婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

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第28話 ガラスの指輪とガラスの時計

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 夜が明けて一旦私達はほんの少しだけ睡眠を取った。6時半過ぎにアダン様よりも目が覚めた私は、シャワールームで少しだけ身体の汗を流した。
 着替えた所でアダン様の目が覚め、起き上がったので彼へ朝の挨拶をすると、おはようと笑顔で返してくれる。

「急がなくていいよ。今日は俺の分の診察なくてもいいから」
「アダン様よろしいのですか?」
「ああ。特に不調はないしね」
「わかりました」
「ジャスミンも今日は仕事休んだら? ここに来てからずっと働きづめだし」

 そうアダン様から言われたが、ハイダにまかせっきりというのも気が引ける。

「ハイダにも診察が終われば休むよう言っておくよ」
「で、ですが……」
「だってジャスミンは夜通し俺の相手してくれたんだ。それ相応に休んでもらわなければ困る。ハイダも一緒に休めば罪悪感は無いだろう?」

 結果アダン様からそう押し切られ、私は今日は休みをもらう事になった。ハイダと共に休みを貰ったので、せっかくだからとハイダから誘われてユングミル城の近くにある町を訪れる事になった。

「医薬師長はこちらへは何度か来た事あるのですか?」
「ええ。宮廷で薬師になってからは何度も来ています。ジャスミンさんは?」
「子供の頃に来たくらいですねえ」
「私も子供の頃にもユングミル城へ来た事があります。貴族の集まりでね」

 ハイダはそう馬車の窓の向こうに映る空を眺めながら、懐かしそうに呟いた。
 馬車が到着し、扉を開けて馬車から降りると、町が出迎えてくれる。晴れやかな青空に入道雲と、綺麗に整備された石づくりの道を挟むようにしてレンガつくりの白い小さな家々が並ぶ。
 家の中には店を営んでいる所もあった。早速雑貨屋を見つけて中に入る。

「わあ……」

 この雑貨屋で販売されているのはガラスの工芸品。アクセサリーを中心に展示されており、お値段もそこまで高価ではなく、庶民でも買いやすい値段となっている。
 その中できらりと私の目に留まるものがあった。それはガラスの指輪だった。

「綺麗……」
(買おうかな)

 店の主である老いた男性に試しに指につけていいかと許しを得てから指に通してみると、ぴたりとはまった。

「これください」
「あいよ」

 支払いを済ませてからもう一度指輪をはめてみる。日の光に当たってキラキラと輝くガラスの指輪。透明度も非常に高く。見とれてしまいそうだ。

「綺麗ですね。私も買おうかしら」

 ハイダも同じ指輪を買った。すると主から金の鎖をただで貰う。これを付けるとネックレスとしても使えるのだそうだ。

(仕事中はネックレスにしておくのもいいかもしれない)

 店の主曰く、この町には他にもガラスの品を取り扱っている店や工房がいくつかあるという事で、他の店も見て回る事にする。

「いらっしゃい」

 別の店では、ガラスで出来た小さな時計が売られていた。金色に輝く時計盤の金属部分とその周囲を覆うガラスが良い味を出している。

「どれどれ……」

 値段表を見て、価格を確認すると私はこの時計を購入した。これは部屋に大事に飾っておこう。

「ジャスミンさん。ガラス、好きなんですか?」
「はい。昔からきらきらしたものには目が無くて。特にガラスは好きです」
「綺麗ですよね。私もガラス細工は好きです。誕生日に買ってもらったガラスのペンが今でも宝物なんです」

 そう子供のような無邪気な笑みを浮かべるハイダ。本当にガラスが好きなのだろう。
 宝石も美しくて好きだが、ガラスも好きだ。宝石とは違って色のない無色透明な光を放つ見た目が好きだ。

「ありがとうございました」

 店主に見送られて店を後にし、町にある静かなパン屋でサンドイッチを購入して馬車に乗りユングミル城の部屋へと戻った。部屋に入ると早速、購入したガラスの時計を取り出して、部屋にある白い円卓の上に置いてみる。

「うん、綺麗だ。部屋の印象ともあう」

 カーテンからあふれ出す木漏れ日を受けて、きらきらと輝きながら時を刻む時計。思わず一目ぼれしてしまいそうなたたずまいで、ずっと眺めていたくなる。
 私は買ったサンドイッチを頬張りながら、時計に目を向ける。時計盤の数字の部分や時計の針と言った細かい部分にも装飾が施されているのが分かる。

 食事を終えた後、私はベッドに入りひと眠りしてから、薬草と薬の勉強に励む。すると、部屋の扉をたたく音が聞こえてきた。

「はい、何でしょう」
「ジャスミン。これよかったら」

 扉の前でアダン様が手に白い金縁のお皿を持って立っていた。お皿の上には丸い小さなチョコチップクッキーが並んで置かれてある。茶色い下地にチョコレートの点々が星のように埋め込まれている。

「これ、俺が作ってみたんだけど食べる?」
「えっいいんですか?」

 どうやらアダン様が作ったクッキーらしく、本人曰く初めてクッキーを作ってみたという。

「いやあ、お菓子作りって大変なんだなって! でもうまくで出来たようでよかったよ」
「民の言う通り、何でも出来るのですね。天才と言いますか」
「そうなる為にも、日々の努力は怠ってはいけない。それは父上からもよく言われていた事だから」

 彼の目はまっすぐに私を捉えていた。天才になるには日々の努力が欠かせない。という訳か。
 私はクッキーを1枚取って、口の中に入れてみた。バターの濃厚な味わいと、チョコレートの少し苦みのある甘みが合わさり、甘いお菓子に仕上がっている。

「甘くて美味しいです」
「口に合うようでよかった」
「もう1枚頂いても?」

 クッキーの甘さが、頭の中まで優しく染みていく気がした。


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