婚約者を妹に奪われ、家出して薬師になった令嬢は王太子から溺愛される。

二位関りをん

文字の大きさ
88 / 88

最終話 あなたと共に

しおりを挟む
 この日の夜、私は早速王太后様から頂いた紅茶を味わっている事にした。紅茶の色はオレンジ色に近い赤。透明感もあって綺麗な色だ。

「どれどれ……」

 爽やかな味が口の中に広がって、美味しい。また味も濃すぎずにちょうど良い口当たりだ。

「うん、美味しい」

 すると、窓からどんどんと音が響く。勿論音の主は彼だ。窓を開けて彼を招き入れると、私は一緒に紅茶を飲まないかと彼を誘ってみた。

「これ、おばあさまからくれたの?」
「そうなんです。侯爵祝いにですって。アダン様もいかが?」
「じゃあ、1杯貰おうかな」

 白いティーカップに紅茶を入れる。アダン様に差し出すと、彼はまず匂いを嗅いだ。紅茶の匂いを嗅ぐと彼は何度も何かを確かめるようにして頷く。

「さすがはおばあさま。良い風味だ」

 そして1口、すっと飲んだ。飲み込むと爽やかで美味しいと彼はすっとした笑顔を浮かべながら答えてくれた。

「やはりおばあさまの選ぶ紅茶は美味しいね」
「もしかして王太后様は紅茶にとてもお詳しいのですか?」
「うん。王族で一番詳しいはずだ」
「なるほど……」

 その後も2人で紅茶をゆっくりと味わう。窓の向こうにはやや黄色い満月が浮かんでいた。暗闇を照らす満月の光には温かみが少しだけ感じられる。

「綺麗な月ですね」
「そうだね。今日の月はなんか黄色いね」
「確かに。そのせいかちょっと温かく見えます」
「……ジャスミン。せっかくだからこれからどうするのかも聞いていい?」

 私はアダン様にそう尋ねられ、しばらく考え込む。ああそうだ。これからどうするのか。自分はどうしたいのか決めないといけない。

(最近それどころじゃなかったから、全然考えられてなかった……!)

 だがそれも結局は言い訳になるし、遅かれ早かれどうするかは決めないと行けない。ふと、そこで思い浮かんだのは薬師としての仕事だった。これまでアダン様含めて様々な方々の看病だったり、薬に携わる薬師としての仕事にはやりがいを感じているし充実もしている。貴族の令嬢としての生活より、今の薬師としての生活の方が断然自分には合っている。それに王太子妃という肩書には興味を抱けないでいる。

「私はこのまま、薬師として働きたいです。この仕事にやりがいを持っています。なので、これからも薬師として働くつもりです」
「……王太子妃になる気持ちは無いんだね?」
「はい。薬師としてアダン様をお支えしたいです」
「そっか。わかった。じゃあ、俺は王太子妃を迎えない。側室も迎えない。今までもこれからもジャスミンだけを愛する」
「っ! アダン様……ありがとうございます」
「それと、これは俺からのわがままなんだけど……結婚式はしてもいいかな? ユングミル城で、出来たら規模は小さくひっそりとしたい。勿論ジャスミンが嫌ならやるつもりはない」
「わかりました。それなら、しましょう」
「ありがとう。……君は強いね。あの時から変わってないや」

 アダン様は私の頬にそっと口づけを落とす。私もまた、彼の左手の甲へと口づけをそっと落としたのだった。
 その後、結婚式はユングミル城にてささやかに執り行われた。出席したのはハイダとメラニーとウィリアと王太后様。王太后様はユングミル城へ行くのがこれが久しぶりという事で、少し新鮮な表情を浮かべていた。
 ウエディングドレスは、メラニーから借りた。ふんわりとしたシルエットで、レースは少なめだが、これくらいで丁度よい。
 ユングミル城の部屋の中。婚姻届け含む婚約の書類にサインをし、最後神父から愛を誓うかの言葉を投げかけられる。

「はい、誓います」
「王太子殿下は?」
「勿論誓います」
「では、誓いのキスを」

 アダン様の温かな唇が、私の唇にそっと優しく重なった。

(今後とも、よろしくお願いします)

 それから私は臨月までは薬師として働き、そこから休みを貰って宮廷からすぐ近くの修道院へと移動し、そこで出産に臨んだ。お腹周りが目立たないような服を着ていたからか医師や薬師からは指摘を受ける事は無かった。
 出産にはハイダとメラニーが付き添ってくれた。生まれた子は元気な男の子。名前はアダムス。私とアダン様で考えて、命名した。アダムスの誕生は国の内外へ大々的に発表されたが、そこにアダムスの母親である私の名と存在は無い。庶民や貴族は母親は一体誰なのかと訝しんでいるがそれでいいのだ。
 しばらく休みを得たのち仕事に復帰した私はいつも通り医薬師長として、アダン様や乳母と暮らすアダムスに接する日々を送る事となった。アダムスは元気で毎日すくすくと育ってくれている。

(このまま、健康に育ってほしい)

 数年後。国王陛下が崩御し、アダン様が国王陛下に、アダムスが王太子殿下にそれぞれ即位した。王妃もといアダムスの母親が表舞台に全く出ないのは、人々の語り草になっているが、気にしない。
 即位した際。アダン様はアダムスと共に、宮廷のバルコニーにて庶民や貴族からありったけの祝福を受けた。その様子をバルコニーの外の廊下から見つめていた私は、2人を晴れ晴れしく感じながら、健康を願ったのだった。

「これからも元気に過ごせられますように」

 あの幼いアダン様を手当てした時のハンカチーフを、右手でぎゅっと握りながら。

しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

penpen
2024.08.10 penpen
ネタバレ含む
2024.08.10 二位関りをん

お読みいただきありがとうございます。そうなりますね。
(オーパーツかもですが…)
世界観などはゆるゆるなので、温かい目で読んでくだされば助かります。

解除
猫島 肇
2024.02.12 猫島 肇
ネタバレ含む
2024.02.12 二位関りをん

お読み頂きありがとうございます
読みやすいと感じて頂き良かったです。アドバイスもありがとうございますm(_ _)m

解除
蒼河颯人
2024.02.11 蒼河颯人

ジャスミンの潔さというか、逞しさを感じられてとても良いですね!
これからもめげずに頑張って欲しいです

2024.02.11 二位関りをん

お読み頂きありがとうございます。彼女の逞しさを感じて頂き嬉しいです!
彼女ならこれからもめげずに頑張ってくれると信じています

解除

あなたにおすすめの小説

余命一ヶ月の公爵令嬢ですが、独占欲が強すぎる天才魔術師が離してくれません!?

姫 沙羅(き さら)
恋愛
旧題:呪いをかけられて婚約解消された令嬢は、運命の相手から重い愛を注がれる ある日、婚約者である王太子名義で贈られてきた首飾りをつけた公爵令嬢のアリーチェは、突然意識を失ってしまう。 実はその首飾りにつけられていた宝石は古代魔道具で、謎の呪いにかかってしまったアリーチェは、それを理由に王太子から婚約解消されてしまう。 王太子はアリーチェに贈り物などしていないと主張しているものの、アリーチェは偶然、王太子に他に恋人がいることを知る。 古代魔道具の呪いは、王家お抱えの高位魔術師でも解くことができない。 そこでアリーチェは、古代魔道具研究の第一人者で“天才”と名高いクロムに会いに行くことにするが……?(他サイト様にも掲載中です。)

だったら私が貰います! 婚約破棄からはじまる溺愛婚(希望)

春瀬湖子
恋愛
【2025.2.13書籍刊行になりました!ありがとうございます】 「婚約破棄の宣言がされるのなんて待ってられないわ!」 シエラ・ビスターは第一王子であり王太子であるアレクシス・ルーカンの婚約者候補筆頭なのだが、アレクシス殿下は男爵令嬢にコロッと落とされているようでエスコートすらされない日々。 しかもその男爵令嬢にも婚約者がいて⋯ 我慢の限界だったシエラは父である公爵の許可が出たのをキッカケに、夜会で高らかに宣言した。 「婚約破棄してください!!」 いらないのなら私が貰うわ、と勢いのまま男爵令嬢の婚約者だったバルフにプロポーズしたシエラと、訳がわからないまま拐われるように結婚したバルフは⋯? 婚約破棄されたばかりの子爵令息×欲しいものは手に入れるタイプの公爵令嬢のラブコメです。 《2022.9.6追記》 二人の初夜の後を番外編として更新致しました! 念願の初夜を迎えた二人はー⋯? 《2022.9.24追記》 バルフ視点を更新しました! 前半でその時バルフは何を考えて⋯?のお話を。 また、後半は続編のその後のお話を更新しております。 《2023.1.1》 2人のその後の連載を始めるべくキャラ紹介を追加しました(キャサリン主人公のスピンオフが別タイトルである為) こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや♡電書「騎士団長との~」発売中
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。