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第六章 神に行き会いし少年は世界を変える
187.矜持
しおりを挟む彼女が人を侮り、ただの便利な道具と見なすのなら、
私達は人を信じ、世界の命運をその手に委ねよう。
16日目―――7
ゼラムにはもちろん、冥府の災厄を護る不可視の盾は見えてはいなかった。
しかし天性の資質、そして1,000を超える実戦経験により、彼は不可視の盾に生じた僅かな隙間を感じ取る事が出来た。
そしてそこへ、彼がいままで愛用してきた大剣を捻じ込んだ。
大剣は狙い違わず、冥府の災厄たる少年の左の肩口を大きく切り裂いた。
鮮血が吹き上がり、少年が苦悶の呻き声を上げる。
ゼラムはさらに追い打ちを掛けようとしたけれど、邪術によって身体能力を飛躍的に向上させているらしい少年は、大きく後ろに跳躍してゼラムから距離を取った。
大剣に主が与えて下さった加護の効果――少年の邪術の源、霊力を漏出させる――によるものだろう。
少年はふらつき、足元は覚束なくなっていた。
ゼラムは抑えきれない苛立ちと共に、先程から抱いている疑問を口にした。
「貴様、何故反撃してこない? 守護者様から奪った力はどうした?」
少年は喘ぎながら言葉を返してきた。
「僕は誰からも力を奪ったりしていない。それに……」
霊力の漏出が続いているからであろう。
少年は明らかに苦しそうな表情で言葉を続けた。
「あなたを傷付けたくないからですよ」
少年の言葉は、ゼラムの自尊心を著しく傷付けた。
俺を?
傷付ける?
1,000戦以上無敗、かつ戦いで傷を負わされた経験など皆無のこの俺を?
「舐められたものだな。敵に気遣ってもらわなきゃいけない程、弱くは無いと思うんだがな」
先程、冥府の災厄たるこの少年を斬り裂いた時、十分過ぎる程の手応えを感じ取る事が出来ていた。
冥府の邪術がいか程のものであれ、あれ程の深傷、容易には治癒しないだろう。
そしてその間、大剣に与えられた加護が効果を発揮し続けるとすれば、いずれ少年の邪術も破れる時が来るはず。
ゼラムは攻撃を再開した。
霊晶石を使い、少年を護る不可視の盾に隙間を作り、そこへひたすら大剣を打ち込み続ける。
その間、少年は何故か反撃して来る事無く、ひたすら回避に専念し続けていた。
しかしついに少年を護る不可視の盾が消滅する瞬間がやってきた。
尻もちをつき、意識朦朧となっている少年に、ゼラムが大剣を突き付けた。
「冥府の災厄よ、最後に答えろ。なぜ俺の娘を殺した?」
少年は焦点の定まらない目を泳がせつつ、言葉を返してきた。
「……セリエを、殺したりしていない……それに、セリエは……」
「まだ言うか? ならば、死して己の命でその罪を贖え!」
ゼラムは大剣を高々と振り上げた。
―――ゼラム! ゼラム! ゼラム!
潮騒のように、仲間達が上げる歓喜の叫び声が聞こえてくる。
そしてゼラムは大剣を振り下ろして……
しかし彼の大剣は、少年の首を両断する寸前の位置で停止していた。
ゼラムは、目も虚ろなまま朦朧とした様子の少年に問い掛けた。
「……何故反撃してこない?」
しかし少年から答えは帰ってこない。
もしかすると、意識を失いかけているのかもしれない。
ゼラムは代行者エレシュから、冥府の災厄たる少年に無残に殺される娘の映像を見せられた。
ゼラムが見た映像の中で、少年は、泣き叫び無抵抗な娘の手足を一本、また一本と楽しむように、切り刻んでいた。
セリエにとどめを刺した時の少年の顔には、愉悦の表情が浮かんでいた。
その様子に、ゼラムは体中の血液が沸騰するかの如き、怒りを覚えた。
しかし今戦ったこの少年は、どうであったか?
守護者から力を奪い、人々を魅了し、ヨーデの街中に化け物を召喚して多数の住民達を殺戮したという、冥府の災厄の片鱗も感じられなかった。
ゼラムは剣奴として、820人の獣人、170人のドワーフ、45人の人間と戦い、勝利してきた。
剣奴にとっての敗北は死。
だからゼラムの対戦者達は、常に“全力で”ゼラムを殺そうと挑んできていた。
そしてゼラムもまた、生き残るために彼等を“全力で”殺してきた。
しかしこの少年は“全力で”、“ゼラムを傷付けない事”を優先して行動していた。
ゼラムがこの少年を殺せる武器――受けた傷口から、邪術の源たる霊力を漏出させ続ける加護を受けた大剣――を手にしているにも関わらず。
代行者エレシュは、わざわざ【女神の奇跡のポーション】を持たせてくれた。
それはこの少年が、確実に自分を傷付ける事が出来る攻撃力を持っている事の証明であろう。
にも関わらず……
本当にこの少年は、あの、セリエを殺した冥府の災厄なのか?
ゼラムはそれを確かめたいと願った。
だから彼は……
―――ジョボジョボジョボ……
朦朧としていた僕の意識が、次第に明瞭になってきた。
何かの液体を頭から掛けられている?
「な、何が!?」
僕は自分が、まだ尻もちをついている姿勢である事に気が付いた。
ふと見上げると、目の前にゼラムさんの姿があった。
彼は、僕が意識を取り戻したのを確認すると、手にしていた空き瓶を地面に放り捨てた。
そしてそのまま、つまり僕に視線を向けたまま、じっと佇んでいる。
ゼラムさんの意図を図りかねた僕は、しかし慌てて起き上がった。
そしてゼラムさんから距離を取ると、自分の状況を確認した。
傷が塞がり、出血も霊力の漏出も停止している!
何が起こったのかは分からなかったけれど、とにかく文字通り、首の皮一枚、繋がったようだ。
僕は急いで霊力の盾を展開しなおした。
そんな僕に、ゼラムさんが先程までは打って変わって、穏やかな口調で話しかけてきた。
「お前は、本当に冥府の災厄なのか?」
僕は、もう何度目になるか分からない同じフレーズを口にした。
「僕は冥府の災厄じゃない。セリエも殺していない!」
ゼラムさんはしばらくの間、じっと僕の顔を見つめた後、大声を上げた。
「代行者様! これはどういう事でしょうか?」
エレシュ、4人の守護者達、そして背後に控える剣奴達は、カケルとゼラムとの戦いを、十数m離れた場所からじっと見守っていた。
その彼等の目の前で、冥府の災厄が滅ぼされ、歓喜の瞬間が訪れようとしたまさにその時、当のゼラムが突然、【女神の奇跡のポーション】を使って災厄の命を救ってしまった。
一瞬、虚を突かれたような雰囲気を見せた後、エレシュの表情が一気に険しくなった。
「どういう事かは、私が聞きたいのだけど。何故その災厄を殺さないの?」
ゼラムはゆっくりと、エレシュの方に顔を向けた。
「この少年は、セリエを殺していません」
「何故そう思うの?」
「セリエを殺した者が、このような戦い方をする訳が無いからです」
「何言っているの? あなたも見たでしょ? そこの災厄が、あなたの大事な家族を切り刻んで殺す所を」
「確かに見せて頂きました。ですがその事も含めて、もう一度ご説明願えないでしょうか?」
ゼラムの言葉を耳にしたエレシュの顔が、苛立ちで歪んだ。
「分かってはいたけれど、獣人って、ホント、獣以下の知能しかないみたいね。あんなに簡単に魅了されてしまうなんて!」
ゼラムがやや抗議するような口振りになった。
「私は魅了などされておりません。ただ、どうしてこの少年が冥府の災厄と呼ばれ、セリエを殺した事になっているのか、お聞きしたいだけです」
「低能な獣人さん。あなたは小難しい事を考えずに、さっさとその災厄を殺せばいいの。二度は言わせないで!」
しかしゼラムは、ただその場に静かに佇んだまま動こうとしない。
それを確認したエレシュは、背後に控える剣奴達をちらっと見た。
そして、憤懣やるかたないといった風情で毒づいた。
「あんなのが最強名乗れるなんて、やっぱり剣奴は無能の集まりだったのね。所詮、殺し合いの見世物道化に、少しでも期待した私がバカだったわ」
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