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第38話 姉と弟
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浩明に連れられる形で治療院の東側までやって来た福勝は、その盛況ぶりに目を見開いていた。
「噂で聞いていた通りでございますね。こんなにたくさんの人々が来ているだなんて」
「……皆、美華や医師・薬師らの力を受けたくてここに来ている」
「それが伝わってきます。彼らにとって姉上は御仏に近しい存在なのでしょうね」
「その通りだと俺も思う」
じっと治療院に並ぶ巨大な龍の如き列を眺めている福勝の顔は少し寂しげだった。
「……何やら寂しそうな顔をしているな」
「……姉上が遠い人のように思えてきてしまって」
「あやつは皇后、俺の妻だ。そうそう会える事は無いだろうな」
この浩明の発言には、福勝への嫌味と彼の奥底に眠る美華への独占力も含まれているのだが、福勝は当然の事のように受け止めた。
「そうでございますね。もっと母上の目をかいくぐって仲良くすればよかったな」
「後悔か?」
「今更後悔してももう遅いのは理解しております。だからこそ私は雪家の嫡男として励むよりほかありますまい」
彼の覚悟のにじみ出た言葉に浩明はこやつが雪家を継いでも大丈夫そうだな。と感じたのであった。
福勝は去り際、浩明に言伝をお願いしたい。と語る。
「姉上に息災で。とお伝えください。一応証拠として文も渡しておきます」
「わかった。渡しておこう」
「あと返信はいらないともお伝えいただければ幸いです」
「いいのか?」
福勝は必要ないです。と返事をすると、浩明は首を縦に振った。
「では、失礼いたします」
「ああ、ご苦労であった」
福勝は丁寧に頭を下げてから、宮廷を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
福勝が浩明と謁見した約5日後。福勝の母親であり雪家当主の正妻はこの世を去った。やせこけた身体に死に装束を着せた福勝は内心、やっと終わった……と思っていたのである。
この知らせはすぐに浩明と美華、それに家臣団や後宮の者達に伝えられた。だが、葬儀と墓自体はとても簡素なもの。理由は福勝がごく少数の家族だけでの葬儀を希望したからである。
福勝は念の為文で美華へ葬儀への参列についての意向を聞いたが、美華は行かない事を選択した。いくら雪家当主の正妻とはいえ、自身にひどい扱いを強いてきた人物だ。そんな人物の葬儀には行けるはずが無い。
(死んだのか、あの人)
正妻は死んだ。でもあの日常が消えるわけではない。正妻の顔だけは記憶の中でぼやけていくのに仕打ちだけは深い傷のように美華の胸の中でくすぶり続けていく。
「噂で聞いていた通りでございますね。こんなにたくさんの人々が来ているだなんて」
「……皆、美華や医師・薬師らの力を受けたくてここに来ている」
「それが伝わってきます。彼らにとって姉上は御仏に近しい存在なのでしょうね」
「その通りだと俺も思う」
じっと治療院に並ぶ巨大な龍の如き列を眺めている福勝の顔は少し寂しげだった。
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「後悔か?」
「今更後悔してももう遅いのは理解しております。だからこそ私は雪家の嫡男として励むよりほかありますまい」
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「姉上に息災で。とお伝えください。一応証拠として文も渡しておきます」
「わかった。渡しておこう」
「あと返信はいらないともお伝えいただければ幸いです」
「いいのか?」
福勝は必要ないです。と返事をすると、浩明は首を縦に振った。
「では、失礼いたします」
「ああ、ご苦労であった」
福勝は丁寧に頭を下げてから、宮廷を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
福勝が浩明と謁見した約5日後。福勝の母親であり雪家当主の正妻はこの世を去った。やせこけた身体に死に装束を着せた福勝は内心、やっと終わった……と思っていたのである。
この知らせはすぐに浩明と美華、それに家臣団や後宮の者達に伝えられた。だが、葬儀と墓自体はとても簡素なもの。理由は福勝がごく少数の家族だけでの葬儀を希望したからである。
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正妻は死んだ。でもあの日常が消えるわけではない。正妻の顔だけは記憶の中でぼやけていくのに仕打ちだけは深い傷のように美華の胸の中でくすぶり続けていく。
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