贄原くんと3匹の鬼

緋色刹那

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第6.5話「祖母の絵」

伍:顔

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 陽斗の体がたどり着いたのは、家の前にある畑だった。トマトやキュウリ、トウモロコシなどの夏野菜がみずみずしく実っている。
 畑では陽斗の祖母が手作業で野菜を収穫していた。先程の喪服のような着物とは異なり、薄手の涼しげな水色の着物を纏っている。
 陽斗の目が祖母を捉えると、再び彼の足は動き出し、祖母の元へと駆け寄った。ここまで陽斗を追ってきていた五代は息切れし、背後で地面に座り込んでいる。どうやら、夢の中と現実の身体能力は同じらしい。
「おばあちゃん! 僕も手伝うよ!」
 陽斗の口が勝手に動き、祖母に言う。
 祖母は額の汗を手拭いで拭き、「じゃあお願いしようかしら」と陽斗に微笑みかけた。
「陽斗はトウモロコシを採ってね。やり方は覚えてる?」
「覚えてるよ! 任せて!」
 その言葉に偽りはなく、陽斗はカゴを手にトウモロコシの畑へ走っていくと、慣れた手つきでトウモロコシを収穫していき、次々にカゴへ入れていった。
 五代が見せたスマホの顔を見る限り、今の陽斗は小学校に入る前か、入って1、2年ほど経った歳であるはずだが、記憶の中の陽斗は今の彼よりも頼もしかった。
「働き者だなぁ、僕。よほどおばあちゃんに褒めてもらいたかったんだね」
 陽斗は過去の自分の行動を振り返り、いかに自分がおばあちゃんっ子だったのか痛感した。
「陽斗氏ってば、働き者ねー。もうモロコシゾーン、終わりそうじゃん」
 ようやく体力が回復したのか、五代は汗だくで陽斗のもとへ追いついた。
 陽斗も汗だくで収穫作業しながら「僕も驚いたよー」と返した。
「こんなちっちゃい時から畑のお手伝いしてたなんて、知らなかった! てっきり、お昼寝ばっかりしてたと思ってたのに!」
「いやいや、陽斗氏かなーり働き者よ? オイラ、記憶を編集しながら"えっ? 俺ピ、働いてなさすぎ?"って、軽くショック受けたもん」
「そう? 働き過ぎも良くないと思うけどなぁ」
 陽斗は過去のバイト先で過労死しかけた上司のことを思い出し、複雑そうに言った。
 その後、陽斗は無事トウモロコシを収穫し終え、カゴはその場に置いたまま、祖母の元へと報告に行った。祖母もあらかたの収穫を終え、カゴを自宅へ運んでいた。
「おばあちゃん! トウモロコシ、採り終わった!」
「あら、もう?」
 陽斗の祖母は目を丸くして驚く。カゴを地面へ降ろし、屈んで陽斗の頭をなでた。
「ありがとうね、陽斗。すごく助かったわ。偉い、偉い」
「えへへ……」
 陽斗の顔は嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。祖母の手は、かすかに草と土の匂いがした。
 記憶の中の陽斗が喜んでいる一方で、陽斗自身は祖母に頭をなでられ、懐かしさと悲しみで胸がいっぱいになっていた。
 今は亡き祖母に頭をなでられると、昔に戻ったようで嬉しかったが、同時に、祖母を失った悲しみも蘇り、胸が苦しくなった。夢の中では涙が出ず、もどかしかった。
「……ごめん、五代さん。僕、先に起きるね。どうしたら、夢から覚められる?」
「え、もう?」
 陽斗はあまりの苦しさに耐えられず、近くで見ていた五代に起き方を尋ねた。
「うん……おばあちゃんがどんな顔をしてたのか思い出せたし、これ以上ここにいても苦しいだけだから」
「ふーん、そっか」
 五代は拍子抜けした様子で陽斗に近づくと、彼の頬を思い切りつねった。
 五代の指は陽斗の頬をすり抜けたが、頬をつねられた痛みは感じた。
い、痛いふぃ、ふぃふぁい……」
 頬をつねられた途端、陽斗の目の前の景色は白いモヤに包まれ、何も見えなくなった。
 やがてモヤが晴れると、陽斗は夢から覚めていた。頬には涙が伝った痕が残っていた。
 じきに日の出らしく、部屋は薄明るかった。陽斗はしばらく布団の上で夢の余韻に浸っていたが、文化祭の絵のことを思い出し、起き上がった。
「陽斗、もう起きたのか?」
 いつもより早い起床に、蒼劔は驚く。
 陽斗は「うん」と寝ぼけ眼で頷くと、カーテンを開け、机に向かって絵を描いた。鉛筆と色鉛筆を使い、1時間程で絵は無事に完成した。
 なお、五代はあの後も陽斗の夢に留まっていたのか、朝食になっても降りてこなかった。

         ・

 陽斗は学校へ登校すると、すぐに祖母の絵をクラス展示の担当者である学級委員長に渡した。
 学級委員長は絵の裏に貼られた紙に描かれた「祖母の絵」という絵のタイトルを見て、首を傾げた。
「贄原君のおばあちゃんって、ずいぶん若いんだね。それとも、若い頃の姿?」
 陽斗の絵は無難なものだったが、忠実に祖母を再現していた。白髪やシワの本数も、昨夜の夢で見た祖母のものと同じだったが、そのせいで学級委員長にはもっと若く見えるらしい。
「ううん。もともと若く見えるみたい。よくお母さんに間違えられたよ」
「だろうね。うちのおばあちゃんはもっとシワッシワだから、贄原君のおばあちゃんが羨ましいなぁ。昔はけっこうモテたんじゃないの?」
「えー、どうだったんだろう?」
 陽斗は祖母の過去を思い出そうとしたが、「そういえば聞いたことなかったな」と気づいた。
 陽斗の祖母は陽斗の両親のことはよく話してくれたが、自分の話は全くしてくれなかった。陽斗が聞いても、曖昧に誤魔化された。
(僕もよく昔のこと忘れちゃうし、きっとおばあちゃんも忘れちゃったんだろうな)
 陽斗はそう自分に言い聞かせ、納得した。
 学級委員長もそれ以上は追求せず、陽斗の絵を大きな茶封筒へ厳重に仕舞った。
「陽斗! やっと絵を出したのか?!」
 そこへ、ちょうど登校してきた成田が歩いてきた。
「うん、提出できたよー! 成田君は誰の絵を描いたの?」
「俺は父ちゃんと母ちゃんの絵を描いたぜ」
 成田はスマホで絵の写真を見せた。彼の両親と思わしき男女が、男はスーツ、女はエプロンを着て、生身で宇宙遊泳をしていた。
「成田君のお父さんとお母さんは、宇宙飛行士なの?」
「あー、違う違う。ちょっぴりオカルト好きな、普通の会社員と主婦さ。2人の夢が宇宙旅行でな、せっかくだから絵の中で叶えてやろうと思ったんだ。いつ行けるようになるか分かんないからな」
「成田君のお父さんとお母さんもオカルト好きなんだね」
「まぁな! 物心つく前からオカルト関連の本とか映画とか見せてたらしいし、オカルトに染まらせる気満々だったんじゃね?」
 その時、ホームルーム5分前を告げるチャイムが鳴った。
 陽斗は成田と別れ、自分の席へ座った。
 既に飯沼は登校しており、陽斗が席に座ると「おはよう」と微笑んだ。
「やっとお祖母様の絵が描けたみたいね」
「うん! ギリギリだったよー」
 ふと、陽斗は飯沼にどんな絵を描いたのか聞いていなかったことを思い出し、尋ねた。
「そういえば、飯沼さんは誰の絵を描いたの?」
「えっ」
 飯沼は一瞬表情を硬らせながらも、すぐに穏やかに微笑み、答えた。
「お父様よ。母親がいない私を、男手一つで育てて下さったの」
「えっ? 飯沼さん、お母さんいないの?」
「えぇ。私を産んですぐに亡くなったと聞いたわ。私と同じで、料理を作るのが好きだったみたい」
 飯沼は母親を亡くした悲しみを微塵も感じさせることなく、淡々と話した。
 陽斗は全く気にしていなかったが、横で聞いていた蒼劔は「他人事のように言うのだな」と思った。実際、飯沼は父親の話になると、母親の時とは打って変わり、熱を込めて話した。
「お父様には勉強や生きる上で大事なことをたくさん教わったの。今は離れて暮らしてるけど、毎日感謝してるわ!」
「飯沼さんはお父さんが大好きなんだね」
「もちろん! 私が世界で1番、尊敬してる人よ!」
 ここまで飯沼が興奮して話すことは稀で、陽斗は彼女の父親がどんな人物なのか、一層興味を持った。
「へぇ、飯沼さんのお父さんってどんな人なんだろう? 文化祭が楽しみだね」
「えぇ。私も贄原君のお祖母様の絵を見るの、楽しみだわ。顔は贄原君と似てるの?」
「うーん、あんまり似てないかな。僕、おじいちゃん似らしいから」
 陽斗は夢の中で見た祖母の顔を思い浮かべ、否定した。
 憂いを帯びた美しい顔は、童顔に近い平凡な顔の陽斗とは似ても似つかなかった。祖父がどんな顔をしているのかは知らないが、少なくとも祖母似ではないのは確かだった。
(……おばあちゃんと同じ顔だったら、毎日鏡で顔を見られたのにな)
 陽斗は祖母の顔を思い出し、苦しくなって逃げた夢の中へ再度行きたくなった。
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