贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第5話「節木高校七不思議」

拾:霊鍛草

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「では、これより実習棟での『呪いの姿見』捜索を行う! 各自、持ち場へ向かうよーに!」
 岡本の指示の下、一同は実習棟でも呪われた姿身を捜索することになった。
 当初の予定では教室棟と同じペアで、同じ階数を担当することになっていたのだが、陽斗が蒼劔に言われて、「どうしても家庭科室を探したい」と岡本に進言したところ、
「おっ! 君もようやくオカルトに興味を持って来た感じぃ? ならば、いっそメンバーチェンジをしようではないか!」
 と、快く受け入れてもらい、3階を担当することになった。
「姿身、見つかるといいですね」
 陽斗がペアの不知火を見上げると、「そうだね」と不知火も頷いた。
 その隣で、蒼劔は眼光鋭く不知火を睨んでいた。

         ・

 他のメンバーが階段を下りていくのを見送ると、陽斗と不知火は蒼劔の先導で家庭科室に向かった。廊下には実習棟に入ってすぐよりも霊が増えており、先頭で蒼劔が霊を斬りながら進んでいった。
 しばらくして家庭科室にたどり着いたが、ドアの前に霊が集まっているせいで、中に入れなかった。
「鬱陶しいな……」
 蒼劔は左手からスタングレネードを出し、ドアへ投げつける。
「うわっわ! ちょっと待って!」
 慌てて陽斗は両手で耳を塞ぎ、目をつむって、ドアから背を向けてしゃがんだ。
「? 贄原君、何をしているんだい?」
 不知火は陽斗の行動を不思議そうに眺め、首を傾げる。
 直後、スタングレネードが爆発し、霊を一掃した。凄まじい光と轟音が廊下を駆け抜け、窓を揺らす。その場に立ち尽くしたまま、微動だにしなかった。
 やがて光と音がおさまると、蒼劔は廊下の窓を開け、ドアの前に滞留している青い光の粒子を外へ逃がした。
 陽斗も恐る恐る目を開いて、光が収まったのを確認する。振り向き、ドアの惨状を確認すると「相変わらず、すごい威力だね」と感心した。
「これなら、幽霊に囲まれても大丈夫だね!」
「いや……ある程度の距離がないと、危険だ。お前も爆発に巻き込まれるからな」
 ふと、陽斗は棒立ちになったままの不知火に目を止めた。不知火は眼鏡の向こうで目を見開き、呆気に取られた様子で口をぽかんと開いていた。
 今まで表情がなかったせいか、ずいぶん人らしく見える。
「不知火先生、大丈夫ですか? なんかボーッとしてますけど」
 陽斗が心配そうに声をかけると「あ、あぁ」と若干戸惑いながらも、正気に戻って頷いた。
「ちょっと考え事をしていてね。大丈夫、平気だよ」
「それなら、良かったです!」
 陽斗は不知火の口から「大丈夫」と聞いて安心し、それ以上は追求しなかった。

         ・

 滞留していた青い光の粒子を払い終え、陽斗が家庭科室のドアを開いた。
 その途端、中から漂ってきた気配に、蒼劔は顔をしかめた。
「やはりな……この部屋には、霊鍛草れいたんそうの霊力が充満している」
「れいたんそう?」
 陽斗も家庭科室の中を覗いたが、特に異常はなかった。真っ暗で何も見えなかったが、人の気配もしない。
 蒼劔は室内を警戒しつつ、中へ入った。陽斗と不知火も後に続く。
力をえると書いて、霊鍛草だ。その名の通り、食した者の霊力を強化し、何倍にも膨れ上がらせることが出来る植物だが、急激に霊力が上がってしまうため、異形に襲われやすくなる等のリスクがある。その辺に生えている植物でもないし、おそらく霊鍛草の知識がある第三者がなんらかの理由で持ち込んだのだろう。この部屋の何処かに隠されているかもしれん」
「じゃあ、手分けして探そう! 不知火先生も協力して下さい!」
「よく分からないが、呪いの姿身を探すのではないのかい?」
 不知火はとぼけたように首を傾げつつ、隣の家庭科準備室へ繋がるドアの鍵を開け、呪われた姿身を捜索しに行った。
 陽斗も窓の下にある低い棚の引き出しを片っ端から開け、中を確認する。蒼劔は左手の棚を探した。
 家庭科室には食器類や調味料、調理器具などを収納する棚や引き出しが大量にある。それの中から見たこともない草を探すのは困難と思われた。
「引き出しはこれで全部。あとは……」
 陽斗は小さな引き出しの下にある長細い引き出しを前に、息を飲んだ。いかにも姿身が仕舞われていそうな棚である。
 むしろ、姿身以外に何を収納するのかと疑問に思ってしまう。
「……まさかあるわけないよね。だってこの引き出し、調理実習の時に間違って開けたことあるけど、空っぽだったし」
 陽斗は自分にそう言い聞かせ、一旦スマホを棚の上に置くと、両手で引き出しの取手を握り、一気に引っ張った。
「えっ?」
 引き出しの中は暗かった。薄暗いとはいえ、引き出しの底の木の質感くらいは判別がつく。それが完全に真っ暗で、見えなかった。
 陽斗はよく目をこらし、引き出しの中を覗き込んだ。そこでようやく分かった。
 引き出しの底に入っていたのは、長い鏡だった。鏡が真っ暗な家庭科室の天井を映してたせいで、引き出しの底も真っ暗だったのだ。
 現に、陽斗が引き出しの底を覗き込むと、陽斗の顔が引き出しの底に浮かび上がって見えた。
「なーんだ、鏡かぁ。てっきりまたヤミヒソミが住み着いてるのかと思っちゃった」
 陽斗はホッと胸を撫で下し、引き出しを閉めようとした。
 しかしすぐに、たった今自分の口から出てきた「鏡」という単語に、固まった。
「……もしかして、これが呪いの姿身?」
 再度引き出しを覗き込み、鏡を確認する。
 すると、1人で鏡を覗き込んでいるはずの陽斗の隣に、をかぶった女子生徒が映っていた。以前、山根に冷凍室へ監禁された際に陽斗を助けた女性がかぶっていたものと同じお面だった。
「うわぁっ?!」
 陽斗は思わず声を上げ、弾かれたように引き出しから顔を上げる。
 すると、鏡の中から猫のお面をつけた女子生徒の腕が伸び、陽斗の首に巻きついた。岡本や神服部が着ているものと同じ、現在の夏の制服を着ている。
 猫のお面の女子生徒はそのまま陽斗を引き寄せると、鏡の中へ入れようとした。鏡は水面のように波打ち、硬質さを失っている。今なら鏡の中へ入っていきそうな気がした。
 陽斗の脳裏に、教室棟で岡本が言っていた話がよぎる。
『見つけた者は鏡の中の世界へ引きずり込まれる』
「そっ……それは困る!」
 陽斗は女子生徒の腕をつかみ、必死に外そうとした。足を前後に広げ、踏ん張る。
「チッ」
 女子生徒はお面の下で舌打ちすると、陽斗の首を絞めた。女子とは思えない握力で、陽斗は反射的に女子生徒の腕から手を外した。
「カハッ……そ、蒼劔く……」
 息が出来ず、すぐ近くにいる蒼劔に助けを求めることすらままならない。
 一方、蒼劔は呪いの姿身と霊鍛草の捜索に集中しているせいで、背後で陽斗がピンチになっていることに気づいていない。
鏡の中から腰から上を出した。陽斗を鏡の中へ引き込もうとする。
 陽斗は次第に意識が遠のいていくのを感じた。
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