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第30話 宮廷への帰還
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王妃アネーラの瞳は細くきつくなっている。彼女が奴隷出身だったのは初耳だ。どこかの家の養女というのは噂で聞いた事はあったが。
彼女の目線からは、どこか私へ対する嫉妬心みたいなものも透けて見える。だが、私は薬師として宮廷に入ったのであって王太子妃になりたいとは微塵も思っていない。それに王太子妃となればまた令嬢の時と同じくらいかそれ以上にしがらみがめんどくさそうだし。
「私は王太子妃になろうなど思ってはおりません。令嬢の地位も捨て薬師として働きたくて宮廷入りしました」
「本当?」
「はい。嘘偽りはございません」
私がそうはっきりと言い切ると、王妃アネーラは左手に持っていた鳥の羽で作られた団扇で口元を覆う。
「変な人」
「そうですか?」
「野望がないなんてつまらないわ。だけど、あのアダンが気に入っているくらいだから、面白いのね」
「は、はあ……」
「せっかくだから、私にも薬を処方して頂戴」
そう言われ、私は何の薬が欲しいのかと王妃アネーラに質問する。
「子供ができやすくなる薬よ。私は早く子供が欲しいのよ。あなたも分かるでしょう? ああ、アダンにこの事はい言ってもいいわよ。どうせ知ってるだろうから」
(やっぱりそうなるよなあ)
「わかりました。では何種類かご用意いたします」
医薬庫から不妊に聞く薬草を数種類取り出して、王妃アネーラの目の前に見せた。
「じゃあ、これとこれ」
「かしこまりました」
「さっそく昼前に飲みたいから、1週間分受け取るわね。もう下がっていいわよ。」
「はい、どうぞ」
「付き合ってくれてありがとうね」
王妃アネーラがくすっと笑いながら、そう告げる。ああ、彼女もこのような穏やかな表情を浮かべられるのかという思いと、王妃アネーラらしくないと言った感情を抱えながら、私は部屋から退出したのだった。
その後、改めて医務室にてこの事をハイダに包み隠さず告げた。彼女は医薬師長なのでこの事は隠さず共有しておいた方が良いと考えたからだ。
「なるほど。処方したのですね」
「はい。あの、まずかったですかね?」
「いえ、処方して正解ですよ。断ったら何されるかわかりませんし」
「で、ですよねえ……」
「王妃として国王の子を産む事は当然の責務ですし、ダメと言う理由もありませんからね……」
確かにハイダの言う通りだ。王妃なら、子を産むのが当たり前。それは貴族令嬢も変わらない。
良い方と結婚し、世継ぎを産む。私にとってこの暗黙の了解は、令嬢たる暮らしが嫌な理由の1つでもある。
(縛られたレールの上には乗せられたくないのよ)
その後、ユングミル城から宮廷へ戻る日がやってきた。ガラスの時計等が入った大きなトランクを持って、またあの硬い座席の馬車に乗って移動する。馬は行きの時とは違ってクリーム色に近い白馬になっていた。
「腰が痛い……」
やっぱりこの硬い座席には慣れないまま、宮廷へと帰還した私はハイダと共に医師や薬師にメラニーがいる医務室に入り、挨拶をした。
「医薬師長、ジャスミンさん、おかえりなさい!」
「ジャスミン・ヨージス。ただいま戻りました!」
「私とジャスミンさんいない間、皆さん留守を守ってくれてありがとう。今日からまたよろしくお願いしますわね」
にこにこと柔らかな雰囲気の中で、また宮廷での仕事が始まったのだった。
「あたた……」
しかし、やはり腰の痛みはなかなか引いてはくれない。痛み止めの薬草を飲んでその日はなんとか痛みに耐えて仕事に励んだのだった。
それから1週間後の事。国王陛下の即位22年を祝う祝賀パレードに私達薬師と医師も遠くから見学できる事が決まった。
(そういえば夜、貴族達が集まるような)
祝賀パレードは昼間は軍および騎馬隊のパレードが中心で、夜になると貴族達の晩餐会と舞踏会が華々しく行われる。私は夜の晩餐会及び舞踏会には参加した事が無いというか、なぜか参加させてもらえなかったのだが。
(ジュナは参加して私だけいっつも帰らされてたな……)
だが、晩餐会と舞踏会に出たら、両親に鉢合わせしてしまう危険性が高い。なので私は昼のパレードだけ見る事にした。勿論、地味風なお化粧も忘れずに施す必要がある。
(本当は舞踏会にも出てみたいけれど)
本音を言えば即位記念の晩餐会と舞踏会がどんな感じが知らないので、見てみたいという興味はある。料理だって食べてみたい。
(仕方ない、あきらめよう。料理ならコックから余りを分けてもらう事も出来るし)
晩餐会の前日の夜。この日も大体いつもと同じ時間くらいに床に入っていた所、窓をどんどんとノックする音が聞こえて来る。
「ジャスミン、起きてる?」
「アダン様? どうかなさいました?」
「ちょっと話したい事があって、いい?」
「はい」
窓を開いて寝間着姿のアダン様を部屋の中に入れると、アダン様は私の左隣に座った。
「舞踏会、出てくれない?」
「え?」
「変装はハイダとかメイド達にさせてもらうから。頼めるかな?」
「え、でも……」
両親やジュナ、ジョージだって来るかもしれないのに。もしあの場に私がいたとバレてしまえば、何をしでかすか分からない。ジュナならお姉様が王太子と踊るなんてずるいとわめきそうなのも目に見えている。
「もし気になるなら仮面をつけるのも出来るから。とにかくご両親や妹夫婦にはジャスミンだと分からないようにする。アネーラにもね。だから舞踏会で俺と一緒に踊ってほしい」
そう語りながら私の両手を取るアダン様の目つきは真剣そのものだった。
彼女の目線からは、どこか私へ対する嫉妬心みたいなものも透けて見える。だが、私は薬師として宮廷に入ったのであって王太子妃になりたいとは微塵も思っていない。それに王太子妃となればまた令嬢の時と同じくらいかそれ以上にしがらみがめんどくさそうだし。
「私は王太子妃になろうなど思ってはおりません。令嬢の地位も捨て薬師として働きたくて宮廷入りしました」
「本当?」
「はい。嘘偽りはございません」
私がそうはっきりと言い切ると、王妃アネーラは左手に持っていた鳥の羽で作られた団扇で口元を覆う。
「変な人」
「そうですか?」
「野望がないなんてつまらないわ。だけど、あのアダンが気に入っているくらいだから、面白いのね」
「は、はあ……」
「せっかくだから、私にも薬を処方して頂戴」
そう言われ、私は何の薬が欲しいのかと王妃アネーラに質問する。
「子供ができやすくなる薬よ。私は早く子供が欲しいのよ。あなたも分かるでしょう? ああ、アダンにこの事はい言ってもいいわよ。どうせ知ってるだろうから」
(やっぱりそうなるよなあ)
「わかりました。では何種類かご用意いたします」
医薬庫から不妊に聞く薬草を数種類取り出して、王妃アネーラの目の前に見せた。
「じゃあ、これとこれ」
「かしこまりました」
「さっそく昼前に飲みたいから、1週間分受け取るわね。もう下がっていいわよ。」
「はい、どうぞ」
「付き合ってくれてありがとうね」
王妃アネーラがくすっと笑いながら、そう告げる。ああ、彼女もこのような穏やかな表情を浮かべられるのかという思いと、王妃アネーラらしくないと言った感情を抱えながら、私は部屋から退出したのだった。
その後、改めて医務室にてこの事をハイダに包み隠さず告げた。彼女は医薬師長なのでこの事は隠さず共有しておいた方が良いと考えたからだ。
「なるほど。処方したのですね」
「はい。あの、まずかったですかね?」
「いえ、処方して正解ですよ。断ったら何されるかわかりませんし」
「で、ですよねえ……」
「王妃として国王の子を産む事は当然の責務ですし、ダメと言う理由もありませんからね……」
確かにハイダの言う通りだ。王妃なら、子を産むのが当たり前。それは貴族令嬢も変わらない。
良い方と結婚し、世継ぎを産む。私にとってこの暗黙の了解は、令嬢たる暮らしが嫌な理由の1つでもある。
(縛られたレールの上には乗せられたくないのよ)
その後、ユングミル城から宮廷へ戻る日がやってきた。ガラスの時計等が入った大きなトランクを持って、またあの硬い座席の馬車に乗って移動する。馬は行きの時とは違ってクリーム色に近い白馬になっていた。
「腰が痛い……」
やっぱりこの硬い座席には慣れないまま、宮廷へと帰還した私はハイダと共に医師や薬師にメラニーがいる医務室に入り、挨拶をした。
「医薬師長、ジャスミンさん、おかえりなさい!」
「ジャスミン・ヨージス。ただいま戻りました!」
「私とジャスミンさんいない間、皆さん留守を守ってくれてありがとう。今日からまたよろしくお願いしますわね」
にこにこと柔らかな雰囲気の中で、また宮廷での仕事が始まったのだった。
「あたた……」
しかし、やはり腰の痛みはなかなか引いてはくれない。痛み止めの薬草を飲んでその日はなんとか痛みに耐えて仕事に励んだのだった。
それから1週間後の事。国王陛下の即位22年を祝う祝賀パレードに私達薬師と医師も遠くから見学できる事が決まった。
(そういえば夜、貴族達が集まるような)
祝賀パレードは昼間は軍および騎馬隊のパレードが中心で、夜になると貴族達の晩餐会と舞踏会が華々しく行われる。私は夜の晩餐会及び舞踏会には参加した事が無いというか、なぜか参加させてもらえなかったのだが。
(ジュナは参加して私だけいっつも帰らされてたな……)
だが、晩餐会と舞踏会に出たら、両親に鉢合わせしてしまう危険性が高い。なので私は昼のパレードだけ見る事にした。勿論、地味風なお化粧も忘れずに施す必要がある。
(本当は舞踏会にも出てみたいけれど)
本音を言えば即位記念の晩餐会と舞踏会がどんな感じが知らないので、見てみたいという興味はある。料理だって食べてみたい。
(仕方ない、あきらめよう。料理ならコックから余りを分けてもらう事も出来るし)
晩餐会の前日の夜。この日も大体いつもと同じ時間くらいに床に入っていた所、窓をどんどんとノックする音が聞こえて来る。
「ジャスミン、起きてる?」
「アダン様? どうかなさいました?」
「ちょっと話したい事があって、いい?」
「はい」
窓を開いて寝間着姿のアダン様を部屋の中に入れると、アダン様は私の左隣に座った。
「舞踏会、出てくれない?」
「え?」
「変装はハイダとかメイド達にさせてもらうから。頼めるかな?」
「え、でも……」
両親やジュナ、ジョージだって来るかもしれないのに。もしあの場に私がいたとバレてしまえば、何をしでかすか分からない。ジュナならお姉様が王太子と踊るなんてずるいとわめきそうなのも目に見えている。
「もし気になるなら仮面をつけるのも出来るから。とにかくご両親や妹夫婦にはジャスミンだと分からないようにする。アネーラにもね。だから舞踏会で俺と一緒に踊ってほしい」
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