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第三章 ついに巡り合う二人
47. 口付
しおりを挟む第016日―9
「ミルムを助けに行こう。案内してもらえる?」
僕の言葉を聞いたサツキが微笑んだ。
「分かった。任せておけ」
そう言うと、サツキが僕の手を取った。
僕達の周囲を、余人には不可視の霊力の力場が包み込んでいく。
次の瞬間、周囲の景色がグニャリと歪んだかと思うと、いきなり薄暗い空間に切り替わった。
どうやら霊力で、サツキの話していた遺跡のような場所へ転移したらしい。
周囲を見渡すと、大勢の子供達が縄で縛られて転がされており、その周りを、斧を手にした牛頭、人型のモンスター達十数体が固めていた。
モンスター達は、突然転移して来た僕達に一瞬虚を突かれた感じではあったけれど、すぐに襲い掛かって来た。
しかし次の瞬間、全てのモンスター達が、いきなりその場で崩れ落ちて絶命した。
「何をしたの?」
「こいつらの魔結晶を霊力で破壊した」
どうやら、子供達を巻き込まないように、モンスターの核である魔結晶のみを攻撃したらしい。
サツキは、縛られたまま成り行きを呆然と見ていた子供達を一瞥した後、僕に告げてきた。
「この中にはミルムという子供はいない。向こうの奥の部屋にいるようだ」
そして、何故か少し怪訝な顔をした後、すたすたと奥の部屋に続く通路へ向かって歩き出した。
僕は捕えられていた子供達に、自分達が助けに来た事、ここで静かに待っていて欲しい事等を手短に説明してから、慌ててサツキを追いかけた。
奥の部屋は、あの北の塔や竜の巣とよく似た祭壇のような物が設置されていた。
しかし異様な事に、一人の少女が仰向けに横たわった姿勢で、祭壇の前の宙に浮いていた。
その傍には、数人の魔族達が立ち、何かを詠唱していた。
僕達が奥の部屋に踏み込むと、彼等は一斉にこちらに視線を向けてきた。
その内の一人、詠唱に参加していない魔族が叫び声を上げた。
「お前達は何者だ? どうやってここまで来た?」
サツキが僕に囁いた。
「あれがミルムという子供のはずだが、様子がおかしい」
サツキの顔が心なしか、少し強張っている。
僕は魔族達に向かって叫んだ。
「子供がモンスターに攫われたと聞いて助けに来たんだ。大人しく、皆を開放してほしい」
「人間風情が、我等の神聖なる儀式の邪魔立てをするか? 貴様も我等が魔神の贄となれ」
指揮官と思われる魔族が、手に持つ杖を振り上げた。
すると宙に浮くミルムの額から、突如として、薄紫色に輝く無数の触手が溢れ出てきた。
それはあっという間に僕に迫り、僕の胸元を貫いた。
不思議な事に、それは僕に何の痛みも出血ももたらさなかった。
代わりに、何か……
急速に……吸われ……
…………
……
そのまま、僕は意識を失った。
「カケル!?」
カケルが異様な触手に胸元を貫かれ、意識を失った瞬間、サツキは自身の霊力を展開してその触手の切断を試みた。
しかし何故かそれは上手くいかない。
魔族の指揮官の目が細くなった。
「ほう……やはり貴様ら、只の人間ではないな?」
魔族の指揮官が合図をすると、魔族達は詠唱を中断し、それぞれ戦闘態勢を取った。
サツキは彼等を睨みつけながら、右手を高々と掲げ、光球を出現させた。
そしてそれを直ちに剣へと変え、予備動作無しでそこに宿る殲滅の力を解放した。
魔族達は文字通り、一瞬にして殲滅された。
しかし異様な事に、彼等の死体から陽炎のように揺らめく何かが立ち上り、ミルムの身体へと次々と流れ込んでいく。
すると彼女の額から溢れだしている触手がその力を増し、サツキにも襲い掛かって来た。
サツキは咄嗟に剣を光球に戻すと、光球自体を全力でミルムにぶつけた。
ミルムの身体が紫色に輝き、触手は声無き断末魔を上げながら消滅していった。
サツキはそれを見届けるや否や、カケルに駆け寄った。
そして彼の胸に自身の手を置き、急速に霊力を注ぎ込んだ。
……
…………
ゆっくりと意識が戻って来る。
目を開けた瞬間、僕はいきなりサツキに抱き付かれた。
彼女の柔らかい身体と体温を全身で感じる事になった僕は、顔が赤くなるのを自覚した。
「サ、サツキ? 一体何があったの?」
「馬鹿者! 死んでしまったかと焦ったではないか」
見ると、サツキは目に涙を浮かべていた。
僕は彼女を安心させようと、彼女の綺麗な黒髪をそっと撫ぜた。
「多分サツキと同じで、簡単には死なないと思うよ」
塵になっても復活したし。
「しかしあの触手は霊力を吸い上げていた。霊力を全て失えば、いかな我等でも消滅するやもしれん」
僕は改めて、自分がミルムから伸びてきた触手に貫かれた事を思い出した。
「そうだ、ミルムは?」
急いで身を起こした僕は、祭壇の傍で倒れている少女に駆け寄った。
どうやら、少女は気を失っているだけのようであった。
僕は改めてサツキに問い掛けた。
「さっきの触手は一体?」
「正体は不明だが、一応、霊力で封印した」
「封印って、もしかしてミルムの中にまだあの触手がいるって事?」
「大丈夫だ。あの触手を変質させたからな。二度と額から触手は伸びてこないはずだ」
その言い方が少し可笑しくて、不謹慎だと思いながら、思わず僕は笑ってしまった。
「むっ? 何故笑う? 私がどれだけ肝を冷やしたことか」
「ごめんごめん。でも有り難う。僕もミルムも助けてくれて」
改めてサツキに頭を下げた。
彼女は一瞬きょとんとした後、少し照れくさそうな顔になった。
捕えられていた子供達全員をアルザスの街近くに転移させ、名前を告げずにその場を離れた僕とサツキは、夕焼け空の下、小高い丘の上にいた。
ここは僕がこの世界に来た初日、金色のカードや身の回りの物一式が入ったリュックサックを拾った場所でもあった。
ただし、時代が400年ずれてはいるけれど。
「なんか色々あったね」
「うむ、最後の触手騒ぎを除けば楽しかった。こんなにもこの世界の空気を吸い、日差しを感じ、人間の営みをゆっくり眺めたのは初めての体験だ」
そう口にした彼女は、僕の顔を見て微笑んだ。
夕陽に照らされたその美しい顔に、僕は思わず見惚れてしまった。
「さて、そろそろ扉が開く」
「扉?」
「無論、『彼方の地』への扉だ」
「えっ? その……処理が終わらないと帰れないんじゃなかったっけ?」
幸いと言うべきか、勇者はまだ、誰も消去されてはいないはず。
「今まではそうであったのだがな……とにかく、もうすぐあちらに引き戻される事になりそうだ」
そう話した彼女は、何故かとてつもなく寂しそうな顔をしていた。
そんな彼女に、掛けてあげられそうな言葉を探していると、ふいにサツキが口を開いた。
「私と共に、悠久の時をこの世界で過ごしてみぬか? 『彼方の地』へ帰らず、処理も忘れて……」
彼女の言葉に、僕の心臓がドクンと跳ね上がった。
彼女と過ごしたのはたった半日だったけれども、それは僕にとっても忘れ難い半日で……
だけど……
「ごめん。僕には帰らなきゃいけない場所があるんだ」
僕の答えを聞いた彼女の顔に優しい表情が浮かぶのが見えた。
彼女は僕の手に、ちょうど手の平に納まる位の大きさの、丸く不思議な輝きを放つ紫色の結晶を、そっと握らせてきた。
その結晶の内部に、膨大な量の霊力が封じ込められているのが伝わってきた。
「戻る時にはそれを使え」
「……知っていたんだ」
「お前が元いた世界では、私はどうなっていた?」
しかし、すぐに彼女は自分の問い掛けを打ち消した。
「いや、聞いては楽しみが減るな」
そして、彼女の身体が少しずつ背景に同化するかの如く、滲みだした。
「そろそろお別れだ。帰る前にもう一つ、大事な物をやるから、目を瞑ってくれ」
「大事な物?」
「いいからいいから」
彼女に急かされ、僕が目を瞑ると……唇に柔らかい物が触れた。
同時に温かい何かが流れ込んでくる。
この半日、無言を貫いていた僕の中のハーミルが、仰天しているのが伝わって来た。
突然、僕の脳裏を一連の情景が駆け巡った。
過去からの残響、
未来へ向けて放たれる想い、
まだ知らない誰かの詠唱の声、
まだ知らない誰かの絶望、
まだ知らない誰かの希望、
まだ知らない、だけど決して忘れてはいけない誰かの戦い、
そして……
『私は必ず“お前”に会いに行く。例え何千年かかろうとも、必ず! だからその時は……』
今のは……!?
僕が驚いて目を開けると、耳まで真っ赤になった彼女が唇を離し、俯いた。
「そうか、だから私は、こんなにもお前の事が……」
彼女は自分の唇に指を当て、そっと呟いた。
そして彼女の姿は、黄昏の中に溶けるように消えていった。
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