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第七章 忍び寄る悪夢
229.自問
しおりを挟む第053日―4
「あんたが、“あの世界で成し遂げた何か”をぶち壊そうとしているのかも?」
「!」
ナイアのその言葉を聞いた僕は、思わず彼女の顔を、まじまじと見返してしまった。
彼女の顔には、いつもの不敵な笑みが浮かんでいた。
僕がさらに何か言葉を返そうとしたタイミングで、病室の扉がノックされた。
「カケルさん、入っても良いですか?」
やって来たのは、治療師兼神官のクルトであった。
部屋に入って来た彼は、ナイアが起き上がっている事を確認すると、驚いたような顔になった。
「ナイア様! お目覚めになられたのですね?」
「ああ、お陰様で。あの世に片足突っ込んでいたあたしを助けてくれたんだって? 感謝するよ。あとで治療院の皆にも、お礼を言いに行かないとね」
「ところで、どうやってお目覚めに……」
話しつつ、クルトがチラッと僕の方を見た。
口にした言葉とは裏腹に、もしかすると彼は、“ナイアがどうやって目覚めた”のか、ある程度把握しているのかもしれない。
そんな事を漠然と考えていると、ナイアがニヤリと笑った。
「まあ、自然に、さ。もしかしたら勇者ってのは、なかなかくたばらないように出来ているのかもね」
彼女の軽口に、クルトの口元も自然に綻んだ。
「それでは一応、他の治療師達も集めて、ナイア様のお身体に異常が残っていないか、確認させて頂きますね」
数分後、クルトは数人の治療師達と共に戻って来た。
ナイアの状態を調べた彼らは、呪詛を含め、あらゆる異常がきれいさっぱり消え去っている事を確認すると、皆、一様に驚きの声を上げた。
僕達が治療院の皆に見送られ、外へ出た時には、日は既に大きく西に傾いていた。
周囲全てが茜色に染め上げられる中、僕、メイ、そしてナイアの3人は、ハーミルの家へと戻る事になった。
道すがら、僕はナイアに話を振った。
「アレル達、大丈夫でしょうか?」
魔王城で対峙した時、魔王エンリルは、アレル達もまた、ナイアと同じくどこか他の場所に閉じ込められている事を示唆していた。
「ん? ああ、アレル達か。あいつも勇者だからね。簡単には、くたばったりしないだろうさ」
「でも結局、所在不明ですよね?」
「そんなに心配なら、あんたの霊力で、あたしん時みたいに、パパッと見つけたり出来ないのかい?」
「あれは偶然ですよ」
メイと南半球でオーロラ見たりしていたら、“たまたま”霊力の乱れに気付いただけだし。
ナイアは少し僕に探るような視線を向けてきた後、おもむろに話題を変えてきた。
「ま、とにかく、アレル達よりもヒエロンの始末の方が先だね」
そして僕の顔を、真剣な面持ちで覗き込んできた。
「いかな甘ちゃんのあんたでもさ、」
「えっ?」
「あいつの目的がはっきりすれば、そしてそれがこの世界に破滅をもたらすものだって分かれば……」
知らず心臓の鼓動が早くなっていく。
そして彼女の口から、僕の予想通りの言葉が紡ぎ出された。
「あいつを殺すの、手伝ってくれるんだろうね?」
彼女の鋭い視線に射すくめられたかのように、僕は言葉を返す事が出来なくなってしまった。
ヒエロンがもし、この世界の時計の針を巻き戻そうとしているのなら、
エレシュさんが、ポポロが、シャナが、銀色のドラゴンが、
そして僕と『彼女』が、
あの世界に生きた全ての人々の“想い”の力が、
進めたはずの時計の針を巻き戻そうとしているのなら、
僕はそれを必ず阻止しなければならない。
ヒエロンに告げるべきであろうか?
彼の言う“世界のあるべき姿”が、女神の支配する世界を指すのなら、
それは決して、理想郷でも何でもなかった、と。
魂の牢獄、と形容するに相応しい悪夢であった、と。
その時代に生きた人々が、どれほどの覚悟と決意を以って、それに立ち向かったか、を。
そしていまだ悪夢は、『彼方の地』に封じられているに過ぎない、と。
しかし全てを告げてもなお、いや、全てを知った上でなお、彼が“世界のあるべき姿”への回帰を願ったら?
その時、僕は彼を殺せるのだろうか?
仮初の命しか与えられていないはずのホムンクルスの【彼女】すら“殺せなかった”自分が?
モンスターではなく、自分と会話を交わし、温かく生きている“人間”を?
自分のこの手でその命を奪う覚悟を持つ事が出来るのだろうか。
答えの出ない問いかけが、延々と心の中を駆け巡る。
一言も会話のないまま、僕達はただ、黙々と歩いて行った。
ハーミルの家に帰り着く直前、ナイアが僕とメイに囁いてきた。
「ヒエロンの件、キース先生や他の皆にはしばらく伏せておこう。内容が内容だからね。出来るだけ早く、あたしから皇帝陛下に直接報告して、その判断待ちって事で。あんたらは、今日はあたしとは無関係に、どこかの街でデートでも楽しんでいたって事にしとくと良いさ」
「分かりました」
ハーミルの家に帰り着くとすぐに、僕達はキースさんの下を訪れた。
彼女はキースさんに、ただ、魔王城で魔王と戦い、仕留め損ねた事のみを報告した。
キースさんはナイアの話を聞いて驚いた様子を見せたけれど、すぐに彼女に労いの言葉を掛けた。
ナイアは一応、今夜はハーミルの家に泊る事になった。
そして明朝、皇帝ガイウスの軍営に向かい、ヒエロンの件も含めて、今日の出来事を報告する事になった。
夕食後、僕が自分の部屋でメイと一緒に寛いでいると、ナイアが訪ねて来た。
「ちょっといいかな?」
「どうぞ」
部屋に入って来たナイアは、僕と寄り添うようにして立つメイを見て、ニヤニヤしながら茶化してきた。
「お楽しみ中のところ、悪いね」
「色々誤解を生みそうな言い方、止めて下さい」
ナイアは部屋の隅置いてあった椅子を勝手に引っ張り出してきて、そこに腰を下ろすと口を開いた。
「ヒエロンはヤーウェンの僭主だったよね? 今、あっちの戦況って、どんな感じなんだい?」
僕は自分が知る限りの現在の状況について、簡単に説明した。
僕の話を聞き終えたナイアは、顔を顰めた。
「……なるほど。しかしなんだか、危険なにおいしかしないね」
「危険とは?」
「ヒエロンは先読みの能力を持っている。そのヒエロンが、“わざとヤーウェンを帝国主力に包囲”させている。それにヒエロンが魔王城に現れた状況を考えれば、確実に、魔王城とヤーウェンとの間も、転移の魔法陣で接続されている。ヒエロンと魔王エンリルが、結集している帝国主力を一網打尽にする何かを画策していたら? あるいは、手薄になっている他の地域で、何かとんでもない事を画策していたら? これで奴らが、何も企んでいませんでしたって方が、不思議じゃないかい?」
「そう言われれば……」
しかし具体的に、ヒエロンと魔王エンリルとが何をどうしようとしているかは、当然ながら僕にはさっぱり分からない。
そんな僕の様子を束の間確認する素振りを見せた後、ナイアが再び口を開いた。
「カケル。やっぱりあたしは、明朝じゃなくて今からヤーウェン郊外の軍営に行って、皇帝陛下に直接会って来るよ。軍営には、転移の魔法陣、設置されているんだろ?」
僕は頷いた。
僕自身も休暇に入る際、皇帝ガイウスの軍営から帝都まで、その魔法陣を使用して転移した。
ナイアが言葉を続けた。
「皇帝陛下に今回の件、どう報告するか、ちょいと打ち合わせしておこう。あんたはともかく、メイはこの話に出てきたらまずいだろ?」
ナイアが大まかな話を組み立て、僕とメイがそれに同意した。
話がまとまったと見たナイアが腰を上げた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
僕は“一応”声を掛けてみた。
「本当に今から行くんですか? 明日にしたらどうですか?」
「善は急げって言うだろ? 多分、しばらくはあたしも、皇帝陛下の軍営に留まるつもりだから、宜しく」
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