贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第4話「贄原くんの災厄な五日間 黒縄の逆襲」

5日目:原黒井ビルの鬼

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 陽斗はあまりの眩しさで目が覚めた。どうやら眠っていたらしい。
 目を開けると天井の電灯を直視してしまい、思わず目を背けた。
 手で明かりを遮ろうともしたが、どういう訳か手が動かない。何かで拘束されているらしい。動かすと「チャラチャラ」と鎖が揺れる音がした。
 両足も同様に鎖で縛られている上、小ぶりだがそこそこ重い鉄球が付いているせいで起き上がれなかった。
(ここ、何処だろう?)
 そこはエレベーターの中だった。人のざわめきや足音は聞こえない。
 近くに時計はなく、陽斗は自分が拐われてからどのくらいの時間が経ったのか分からなかった。
 エレベーターの扉は開いたままで、外に学ランを着た黒髪の美少年が胡座をかいて座り、煩わしそうに陽斗を見下ろしていた。エレベーターの外は真っ暗で、何も見えなかった。
「うわっ?!」
 陽斗は思わず声を上げる。口は塞がれてはいなかった。
「やっと目が覚めたか、クソガキ。お前、寝過ぎなんだよ」
 学ランの美少年はため息を吐き、陽斗に不満を漏らす。
 陽斗よりも1、2歳年下の、中学生くらいの少年だった。煩わしそうに顔を歪めていても絵になるほどの美少年で、一瞬見ただけでは性別が判別出来ない。つり目がちの大きな黒い目は、品の良い猫を思わせた。
 ツヤのある黒髪は肩にかからないほどの長さで切り揃えられ、少年が少し動くだけで毛1本1本がサラサラと揺れた。
 あまりの神々しさに陽斗は慌てて居住まいを正そうとしたが、やはり起き上がることは出来ず、少年の方へ腰から上を向けるので精一杯だった。
「こんな体勢でゴメンね! これ以上は動けないんだ!」
 少年は拘束されている陽斗に手を貸すでもなく、頬杖をつき「だろうな」と返した。
「俺が手ずから縛ってやったんだ、動かれては困る。もしそれでも動けるようなら、鉄球の代わりに斧をくくりつけることになるが?」
「斧?!」
 およそ少年の口から飛び出すとは思えなかった物騒な単語を耳にし、陽斗は悲鳴にも似た声を上げる。
 そして自分がこんな状態になっている元凶が彼だと知り、驚いた。
「というか、君が僕を縛ったの?! 何でこんなことするのさー?!」
「お前を龍穴りゅうけつの贄にするためだよ」
「……りゅうけつ?」
 陽斗は漫画やゲームによく登場する龍の尻を思い浮かべようとして、首を傾げた。
「龍にお尻なんてないよ?」
 陽斗の天然ボケに、平静を保っていた少年は頬杖をついていた手から頭をカクッと落とす。
「そのケツじゃねぇ。龍穴は地中に流れている気の流れである龍脈が噴き出ている地点のことだ。龍脈を流れる気は妖力でも霊力でもねぇ、強力な生命エネルギーの塊……龍穴から気を受けた者は人間であろうが鬼であろうが、強大な生命エネルギーを手に入れることが出来んだよ。俺がこの姿を保てられんのも、この原黒井ビルの地下に埋まってる龍穴のお陰だ」
 だが、と少年はエレベーターの床へ目を落とし、顔をしかめた。
「最近、龍穴の動きが弱まりつつある。このまま行けば龍穴の活動は停止し、俺は今の姿を保てなくなる。だからお前を贄として龍穴に捧げ、活性化させる」
「そうなったら僕、どうなっちゃうの?」
 少年は冷たく陽斗を見下ろし、吐き捨てるように答えた。
「死ぬ」
「嫌だ!」
 陽斗は速攻で断ったが、少年は陽斗の拘束を解こうとはしなかった。
 ニヤニヤと笑いながら「頼むよ、クソガキ~」と、わざと塩らしく頼んでくる。
「俺を助けると思って、贄になってくんねぇ? お前、人助け好きだろ?」
「好きでやってるんじゃないよ! 困ってる人をほっとけないから助けてるの! ……そんなに困ってるなら、蒼劔君に相談しなよ。君が何者なのかは知らないけど、鬼のことを知ってるってことは、蒼劔君のことも知ってるんじゃないの?!」
 蒼劔の名を聞いた途端、少年は顔をしかめ、舌打ちした。
「アイツに頼むくらいなら、このまま消えてやるさ。俺達は相容れねぇ間柄なんだからよ。……つーか、俺のこと蒼劔から聞いてねぇの?」
「へ?」
 陽斗は少年が未だに何者かなのか分からず、首を傾げる。記憶を辿り、以前蒼劔から聞いた話を思い返すうちに、少年の外見とよく似た鬼のことを思い出した。
「そういえば君、蒼劔君から聞いた黒縄さんって鬼に特徴が似てるね。兄弟?」
「本人だよ」
「本人?!」
 陽斗は少年の外見を改めて確認した。蒼劔から聞いていたのは「整った顔立ちをした黒髪の“子供”」だったからだ。
 大人の蒼劔から見れば、少年も子供の枠組みに入るかもしれないが、陽斗よりも1、2歳ほどしか変わらない彼を「子供」と称するのは違和感があった。
「おかしいな……蒼劔君は“子供”って言ってたから、てっきり小学生くらいかと思ってたよ」
「……普段はそうなんだよ。この姿を保てるのは、ここにいる間だけだ」
 黒縄は自分で説明しながら、顔をしかめた。余程、普段の姿が気にくわないらしい。
 陽斗は何故そこまで彼が今の姿を保つことに固執するのか分からなかった。むしろ「子供でいた方が得することだってあるじゃないか。主に金銭的な意味で」と思っていた。
「どうしてそんなに子供の姿が嫌なの? 蒼劔君から聞いたけど、僕を拐って妖怪に食べさせようとしたのも君なんでしょ? 何でそこまでするの?」
「……からだよ」
「消える?」
 黒縄は忌々しそうに舌打ちし、答えた。
「蒼劔から聞いてるだろ? 鬼や妖怪は肉体が妖力で出来ているから、完全に妖力を失うと消えるって」
「う、うん。でも定期的に妖力を摂取してれば大丈夫なんでしょ?」
「普通は、な」
 そう言うと黒縄は陽斗に背中を向け、学ランのすそをまくって見せた。
 彼の白く華奢な背中の右下に、小さな魔法陣のような黒い刺青が彫られていた。
「……あんまりこういうの、オシャレで入れない方がいいよ? 消すのにすっごいお金かかるし、痕が残るみたいだから」
「刺青じゃねぇ、術式だ。対象に刻むことで、特定の術をかけ続ける術さ。俺を今の体にした術者が刻みやがったんだ……俺が人間から霊力を奪えないようにな」
 黒縄は学ランのすそを下ろし、陽斗の方へ向き直る。
 陽斗は何故、黒縄を今の姿にした術者が彼にそのような術式をかけたのか分からなかった。そもそも、黒縄を今の姿にした理由はなんだったのだろう? と疑問に思った。
「その人は何で君にそんなことをしたの?」
「知るかよ」
 陽斗の問いに対し、黒縄は吐き捨てるように答えた。解答をはぐらかしている訳ではなく、本当に知らないようだった。
「突然来るなり、俺の妖力のほとんどを奪っていきやがったんだ。“君は妖力を摂取し続けなければ死ぬ”って言い残してな。ムカついたから“だったら、てめぇと同じ人間共から霊力を奪って、生き長らえてやる”って言い返したら、“それはダメ”っつって背中にこの術式を刻んでいきやがった。それ以来、俺は妖力を摂取し続けてねぇと、体が保てねぇ体質になっちまった。あれから200年ほど経ったが、今じゃこのザマだ。あの術者も一向に見つかんねぇし、妖怪自体の数が減ってきてやがる以上、そろそろ消えてもおかしくねぇだろうぜ」
 黒縄は投げやりな態度で自分が置かれている状況を説明し、自嘲気味に笑った。今までいくつもの狡猾な策を講じてきた彼ですら、今の状況を根本的に変えられるすべを思いつくことは出来ずに、自暴自棄になっていた。
 すると、黙って話を聞いていた陽斗は真剣な眼差しで黒縄に言った。
「そんな簡単に消えるなんて、言わないでよ! まだ何か方法があるかもしれないじゃん!」
 黒縄は冷たく陽斗を睨み「ねぇよ」と切り捨てた。
「あの五代でも、俺を治す方法は見つけられなかったんだぞ? 俺が出来るのは精々、妖怪共にテメェら人間を与えて妖力を肥えさせて、摂取し続けることくらいだ。つーわけで、」
 おもむろに黒縄は立ち上がると、エレベーターのボタンを押した。
 エレベーターの扉は陽斗を1人残したまま、ゆっくりと閉じていく。
「ま、待って! 僕をどこに連れて行くつもり?!」
「もちろん、さ。このエレベーターは。」
 黒縄は閉まる扉の隙間からニヤリと不気味な笑みを見せ、告げた。
「俺を少しでも哀れむなら、その身を俺に捧げてくれ」
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