ずっと片思いしていたエリート外科医の溺愛は妄想と違って淫らな模様です

二位関りをん

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第1話 宿無し職無しお先真っ暗

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 ここはとあるオフィス街にあるビルの中。その一角に集められた女性達のうち、内勤用の事務服に身を包む黒髪を束ねた女性……中崎咲良はただただ衝撃に打ち震えている。

「リ、リストラ!?」

 そう、咲良達10人の内勤事務者にリストラが言い渡された。

「あの課長、どういう事ですか?!」
「コストカットという事で、君達総務課の事務員を減らすように、上層部からのお達しでな。申し訳ないが、受け入れてほしい」

 世は不景気の真っ只中。賃上げに減税などが叫ばれる中、咲良の勤めている大手の自動車会社もその風を受けている。
 咲良が所属しているのは総務課、内勤なので事務作業がメインだ。それ故に人員削減及びリストラの矛先が真っ先に向かった由縁でもある。

(こないだ勤務管理とかにAI取り入れるなんて言ってたけど、こうなるなんて!)

 だが、リストラが言い渡された以上、咲良達事務員らに拒否権はない。

「課長急すぎませんか?! 普通なら半年くらい前にお達しあるでしょう!」
「再就職先へのあっせんとかはないのですか?!」
「私達、路頭に迷えと?!」

 咲良の周囲にいる先輩事務員らからは怒号が飛び交う。咲良は28歳だがこの中だと年少なので、とてもじゃないが怒号なんて出せない。それに冴えない中年男性の課長はまあまあとなだめ続けるだけ。
 しばらくして課長と同年代位の男性である総務部の部長が姿を見せたが、彼もまた禿げ頭をぺこぺこさせながら謝るだけ。

(どうすればいいの……? これから先、真っ暗じゃない!)

 沸き起こり続ける怒号の中、咲良は拳をぎゅっと握りしめる。
 業を煮やしたのか部長が納得できないなら強硬手段に出る! と半泣きの状態で脅しにかかってきた辺りで事務員達の叫びは消えた。

◇ ◇ ◇

 リストラが言い渡されてから半日でオフィスの片づけを指示され、寮に戻ってからは慌てて荷物を段ボールへ放り込む作業をこなす。
 翌日、咲良はお手頃価格な地味な私服を纏い、大事な私物の入った段ボールを抱えたまま、公園のベンチに座り込んで途方に暮れていた。

「実家、戻るしかないよねぇ……」
(知らないホテルに泊まるのもアレだし、かといって今から新しいマンション見つかるなんて都合の良い話もないだろうし……)
 
 咲良としては、実家に戻りたい気持ちは全くない。
 
「荷物はお母さんに見せたくないんだよなあ……」

 咲良は幼い頃に父親を亡くし、以来母親の手で育ってきた。優秀な兄・理一と常に比べられてきた咲良は母親の事が苦手である。
 理一の後に続けと有名な中高一貫校へ受験させられたり、テストの成績が悪かったらこんこんと叱られたりと、あまりロクな思い出が無い。
 そんな理一は世界的に有名な電子機器メーカーに勤める転勤族で、今はアメリカで暮らしている。

 意を決して実家に移動し咲良は、震える指先でインターホンを鳴らす。

「誰ですか?」

 扉の先に金髪のウェーブがかったロングヘアに、白いAラインのワンピースを着用している女性が現れる。

(えっ誰この人)

 目の前にいる若い女性は韓国風のアイメイクが施されたつり目で咲良を睨らみつける。
 あからさまに睨みつけられるせいで、心臓はばくばくと大きな音を出して今にも爆発してしまいそうだ。

「あ、あの……私、中崎咲良と申します、家が無くなったので、しばらくはここですまわせてもらえないかって……」
「あ~……理一さんの妹さんか。私、楓華って言います。理一さんの妻です」
「え?」

 突如もたらされた情報に、口をあんぐりと開けたまま言葉が出てこない。少なくとも理一が誰かと交際していたとは咲良は把握していないからだ。

「あなた、ここで住もうと思ってる? それは無理」
「へ」

 いきなり拒否されてもなぜだかわからない以上、すんなりと受け入れられない。

「な、なんでですか!?」
「実は妊娠したの。あなたの部屋はこれから子供部屋にするから居場所はないよ」

 聞けば理一は4ヶ月くらい前に日本へと戻ってきていたらしい。そして一夜限りの関係を持った所楓華の妊娠が発覚した。そして理一は仕事により再び渡米せざるを得なくなり、彼女は実家に居候し始めたそうだ。
 如何にも当たりの強そうな楓華が母親とうまくやっていけてるのかは気になるが、今はそれどころではない。

「そ、そんな……!」
(急に言われても! 私の部屋、同人誌とか置いてあるのに!)

 そうだ。咲良にはのっぴきならない事情がある。それは自作した同人誌についてだ。同人誌は自作かつオリジナル小説が7割で二次創作小説が3割。咲良は勤務の傍ら小説を書いては同人誌にして即売会で販売していた。
 何冊かは私物の入った段ボールの中に収まっているが、それ以外は実家の部屋に誰にも見られないように収納していた。そんな部屋がこれから子供部屋になるなど、見過ごす事は出来ない。

「あ、あの……私の部屋に置いてあったものは……」
「全部捨てたわよ」

 冷たく吐き捨てられた瞬間、咲良の胸の真ん中がずきりと痛んだ。
 あれらは大事な大事な自分の作品。それらが捨てられるなんて悲しいを通り越すくらいの衝撃である。

「なんであんなに気持ち悪い小説ばっか書いてたの? まあ全部捨てたからいいけど……お義母さんも驚いていたわよ」
「気持ち悪くなんかないです!!」

 自分の妄想や理想を気持ち悪いの一言で済まされた事で、咲良の腹の底から猛烈な怒りが湧いてくる。

「せっかく頑張って書いたのに! 普段小説を読まないから理解できないんですよあなたは!」
「はぁ!? 意味わかんない!」
「もういいです! こんな所もう来ません!」

 ここは安寧が保証された場所ではない。そう察した咲良は段ボールを抱えて当てもなく走り出す。
 脳内では自分の作品を罵倒する楓華の声がなんどもエコーがかって聞こえていた。その度に胸全体がズキズキと傷んで、痛みに呼応するかのように涙が溢れ出してくる。

「……気持ち悪くなんかないもん……!」

 理解できない。この本には自分の願望と夢がたくさん詰まっているのになんで気持ち悪いなんて言われるんだろう。
 
(春日先輩への愛が、たくさん詰まってるのに!)

◇ ◇ ◇

 春日先輩。本名は春日秀介。咲良の初恋の相手で片思い相手であり……長年妄想を募らせてきた相手である。ここだけの話、咲良の書いてきた同人誌のうち、8割が彼の妄想を形にしたものだ。
 さらさらとした黒髪ショートヘアに、凛々しく端正な顔立ちはまるでアイドルさながらの容姿。はにかむ姿は煌めきに満ち溢れていて、クラスメイトと談笑する姿をはじめ一挙手一投足に目を奪われていた。

 初めて彼を見たのは中学1年生の時でしかも入学した次の日。アイドルのような人気ぶりを誇る秀介へ一瞬で一目ぼれした。

 脳裏には白い歯が爽やかな笑顔が浮かび上がる。咲良は彼とほぼ関わった事はないので、どのような性格かなど詳しくは知らない。
 それらも全て己の妄想でカバーしてきた。今手元には何冊かはあるが、全部揃っていないと咲良にとっては意味がない。

 気がつけばリニューアルされたばかりの無人駅の前にあるベンチに到着した。息を切らした咲良は肩を上下に動かしながらベンチに座る。

「はあ……はあ……ぐすっ、ひっく……なんでよ、捨てるとかあり得ない……!」

 咲良はこれまでアンチコメントを貰った事は幾らかあるが、いずれも作家なら通る道だとして該当アカウントをブロックして終わりにしてきた。
 しかし、今回は理由が違う。身内から直接罵倒された上に処分されたのだから、ショックは比べものにならないくらいに酷い。

「ぐすっ……ぐすっ……」

 何度も手の甲で涙を拭いても中々涙は止まってくれなかった。

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