでいた。
「あの、桃婆さんは私のお母さんについて何かご存知なのですか……?」
桃玉の問いに、桃婆はギュッと唇を引き締める。にこやかな表情からは打って変わって厳しい表情となった。
「ああ、ワシと同類じゃからな……」
◇ ◇ ◇
その頃。宮廷にある皇帝の執務室にて龍環は桃玉が作っていた切り絵をずっと眺めていた。
「桃玉……」
あれから龍環は桃玉を後宮に呼び戻す意志を見せたが皇太后と力分により拒否されていた。
後宮の支配者でもある皇太后が強く拒否すれば、皇帝である龍環でさえもどうにもならないのである。
(桃玉がいなくなってから……胸が苦しい。なんだ、この気持ちは……)
この胸の苦しさを表現するのに適切な言葉を脳内で探す龍環。しかし中々良い言葉が出てこない。
「寂寥感? いや、なんか違うな……病的な感じも何かしないし……」
すると桃玉の笑みとこれまで共にあやかしを浄化させてきた記憶が龍環の脳裏によぎる。その瞬間、今まで感じていた頭痛が一瞬だけ引いた。
(あ、まさか……この気持ちは……恋なのか?)
恋という字が自分が求めているのとピタリと合致したような感覚を覚えた龍環。すると頬から熱が放出され紅潮していく感覚と共にどこか後悔にも似たような、そんな複雑な感情を覚える。
(俺……桃玉の事好きなのか? あいつがいなくなった後に気づくなんて……でもこれは契約によるもの。そんな関係で好きになってもいいのか……? でも)
このまま桃玉を放置し続ければ、後悔しっぱなしになるんじゃないか。という結論に達した龍環。
彼はたまたま近くにいた中年くらいの年季の入った宦官に、宮廷の外で桃玉に似た女がいないかどうか調べ出してほしい。と小声で伝える。
「よろしいので?」
「ああ、よろしく頼む。くれぐれも母上と力分には悟られないようにな」
「おおせのままに……」
退出していく宦官の背中を見送る龍環。たとえ皇太后の命令に背いてでも桃玉を連れ戻さないと、このまま胸が苦しいのが続くだけだと彼は考えていた。
(桃玉……頼む、見つかってくれ)
しばらくして龍環の元に、力分と1人の女性が現れた。力分と同じ白髪に青い瞳をした色白の女性は薄紅色を基調とした美しい衣服に身をまとっている。目元はきりっと吊り上がったような目つきで二重。手足は枯れ枝のように細い。
「陛下。お時間よろしゅうございますか?」
「なんだ?」
「はじめまして、皇帝陛下」
女性がうやうやしく礼をする。彼女の纏うどこか妖しい雰囲気を龍環は不思議に感じていた。
「このお方は青美人にございます。今日、後宮入りした者でございます」
(もしかして、力分のきょうだいか親戚か?)
龍環は抱いた疑問をすぐさま力分に投げかけてみると、力分はさようでございます。と返す。力分の笑みにはほんの少し、危険な雰囲気が漂っていた。
(なんだ? このあぶない感じは……)
1
あなたにおすすめの小説
皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜
菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。
まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。
なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに!
この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~
二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。
彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。
毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。
はたして、己は何者なのか――。
これは記憶の断片と毒をめぐる物語。
※年齢制限は保険です
※数日くらいで完結予定
後宮妃よ、紅を引け。~寵愛ではなく商才で成り上がる中華ビジネス録~
希羽
ファンタジー
貧しい地方役人の娘、李雪蘭(リ・セツラン)には秘密があった。それは、現代日本の化粧品メーカーに勤めていた研究員としての前世の記憶。
彼女は、皇帝の寵愛を勝ち取るためではなく、その類稀なる知識を武器に、後宮という巨大な市場(マーケット)で商売を興すという野望を抱いて後宮入りする。
劣悪な化粧品に悩む妃たちの姿を目の当たりにした雪蘭は、前世の化学知識を駆使して、肌に優しく画期的な化粧品『玉肌香(ぎょくきこう)』を開発。その品質は瞬く間に後宮の美の基準を塗り替え、彼女は忘れられた妃や豪商の娘といった、頼れる仲間たちを得ていく。
しかし、その成功は旧来の利権を握る者たちとの激しい対立を生む。知略と心理戦、そして科学の力で次々と危機を乗り越える雪蘭の存在は、やがて若き皇帝・叡明(エイメイ)の目に留まる。齢二十五にして帝国を統べる聡明な彼は、雪蘭の中に単なる妃ではない特別な何かを見出し、その類稀なる才覚を認めていく。
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
後宮一の美姫と呼ばれても、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない
ちゃっぷ
キャラ文芸
とある役人の娘は、大変見目麗しかった。
けれど美しい娘は自分の見た目が嫌で、見た目を褒めそやす人たちは嫌いだった。
そんな彼女が好きになったのは、彼女の容姿について何も言わない人。
密かに想いを寄せ続けていたけれど、想い人に好きと伝えることができず、その内にその人は宦官となって後宮に行ってしまった。
想いを告げられなかった美しい娘は、せめてその人のそばにいたいと、皇帝の妃となって後宮に入ることを決意する。
「そなたは後宮一の美姫だな」
後宮に入ると、皇帝にそう言われた。
皇帝という人物も、結局は見た目か……どんなに見た目を褒められようとも、わたくしの想い人は皇帝陛下じゃない。
後宮の下賜姫様
四宮 あか
ライト文芸
薬屋では、国試という国を挙げての祭りにちっともうまみがない。
商魂たくましい母方の血を強く譲り受けたリンメイは、得意の饅頭を使い金を稼ぐことを思いついた。
試験に悩み胃が痛む若者には胃腸にいい薬を練りこんだものを。
クマがひどい若者には、よく眠れる薬草を練りこんだものを。
饅頭を売るだけではなく、薬屋としてもちゃんとやれることはやったから、流石に文句のつけようもないでしょう。
これで、薬屋の跡取りは私で決まったな!と思ったときに。
リンメイのもとに、後宮に上がるようにお達しがきたからさぁ大変。好きな男を市井において、一年どうか待っていてとリンメイは後宮に入った。
今日から毎日20時更新します。
予約ミスで29話とんでおりましたすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる