婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

文字の大きさ
80 / 88

第71話 懐妊

「ただいま戻りました」

 しばらく経ってエミリアがメラニーと共に婚約に関する書類を持って部屋に戻って来た。はあはあと息を肩で吐きながら、椅子に座りつつアダン様に見せる。
 更に彼女の左手には大きなトランクが握られていた。

「エミリアさん、それは……」
「一応、私の荷物もまとめて来ました。家出の準備と言いますか……」

 彼女の目は据わっている。基本宮廷の関係者以外は宮廷では寝泊まり出来ない。その為彼女は宮廷のすぐ近くにある修道院に泊まって貰う事になった。

「分かりました」
「この書類はこちらで預かる。エミリア。試しにこの紙にサインをしてほしい」
「はい」

 アダン様に言われてエミリアはアダン様が渡した紙に自身の名前をさらさらと書く。確かに書類に書かれたサインとは筆跡が随分異なっていた。

(確かに筆跡が違う)
「これ、よく見たらお父様の字ですね」
「分かるんだ」
「ええ、はい。力強いというか、やや癖があるというか」
「成る程ね。その紙も貰おう」
「お願いします」

 エミリア直筆のサインが書かれた紙をアダン様が回収しひとまずは解散となる。メラニーが修道院にエミリアを連れて行き、私達も医務室へと戻る事にした。

「医薬師長。一応、医者に診てもらった方が」
「で、ですよね……」
「俺も同行する。ジャスミンは部屋で待機していて」
「はい。あの、この事は内緒と言いますか、誰にも言わないでいただけますかね?」
「勿論だ」
「約束します」

 2人の返事を聞いて、私はほっと息を吐いたのだった。
 自室にて、静かに密やかに診察が行われる。結果はやはり、アダン様との子を身籠っていた。

「おめでとうございます」

 そう祝福する医師とハイダの声は静かだが、確実に私の耳に届いた。

「良かった」

 短いアダン様の声も、静かだが私の耳にはしっかりと届いている。

「後で吐き気止めの薬渡しますね」
「ありがとうございます。ハイダさん」
「この事は皆様内緒でお願いしますね」

 ハイダが医師とアダン様にそう確かめるようにして告げると2人はしっかりと首を縦に振る。

「それで、医薬師長仕事はどうしますか? つわりが落ち着くまではしばらく休んだ方が良いような気もしますが」
「そ、そうですよね……」

 かといって、私にとって実家は帰りたくない場所でもあるので難しい所だ。

「少しだけここで休んで、また働きます」
「わかりました」
「ジャスミン、無理はしないでね」
「はい。勿論です」
「それでさ、今後はどうするつもり?」

 今後。それはおそらく王太子妃になるか医薬師長のまま働くかのどちらを選ぶのかという事だろう。私の意見としては医薬師長として働きたいが、アダン様は王太子。となるとやはり結婚するしか無いのか等と思案するが、中々しっくり来ない。

「すみません。考えさせてください」
「了解。焦らなくていいから」
「は、はい……」

 その夜。私はベッドの中で1人、もの想いに更けていた。最近も何度か私はこの部屋やアダン様の部屋で彼に求められるがままに身体を重ねていたが、そのどこかで妊娠したのだろう。

(私がアダン様の子を身籠った)

 性別はどちらだろう。男子だったら、いずれ後継者になる存在になる。王妃アネーラの言葉が一瞬響いてはすぐに消えた。それに今の仕事が単純に楽しくてやり甲斐も感じているので医薬師長という立場と仕事を手放したくは無いのだ。

(権力を握るような事はしたくないし、薬師として働けないのもちょっとなあ……)

 ただ、王太子妃にならないとアダン様は私とは違う女性を迎えて彼女を王太子妃に据えるかもしれない。それはそれで寂しい。

(わがままになる……)

 考えても答えが出ないので、考えるのを止めて目を閉じたのだった。
 翌朝。朝食のフィッシュアンドチップスとスクランブルエッグだけは何故かは分からないが何とかいただけた。ライス系は匂いが駄目。パンならまだ何とか行けそう。あと甘ったるいものはあんまり受け付けたく無いかもしれない。

(食べられそうなものを食べよう)

 その後も食べられそうなものを適度につまみながら、気持ち悪さと戦っていくのだった。医師曰く食べづわりもあるとの事だが、あまり食べ過ぎて太るのも良くないらしい。

(バランスだな……)

 夕方。宮廷にエミリアの両親が現れた廊下で立ち話をしていたメイドから聞きつけ、ハイダとメラニーを連れてエミリアの両親がいる王の間へと向かう。

「エミリアがいないんです!」
「陛下、私達はどうしたら……」

 玉座に座る国王陛下は、息をはあはあと苦しく吐きながらエミリアの両親の話に耳を傾けつつ、心当たりはあるかと尋ねる。

「あ、ありません……」
「ヨージス家との結婚式があるくらい」
「それではないか?」
「へ、陛下。恐れながら父として娘がそのような事を」
「するはずがないって?」
「お、王太子殿下?!」

 玉座の裏からアダン様が従者を引き連れて現れた。その手には婚約に関する書類が雑に握られている。

「ここには本人のサインが無いみたいだね?」
「な、なぜそれを」
「王太子特権だよ。彼女の意思を無視してヨージス家に嫁がせるなんて、酷いな」
「アダン、本当か?」
「はい、父上。これを見てください」
感想 4

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「離縁状の印が乾く前に、王太子殿下から花束が届きました」〜五年間「置物」と呼ばれた侯爵夫人、夫が青ざめるのは王家との縁が切れてからでした〜

まさき
恋愛
侯爵夫人として過ごした五年間、夫に名前を呼ばれたことが一度もなかった。 愛人を夜会に連れてきた翌朝、私は離縁状を置いて屋敷を出た。 夫は「すぐ戻る」と思っていたらしい。 でも届いたのは、王太子殿下からの白薔薇だった。 「五年、待ちすぎました。今度こそ私の隣に」 幼馴染の殿下は、いつも私を「アメリア」と呼んでくれた。 ただそれだけで、五年分の何かが、ほどけていった。 夫が全てを失うのはこれからの話。 私が本当の笑顔を取り戻すのも、これからの話。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
第19回恋愛小説大賞にて、奨励賞を受賞いたしました。読者の皆様のおかげです!本当ありがとうございます。 王宮で12年働き、気づけば28歳。 恋も結婚も遠いものだと思っていたオリビアの人生は、憧れの年下公爵と一夜を共にしたことで大きく動き出す。 優しく守ろうとする彼。 けれどオリビアは、誰かに選ばれるだけの人生を終わらせたいと思っていた。 揺れる想いの中で、彼女が選んだのは―― 自分の足で立ち、自分の未来を選ぶこと。 これは、一人の女性が恋を通して自分を取り戻し、母として、そして一人の人間として強くなっていく物語。 ※表紙画像はAI生成イラストをつかっています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ
恋愛
結婚三年、子供ができないという理由で夫ヘンリーがずっと身体の関係を持っていた女性マリアを連れてきた。 そして、今後は彼女をこの邸宅の女主として仕えよと使用人に命じる。 正妻のアリーシアは離れに追い出され、冷遇される日々。 離婚したくても、金づるであるアリーシアをそう簡単には手放してはくれなかった。 しかし、そんな日々もある日突然終わりが来る。 それは父親の死から始まった。