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第一章 復興
12話
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無二の友に誘われてギルドの宿舎で休息する中、シリウスは暇を持て余していた。
ベッドに押し込まれてから二週間、身体を動かしても苦痛にならなくなったので、ちょっとそこまで散歩に出ようとしたところ、絶対安静だとリネアに𠮟られて部屋に逆戻りさせられた。更にその翌日に性懲りもなく扉を開けようとしてみたが、入り口でノイが座って門番をしていて出られない――クローゼットか何かを置いて監禁しているのかと疑うほどにが動かなくなっていた。
歩き回れる範囲は部屋の中だけ。これはやりすぎでは、とリネアに苦言を呈したところ、「御身の為ですから」と神妙な面持ちで言われてはシリウスに返せる言葉はなかった。
こういった経緯で、シリウスは順調に体調を整えていった。とはいえど、魔法使いが魔法を封じられるという致命傷は一朝一夕で治せるものではないため、快復には程遠い。
ミシェルが何かしらの手がかりを見つけ出してくれれば進展する。だから今は窮屈だろうと我慢するしかない。
窓枠に両手をついて外を眺めることが日課になり始めていて、これは意外と面白かった。
使わせてもらっている部屋は中庭に面していて、色んな人々が代わる代わる使っているようだ。楕円型に造られた庭園には木を組み合わせてできた簡易的な遊具や、三人で座れる焦げ茶色の長椅子が四か所あり、隅には小さな花が咲いた鉢植えが幾つか設置されている。日によって年齢層が異なり、親子や恋人同士、老夫婦が利用している時もあった。今回は子供が六人集まって追いかけっこをしていた。これだけの広さなら満足して遊べるだろう、と思わず笑みが浮かぶ。
扉を叩く音に、後ろを振り返って声をかける。
「どうぞ」
「失礼いたします、シリウス様」
「ふふっやっぱり暇そうにしてるねー」
「お陰様で、な」
入ってきたのはミシェルとリネアで、ノイは番人を続けるために顔だけを傾けていた。
シリウスの頭頂部から爪先までを流し見て、ミシェルが安心したように笑う。
「ここに来た時はドブネズミみたいだったのに、綺麗な黒猫になったね! よかったよかった」
「随分な言われようだ。でも部屋を貸してもらうだけじゃなく衣服までもらえるなんて……きちんとお礼を言わないとな」
「いいよ別に。僕が十二分に感謝の気持ちを送っておいたから」
「それは…………大丈夫なものなのか?」
「心配ないって! これまで拾った宝石とか武器とか、そんなもんだからさ」
「そんなもん、て。ミシェルがいいならいいんだが」
シリウスたちが冒険者用の新品同然な衣装に袖を通せるのは、単にギルドマスターの温情があったからだ。《梟の館》の総支配人である彼は魔族に対する偏見がない、この時代で珍しい部類のヒューマン族で、シャマーレという国を興した一人という肩書きを持つ。ミシェルは彼に多大な恩を売っていて、今回はそれらを全て返すためにシリウスたち三人を受け入れたという。経緯はさておき、衣食住を保障してくれた彼はシリウスの大恩人となったのは間違いない。
もらった着替えもそうだ。質素な上衣の襟は顎の下まで立っていて、その上を膝上まですらりと伸びる細身の黒い外套が覆っている。動きやすい下服も体格に沿った作りでありながら行動を阻害しない一級品であることがわかった。……一級どころではないと思い至ったのは、腰のベルトやショートブーツの表面と肌触りの良さが原因だった。もしかすると高級素材とされている魔物の皮をふんだんに使っているのでは、とミシェルに訊ねるが「あの人なりの矜持というか畏敬というか、まあ気にしないであげてよ」と苦笑交じりに答えられた。やはり会う機会に恵まれたら礼を言うべきだと、シリウスは心の底にしまい込んだ。
よく見るとリネアとノイも同じような意匠の服を着ている。細部に違いはあるが、揃った服を着ることはなかったので、少々気恥ずかしさと嬉しさがこみ上げる。
「さてと。もうそろそろシリウスにも働いてもらわないとね」
「今日は何をするんだ?」
「この国にある、世界一の規模を誇る図書館に行こうと思う。……といっても、少なくとも今日は入れないけど」
「何故です?」
リネアの言葉にミシェルが小さな手をひらひらと振る。
「あそこは予約制でね。一日一組だけ通してもらえるんだ。理由は色々あるけど、大体は呪われた禁書とか暗殺に向いている毒草図鑑とか発禁ものの蔵書がわんさかあるからだと思うよ。勿論一般人向けの図書館もあるけど、愛しのシリウスの頼みはそっちにはなかった。今日は予約を取りに行くのさ」
「それ……俺が行かなくてもミシェルだけでいいんじゃないか?」
疑問を口にすると、彼は小さく首を横に振った。
「あそこの管理人は変わっててさ、入る人を見て決めてるんだ。昨日、念のため僕だけで行ったけどダメって言われちゃった」
「ええ、有名な冒険者が断られるのか? なら俺でも無理じゃ」
「絶対シリウスなら気に入ってもらえるよ! 僕の勘はよくあたるから絶対絶対大丈夫!」
「どこからそんな自身が……まあいいか、出発しよう」
皆が頷くのを確認して、ミシェルの後ろに続いていく。
シリウスは内心、ようやく外に行けると喜ぶでいっぱいだった。丁度いい広さの部屋で過ごしやすくはあったが窮屈な日々には少々飽きていたところだから、青空の下に行けるのがこんなにも恵まれたことなのかと、仰々しく考えてしまう。ミシェルを追いかけながら、シリウスの心は踊っていた。
――その姿を遠くから見つめる眼差しに気づきもしないで。
ベッドに押し込まれてから二週間、身体を動かしても苦痛にならなくなったので、ちょっとそこまで散歩に出ようとしたところ、絶対安静だとリネアに𠮟られて部屋に逆戻りさせられた。更にその翌日に性懲りもなく扉を開けようとしてみたが、入り口でノイが座って門番をしていて出られない――クローゼットか何かを置いて監禁しているのかと疑うほどにが動かなくなっていた。
歩き回れる範囲は部屋の中だけ。これはやりすぎでは、とリネアに苦言を呈したところ、「御身の為ですから」と神妙な面持ちで言われてはシリウスに返せる言葉はなかった。
こういった経緯で、シリウスは順調に体調を整えていった。とはいえど、魔法使いが魔法を封じられるという致命傷は一朝一夕で治せるものではないため、快復には程遠い。
ミシェルが何かしらの手がかりを見つけ出してくれれば進展する。だから今は窮屈だろうと我慢するしかない。
窓枠に両手をついて外を眺めることが日課になり始めていて、これは意外と面白かった。
使わせてもらっている部屋は中庭に面していて、色んな人々が代わる代わる使っているようだ。楕円型に造られた庭園には木を組み合わせてできた簡易的な遊具や、三人で座れる焦げ茶色の長椅子が四か所あり、隅には小さな花が咲いた鉢植えが幾つか設置されている。日によって年齢層が異なり、親子や恋人同士、老夫婦が利用している時もあった。今回は子供が六人集まって追いかけっこをしていた。これだけの広さなら満足して遊べるだろう、と思わず笑みが浮かぶ。
扉を叩く音に、後ろを振り返って声をかける。
「どうぞ」
「失礼いたします、シリウス様」
「ふふっやっぱり暇そうにしてるねー」
「お陰様で、な」
入ってきたのはミシェルとリネアで、ノイは番人を続けるために顔だけを傾けていた。
シリウスの頭頂部から爪先までを流し見て、ミシェルが安心したように笑う。
「ここに来た時はドブネズミみたいだったのに、綺麗な黒猫になったね! よかったよかった」
「随分な言われようだ。でも部屋を貸してもらうだけじゃなく衣服までもらえるなんて……きちんとお礼を言わないとな」
「いいよ別に。僕が十二分に感謝の気持ちを送っておいたから」
「それは…………大丈夫なものなのか?」
「心配ないって! これまで拾った宝石とか武器とか、そんなもんだからさ」
「そんなもん、て。ミシェルがいいならいいんだが」
シリウスたちが冒険者用の新品同然な衣装に袖を通せるのは、単にギルドマスターの温情があったからだ。《梟の館》の総支配人である彼は魔族に対する偏見がない、この時代で珍しい部類のヒューマン族で、シャマーレという国を興した一人という肩書きを持つ。ミシェルは彼に多大な恩を売っていて、今回はそれらを全て返すためにシリウスたち三人を受け入れたという。経緯はさておき、衣食住を保障してくれた彼はシリウスの大恩人となったのは間違いない。
もらった着替えもそうだ。質素な上衣の襟は顎の下まで立っていて、その上を膝上まですらりと伸びる細身の黒い外套が覆っている。動きやすい下服も体格に沿った作りでありながら行動を阻害しない一級品であることがわかった。……一級どころではないと思い至ったのは、腰のベルトやショートブーツの表面と肌触りの良さが原因だった。もしかすると高級素材とされている魔物の皮をふんだんに使っているのでは、とミシェルに訊ねるが「あの人なりの矜持というか畏敬というか、まあ気にしないであげてよ」と苦笑交じりに答えられた。やはり会う機会に恵まれたら礼を言うべきだと、シリウスは心の底にしまい込んだ。
よく見るとリネアとノイも同じような意匠の服を着ている。細部に違いはあるが、揃った服を着ることはなかったので、少々気恥ずかしさと嬉しさがこみ上げる。
「さてと。もうそろそろシリウスにも働いてもらわないとね」
「今日は何をするんだ?」
「この国にある、世界一の規模を誇る図書館に行こうと思う。……といっても、少なくとも今日は入れないけど」
「何故です?」
リネアの言葉にミシェルが小さな手をひらひらと振る。
「あそこは予約制でね。一日一組だけ通してもらえるんだ。理由は色々あるけど、大体は呪われた禁書とか暗殺に向いている毒草図鑑とか発禁ものの蔵書がわんさかあるからだと思うよ。勿論一般人向けの図書館もあるけど、愛しのシリウスの頼みはそっちにはなかった。今日は予約を取りに行くのさ」
「それ……俺が行かなくてもミシェルだけでいいんじゃないか?」
疑問を口にすると、彼は小さく首を横に振った。
「あそこの管理人は変わっててさ、入る人を見て決めてるんだ。昨日、念のため僕だけで行ったけどダメって言われちゃった」
「ええ、有名な冒険者が断られるのか? なら俺でも無理じゃ」
「絶対シリウスなら気に入ってもらえるよ! 僕の勘はよくあたるから絶対絶対大丈夫!」
「どこからそんな自身が……まあいいか、出発しよう」
皆が頷くのを確認して、ミシェルの後ろに続いていく。
シリウスは内心、ようやく外に行けると喜ぶでいっぱいだった。丁度いい広さの部屋で過ごしやすくはあったが窮屈な日々には少々飽きていたところだから、青空の下に行けるのがこんなにも恵まれたことなのかと、仰々しく考えてしまう。ミシェルを追いかけながら、シリウスの心は踊っていた。
――その姿を遠くから見つめる眼差しに気づきもしないで。
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