後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん

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第37話 雪美華の過去

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 美華は五大名家・雪家の長女として生を受けた。しかし彼女の母親は雪家で仕える下女である。五大名家のひとつである金家から嫁いできた正妻とは身分が違うのは明らかだった。

「美華。ごめんね……いつも苦労かけて……」

 下女は美華の父親である雪家の当主から妾認定されたものの、雪家の当主は女好きという事もあり妾はたくさんいたようだ。
 当の美華は簡素な家で母親と暮らしていたが、母親は美華が5歳の時に病で亡くなる。

「お母さん……!」

 雪家の当主のはからいにより医者からの診察も受け、薬も貰えたが母親の病は治らなかった。美華は誰かの病を何でも治す事が出来たら……という漠然とした願いを抱くようになる。
 母親を亡くした美華は雪家に引き取られる事になるがそこから地獄が始まった。

「なんであの人は妾の子を引き取るのよ!」

 美華の存在は正妻の怒りに触れていた。美華は正妻により母親同様下女として扱われるようになったのである。
 当然ながら美華にとっては厳しい仕事ばかりであった。炊事洗濯にあちこちの掃除。その中には汚物の掃除なども含まれており、雪家の娘とは思えない扱いであった。

「何も出来ない使えない女」
「何の取り柄もない」
「存在意義も何もない」

 毎日のように折檻を受け、己を否定する言葉を正妻から投げかけられた美華。いつの間にか涙は流れなくなりただ人形のように仕える日々を送った。

「福勝。貴様は止めなかったのか?」

 福勝は正妻の長男。正妻の目を見計らい美華にご飯を与えていたが、正妻を止める事は出来なかった。

「母上様は金家出身で、父上よりも年上という事もあり逆らえる者は誰もおりませんでした」

 そんな冷たい毎日が続く中、買い出しに市場へと訪れていた美華は鈴おばさまと出会ったようだ。彼女から予言を聞いた美華は、それを拠り所にするようになったようである。
 そして、鈴おばさまの占いを聞いた雪家の当主は皇后選びを担っていた家臣達にその事を話したそうだ。

「姉上が皇后に選ばれたと聞いて、父上は大層喜んでおりましたが、母上は喜んでおりませんでした」
「やはりそうだろうな」
「母上が産んだのは私だけでございますから」

 美華が皇后に推挙される直前くらいから、正妻は体裁を守る為に美華を下女扱いから、見かけだけは名家の令嬢として扱うようになったという。
 これは皇后として相応しい振る舞いを美華がこなせるようにならねば雪家の恥と考えた事や、自身が美華を虐待してきた事が明るみになるのを恐れた故の事だろうと福勝は推察した。

「姉上は、多くの民に寄り添い、救いたいという理念があるのでしょう」
(やはり姉と弟。推察力は深いな)
「姉上にとって唯一信じられるもので、縋り付いている物でもあるかと」

 ――はい。御仏様からくださったこの力で人々に寄り添い病を癒し……徳を積みたいのでございます。

 かつての美華の言葉が浩明の脳裏によぎる。褒められる事の無かった美華にとって、御仏からくれた波動の力はかけがえのないもので、これしか誰かの役に立てないと思い込んでいたのであろう。
 そして美華は御仏と自身の視力と波動の力を等価交換した。

「福勝。なぜ美華が御仏に己の視力を与えたのか……分かるか?」
「私の推察ですが……単純にこれ以上辛いものを見たくないのだと」
「なるほどな……辛いものは見たくないと。そう言う事だったのか」

 浩明は何度か首を縦に振ってから口を開く。

「……本当は貴様をもっと詰りたい所だ。どうして正妻の蛮行を止められなかったのか」
「申し訳ございませぬ。今でも後悔しております」
「して、正妻は今はどうなっている?」
「病を患い、もはや幾許もない命でございます」

 偶然にも、美華の母親が患ったのと同じ病であると福勝は語る。

「きっと御仏からの罰が下ったのでしょう。私にもいつか……」
「自覚はあるのか」
「はい。私は弱い人間ですから」
「して、美華の力で母親の病を治そうとは思っているのか?」

 揺さぶりをかけてきた浩明に、福勝は思いませんときっぱりと告げる。

「姉上の力は母上には不要です」
「はっきりと言ったな。本当にそう考えているのか」
「勿論でございます。これは母上の望みでもあるのです」

 福勝は浩明の元に馳せ参じる前、母親と会話していた事を振り返る。

「母上、今から皇帝陛下の元へと向かいます」
「そう……」

 枯れ枝のように細くなった手足に、手入れのなされていない髪と、外観からは雪家の正妻らしい面影は残っていない。

「確認でございますが、母上。姉上の力で病を治そうとは思っていますか?」

 福勝は、美華の力を正妻に使う事は反対していた。なので文にも正妻の病状のみ記していたのである。

「いいえ……結構よ……」
「その言葉に、嘘偽りはございませんね?」
「ええ……無いわ……」

 この事を浩明に伝えた福勝は息を吐いた。

「そのような事があったのか」
「左様でございます」
「把握した。……美華のいる治療院に行くか? 俺も同伴する」

 浩明の提案に、福勝は遠くからなら……。と答えたのだった。
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