優しき魔王は平和を望む

雪峰桃里

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第一章 復興

13話

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 最初に来た時と同じく裏口から図書館に向かおうとしたが、やはり鎧を身につけた柄の悪い男たちが近辺をうろついているのが見えて足を止めた。
 あの双子のように、中には自分たちの顔を見た者もいるはずだ。服はもらったが肝心の顔を隠すフードか何かはなかった。今から覆うものでもするべきかと思案すると、シリウスの頭を大きな布が覆い被さる。

「わっ」
「やっぱり魔法使いは魔法使いらしい衣装をしなきゃね!」
「……帽子か? これ」

 風の魔法で浮き上がったミシェルが布の何かを乗せてきたようだ。
 手探りで形を調べると、尖った先端が重みに耐えきれず折れてしまっているのがわかった。絵本でよく見たことのある魔法使いの帽子そのものであることに感動を抑えきれない。一度は被ってみたかったのだ。

「ってこれ女性用なんじゃないか? 頭の入り口が小さい……」
「ごめーん、それしかなかったんだ。でも違和感はないから安心して!」
「何も安心じゃないんだなあ」
「よく似合っておられますよ、シリウス様」
「ありがとう、二人も様になって…………うん、なって、るよ、かっこいい……な?」
「語尾が迷ってるっスけど」

 シリウスが口ごもっていたのは、二人と目線を合わせづらくなったからだった。
 まずはリネア。鉄製の兜を被っていて、しかも喉の先までを覆っている。彼女の怜悧な顔立ちが今は鉄に隠されていて、目が見えるように開けたらしい穴からは暗闇がこちらを覗いていた。青紫色の瞳を見つけようとしたが、シリウスはついに諦めてしまった。
 次にノイ。彼は単純に鼻から下を深緑色のスカーフを巻いているだけだったが、眼光の鋭さと表情のなさが相俟ってどこかの盗賊と間違えられそうな姿になっている。様になっているという言葉はこのためにあるものだが、少し褒めるのに戸惑いを覚えた。
 とりあえず二人とも、気に入ってそうだから良しとする。

「こんな格好でうろついていたら目立つんじゃないスか?」
「いーのいーの。ここでの常識はこうなんだから。さっ早く行こう!」

 ミシェルは裏口を開けると手招きして大通にを誘導すると、正午を告げる鐘が周囲に響き渡った。祭り期間中のシャマーレで最も賑わう時間帯でもあるが、最初にギルド会館に来た時よりも忙しなくする人々の多さに驚く。あと十日もすれば豊漁祭も終わり、売り出し価格の品が元に戻ってしまうから急いでいるんだと、ミシェルが言っていた。確かに先ほど「品切れ御免」の文字をでかでかと記したチラシが落ちていた。あれを見ただけで道を駆け抜けていく人が激増するんだなあ、とシャマーレの民の商魂逞しさを垣間見た。
 ギルド会館を出て左の道に沿って歩くと、あの果物屋の奥から見た景色が見えてきた。
 こんなに近かったのかと、女店主とその旦那を探そうとすると、傭兵らしき複数人のヒューマン族が周囲を睨みながら歩いてきていた。

「あれは…………」
「ふ~ふんふー~ん♪ 紅い~月は~わたしを狂わせーて~♪」

 一瞬動揺したが、鼻歌を歌いだすミシェルに平常心を取り戻す。スカーレットが気に入っていた歌を、わざと下手くそに歌っている。
 本当に大丈夫なのか……と帽子を深く被り直すと、彼らは舌打ちする動きをした後、元来た道を引き返して人の波の中に消えていった。
 シリウスたちを視界に入れていたはずなのに、気に留めもしなかったのだ。

「ねっ大丈夫だったでしょう?」
「魔法……じゃないよな。幻覚魔法とか」
「いざとなったらやるけどね。シャマーレの冒険者は派手な格好してる奴が多くてさ、他国のギルドの人が来たら浮きすぎるって指摘されるレベルなんだよね~。実はこれでも地味な部類に入るんだけど、今の奴ら『上級冒険者が新人を連れて歩いてる』って向こうが勝手に勘違いしてくれたみたいだねえ。僕ってすごい有名人だから!」

 胸に手を当てて誇らしげにする様子に、シリウスは妙に納得してしまった。
 極東の国ミズホには『木を隠すには森の中』という諺が伝わっていて、昔その言葉を書物で読んだことを覚えていたシリウスは、このことかと理解を深めた。
 十三年も先に産まれたミシェルの方が頭が回るようだ。

「シリウス様、お疲れではないですか。暫くお部屋での暮らしでしたが……」
「ああ、平気だよ。これでも少しは基礎鍛錬してたんだ」
「…………シリウスさんが、鍛錬? へえ?」
「どういう意味なんだ、ノイ。俺だってただ寝て食べてを繰り返してたわけじゃないぞ」
「ふ~ん? 腹筋十回で力尽きてたシリウスが、基礎鍛錬なんてねえ。成長したなあ」
「……ミシェルいつの話をしてるんだ?」
「さぁていつだったかなあ」

 揶揄うように笑っているミシェルに、半信半疑で見つめてくるノイ、どこで仲裁に入ろうか機会を見計らうリネアを見やると、シリウスは思わず口元に笑みを作る。
 彼らには自分が無理をしていることなどお見通しなのだろう。
 正直なところ、部屋をぐるぐる歩き回ったとてたかが知れているし、基礎鍛錬はしていたが、幼馴染の言う通り数十分で床に伏してしまっていた。こればかりは体質的にどうしようもないのだ。どんなにきつい運動をしても筋肉がつかない、つきにくい性質をしているから、ノイのような隆々な体は憧れても手が届かないのだ。
 足が痛いし、なんなら全身が軋んできている気さえしてくる。
 歩くだけなら大丈夫。走るのは厳しそうだ。……こんな時に魔法が使えたらなあ、と思わずにはいられない。
 雑談しながら進んでいると、ミシェルが突然小走りで道の端にいた老人に駆け寄り話しかける。
 灰色のベストの上に艶やかな黒ジャケットを着込み、藍色の石がついた紐ネクタイをした紳士風の男だ。

「……………………闇を駆ける旅人の星」
「闇を照らす恩寵の月!」
「また来たのかミシェル坊や」

 うんざりした声色の白髪の老人は、片眼鏡モノクルを上げながら背後にいるシリウスたちを一瞥する。
 見た目とは裏腹に大分口が悪い。
 
「仲間を連れてきてどうしたのかね。儂を脅すと?」
「そんなわけないでしょー! 昨日言った通り、ビブリオさんが気に入る人を連れてきたんだよ。ほら見て!」

 憤慨したように指差すと、ずいっと顔をシリウスに近づける。
 よく整えられた白い髭を撫で付けながら「ほほぅ」と頷いていた。
 睨み合いになるかと思ったが、老人ビブリオは瞳の奥を覗くようにして置物のように動かない。……そもそもこの人物からは感じない。シリウスは彼の息遣いや瞬きの仕方から、ヒューマン族のように見えている老人を訝しげに見る。
 魔法が使えなくても、魔女に師事した彼の眼は魔力の流れを見ることに慣れすぎていた。足元を注視してから再度ビブリオを見て、問いかける。

「……図書館は、地下にあるのですか?」
「おや、そこまでわかるとはな。ほほっミシェル坊やも口だけかと思ったが……」
「本当一言余計なんだよなっ」

 頬を膨らませたミシェルの横を通り過ぎると、注意しないと聞き漏らすほどの大きさのしわがれた声で「ついてこい」と促す。
 振り向きながらニヤリと笑う彼は、何やら楽し気な雰囲気を漂わせていた。

「予約の手続きをしようじゃないか。ご案内しよう……」

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