【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする

風の吹くまま気の向くまま

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第七章 忍び寄る悪夢

238.騒乱

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第055日―3


後方、翡翠の谷方向から連続して聞こえてきた爆発音にかぶさるように、ナイアの怒号が響き渡った。

「ヒエロンの野郎、やっぱり、やりやがったね!」

状況を確認するため、慌てて振り向こうとした瞬間、僕は右脇腹に焼けつくような痛みを感じた。
同時に、急速に全身の力が抜けていく。

「な……にが……?」

床に手をついてしまった僕は、自分の右脇腹に視線を向けてみた。
そこにはいつの間にか、何かの武器の柄と取っ手が“生えて”いた。
そして取っ手を握り締めるやや小振りで色白な両手も目に飛び込んできた。
僕はそのまま視線を移動させた。
柄を握り締める両の手から手首、肩、そして……僕が移動させた視線の先で、僕のよく知る人物が能面のような無表情でこちらを見下ろしていた。

「ジュノ……?」

しかしジュノは一言も発する事無く、何かを引き抜く動作をした。
そして僕の右脇腹から、身体を貫いていた長大な刀身が姿を現した。
血濡れたその刃を目にした瞬間、僕はジュノが手にしている武器が何であるかを理解していた。

あの時第186話……聖空の塔1階の大広間で、ゼラムさんが手にしていた大剣!
女神により、霊力を持つ者を傷つけ、その傷口から霊力をとめどもなく漏出させる加護が与えられていたあの大剣だ。
しかしなぜ、数千年前の武器を今、ジュノが手にしている!?
そしてなぜ、僕は今、ジュノにその大剣で貫かれた!?

頭の中を埋め尽くす疑問で混乱状態の中、セリエが僕宛にのこしてくれた腕輪が置かれていた台座が目に飛び込んできた。
ゆっくりと視線を動かすと、その直上、壁に掛けられていたはずの“大剣のような武器”が無くなっていた。

シャナが読み上げてくれた、表の石板に刻まれていた文章の一節が思い起こされた。


―――決戦の地より父、初代獣王ゼラム・ベスティアの持ち帰りし聖遺物と共に……


とにかく、一刻も早くこの場を離れなければ!

いつくばったまま動き出そうとした瞬間、悲鳴のような叫びが聞こえてきた。

「カケル!?」

声の方に顔を向けると、呆然とした様子のハーミルが立っているのが見えた。
しかしすぐに状況を理解したらしい彼女は、直ちに腰の剣を抜いた。
その彼女に対し、ジュノが右のてのひらを向けた。

次の瞬間。

ハーミルは不可視の力により、十数m程後方へと弾き飛ばされていた。
ジュノの全身から、妖しく紫色に輝く霊力のほむらが立ちのぼっていた。

ジュノが霊力を使用した!?

しかし今の使い方は、“使用した”というより、“生命力そのものを霊力に変換して無理矢理燃焼させた”ようにしか見えなかったけれど!?

そうしている間にも、大きくえぐられた僕の右脇腹の傷口からは、おびただしい量の血液と共に霊力が漏出し続けていた。
そして受けた傷口はゼラムさんと戦った時と同じく、一向にふさがる気配を見せない。
その影響だろう。
次第に意識が朦朧としてきた。

ジュノが再び大剣を大きく振りかぶるのが見えた。
彼女の視線は僕の首筋に向けられていた。
そのまま彼女は大剣を振り下ろしてきて……


―――ゴオオオォォォ……


風が吹いた。
そして僕は先程までいた場所からは数十m離れた、闘技場の中央付近でシャナに抱きかかえられていた。

「シャナ……」

彼女に感謝の言葉を伝えようとしたけれど、ともすれば飛びそうになる意識のせいで、うまく口が動かせない。
シャナがそっとささやいてきた。

「あなたから目を離した隙を狙われた。でも安心して。今助けるから」

その時、シャナの肩越しに別の人物の顔が現れた。

「カケル、大丈夫か!?」

覗き込んできていたのはノルン様だった。
僕は朦朧とする意識の中、彼女に問い掛けた。

「ノルン様……何が……起こって……いるんですか?」
「ヒエロンが裏切った。翡翠の谷に突然【彼女】とナブーが現れ、勇者ナイア達が応戦中だ」

ノルン様の額には宝珠が顕現していた。

「シャナ殿。周囲の警戒をお願いする」

そう話すとノルン様は僕の傷口に手を当て、詠唱を開始した。
彼女の額に顕現した白の宝珠が一際強く光り輝き、辺りを優しい魔力が満たしていく。
右脇腹に開いた大きな傷口が、見る見る内に塞がっていくのが感じられたけれど……
意識の……方は……
…………
……



ノルンが癒しの術を行使している間、周囲に警戒の視線を向けていたシャナは、あの大剣を手にしたジュノがこちらに向かって突進してきているのに気が付いた。

能面のような無表情に、焦点の定まらない目。
間違いなく、何かの力によって操られている。
“何者”が“どうやって”ジュノを操っているのかまでは分からないけれど。

シャナは出来るだけジュノを傷つける事無く無力化するため、自身の精霊としての力を振るおうとして……

いきなり予期せぬ方向から魔力の攻撃を受け、咄嗟に飛びのいた。
素早く攻撃の出所を探ったシャナの視線の先には、ヒエロンともう一人、自分の知らない魔族の姿があった。
ヒエロンが自分を指さしながら、その魔族に声を掛けるのが聞こえてきた。

「ナブー殿。エルフに見えるあの少女、実はこの世界の住人ではない。魔法とは異なる特殊な能力を持っているので、気を付けられよ」

そして二人はそのまま猛然と、シャナに襲い掛かって来た。



シャナが飛び退いたことで、ジュノは誰にも邪魔される事無く、ノルンとカケルに襲い掛かる事が可能な状況になっていた。
ノルンは素早く状況を確認した。
シャナはヒエロンとナブーに襲い掛かられ、応戦で手一杯の様子であった。
闘技場の隅、100m以上向こうで、ハーミルが身体をさすりながら身を起こすのが見えたけれど、ここへ駆けつけるにはもう少し時間が掛かりそうだ。
そして傷は塞いだものの、カケルの意識は朦朧としたまま。
とてもではないが、まだ戦える状態には見えない。

つまり今この瞬間、カケルを護れるのは自分一人。

ノルンは立ち上がり、守護の結界を展開しつつ、ジュノに相対あいたいそうとした。
そのノルン目掛けて、ジュノが大剣を振り下ろしてきた。
大剣がノルンとカケルを護ってくれる(はずの)結界に激突する寸前、今度はジュノが後方へと吹き飛んだ。

「ノルン、大丈夫?」

ノルンの傍に、宝珠を顕現したメイが立っていた。
メイは確か今、帝都のハーミルの家に滞在しているはず。
その彼女がここに現れたという事は……

「もしかして、また“視えた”のか?」

ノルンの問い掛けに、メイはがうなずきを返した。

「前に軍営が襲撃第107話された時と同じよ。ノルンが危険にさらされているのが“視えた”から、転移してきたの」

いつからか、宝珠を顕現したノルンに危険が迫ると、メイにもそれが“視える”ようになっていた。
メイはノルンとカケルをかばう位置に立ち、自身が魔力で吹き飛ばしたジュノをにらみつけていた。

「ノルン。状況を説明して」
「この地を合同調査していたのだが、ヒエロンが裏切った。恐らくジュノもヒエロンと通じていたのであろう」
「カケルは大丈夫?」
「傷は塞いだ。大丈夫とは思うが……」

理由不明に、カケルの意識が鮮明になる気配が感じられない。
その事実はノルンを少し不安にさせていた。

ノルンとメイの視線の先で、ジュノがゆっくりと起き上がった。
感情の全く感じられない表情とうつろな瞳。
手にはあの大剣が握り締められている。
大剣からは禍々しいまでの妖気が立ち上っているのが見えた。
一種の魔剣であろうか?
いずれにせよ、ジュノが元々所持していた武器では無かったはず。

ノルンはジュノに呼びかけた。

「ジュノよ、なぜカケルを刺した? その武器は何だ?」

ジュノは答える事無く、無言でこちらに突進してきた。
メイが魔力を展開し、ジュノに向けて無詠唱でそれを解き放った。
しかしジュノは、尋常では無い動きでそれをかわし、メイに襲い掛かった。

「メイ!」

ノルンが慌ててそれを阻止しようとしたけれど、ジュノに突き飛ばされてしまった。
そのままジュノは、ノルンには目もくれず、メイを押し倒した。
必死に逃れようともがくメイを抑えつけたジュノは、メイの額の宝珠に左のてのひらかざした。


凄まじい閃光がほとばしった。


ノルンが身を起こすと、彼女の目に信じられない情景が飛び込んできた。

「!」

メイの額の宝珠が、ゆっくりと引き剝がされていく。
そしてそれを、ジュノは左のてのひらに握りこんだ。
宝珠を奪われたメイは小刻みに痙攣した後、ぐったりと脱力し、動かなくなってしまった。


直後、裂帛の気合が響き渡った。


メイの宝珠を握りしめたままのジュノの左腕が肩口から斬り離され、宙を舞った。
ハーミルがジュノの目前に仁王立ちしていた。
彼女はジュノに剣を突き付けたまま、抑揚の無い冷たい声で告げた。

「ジュノ。かつて仲間だったよしみで、この場で命までは奪わない。投降しなさい」

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