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第一章 復興
5話
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声変わりも済んでいない少年の声だ。しかし彼の指示には落ち着きがあり、少年特有の甲高さにそぐわない。子供の癇癪、我儘は声の主には似合わないと、そんな印象を感じさせた。
傍らにいたノイはシリウスを脇に抱えて、大地を踏みしめる。リネアとほぼ同じく、空へと跳躍した。
長い黒髪が風を切り、妹を庇いながら「待て!」と吠えるラインハルトが遠ざかり、やがて見えなくなった。
屋根の上に着地したノイはシリウスを座らせた。その横ではリネアが着地している。
シリウスは上から元いた場所を眺めて、初めて白煙の威力を思い知る。
走ってきた道だけでなく、果物屋の裏の通りや反対側の道も同じように煙っていて、冒険者や傭兵であろう男たちも巻き込まれていた。慌てふためく男たちの喚き声が響いている。可哀想とは思わないが、多少の同情はしてしまう。シリウスは苦笑いを隠し切れなかった。
「ふふ…………やりすぎじゃないか」
「そうかなあ。長旅で疲れてる君のためにやったのに。僕は褒めてほしいところだよー? なーんてね」
照れたように、少年――ミシェルは柔らかく微笑む。
「……会えて嬉しいよ、シリウス」
「俺も、会いたかったよ、ミシェル」
両手を腰に当てて誇らしげにする少年。銀灰色が入り混じるモーブブラウンの髪は、もみ上げの横二つだけを長く伸ばしていて、冷たい風に煽られ揺れている。大きく円い深紅の瞳が勝気に光り、白磁のような白肌も興奮気味に薄く色づいていた。美少年とも呼べる容姿にも拘わらず、自分の感情を最優先に出していく性格も、以前と同じだ。
最後にあった日から、この幼馴染は何も変わらない。服装が違っていても、ミシェルという個人は、何も変わらないでいてくれた。
(本当に良かった……生きていてくれて、良かった)
疲労感と安堵感が混ざり合って、項垂れたシリウスはその場から立ち上がることができないでいた。
白煙の中、取り残されたラインハルトは、エレインの肩を抱きながら探り探り歩いていた。
どれだけ続いているのかわからない道のりの果てしなさにうんざりして、ラインハルトは愚痴る。
「全く、他人を信用するからこうなった。やはり頼れるものは自分と肉親だけだ。そうだろ、エレイン?」
「……あの、兄さま」
「皆まで言うな。これは俺の責任だ。最初からお前の注意だけを聞いていればよかったんだ」
「兄さまっ」
「…………どうした」
白い霧が晴れてようやく互いの顔がはっきりと見えた時、隣にいる妹の顔が曇っているのに気づき、ラインハルトは不思議そうに訊ねる。
先ほどの、魔眼が発動されてからずっと、エレインは意気消沈の色を顔に浮かべていた。
エレインの能力は、視線を合わせたものの過去を知ることができる。
いいことなど一つもなかった。
知りたくもない人の記憶を盗み見る力を、罵倒する者が数え切れないほどいた。妹の心労を気遣うことはなく、「人の思い出を覗いて楽しいか」と蔑まれて、彼女は影で泣いていた。こんな力など欲しくなかった、何故自分がこんなにも苦しまなければならないの、どうして魔眼を持って産まれてしまったの、どうして、どうして、どうして! そう言って泣きじゃくるエレインを何度も胸に抱き寄せ宥め続けたラインハルトは、自分がその力を宿して産まれていたらと、何度も繰り返し運命というものを恨んだ。たった一人しかいない家族が、可愛い妹一人が苦しんでいるのに、何の慈悲もくれない神も、見下すことしか考えていない下衆も、武器を持つ以外に力がない自分も、許せなかった。
世界を憎まずにはいられなかった。
「ずっとあいつらを追っていたから疲れただろうから、今日はもう宿に戻って休もう。な?」
精一杯の強がりで、ラインハルトは早歩きで進む。
しかしエレインの足は動かず、話を聞いてほしいと言わんばかりの眼差しを向けた。
「兄さま、わたくしは、間違えていました」
「何を言っている?」
「ずっとわたくしは魔族を敵だと思い込んでいました。人族の敵だと。ですがあの方……シリウス様の金色の瞳が教えてくださいました。十年前、かの亡国で何があったのかを。わたくしは、わたくし達は、あの方の行く手を阻む資格がないのです……ライル兄さま」
「……聞かせてくれ、エレイン。お前の魔眼は、一体何を視た?」
ラインハルトは、エレインの言葉に耳を傾ける。
歩きながら聞こうとしていたが、やがて彼女によって聞かされた真実に、思わず足を止める。
「では……魔族たちは、何もしていないのに滅ぼされたのか……!?」
傍らにいたノイはシリウスを脇に抱えて、大地を踏みしめる。リネアとほぼ同じく、空へと跳躍した。
長い黒髪が風を切り、妹を庇いながら「待て!」と吠えるラインハルトが遠ざかり、やがて見えなくなった。
屋根の上に着地したノイはシリウスを座らせた。その横ではリネアが着地している。
シリウスは上から元いた場所を眺めて、初めて白煙の威力を思い知る。
走ってきた道だけでなく、果物屋の裏の通りや反対側の道も同じように煙っていて、冒険者や傭兵であろう男たちも巻き込まれていた。慌てふためく男たちの喚き声が響いている。可哀想とは思わないが、多少の同情はしてしまう。シリウスは苦笑いを隠し切れなかった。
「ふふ…………やりすぎじゃないか」
「そうかなあ。長旅で疲れてる君のためにやったのに。僕は褒めてほしいところだよー? なーんてね」
照れたように、少年――ミシェルは柔らかく微笑む。
「……会えて嬉しいよ、シリウス」
「俺も、会いたかったよ、ミシェル」
両手を腰に当てて誇らしげにする少年。銀灰色が入り混じるモーブブラウンの髪は、もみ上げの横二つだけを長く伸ばしていて、冷たい風に煽られ揺れている。大きく円い深紅の瞳が勝気に光り、白磁のような白肌も興奮気味に薄く色づいていた。美少年とも呼べる容姿にも拘わらず、自分の感情を最優先に出していく性格も、以前と同じだ。
最後にあった日から、この幼馴染は何も変わらない。服装が違っていても、ミシェルという個人は、何も変わらないでいてくれた。
(本当に良かった……生きていてくれて、良かった)
疲労感と安堵感が混ざり合って、項垂れたシリウスはその場から立ち上がることができないでいた。
白煙の中、取り残されたラインハルトは、エレインの肩を抱きながら探り探り歩いていた。
どれだけ続いているのかわからない道のりの果てしなさにうんざりして、ラインハルトは愚痴る。
「全く、他人を信用するからこうなった。やはり頼れるものは自分と肉親だけだ。そうだろ、エレイン?」
「……あの、兄さま」
「皆まで言うな。これは俺の責任だ。最初からお前の注意だけを聞いていればよかったんだ」
「兄さまっ」
「…………どうした」
白い霧が晴れてようやく互いの顔がはっきりと見えた時、隣にいる妹の顔が曇っているのに気づき、ラインハルトは不思議そうに訊ねる。
先ほどの、魔眼が発動されてからずっと、エレインは意気消沈の色を顔に浮かべていた。
エレインの能力は、視線を合わせたものの過去を知ることができる。
いいことなど一つもなかった。
知りたくもない人の記憶を盗み見る力を、罵倒する者が数え切れないほどいた。妹の心労を気遣うことはなく、「人の思い出を覗いて楽しいか」と蔑まれて、彼女は影で泣いていた。こんな力など欲しくなかった、何故自分がこんなにも苦しまなければならないの、どうして魔眼を持って産まれてしまったの、どうして、どうして、どうして! そう言って泣きじゃくるエレインを何度も胸に抱き寄せ宥め続けたラインハルトは、自分がその力を宿して産まれていたらと、何度も繰り返し運命というものを恨んだ。たった一人しかいない家族が、可愛い妹一人が苦しんでいるのに、何の慈悲もくれない神も、見下すことしか考えていない下衆も、武器を持つ以外に力がない自分も、許せなかった。
世界を憎まずにはいられなかった。
「ずっとあいつらを追っていたから疲れただろうから、今日はもう宿に戻って休もう。な?」
精一杯の強がりで、ラインハルトは早歩きで進む。
しかしエレインの足は動かず、話を聞いてほしいと言わんばかりの眼差しを向けた。
「兄さま、わたくしは、間違えていました」
「何を言っている?」
「ずっとわたくしは魔族を敵だと思い込んでいました。人族の敵だと。ですがあの方……シリウス様の金色の瞳が教えてくださいました。十年前、かの亡国で何があったのかを。わたくしは、わたくし達は、あの方の行く手を阻む資格がないのです……ライル兄さま」
「……聞かせてくれ、エレイン。お前の魔眼は、一体何を視た?」
ラインハルトは、エレインの言葉に耳を傾ける。
歩きながら聞こうとしていたが、やがて彼女によって聞かされた真実に、思わず足を止める。
「では……魔族たちは、何もしていないのに滅ぼされたのか……!?」
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